薊が海の社に向かった時には漁師の群衆はいつもの集会場に移っており、網やお供え物の魚や酒などが置いてある特別な装いの小さな社が佇んでいるだけだった




「もうあんたの前でバカ騒ぎすることはないんだな」




そう言って薊は社の屋根に手をついて声をかけた後、社に正対し




「...明後日からこの島には当分戻りません、島をお願いします」




と深々頭を下げた




薊にとって特に意味はなかった


一時的とはいえ故郷を離れることに寂しさを感じたのか、はたまた神様がそこにいると感じたのか本人さえ頭を下げた理由もわからなかった


ただそうした方がいいと本能的に体が動いてしまっていたというのが正しいだろう


頭を上げると社の中に光るものが目に入った




「ん?何か光ったか?」




社の格子状の扉から中をのぞくとそこに鈍色の台座が二つ、片方には丸い黒い水晶のようなものが乗っておりもう片方の台座には何乗っていない




「この水晶あの山の社にあったものと同じか...それもそうか山からここに移ってきたんだもんな」




そう言って薊は社から離れ、もう一度頭を下げて社の海の向こうに見える本島を見つめてしばらくしてから口を開いた




「俺ってなんでかこの島が好きなんですよ、素潜りだけがうまくなるばっかりで何もないし、魚が旨いことと海から上る朝日が見えるくらいなもので特別誇れるものもないと思ってる、好きっていうよりなんていうか...」




薊は頭を掻きながら言葉を探す




「誰にも頼まれてないし壊されるわけでもないけどこの島を守りたいって思うんだ、今はこの気持ちに理由が付けられないけどその理由を見つけたいと思う」




誰にも言ったことのない気持ちを海に向かって言葉にする




そうして薊は遠くから聞こえる祭りでにぎわう声を背にまた家へと戻っていった


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