#2 休日
仕事にいかなきゃ。布団を出ようとしたら鼎に手首を掴まれた。
「ねーもっとイチャイチャしようよー」
「だって仕事に行かなきゃ……」
「きょうは土曜日だよー」
スマホのカレンダーを見る。確かにきょうは土曜日だった。
いままで土日はひたすら寝る日で、気がつけば夕方ということも珍しくなかった。まゆがそんな僕と別れたくなってしまうのも理解できる。
「ねーキクヤ、キクヤって乳首弱い?」
いきなり鼎に左乳首を吸われた。なにを開発する気なのか。
「やったな〜? 反撃だ」
僕は鼎の左耳を噛む。鼎は「あぅ」と声を立てた。
そんな感じでしばらくベッドの中でいちゃついてから、僕はちょっと考えた。
「鼎さ、服って持ってる?」
「んーん、デフォルトのオールインワンしか持ってない」
「……じゃあ、昨日の夕飯は、あの服装で材料買いに行ったの?」
「ううん。ネットスーパー」
膝カックンを食らわされたみたいだった。確かにうちには主に動画を見るために使っていた古いパソコンはあるのだが、しばらく触っていなかった。そんなヒマはないからだ。
ということは鼎はここの住所や部屋番号を把握しているということなのか、と考えて、そもそもまゆがネットスーパーのアカウントを作っていたことを思い出した。つまり単純に言って、鼎はかなり要領のいい女の子なのだ。
買い物はネットスーパー(決済は前から僕のクレカだ)で済ませるにしても、鼎には着るものが必要だと考えて、僕は考えこむ。鼎の持っている服は、完全に「服を買いに行く服がない」というやつである。
「服、欲しい?」
「欲しい。服は着せ替え人形には必ず必要なものだから。でも人間になっちゃったからお人形の服はデフォルト以外着られないんだ」
なるほど。これはますます服が必要だ。布団を這い出して部屋着を着る。鼎もデフォルトの衣装であるオールインワンを着た。
鼎はいままでしばらくスカスカだった冷蔵庫に、結構な量の食材を詰めていて、それらを適宜取り出して料理し始めた。僕はタンスを開けてみる。確か何年か前のハロウィンに買った、フリーサイズのコスプレ衣装が入っていたはず。デザイン次第で、奇抜な普段着として着せられないだろうか。
出てきたのは、赤いチェックのスカートにクリーム色のカーディガン、白いブラウスに赤いネクタイという、要するに女子高生の衣装だった。こんなの鼎に着せて一緒に歩いたら完全にパパ活JKである。
「朝ごはんできたよ」と、鼎に呼ばれた。テーブルにつく。焼きたてのパンケーキと、レタスのサラダだ。おいしそうである。
きのうの夕飯から人権のある食事をしていて、なんだか不安になる。僕なんかがこんなに幸せでいいのだろうか。
「なにタンスあさってたの?」
「いや、鼎に着せられるものはないかなって」
「それで出てきたのが女子高生のコスプレ衣装だったと。ハロウィンかなにかで買ったの? それともそういう趣味?」
「ハロウィンだと思う。そういう趣味は……鼎と寝ちゃったから否定できないな」
「あーひどーい! あたし大人だよ!」
鼎が抗議の声を上げる。僕はふふ、と笑った。鼎は口を尖らせながらパンケーキを食べている。
僕もパンケーキを食べる。おいしい。
「服、ネットで買えばよくない?」
鼎の意見に、確かにその通りだと納得する。じゃあ予算五万円くらいで好きな服を買っていいよ、と言うと、鼎は食事を終えてからパソコンを立ち上げた。
鼎は迷わず、クールなジャケットとかわいいブラウス、それからスキニーデニムとソックスをカートに放りこんだ。下着も買いなよ、というとよく分からない顔をしながら、適当な安いショーツとブラジャーもカートに放り込んでいた。もうちょっとかわいいのにしたら? という僕の意見は無視された。
どうやら鼎はもともとお人形さんなので、かわいい下着に凝る気はないらしい。ドールに下着を着せると着せ替えが難しくなるのだ。スケールの大きいリアルなドールだとかなり凝った下着を作る人もいるようだが、鼎は小さいドールなので、ちょっとの厚みが命取りなのだ。
人間になったんだから脱がし甲斐のある下着を着て欲しいのだが、しかし本人が興味なしなのだから仕方がない。僕が住所氏名を入力し、僕のクレカで決済した。
次の日、どーんと洋服が届いた。鼎はすごく嬉しそうに次々着ていく。うん、大人っぽくて品のいいファッションだ。ひらひらふりふりした服が好きだったまゆとは違うタイプ。
「あ」
鼎はハッとした声を上げた。
「靴、忘れてた」
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