第29話 モアの家庭環境とその周辺
モアは青い髪の赤ん坊を抱いていた。
モアの子供であるがリリアの子供ではなかった。
初期改造人間スーリヤが産んだものだ。
エリンバラ攻略の後、秘密結杜「闇の
代々のエリンバラ貴族が先送りしていた。
非政府公認の暗殺者集団であり子供を誘拐しては暗黒神に捧げる邪教集団であった。
モアの率いるサルディーラ軍がエリンバラの統治をおこなうまで人々は泣き寝入りするしかなかった。
モアはすぐに動いた。
国家が軍隊を持つ意義は、民衆の生命と財産を守るため。
モアには「税金を取る以上安全保障は国家の責務である」その理念があった。
最新技術を持つ軍隊と魔法を使ったゲリラ戦の戦いだった。
ダーク・クレイブは一枚岩でなく、モアに各個撃破された。
記録の中には8つの砦を一日で抜いたと書いてある。
要塞ほど強力でなくても、話し半分でも恐るべき戦争手腕。
ソフィア正教に改宗して、モアに味方したダーク・クレイブの一派の中に、赤毛の少女スーリヤの姿があった。
彼女は兵器とよんだが良いほどの魔力の持ち主である。
作りたてのサルディーラ大学から何人かの教授や魔法使いをに連れてきて、ダーク・クレイブが持っていた魔法文化、暗黒神文明の研究をおこなった。
教会は非難したがモアは恐れなかった。
自分達が何を滅ぼしたのか、ダーク・クレイブは何を大切にしたか、彼らはどの様な歴史をたどり、誘拐、生け賛を始めたか。
現在モアが編纂した資料は全て、歴史家の厳しい批判に耐える一級資料である。
「歴史は繰り返す。
彼らを擁護するつもりはないが、サルディーラの破滅を防ぐために研究する必要はある。
民族の興亡の歴史の中に謙虚であれば回避できたものがある。
理想は問わない。
過去に学べ」
それはダーク・クレイブの事だけではない。
レアに対する研究もさる事ながら彼等の独特の感姓を研究するために、愛した音楽や詩も集めた。
新大陸の文明にも関心を持ち『今日は死ぬのにとてもいい日だ』から姶まる詩文を作った。
新大陸発見により一世紀。
モアは僅かに情報で蝕れ合う事ができたアコガレの大陸であり、原住民が持っている精神文化や思想哲学の影響を受けて『』のような詩を作った。
影響を受けたというならば、レアが持つ進んだ医学にも関心を持ち全てを導入した。
医学と言う物は人間に残酷な時代、場所ほど発展した歴史がある。
今日『薬学』『外科』『内科』と分類されているのは、レアの分類をモアがそのまま輸入したためである。
この時期のソフィア正教圏は『麻酔』『手術』などの分野でレア文明に対して遥かに遅れをとっていた。
リリア・サルディーラが左腕のマジック・ハンドを移植した時は麻酔などなかった。
大きな丸太に手を突っ込んで手術させた。
豪傑リリアゆえに、その時は木ぎれをくわえてモアとニャンニャンしていたという記録がエスカチオンに残っている。
なぜならば、この事件はノーマ帝国とエスカチオンの決戦時におきている。
ノーマ帝国の両翼包囲の陣形とエスカチオンの斜傾陣がとが激突した。
この時代の騎馬民族ミリディアはノーマ帝国の植民地であり、この戦争で左翼を任された。
サルディーラはエスカチオン軍の右翼に陣を張り、敵より少数で徹底して防衛を行なった。
エスカチオンの狙いは力を片翼に集中させ、相手の意図を挫くと共に、その勝利をかって中央に横槍を人れる。
リリア個人は一騎打ちで左手をはね飛ぱされた。
彼女はリベンジを誓い、即刻手術に踏み切った。
モアは勢いを利用しての追撃戦に消極的だったが、リリアはヤル気満々だった。
朝になって魔法の腕のついたリリアが起きてきた。
体にシーツを巻きつけて、汗をダラダラと流す彼女に声をかける者はいなかった。
右腕で顎をなでながら噛み具合を確かめた。
十代の幼い騎士見習い《スクワイヤ》を見てニヤリと笑い、女の匂いをプンプンさ世ながら声をかけた。
「(モアを)少し寝かせてやれ、昨日は一晩中だったから、モアといえど消耗している」
