第30話 モアとトルーダム再会

 お爺さんから聞いたきこりの家にたどり着いたときは、トルーダムは山に木を切りに出かけていた。

「よお、出世頭」モアに声をかけてきた。

「有史以来の逆玉だからな、否定はせんが、この幸運を譲れる物なら譲りたい」

「貴族の社会は嫌か?」

「僕にとって自然ではないね。

 破戒僧をしていたときも、市役所や王室で役人をしていた時も自然体で入れたよ」

「税金みたいな物だ、がんばれ」

「それより、この家に貴族の坊やが世話になっている。

 会いたい」

「礼儀正しいし、なかなかの働き者だ。

 孫娘と所帯を持ってほしいと思っている」

 モアは部屋を見回して剣と鎧を見た。

「やめておけ、貴族の名前はトルーダム。

 エスカチオン国王シャンリー三世の弟で、ソフィア正教圏最強の騎土だ」

 台所でガラスが割れる音がした。

 モアは割れた食器を片付ける女を見た。

 イゾルデに似ていて美人だった。

 性格は控え目でおとなしそうに見えた。

 指先が震えていた。

 女からトルーダムの匂いがした。

「世間ズレしていると思っていたが、そんなに凄い奴だったとは」

 突然扉が開いた。

 きこり姿のトルーダムが立っていた。

「トルーダム。

 話が早い。

 国王がお前のことを心配している。

 エスカチオンに帰れ」

 四角い物を丸くおさめる。

 ここがモアの真価を発揮する場所である。

 裁判が発展するまでに、モアは口先だけで地方の揉め事をおさめてきた。

 モアは黙って金貨の袋を置いた。

「彼も未来ある身だ。

 娘さんに十分な補償をするから、ここでの生活は黙っていてほしい」

 モアはゆっくりと立ち上がった。

 近付いてきたトルーダムは、モアの頬を手の甲で平手打ちした。

 モアはふっとんだ。

「?」目を白黒させた。

「俺はこの娘と結婚する」

「工ー」皆が一斉に驚いた。

 モアはガサゴソとゴキブリのように、トルーダムの足元に近付いた。

「アンタ、本気で言っているの?」モアが再度確認した。

「男に二言はない」

「モアさん。この坊やと、三人で語をする時間を下さい」

 きこりの翁から提案があった。

 モアは黙ってうなずいた。

 モアが部屋からでる時、老人の声がした。

「トルーダムさん。

 あなたが居るべき場所はここではない」

 モアが周囲を散歩していると、近くの木が人間の大きさぐらい、不自然に膨れ上がっている場所があった。

 絵が下手だった。

「カロか?」ぼそりとっぶやいた。

 布をはぎ取りカロが現れた。

「カロよ。トルーダムは扱いにくい…」

 モアが普段通り話しかけていたら。

 カロと副官がピョーンとモアに飛び付いてきた。

 モアは麻の荒縄で芋虫のようにグルグル巻きにされた。

「カロよ、せめて足だけでも解いたら、運びやすいのではないか?」

「足でピアノをひける男だからな、自由にできない」

「どうする気だ」モアは一応聞いた。

「知れたこと、オリアンに連れ帰り、なぶり殺しにしてくれるは」

「H」モアが頬を染めた。

 カロが刀を抜き、今すぐ殺そうとしたが副官が押しとどめた。

 二人はモアをベンチ代わりにして弁当を広げた。

「後はトルーダムだけだな」談笑しているときだった。

 森全体を震わせる風がおき「モア様を放せ」とどこからともなく声がした。

 オリアン国はサルディーラより迷信深いが「モア様」の「様」がカロを冷静にさせた。

 カロは冷静にモアを人質にした。

 すぐ側で火柱がたった。

 彼女は冷静でいられなくなり、体中から炎が吹き出した。

「人造人間の研究はまだ完全ではない」

 モアがカロに叫んだ。

 カロはモアの愛人スーリヤを見た。

 服まで燃え出していた。

 不思議そうに自分の手を見てモアを見た。

「感情がトリガーになってコントロール不能な力を引き出した。

 初めてではない、私が抱き締めて深呼吸させたらおさまった。

 ただあの時は魔法使いに『耐火』の防御魔法をかけさせていた」

「どうなる」

 カロがモアに聞いた。

「こうなる」

 瞬間、三人とも火ダルマになった。

 モアにまで火がついてスーリヤも悲鳴をあげた。

「こっちに泉がある」

 モアが兎跳びの要領で猛然とダッシュした。

 二本足のカロと副官が追いつけなかった。

 カロは燃えながら副官に叫んだ。

「あの男だけは何するか分からん、決して信用するな」

 三人とも泉の中に人った。

 ジューという音がした。

 体を冷やし仲良く思考を止めた。

 トルーダムがスーリヤを抱いて現れた。

 全身を覆った炎は消えていた。

「気絶させた」と口にした。

 愛馬レッド・ラビットには山小屋にいた女性が座っている。

 泉のそばにスーリヤを寝かせると騎乗の人になった。

 娘はトルーダムに激しくしがみついた。

 下を向いて何度も深いため息をついた。

「カロよ、モアは友人だ。

 お前に殺させるつもりはない」トルーダムが口にした。

「モアよ、兄に伝えてくれ。

 あなたの知っている男は死んだ。

 オレはこの人と結婚する」

 娘はしがみつき、悲しい顔をした。

 幸福もなく、祝福もなく、そこには愛しかなかった。

 モアは狂った磁石のようにクルクル泉の上を回っていた。

「彼も知らず。己も知らざれば必ず敗れる。

 お前では娘を幸福にはできない。

 裏切り者は裏切られるが運命」

「もう、長生きをする気はない」

 トルーダムが少し笑った。

 戦争が終り自分の居場所がなくなることを分かっていた。

 そして兄に嫌われていることも知っていた。

「だったら、娘を巻き込むな」

 娘がモアに対して始めて口をきいた。

「これで不幸になるのなら、すべて私の望んだことです。

 自らの愛情に焼け焦がれて死んでいく生き方を選んだ。

 私がトルーダム様の側にいることを望みました」

 モアは女の覚悟を知った。

 男を売るという言葉があるが『私の愛が欲しいのならば、全てを捨てろ』最高の女のみに赦されたセリフだ。

 女を売るという言葉は今では売春の隠語であるが、昔は気風の良さを言っていた。

 自分の結婚相手に『つまらない物ですがもらって下さい』など、口がさけても言わない。

 久し振りにいい女を見た。

「話は分かった。ならば…」モアは口にできなかった。

 トルーダムとシャンリー四世について考えた。

 モアはトルーダムの背を見送った。

「ソフィアは全てを知り賜う」

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