第5話

でも。


「今日ね。その子が私を裏切ったの。互いに親友だと思っていたはずなのに、私の陰口をと言ってたの。私が話したことは全部筒抜けで、それをだしに私の陰口を言ってた。私が偶々廊下を歩いていた時に聞こえて。それで、私問い詰めたの。そしたら……」

「そしたら……?」

「『しんゆう? 友達とすら思ったことないんだけど! はは、ウケるー!』って言われた」

「……屑だね、そんな奴ら。そんな奴らと早く縁が切れて良かったよ!……ってごめん、紺ちゃん」

「ううん。いいの。もう、『友達』ですらないんだから。それに、『お荷物』だなんて思われる友達なんかいらないし」

「……悲しい?」

「ううん。そうももう感じられないの。あはは、感情が欠如しちゃってる……そんな人にはもう感情も働かないみたい」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「ぼ、僕はあんまり……気にしない方がいい?」

「うーん、と……分からない。でも、そうやって気にかけてくれて嬉しい」

「そっか……」


無意味な励まし言葉はいらない。ただ、話をきいてくれるだけでいい。私はそれが嬉しかった。


「そういえば、私、その子とつい最近から、互いに腹の探り合いをしながら今日まできてた。どちらにしろ終わりは近かったってことだね」

「僕は! 紺ちゃんがそんな奴と別れて!……清々してる」

「ふふ、そうだね」

「どうして、こんなに大変なんだろうね」

「うん……本当に」

「どうやって、あの人たちは、そんな上手く『友達関係』を構築しているんだろう」

「教科書なんか、本なんか、ないのに」

「ほんとに、そう」

「頑張って話を提供したり、繋げようとして、話題を携帯にメモったり、スクショをしていたのが馬鹿みたい、あはは」

「違うよ!」

「え?」

「馬鹿じゃない。僕だったら、嬉しい。そこまでしてくれるなんて、嬉しい」

「……ありがとう。紅くんは優しいね」

「そ、そんなこと……ない。だ、だって、紺ちゃんがそんな、僕のためにそんなこと、してくれるなんて……嬉しいに決まってる」


紅くんが私と同じように、すぐに耳が赤くなるところが愛おしい。


「あーあ。体育の授業終わりに、困らないようにって、走って帰って、鍵を開けても、誰も何も『ありがとう』なんか言ってくれないし。他の人が開けてくれた時に、『ありがとう』って言っても、言ってくれないし。全部全部やってきたことが無駄のように感じる。私、これでも努力していたのにな」

「そ、そうだよね! 紺ちゃん、ごめん!」

「え?」

「いつもいつも開けてくれていたのに、僕は知らなくて……ごめんね!!」

「え、でも、それは、女子と男子は着替えるところが違うんだから、」


私が鍵係でもないのに、教室の鍵を開けていることなんて、紅くんは知らなくて当たり前なのに。


「それは関係ないよ。紺ちゃんが開けてくれていなかったら、あいつらはともかく、僕も他の奴らも教室には入れなかったんだよ! なのに、ごめん、僕。ずっと知らなくて。紺ちゃんに感謝すべきだったのに」

「そんな……」

「あいつらは、鍵を開けてくれる紺ちゃんにもっと感謝すべきなのに……紺ちゃんが開けてくれているのに!!」

「紅くん……」

「紺ちゃん、いつも鍵開けてくれてありがとう……って言っても、僕、もう学校には行っていないけど、あはは」


紅くんは自嘲しながら笑う。それも私と一緒だ。


「紅くん……『ありがとう』なんて初めて言われた、ありがとう……」

「こ、紺ちゃん……!?」

「あ、れ……ごめん」


涙がつうと目からこぼれて、頬を流れた。


「紺ちゃん……」

「こ、紅くん……!?」


私と同じくらいのその体格に包まれて、私と同じぐらいの細さの腕に包まれた。


「ずっと。辛かったんだね」

「うん……」


その胸に甘えて、私は少しだけ泣いた。

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