第4話 誘い
買い出しのあと(寄り道したけど)あいつと一緒に学校に戻って、教室の空きロッカーに買ってきた衣装の材料を置いて、もうその日は解散することにした。
本格的な作業は衣装班全員でやろうって話だったし。
「あのさー、祭行かん?」
じゃあ帰るかって自転車置き場に向かいながらあいつと歩いてた時、そう唐突に言われた。
「祭?」
「土曜、駅前で祭やるじゃん?」
あいつのいう祭は神社とかそういうちゃんとしたあれではなく、どちらかといえば市が企画してる市内イベント的なものである。駅前の大通りの道路が数百メートルほど通行止めになり歩行者天国みたいになる。歩道には屋台が並び、路面店もその日に合わせて食べ歩きしやすい特別メニューや飲み物を売ったりして、夜にはその大通りの道路で盆踊りをやるっていう私たちの住んでるところではわりと大きなイベントである。
「私その日部活あるから夕方からになるけど。」
あいつは、そのくらいなんてことないという顔で、
「部活終わるの何時?」と聞いてきた。
「三時」
「なら、六時に駅前の時計のとこは?一回、家帰りたいっしょ?」
私は演劇部に入っている。運動部ではないが文学部みたいなザ文化部に比べればよく動くし、なによりうちの部が使ってるステージ、その体育館にはクーラーがない。
当然、八月半ばの今は地獄のように暑い。うちの体育館には窓も多いが、開けてもなぜかあまり風は入らず陽射しもよく入るためこまめな水分補給を怠るとすぐに熱中症でぶっ倒れるような環境だ。
こんな話がある、うちの部は部活後にステージをモップで掃除をするのが決まりだが、夏はところどころ人がいたところに雨漏りのように汗が落ちている。下手したら水たまり。
そんな環境なので男女関係なく、体育館で過ごした後はシャワーを浴びたくなると思う。まあ、普段の体育の後はそんなわけにもいかないから、皆文句を垂れながら汗拭きシートや制汗スプレーで少しでもいい匂いになれー!という気持ちで乗り切っているんだけど。
あいつはそれを知ってて、多分ちょっと遅めにしてくれたんだと思う。
「うん、六時なら大丈夫。」
「女子だと門限とかある?」
「いつもは九時だけど、ちゃんと連絡しておけば遅くなっても大丈夫。」
「オッケー、まああんまり遅くならないように気にしとくわ。」
「ありがとう。」
「じゃあ土曜楽しみにしてる。」
「私も去年は受験勉強でそれどころじゃなかったから楽しみ。」
「そっか。」あいつは少し笑って自転車の鍵を挿す。
「じゃあ、とりあえず明日の作業で。また明日ー。」
「おつかれー。」
そうして、あいつはサッと自転車に乗って振り返ることなく帰っていく。あいつの背中を見送って、私も帰る準備をする。
…あれ、そういえば祭って二人だけで行くんだろうか。みんなで行くのか二人なのかそれは結構大きな違いだと思う。聞きそびれたし、でもなんか絶妙に聞きにくい。
「二人?」って聞くのもなんか変だし、「みんなで行くよね?」ってのもなんか違うような気がして。
そうと決まったわけじゃないけれど。
でももしかして。
そう思ったら急になんだか自分の耳も頬も熱くなった気がする、その気持ちには気付かないふりをして私は頭を冷やすため、自転車のペダルに足をかけ風を切るようにグングン自転車を漕ぎ始めた。
いつもうるさい蝉がその時はまったく気にならないくらい自分の鼓動しか聞こえなかった。
東京は彼と遠い 加賀美まち @kagami-machi
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