#3 ぐうたら

 結局、鼎の靴は月曜日にならないと手に入らないことになった。女の子がオーバーサイズのスニーカーを履くのもかわいいが、僕のスニーカーでは大きすぎだ。それに鼎のこのファッションにスニーカーは合わないだろう。ハイヒールのパンプスとかボトムをインできるロングブーツとか、そういうのが似合いそうだ。

 しかも外はちらほらと雪が降り出していた。東京の雪は怖い。僕はもともと北国の人間だが、東京の雪は対応するインフラがないので死人が出かねない。

 結局、日曜日はぐうたらテレビを観て過ごすことになりそうだ。テレビをつける。リモコンには長いこと操作しなかったせいか埃が溜まっていた。映ったのはNHKのEテレで、正直だれが観ているのか分からない将棋の番組をやっていた。いや、盤面を見せられてもこれがどういう状況なのかはよくわからない。でも解説の棋士が次の手を予想したら本当にそう指した。二人して「すげー」と声が出る。

 二人でよくわからない将棋を観た。そのあとちょうどお昼になった。囲碁の番組が始まったが、将棋以上にルールがわからないのでテレビを止めた。


「簡単なのでいい?」


「いいよ。鼎は頑張りすぎだから」


「そうかな?」


 鼎はニコニコしながら袋麺を煮始めた。ちょっと高い、生麺みたいな味のやつだ。なんと冷蔵庫からチャーシューだの煮卵だのも出てくる。


「料理、得意なんだね」


「うん、金曜日にここで気がついたときに、なんか作らなくちゃ! って思って、とりあえずチャーシューと煮卵作ったんだ。三枚肉が手に入らなかったからロースで硬いし、煮卵は味薄めかもだけど」


「まあ、僕もおっさんだから、脂分と塩分は控えめがいいよ」


「おっさんにしては昨晩の求めっぷりがすごかったんですけどぉ」


 そんなこと開陳しないでほしい。僕はきっと、すごく寂しかったのだ。そう言うと、鼎は哀れなものを見る目で僕を見てきた。ひどい。


「おっさんもいろいろいて枯れてないおっさんだっているんだよ?! というか僕の同級生の大半が父親業してるんだからね?!」


 僕がそう言うのをスルーして、ラーメンが出てきた。古典的な中華そばといった印象。


「……いただきます」


「いただきまーす」


 一口すする。ふつうのちょっといい袋麺なのに、やたらとおいしい。

「おいしい」と、素直に口に出てしまう。


「キクヤってなに食べてもおいしいって言うね」


「だって本当においしいから」


「うれしい」


 そんな調子で、はふはふラーメンを食べた。おいしかった。ただの袋麺なのに。

 昼ごはんを食べ終えてから、鼎は部屋の隅に置かれていた家電量販店の紙袋に気づいて、

「あれなに?」と聞いてきた。

 確か、まゆと一緒に遊ぼうと思って買ってきて、箱すら開けていないゲーム機とソフトと追加のコントローラーが入っているはず。開けてみると記憶に間違いはなく、思い出したものがちゃんと入っていた。

「ゲームだ。やる?」

「やる!」鼎はキラキラ目でにっこり微笑み、僕はゲーム機を取り出しネットの取り扱い説明に従って遊べるようにセットした。いまどきはゲーム機にもアカウントなんてあるのか。

 二人で、ヒゲのおじさんがカートに乗るゲームをのんびり遊んだ。鼎に、僕がいない間好きに遊んでいいよ、と言うと、鼎はやったあと喜んでくれた。

 夕方までゲームをして、また鼎が料理を始めた。僕は食器を洗うことにした。アパートのボイラーの調子があまりよくないらしく、水はすごく冷たい。ようやくお湯が出たのはだいたい洗い終えるころだった。

 夕飯は角切りベーコンとほうれん草がゴロゴロのパスタだった。ワインまである。パスタには結構ニンニクが効いていて、これは今晩はそういうことだな、と思いながらパスタを食べた。

 ワインでほんわかと軽く酔って、ますます鼎が欲しくなった。でも、鼎を都合のいい女の子として見ているような気もして、ちょっと悲しくもなった。


「あたしを都合よく見てる自分にムカついてるでしょ」


「なんでわかるの」


「あのね、お人形っていうのは永遠の都合のいい友達なんだよ。女の子にも男の子にも。女の子は着せ替えて遊ぶし、男の子は振り回して遊ぶ。飽きたらほったらかし。それでいいの。それでお人形は幸せなの」


「でも、鼎はいま人間だ。人間として扱いたい」


 僕がそう言うと、鼎は小さく笑った。


「人間……フフッ。でも下着は面倒だから適当に安いの着るよ?」


「安い下着なら遠慮なくやぶくプレイができるな」


「あーひどーい! ヘンタイ!!」

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