第31話 モア最後の勝利
カロはモアに対して最期の賭けにでた。
トルーダムの名前が輝いているうちに貴族連合を組織した。
トルーダムの名前に惹かれた貴族達がカロの下に結集した。
カロはモアを倒す最期のチャンスだと思った。
国境側の要塞に兵を進めた。
カロには貴族の裏切りがゆるせなかった。
モアはすぐに対応した。
新しく仲間になった子分を守らなくては、他の子分も不安になる。
カルピス川を越えて軍を派遣した。
モアの動員した兵力はカロの1.5倍だった。
野戦は3倍が目安だから、カロにとって誘惑される数だ。
モアが2倍の兵力を集めたら、あきらめるつもりでいた。
モアはエスカチオンの軍隊に声をかけなかった。
基本的に自分の領土は自分で守るのが前提条件である。
君主は守れない男や、裏切る人間を国境地帯を任せたりしない。
本来なら大軍を迎え撃つなら大河を利用する。
モアの行動が迅遠であったため、カロは当初予定したカルピス川での迎撃をあきらめた。
モアはカロが地方に激文を飛ばすのと同時に、オリアン国の不穏な動きを入手し、妻リリアに守りを任せて、すぐに軍隊を進めた。
この対決は分かっていた。
世界は知っていた。
3万人VS2万人。
カロは要塞攻略をあきらめて、大軍の運営できる広い高原に陣どった。
精強で鳴るオリアン国の軍隊を両翼に置いた。
まっすぐに突撃しあえば自然に両翼包囲網が形成される。
『将棋』や『チェス』の初期配置に見られる代表的な戦術である。
代表的な戦術・両翼包囲網。
基本的にノーマ帝国が拡張期に世界を席巻した戦術で両翼を強力な騎兵ミリディアが努め、真っ直ぐに突進して包囲を完成させる物だった。
高原である以上、カロも奇をてらったものは不可能だ。
右翼は身分の高い、裏切りそうにない、王の親戚筋の有力貴族に、中央にトルーダム、左翼は自分が指揮した。
戦場の形成が済んだ時、カロは空に五つの点を確認した。
人を乗せた巨大なドラゴンが、雁行のように編隊を組んで飛んでくる。
オリアン国は対抗する戦術も対応する手段も持っていなかった。
その編隊を崩さないままオリアン国軍の頭上スレスレを飛んだ。
その巨大な爬虫類の体とコウモリの翼を見せながら人間を見下ろした。
背中には槍で武装した人間が一人ずつ乗っていた。
カロは呆然と見送った。
「アレはエリンバラの闇の谷ダーク・クレイブの住人です。
狭い山岳地帯で五十ほどに別れていましたが半数以上の部族がモアの軍門に下りました。
よもや、こんな形で使用されるなんて」副官が身をかがめながらうめいた。
「詳しいな」カロが聞いた。
「聞かれませんでしたから、言わずにきました。
私はダーク・クレイブ出身です」
「モアはエリンバラ平定後に起きた。
ダーク・クレイブの反乱にどうやって対抗した」
「準備していました。
大きなクロスボウと刺さったままになる、ストッパー付きの特殊な矢を使い、片翼だけに集中させました。
ドラゴンは的が大きいですから、すぐに飛べなくなりました。
闇の谷も始めての経験だったのです」
「弱点は無いのか」
「首の下に一枚だけ逆鱗という柔らかい鱗があるのですが、モア以上の策はないでしょう」
モアの軍隊が現れた。
左翼を展開する軍隊には鼻の長い象や大きな角を持った恐竜や鋭い爪を持った二本足の恐竜が混ざっていた。
オリアン国軍の兵は始めてみる生き物がほとんどだった。
「戦象はレアが良く使うから知っているが、残りのドラゴンの出来損ないはなんだ」
「ドラゴンの卵は孵化させる温度によって、あの様な奇形が生まれるのです。
あの特異な文明の特殊な文化が、こんな形で世の中に姿を現すなんて」
兵の間に恐怖が蔓延して、勇気が無くなってくるのがわかった。
「モアはどうして戦った」