「体は? 大丈夫ですか?」
「顎の調子は良くないがジオンを産んだ時よりは楽だ。
あの時はさすがの私も動けなかったからな」
リリアは豪快に笑った。
モアは別のものを感じ取り、魔法使いや大学に対して『麻酔』技術の向上を指示した。
「豪快な人で痛がる時も派手だった。
太陽が登るとき、私も○○から血の一滴が出て死ぬかもしれないと思った」
モアも言葉を残している。
彼は『第7回十字軍』遠征から死ぬまでの時期に、各所の大学で専門学部を立ち上げようとして、ギルドを含む産業界や行政機関や大学運営機関の意見を聞き、コンセンサスを取って改革を断行していた。
モアはレアの医学の分類を素晴らしいと思い、自分のものにして他の分野にも応用し発展させた。
ノーマ帝国のように、完全な縦割り官僚組織にならないために、王室直属の企画機関と監査機関と戦略機関を作りあげた。
メンバーを民間ギルド代表と大学教授と軍人貴族で固め、官僚や坊主からの独立した組織を作った。
モアとリリアの結婚で一番震撼したのが官僚達だった。
字の読めないリリアと、市役所(当時は町の税金を集めていた)出身の裏表を知っているモアでは、相手にした時の恐ろしさは雲泥の違いがあった。
これならば貴族の馬鹿息子と政略結婚の方が余程気楽だった。
アルテシアはモアから「官僚は仕事を細分化して自己増殖する。
自分の子分や天下り先を作るから、しょっちゅう『お前がやれよ』と言って仕事を統合しなきゃいけない」とアドバイスを受けている。
サルディーラを引き継ぐアルテシアは父親の深い配慮と遣産に涙を流して感謝した。
「モアの遺児として、躍動する精神と獲猛なる決断。
確かな技術と柔軟なシステムで、サルディーラの舵取りをする」
王位継承の宣誓を行った。
彼女は世界有数の知略を持ち、果断なリーダーシップを発揮した。
モアの財産を背中に常に感じながら……。
そしてモアにも最大の試練のときがきた。
リリア・サルディーラ政権下で愛人を持とうとする試みである。
スーリヤなる少女といかなる約束をしたか知らないが、あまりの無謀さに、カストーナのアデューが遺書を書くように進めたほどだ。
この頃はノーマ帝国からヘッド・ハンティングを受け、二人の子供は順調に大きくなり、モアに色気が出た。
「私は、この娘・スーリヤと聖なる約東をしてしまった。
リリアを愛している。
彼女を僕の側に置いていないとダーク・クレイブとの政治的安定が得られない。
一人ぐらい大目に見てよ」
モアは露骨な開き直りを見せた。
アルフレッド・ボカッチオ四世の演劇の中では、リリアはモアに片膝をつき、モアの手の甲にキスをしながら愛の告白をした。
「私達を見捨てないで下さい」
男本位の美しい話だが現実は違う。
彼はアデューの日記を故意に無視した。
「ひでぶ~」モアはリリアのビンタをくらい派手に壁に激突した。
もうろうとした意識の中で、鼻血を押さえながらリリアの顔を見た。
怒りに顔を上気させ白い斜めの傷がランランと輝いている。
椅子に座り、上等なワインを飲んだ。
誰も近付かないから手酌ではあったが、
どこまでも優雅でゆっくりとしていた。
「冷静に、殺すな。お母さん」
「お父さんが死んじゃう」子供達が叫んだ。
ジオンはモアから相談を受げていた。
「私の味方をしろ」シャンリーやその辺にも根回しは終了していた。
私がスネればリリアも必ずおれる。
あの時は納得したが、現実は違った。
親父は調子に乗り過ぎた。
「ナメてんのか。テメエ!」アルコールの回ったリリアの一声だった。
アルテシアは踏み止どまったが、ジオンはそそくさとその場から退場した。
サルディーラ包囲綱を耐えた彼女のプライドは象が踏んでも壊れない。
モアは著書「妥協論」の中で「僅かな利益を守ろうとするエゴイストのみが、妥協できるのだ。
計算のない人、敬度な人、真に強く優しい人に妥協はない」これだけの哲理が幸福な生活から得られない。
