引っ越しの準備が一通り終わったのは卒業式の3日後の夕方だった


島を離れるのはあと2日後と迫っていた薊は家を出た




15年の間住み続けたこの島に知らないものは無かった


家の前にある店、その角を曲がると見える港の風景、島の裏手にある岩礁の形、島を象徴する山の色


どれも改めて見返したり、振り返って思い出に浸るようなものでもない


いつどこにいたってこの景色は決して忘れず鮮明に思い出せる程沁みついている


それだけこの島で時間を過ごし、言葉にしたことはなかったがこの島が好きだったのかもしれない


いや、好きという感情は少し違う愛や恋とも違う言葉にならない感情




島を一周し帰路に着く頃には本島の山に沈む夕日が薊を照らすように


日の光の行き先を目で追うように夕日を背にすると山の上に小さく光が反射しているのを見た




「あそこは...」




この島が三崎大島となる前、本島の人々がこの島に文化を築き始めたころ島の繁栄を祈る社を建てたいわれが残っている神社の跡地だった


その社は島の海岸近くに遷座し今でも漁の前にお参りするのが漁師の習わしとなっている




そこからいつしか最初に建てられた社には誰も行くことはなく薊も例外ではなかった




日が少し傾くと光は木々の中へと消えていったが薊はしばらくそこから目が離せなかった




日も暮れあたりが真っ暗になるころ薊は静かに家に入り部屋へと戻っていった




部屋に戻りいつもの窓辺に腰掛けて先ほどの光を思い出す




「なんで今まであの場所を知らなかったのか...」




夕日が差す島も、あの場所も今に始まったことではなかった


薊が生まれ、育ち、遊んでいたころから山にはあの社はそこにあったのだから


一度や二度その景色を見ていたっておかしくない




「明日見に行っておくか」




何かに誘われたのか、知らないことが気になるのかふいにそんな言葉をつぶやいた

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