「我々が人間の生け贄を求めたからです。
彼は夜警国家の概念、人命主義の大義の下にエリンバラ政権と異なる道を選びました。
エリンバラ王朝は彼のようにダーク・クレイブの力を利用せず。
自治を認めました」
その時、戦場から三百メートル離れた小高い丘にサルディーラの旗が翻った。
そこに何人の兵隊がいるのか知らないがカロも副官も驚いた。
両軍が激突するとき、オリアン国から左手後方である。
『横槍をいれる』『背後を突く』モア以前の戦場の帰趨を決する言葉だ。
『兵は敵の置きたい所に置げ』カロは兵法の言葉を思い出した。
カロはそこに置きたかったが政治的な人事の配慮で置けなかった。
「突撃はまだなのか」
トルーダム周辺からイライラした声があがった。
3千人で20万に突撃した男、彼は巧みな用兵より、突撃してからの一騎駆けからの無双の強さが真骨頂な男。
敵を前に待つ事がむずかしいのである。
「私が兵を率いて丘の部隊を討つから、君はトルーダムの側にいき、斜傾陣を完成させてくれ、モアの左手にいる怪獣部隊を相手にするには酷というものだ。
彼には守備を固めてもらい、残りの部隊で戦線を押し上げるようにしよう。
私が抜ければ包囲する余裕はない」
斜傾陣も代表的戦術で敵がABCと均等に兵力を分けているとき、こちらもABCに分けて、Aに兵を多くして攻撃し、Cの数を少なくして防御を優先させる。
A対Aの対決で勝利して、持ちこたえているはずのCの援軍に向かい敵Cを撃破する。
数が同数に近いとき使われる戦術である。
「引き時は? 私はあなたより余りにもモア・サルディーラを知らない」
副官は異を唱えない、もうそれしか戦術は残っていない。
「モアは昨日の晩に行った、哲学的な自然科学の探求に対して、今朝には冷笑しながら疑義を定義する。
とにかく自分本位の決断を下さない。
その思索の旅はだれの手にも届かないところにいる。
引き時は、敵の兵の目を見て、味方の兵の目を見て、自分で判断しろ」
この戦場はモアが圧勝する。
モアのサルディーラとカロのオリアン国の軍隊の差は三世代以上の差があった。
新戦術でドラゴンを飛行させたが威力偵察以上の効果をサルディーラにもたらさなかった。
モアが考案した石を落下させる戦術も、死んだ人間はいたが混乱を得る効果はなかった。
この時代、官僚制度は今のように硬直化してなくて、各地方の利益団体に優秀な人間を大学に提供してもらう。
今では試験で優等生を採用するが、もともとは試験などなく自分の出身団体の名誉を背負った物で、受験秀才ははじかれていた。
オリアン国の場合はカロ以外柔軟な戦術を持たなかった。
歴史的に無名の軍務官僚を使い、カロが近付けば丘を渡し、カロが本体に返り咲こうとして丘を放棄したらすぐに奪取した。
カロは丘を取り返さなくてはいけない。
敵兵の一部を機能させない状態にする。
モアが良く使う戦術だった。
モアはオリアン国の右翼が穴を掘り出したのを確認した。
左翼担当の軍務官僚が聞いてきた。
「彼等は何をしたいのでしょうか、移動砲台がわりに連れてきたトリケラトプスが突撃するとでも思っているのでしょうか?」
火薬兵器鉄砲や簡易柵で防御を中心にして、大型跳び道具などを設置して、オリアン国に攻めさせて反撃をと思っていたサルディーラにとって、穴を掘って掘りを作るというオリアン国軍の防御行動が以外だった。
勇猛でなる集団も恐怖するときがあるのだ。
「基本的に草食動物だと知らないのだよ。
狩りで使っているラプロス(鋭い爪を持った人間ぐらいの肉食動物)が、どのくらい役に立つかデーターが欲しかったが今回はあきらめればいい。
相手が守っているのなら、攻め落とす必要はない。
中央での衝突を援護してくれ」
モアは戦術に自然科学を導入した。