哲学は退屈な人々の遊びではなく、自分の不幸を解析し、意味を求めた人々の悲しい笑いだった。
運命に操られる人形に見立てた小さな劇場だった。
リリアはゆっくりと足を組み足首で白い靴を動かした。
「ここにキスしろ」と優しい笑顔を浮かべて命令した。
寛大にも彼女はモアのいたずら、小さな火遊びを赦そうとした。
モアはゴキブリのように這いながらリリアのそぱに行き「女王陛下に永遠の愛と忠誠を…」靴を両手に取り静かな口付けをした。
アルテシアもモアの根回しを受けていた。
「権力者として働いた。
私にもお釣が来ていい頃だ」
アルテシアも反対する気はなかった。
モアの欲求は貴族社会で細やかなものだ。
「お母さん。今こそ女の度量を見せるとき、騒ぎ立てるのは、婦人の美学に反します。
お父さんはすぐにお母さんの所に帰ってきます」
モアはアルテシアのセリフまで用意していた。
アルテシアは一言も発しなかった。
女王リリアは鼻の穴を大きく広げて深呼吸した、モアの恭順に満足していた。
彼女の目が夫を誘惑した、若い女を捕らえた。
モアは二人の視線の間に入らないように頭を下げた。
モアは自分を守れないのに、彼女を弁護できなかった。
それでも若いスーリヤのモアに向ける崇拝の視線は変わらなかった。
リリアの激しい敵惰心の視線を受けたとき、黙って目をつぶるだけだった。
スーリヤは初期の人工生命だから知能はそれ程高くはなかった。
アルテシアが「結局死ぬまで掛け算を覚えなかった」と発言していた。
「あきらめな、この国に愛人の制度はない」リリアが言い放った。
「嫌です。
私のお腹にはモア様の赤ちゃんがいます。
モア様のご主人様は優しい人だと聞いています。
どうか一緒に住む許可を下さい。
ご主人様の空いている時間だけモア様を貸与して頂けれぱ構いません。
どうか私も一緒においてやってください」
若い愛人スーリヤは頭を下げて頼んだ。
第十三婦人のような権力志向の人間ならいざ知らず、この言葉の足りない娘がモアをだましたとは思えなかった。
むしろ逆だろう。
リリアは素朴な人間は好きだった。
愛人から子供を奪って追い出した貴族を罰したこともある。
「母恋し」と思慕の情にかられた人間を、家で会えないのならば母親と暮らせるように、首都で登用したこともある。
貴族が奴隷に手を付ける場合はたくさんあり、生まれた子が自らの出生の秘密を恥じ産みの親を軽んじる行為を軽蔑した。
「そうか、子供がいるのか」リリアはモアを見た。
モアはポッと赤面させた。
思いっきりモアを蹴った後、静かに考えた。
リリアは感情的人間ではあるが完全なる馬鹿ではなかった。
モアの息子ならぱ、ジオンにとっては弟である。
王位継承権は与える気はない。
私の感情とは別に、将来ジオンが政権を作るとき利用できるかも。
モアの息子だ、馬鹿ではないぞ。
「モアの策にはまったようで腹が立つが許可しよう。
私個人はスーリヤのような、素直で朴訥な人間は嫌いではない。
このような問題がなけれぱ愛すべき人柄だと思っている。
モアより私に忠誠を誓うと約束できるか?」
「モア様の側にいられるならば」
モアはやっと愛人を1人獲得した。
回数は徹底してリリアに管理されて、残酷にも彼女の気分で中断される時もあった。
ヴァレンシアに小話がある。
リリアとモアのナイトライフにっいてだ。
リリア「あなたの心は若い愛人の所に飛んでいるでしょう」
モア「しょうがないな~。心を君のところに置いて、体は向こうにいってくるよ」
スタスタスタスタ。
リリア「…………」
スーリヤ「途中でリリア様が入ってきてモア様にとどめを刺した。
瞬間、体の中にいつもの倍は(精液を)出したから死んだかと思った」
創作だろうと思うが、カストーナのアデューが心配する、モアの本性に一番近い話だ。
モアは愛人スーリヤと供にトルーダムの捜索へでかけた。
半端な護衛より、スーリヤの方が余程強かった。
男同土旅をさせれば、結託する可能性がある。
アルテシアはモアより遥かに剣技が冴える。
