港で定期船をただ一人待つ薊

―そして今日島を出る...といっても三年、高校が終わればこの島に戻ってくるつもりだ。


「まだ少し時間があるか」


ベンチと少しの雨よけができる程度の待合所に腰掛けて辺りを見渡す

海に浮かぶ漁船、山や舗装がはがれかかった道、港近くの小さな街並み、そこに見える自分の家が見えた途端目の奥が少し熱くなるのを感じた


(わざわざ感傷に浸るようなことをするから...)


そう思いポケットから携帯電話を取り出し時間を確認して海の向こうを見ると船が見えていた

薊は立ち上がり島に向かって出発の挨拶をする


(行ってきます)


しばらくすると船が港に着いた

船からは郵便や日用品などが到着するだけで降りてくる人はいない

荷物が降りた後には貸し切り状態の船に乗り込み、船の真ん中窓際の椅子に座った

薊が座るとすぐに船は汽笛を鳴らし動き始める

その船の動きに合わせて薊は頬杖をつきながら流れていく景色を見つめる


しばらく眺めていると港に小さくたたずむ海の社が目に入ってきた


「...俺行ってくるよ」


船のエンジン音でかき消して欲しいかのような声でつぶやいた

そして船は軌道を本島に向け徐々にスピードを上げていく

本島までは15分程度で着く、船旅というには些か短い時間ではある

薊は島が見えなくなると前を向き目を瞑る


(そういえばこの船に乗ったのはあの湖に行って以来だな、あの人元気にしてるのかな)


『一人じゃないわ、今こうしてあなたと一緒にいるじゃない』


(声をかけたときにそう返されたときは何の言葉も返せなかったな、にしてもなんであの時俺は声をかけようなんて思ったんだか)


少し前にこの船に乗り島を離れていた三日間を思い出していた

窓の外に目を向けると本島が大きくなってきていた


「おちおち寝てもいられない距離感だよ」


今まで考えていたことをなかったことにするようにわざと思っている言葉を口に出し両手を目一杯に挙げて伸びをする


海は凪いでいて、海鳥たちが船と併走し、空は青く高く良い門出になる

そんな気持ちにさせられる一日が始まる


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