個人の生死にとって軍隊の勝利と関係のないことだ。
勇気や誇りは大切だが、個人の徳は必ずしも軍隊の勝利に直結はしなかった。
『戦争は力学』冷たい結論をだした。
モアはフアランクス(縦横に人間を8人ずつ並べて、前の人間が倒れたら後ろの人間が補充するやり方)が、なぜ包囲殲滅作戦に破れたのか。
包囲作戦は接触面積が多く、ファランクスは中央の人間が遊んでいる。
戦場で一騎打ちなどの人間ドラマもあるが、それは一部であり。
多数の人間で取り囲めば各所で1VS3なりの支援効果が得られる。
結果ファランクスは敗れて民主主義は終わった。
当時の民主主義は過半数ではなく全員一致のコンセンサスを取っていた。
過半数は教皇を決めるためにソフィア正教でのみ行われた、多数決は新しいやり方だ。
ファランクスは友達が隣で殺されていても戦線を維持する『義務と権利』を前提とした民主主義の極みであった。
「百人の人間の脳味噌を使って考えたことが一人の知恵に負けるはずがない」
民主主義への信仰が知恵を鈍らせた。
モアは同じ失敗を繰り返さぬために、アルテシアのような議会政治を目指さず、利益団体の代表者による秘密政治をしいた。
モアはファランクスを改良して、ドーナッツ状の陣形を考案した。
接触面積も増えるし、後方になった部隊の動き方次第では包囲にうっれる優れ物である。
当時は連続突撃しかなかった攻め手にも、強力な跳び道具を配置して左右に移動しながら、鋸の回転刃のように一枚ずつ薄く削っていく陣形を考案した。(東方では車懸り陣形と呼ばれる)
生存率は兵器や鎧の優劣で決まると計算し、支給品を作り、装備率を高め、新兵器の開発にも着手して、連射弓や鋼の弓や鉄砲など開発した。
カストーナのアデューがいればモアに意見しただろうが、官僚達の間ではモアは神にも等しい存在だった。
モアは中央の戦線に魔法使いに1メートル程の穴を三百メートルに渡って掘らせた。油をまいて幻覚を使って隠した。
「やーい、やーい、臆病者」という手紙を添えて、女の服の上下をトルーダムに送り付けた。
怒り心頭に達したトルーダムはカロの副官の制止に耳を貸さなかった。
「モアめ、俺を裏切ったな」副官には分からなかった。
裏切ったのはモアではなくトルーダムの方なのだ。
怒り狂うトルーダムの剣に腹を貫かれていた。
死に逝く意識の中で思った。
しいて挙げるなりばモアはトルーダムが望んだ戦い方をしなかった。
世にも愚劣な突進が始まった。
トルーダムは味方の屍を乗り越えて渡るつもりだ。
「どうして? 中央が?」一進一退を繰り返していたカロは突撃するオリアン軍を見て涙を浮かべた。
副官をののしったが、彼はこの世にはいなかった。
リーファはモアの隣にいた。
アルテシアのおもりばかりでは退屈だろうとモアが戦場に連れてきていた。
二人とも馬上の上で戦場を眺めていた。
「トルーダム様が突撃を開始しました。
勝ちましたね」リーファが報告してきた。
「そうだね、不謹慎だけどリーファ、話を聞いてほしい」モアがほほ笑んだ。
「ジオンの愛人ならばお断りです。
あの子にはおもちゃが一人いるでしょう」
「あれは安物だ。
愛より高価ではない」
「愛のない結婚をさせるからですか? 幸せは自分達で作るものですよ」
リーファは戦場から目を外してモアを見た。
「だが、魂は父親が与える物だ。
愛するものを守りたい情熱が少年を大人に変える」
オリアン軍は折り重なって落とし穴に落ちた。
サルディーラ軍は容赦なく火をっけた。
煙は幻覚の維持を終了した魔法使いの手によって、風を操られオリアン国に流された。
苦しむ人間が屍を乗り越えた時、サルディーラ軍によって処理された。
「どうして与えてないと思うのですか?
妻より弱い男だからですか?