護衛としてつけても旅先でのモアの浮気を許可するかもしれない。
父親を神聖視している所があり、少し道徳を外すぐらい赦す可能性があった。
護衛にスーリヤを選んだ。
リリアから「良く見張っておけ」と命令された。
モアもアルテシアの武力の強さにショックを受けていた。
練習だと思うが自分より年上の男の木刀をはじき飛ばしていた。
「領主の娘だからといって手加減も、遠慮もいらんぞ」と喉元に木刀を突き付げ静かに口にしていた。
「お前は弱いよな?」ジオンに聞いた。
「アレより強いよ」アルテシアを指差して答えた。
モアはサルディーラ家最弱となった。
子供の成長は嬉しいような、寂しような、気持ちを切り替えて愛人との旅を楽しんだ。
馬車の上でモアがミルクのでるオッパイに興味を持ち、上半身は人とすれ違う時しか服を着させてもらえなかった。
スーリヤは乳房の谷間に顔をうずめるモアを見て「これが史上最強の知謀ならぱ人類の歴史も大した物ではない」と想った。
モアは罠漁師のお爺さんに変な貴族が、きこりの家に世話になっていると聞き、場所を教えてもらった。
モアのお爺さんも変わり者で、家出してきたジオンに罠の作り方や、山での仕掛け方、釣りのしかた、動物の習性など教えた。
ジオンは高い理想を持った強すぎる女を母に持った。
息苦しくなり、モンダル山のモアのおじいさんの所に家出をした。
将来海賊になる男だが、幼児期は母の期待に答えようと一生懸命だった。
母は男が持つ動物としての生理や、射精本能まで否定するほど道徳的な人だった。
ジオンは早くからそれを感じ、反抗期に巨大な力に抵抗できずドロップアウトした。
ジオンの家出先はモアのお父さんの所だった。
知り合いの貴族がいて、飲み食いもさせてもらえるだろうが、異常気象の冬にはモアの所に金を無心にくる貧乏な人をたよった。
当時リリアはモアの出自を恥じる事なく、親孝行させてやろうと、城によっていけと頼んだが、恐縮ばかりして、身分の高いリリアとまともに話もできなかった。
「許してやってくれ」モアがリリアに頼んだ。
ジオンはモンダル山に行き、おじいさんの指示の下働きをした。
食わせてもらえるから否定しないが、子供がここまで働くことになるとは思っていなかった。
「お前、何しにきたんだ、罠猟師になりにきたのではないのか?」
ジオンもお爺さんに言われてびっくりした。
彼も深く考えた。
答えを出す前にモアが迎えにきた。
「お爺さんは変わり者だろう」
モアが笑いながら声をかけてきた。
ジオンはすぐに返事ができなかった。
「お母さんが心配している。
帰ってきて王子様をしろ」
モアの言葉にジオンは黙ってうなずいた。
モアは答えを知っていた。
ジオンは人間が恋しかった。
王子を辞める時間が、一人の人間として見られる時間が欲しかった。
リリアにジオンが産まれた視線をに口にした。
『愛し過ぎるな、一人では何も選べない人間に育つぞ』短い警告をした。
リリアが胸に抱いたジオンヘのまなざしは・・
普通の母親が無事に産まれてきた我が子に向ける以上の物があった。
モアは一瞬で理解した。
ジオンは強すぎる母を持ったのだ。
リリアにはアルテシアと遊んでやれと口にして迎えにいくことにした。
アルテシアは知っていた母が自分をジオンより愛してないことを。
「お母さんにとって、私はジオンの余りよ、
スパルタを受けずにすんだけど」
チェスをしながら、モアに何度も不平を言った。
彼女とまともに戦えるのは(もちろんチェスで)モアしかいなかった。
「お父さんはこうして遊んでくれるアルテシアの方が好きだぞ、
ジオンはお母さんに取られてしまった」
モアは小説を書きながらゲーム盤を見ることなく、足の人差し指と親指とで駒を挟んで動かす。
「チェックメイト」
「これはこれで屈辱だわ」アルテシアが答えた。
仕事をしたり小説を書いたりしながらアルテシアと遊んだ。
多くの本を読んで聞かせ、沢山の話をし、高価な贈物をした。
女のように扱い、少女のように、大人のように、子供のように……。
「アルテシア、ジオンの友人になってくれ。
お前の側にいるときだけは、王子の重荷を取ってやれ」
二人はライバルであり、モアの願い通りの関係を築かなかった。
モアは直接サルディーラに帰らなかった。
隣山の羊飼いの家に寄った。
そこには一匹の老犬がいた。
モアはジオンに「話を聞いてこい」とだけ口にした。
家の人は首輪を見せてもらった。
皮でできた布に、内側から百本の釘が打ち付けられていた。
狼は首を噛むから、それで防御した。
その犬の名はビクトルと言う、狼を胸板でぶつかるだけで殺した。
牧羊犬であり、産気づいた羊が森の中に迷い込んだとき、一匹だけ残り出産に立ち会い、生まれたぱかりの子と産んだ母親を無事に連れて帰ってきた。
モンダル山近辺では伝説になった。
今は年老いて足腰がふらふらしていた。
彼の日課は家から近くの丘まで歩き、羊の群れが消えた方向を見守り、群れが帰って来るときに又歩いて丘まで迎えに行く。
年端のいかない子供達が心配そうに後ろから横からついて歩いた。
周りの人間が温かかった。
「お前に一番欠けているものだ」モアが口にした。
「自分が学びたかった事は、貴族から手に入らないことは分かっていた。
だから山奥にきた。
お爺さんには悪いけど、山の中に中途半端な気持ちできた」
ジオンは何も答えることは出来なかった。
「答えなくていい、政治に自然科学の目を導入した。
私は政治から祭事としての儀式を取り払った。
サルディーラの魂を断ったのは私かもしれない。
政治は過去からの祖先の怨念や人(貴族)の意思や民衆の熱狂をくみあげなくなった。
お前は公正で科学的だけど、踏み外して欲しく無いものがある。
たぶん、お前が逃げ出したい本当の物は母親ではなく、非人間的なシステムを全体だ。
冷たい機械のような法律がきちんと動くには、人間が潤滑油になることだ。
お前にはそこが見えなかったから、逃げ出したくなった。
たぶん、母親だけではない。
法律を作る前提条件は決められたルールを守る集団の意思が必要だ。
どんなに公正な法律を作っても、納得する総意が得られなくては意味がない。
そして、結構人間的ヒューマニックにできてないと受け入れられないよ。
人間の条件は、人間に絶対的な価値があると認めることだ。
人間の命だけは特別で簡単に殺しては取り返しがつかない。
しっかり狸解することだ、感じるだけでは駄目だ」
「あの……、その……」
「自分の気持ちを表現する言葉がないのだろう。
自分を完全に受け入れてくれる母親にだけ逆らっても意味がない。
私が作ろうとする新しい社会が不安なんだ。
答えがないから…。
昨日と同じ事を自分に課せばいいだけの人生では居られなくなるから。
お前は賢いから本当はリリアの方が私より小さい人間であることを知っている」
ジオンは素直にうなずいた。
ジオンは知っていた。
時間的に空間的に距離をおけば、たぶんおけばおくほど、モアの方が優秀な人間であること。
「あの犬はもう役に立たないのに、家人は敬意をはらっている。
夢も希望ももうないだろうに、命が本来持つ力強さゆえに今日まで生きている。
アレが生命だ。
お前は難しく考えようとする割に、余りに小さくて大切な物を感じようとしない。
悩んでいる自分が気持ちいいのか? 身分の高さゆえに情報が入り過ぎている。
損得も大事だが、献身も一つの生き方だ。
英雄だったビクトルは、若き日の仕事に比べれば、遊びのような散歩を自分に課している。
周囲の人間を心配させながら」
モアは犬のビクトルを指差した。
「僕にはお母さんが分からない。
僕は周囲の人とも違う。
他の貴族とも違うようだ。
感精的に攻められると相手の頭が空白に感じる。
お父さんがやろうとしていることは理解できるが、お母さんのは分からない」
「完全主義は良くない、自分の意見に反対するのは半分いて当然と思え。
例えこちらが理路整然として、相手が怒っている感情を理解できる以外、すべてが意味不明な叫びでも。