それなら間違いです。
私の父親のように威張り散らす男よりも、モア様の在り方は何倍も素敵だと思います。
リリア様は人前でモア様を殴られますが、その事で誰もモア様が愚かだとは思いません」
「違うのだよ、リーファ。
ジオンがトルーダムを笑ったから、そう思った「トルーダムを倒すのは簡単だ」と口にした」
リーファの問いに多く答えるモアは不思議だった。
このころのモアは「そうかもしれない、そうでないかもしれない」「こんな事もあろうかと」「すべては決められた通り義務をなせ」の三種類しか話さなかった。
リーファはモアの中でも特別な人になっていた。
モアは彼女には多くの言葉を尽くした。
「私はジオンに一度だけ叱った事がある、私の浮気の現場をリリアに告げ口したからだ」
戦場でトルーダムが退却を指示した。
彼は自らの無謀を知った。
「私だからいいが、「他の兵士ならば命をかけて君を守ってくれなくなるぞ!」幸いリリアも浮気の是非はともかく、性根が気に入らないとジオンを怒った」
モアは悲しい顔をした。
トルーダムとジオンのどちらに対してか分からない、あるいは両方にかもしれない。
彼の心の中では戦場より、リーファより大きな存在だった。
「トルーダムをひっかけるのは簡単だ。
しかし愛すべき人間の一人だと思っている。
二十年も生きてないジオンに、私の友人は馬鹿にされるような生き方はしてこなかった」
オリアン軍は退却を始めた。
総崩れといったほうがいいかもしれない。
「政体が王政であるとか、民主主義であるとかは人間の幸福と関係のないことだ。
主人と奴隷の関係も人間の数だけある、討たれた主人の首を命懸けで取り返し、主人の奥さんに手渡した『戦闘奴隷』だっている。
人間関係は人の数だけある」
シンガリはトルーダムが努めているのと報告を受けた。
モアは特殊な剣を腰に佩いた。
「世界で何番目かに美しい生き方は確実にあるのに、私はあまりに生き方を比べてはいけないと言い過ぎた。
このままではジオン個人は涙するほど充実した人生をおくれずに、命を終えると思い「旅に出て、人と出会え」と言ってしまった」
モアは「追撃は?」という軍務官僚の声に「慎重に」とだけ答えた。
「昔リリアと新婚旅行に出たとき、始めて船乗る彼女は凄くおとなしかった。
マネキン人形のようにしゃべらなかった。
海でエビをとり、生で食べた私の笑顔が怖かったらしい。
このまま伝説の『新大陸』まで行く気ではないかと不安になるほど、私の笑顔が眩しかったらしい。
リリアは陸に上がると私の二の腕を握って、耳を噛みながら命令したよ「お前を二度と海には近付げない」恐ろしい程、嫉妬深い女だと思ったが、私もジオンの事が不安になってきた。
連れ戻してほしい」
「どうして私なのですか?」
リーファは答えを知っていた。
それは彼女の気持ちを無視したものだ。
「ジオンは深海魚のような男だ。
連れ戻すのにエサが必要だ」
リーファは複雑な顔をした。
「私が行げば、卑怯にも私を欲求するかも知れない」
少し怒った。
「ジオンは君に嫌われたくないから、そこまで落ちたことはしないだろう。
卑劣にも君が言った通りならば、悪いようにはしない。
与えてくれ」
モアはゆっくりと馬を走らせた。
「どこへ行かれるのですか?」
リーファも馬を走らせた。
「トルーダムの所だ」
「話し合いをされるおつもりですか?」
「そんな所だ」
少し沈黙した。
彼が少し長生きしていれば、世の中は今ある姿と少しずれていた。
例えばデュープロセスの概念がある。
刑法は警察が守る法律だが、強姦事件があり犯人を捕まえて「お前みたいなのは人間のクズだ」と殴ってしまったら、例え証人がいて、証拠があったにしても、デュープロセス(逮捕上の手続き)違反で無罪になってしまう。
これは人の在り方とかけ離れている気がする。
モアが後少し生きていれば、もう少し納得のいくものだったと思う。
システムは多角的視点からの公正を目指すあまり、人間の感情を吸い上げなくなった。
「リーファ。ジオンにサルディーラの魂の在処を教えてくれ」
振り向いたモアは笑顔だった。
年下の男の子のようで美しかった。
リーファは急に不安になった。
昔、出会った、あの時の、天使に似ていた。
魂が似ていた。
「何を言えと」思わず叫んだ。
「赤心を人中に置け。
リーファの心の中で美しい姿であれ。
それが本当に生きたと言う事」
「誰か一緒に来て」リーファがそれだけを叫んだ。
「モア様ご乱心」など叫べなかった。
どんなに人の姿してもリーファのような官僚には神だった。
モアの着ている鎧は軽くてジワリジワリと引き離された。
三人の男が反応したがリーファより早く馬を走らせなかった。
モアが叫んだ。
「トルーダム。一騎打ちを所望する」
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