お母さんに関しては私も理解できない」
相変わらず笑っていた。
「お父さんは犬を見せたかったの?」
「私は子供に対して、『教える』という言葉は嫌いなのだ。
余りにも正面から子供と同き合っていない気がしてね。
教育とはみずみずしい感受性に訴える物でなくてはならない。
人間から生まれたものが人間とは限らない。
人間の条件を守らないものは人の皮をかぶった悪魔にすぎない。
エリート教育を受けたお前に人間の条件を理解させるためにどうしても必要だと恩い、老犬ビクトルを引き合わせることにした。
それは、お母さんのいうサルディーラ王家の誇りと一緒で、言葉では伝わらない。
お前は私を見た。
私が自然科学を至る所で導入したため、お前は
自然科学の上にある計算された『未来』、与えられた『未来』など邪魔にしかならない。
お前はサルディーラを継がなくてもいい。
死ぬ時に『心残り』がたくさんあるような生き方をするな。
私の愛人のスーリヤも冷酷非常な魔法戦士だった。
暗殺技術は高かった。
でも強い意志はなかった。
今のお前より空っぼな人間だった。
自然科学は全てを否定しているが、宗教的な道徳に満ちた生き方も立派な選択の一つ。
でもスーリヤの社会(ダーク・クレイブ)が、彼女に課した人の在り方、人間の生き方は、この世で何番目かに醜い生き方だ。
彼女に選択の権利さえなかった。
お前は母さんのように誇りや魂を持つことはない。
この世で何番目かに美しい生き方を自分の目で探せ」
ジオンは老犬を見ていた。
「感情は人の目を曇らせる。
お前は公正になれる。
きっと探せる。
生き方と感性は人と比べてはいけない」
「お父さんはお母さんの事好き?」
「私も市役所に勤めていた頃は彼女にアコガレを抱いてた。
近付く程、冷めてきた。
運命は残忍で残酷だが、ジオンやアルテシアに出会えたから感謝している。
夫婦だから色々あるが、あの時のアコガレだけは永遠に忘れないようにしたい」
「僕は憎くはないけど好きでない」ジオンは複雑な顔をした。
「もう少し詩人になれよ、『憎からず思う』は好きの別称だぞ。
大丈夫。
私の目から見て君は十分にお母さんを愛している」
モアは笑っていた。
「僕達、これから、どうなるの?」
ジオンが問いかけた時、モアは笑うのをやめた。
「それは多分誰にも分からない。
答えなどない問いかけだろう。
でも、未来は何もないわげではない、夢と希望……。
いや、それも違うか。
白い…、白いキャンパスに、ただロマンを創るのかな」
ジオンはモアを見上げた。
「そうだな、『男のロマン』があるじゃないか」
モアがジオンに笑いかけた。
「僕には、無理だよ、たぶんお父さんの半分も上手に生きられない」
「オレなんかたいしたことないし、戦争の達人になっても人生の達人にはならなくていいよ、生き方は不器用でいいよ。
何かにならなくていいよ。
どうせ未来の地図なんて今とは書き換わっている。
胸に情熱のコンパスを秘めて生きろ」
「どうしてお父さんはそんな風になれるの?」
「さあね、あんまり人に勧める人生でもないがね。
侮られるような生き方はしてこなかったがな」
「お父さん、僕は、今、本当は、何をしなくてはいけなかったの?」
「基礎を身に付けることかな、学力だけでもなく、武力だけでもなく、人間の総合力としての基礎を身に付けることだ。
学と武をおろそかにしていいとはいわないがね。
ロマン(古代ローマ人の物語)を求める時に……、必要になるから」
ジオンのまなざしがあまりに誠実で真剣だった。モアは笑った。
「全てにおいて、基礎がないと・・、
ただの自己満足に・・、いろんな所に迷惑が・・
そのための準備が・・、ルールを作る側に・・
ま、いっか。(オレは)そんなに、真面目には生きてこなかったか・・」
くしゃくしゃと頭をなでた。
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