第28話 親子で魚釣り
トルーダム行方不明。
その報告を受けたモアは「マタか」の一言だけだった。
難しい戦後処理をモアの望む形で終了させた。
ジオンが攻略した要塞はエスカチオン国サルディーラ領へ編入された。
密約通りもといた貴族に領主をまかせた。
以後、修理や補強などの戦後の経営が忙しくトルーダムの事を忘れていた。
やっと冬も近くなってから趣味である料理の材料をとりに、ジオンと供に魚釣りに居城近くの湖まで出かけた。
「お父さんは昔、ヱスカチオン国の馬上槍試合のトーナメントで優勝した事あるぐらい強かったのでしょう。
なぜお母さんになぐられっぱなしなの?」
幼いジオンに質問された時つらかった。
あの優勝は『奇跡の勝利』だった。
トーナメントと言えど、名前のあがらぬ他国の騎土がやってきて、それなりに毎年盛り上がる。
優勝カップの台座には「このカップが他国に行くことあれば、責任者は首を台座に捧げよ」とまで書かれている。
予選はほぼ買収だった。
モアの相手の騎士がドタバタ喜劇スラップスティックのように倒れて会場に笑いがおこった。
勝ち上がる度に赤面せねばならなかった。
サルディーラの色事士モアを決勝トーナメントまで残しては、エスカチオン騎土道の恥と思ったのか、予選決勝では買収に応じてくれなかった。
相手の馬の足に細工をして、なんとかベスト8まで来た。
一回戦はハハキトク、スグカエレと偽書を送り不戦勝を得た。
人々はモアの奇跡の進撃に興奮した。
2回戦は下剤を使用して、敵を粉砕した。
この頃から誰も喜ばなくなりだした。
準決勝になれば、モアの事を露骨に卑怯者と呼び出した。
モアはこっそり相手の馬に対して魔法を使い勝利した。
決勝は不戦勝だった。
準決勝B組のトルーダムVS当時エスカチオン最強の勇将ガッポの戦いが引き分けに終りモアの優勝が決まった。
エスカチオン中が氷ついた。
モアの弱さを知っていたから誰も喜ばなかった。
「異議あり」と唱えるものまで現れた。
シャンリー三世がまとめた。
「言い出せばきりがない。
証拠がないのだから。
モアが勝ったというのではなく、奇跡が一人勝利したことにしよう」
モアは優勝カップを手にしたが誰も称えなかった。
手渡したシャンリー三世も「おめでとう」とは言わなかった。
ただ、リリアの叔父にあたる男が酒を持ってやってきた。
モアは知っていた。
叔父の息子が参加していることを。
「お前に勝てる男はいない。
オレも天下の覇権を夢見たことはあるが、やはり、お前ほどの悪の量は持たねえ。
大した奴だよ。
オレがお前のように生まれていてはそこまで這い上れなかった。
モアよ。
お前のことを認めてやるよ。
サルディーラにお前の血が混ざることは良いことだ」
その日始めてモアはリリアの叔父と酒をのんだ。
以後は、サルディーラ乗っ取りを画策する事なく、みずから『サルディーラ・第一の臣下』と名乗り他の貴族の手本となるように勤めた。
妻リリアは優勝カップを見て「返してこい」とだけ言った。
幼き息子の真っ直ぐな視線はつらかった。
彼は父親を自分の誇りにしたいのだ。
今の年になれは世の中をだいぶ理解し、嫌な質問をしなくなった。
何も言わないがモアのついた、たくさんの嘘に気付いている。
不正行為を知っている。
ジオンの髪の色は、水辺に咲くシンスリーの花の色だった。
キク科の植物で頭に清楚な青色をつけた。
リリアはこの髪を見たとき、驚いて「取かえ子チェンジリング」と騒ぎ出した。
サルディーラには可愛い子供は妖糖が自分の子供と交換する伝説があった。
「ジオンの髪は私の髪だ」と口にして。
髪にかけてある『魔法の粉』を洗った。
モアの髪も清楚な青色の髪に変わった。
アルテシアもこの髪を持って生まれた。
二人の兄弟はモアのように金髪に染めなかった。
自分達で「妖精の髪」と呼びそれなりに気にいっていた。
ヱスカチオン宮廷でリリアとライバル関係にあるシャンリー三世の第十三婦人がモアにちょっかいだしてきた。
リリアと婦人とは出会った瞬間お互いに敵と認識した。
ファッションセンスが奇抜な婦人とぶっきらぼうのリリアでは激突は必死だった。
ただリリアが異常な所は女らしさでも負けるのは嫌だったようだ。
対抗して傷口を広げた。
「あんなに悔しがったら、さぞかしいい気分にさせるだろうに」と娘のアルテシアを感心させた。
リリアは十三婦人を無視することが出来なかった。
「サルディーラのハーブ茶は今年、去年の2倍売れたのよ」
「おめでとう二人のお子さんはお茶を飲む年になったのね」
この会語は創作と思われるが二人は事あるごとに衝突した。
そして十三婦人は髪の青色の子供を産んだ。
それを聞きつけたリリアは烈火の如く怒りモアを肩車して背骨をギリギリ言わせた。
その場はなんとかごまかせたが、アルテシアとジオンに対して二人の手をそっと握りながら「アレは、お前達の腹違いの弟だから、良くしてやってくれ」と頼んでいた。
その婦人が一計を案じた。
どうしてもモアの髪の色を白日の下にさらしたかった。
そしてモアは賭け事が好きだった。
A・B・C・Dの紙コップがあり、どれにビー玉が入っているかを競う。
ビー玉当てのゲームを仕掛けた。
モアはテーブルに穴が開いていることに気付いたが断ることは出来なかった。
何らかの秘密を握られていたようだ。
彼は敗北しいいつけどおり青い髪のまま宮廷に現れた。
有名な絵画『最後の妖精』の題材になった。
モアとジオンは二人で並んで魚を釣りながら話していた。
ジオンが餌を自分でつけようとしたらモアが「いいからいいから」と言いながらつけたから、優しすぎて不気味には感じていた。
「ジオン、母さんに話してないのだが、シャンリー三世の娘と結婚してくれ」
「いいよ」
「軽いな~」
「断れるの?」
「リンダ姫だ」
ジオンも釣具の浮きを見るのをやめた。
「ブスの方? 芙人の方?」
恐る恐る聞いてきた。
「もちろん」
「もちろん?」
「ブスのほうだ」
「なぜだー」ジオンは竿を落として叫んだ。
「美人をもらえば恩をきることなる。
ブスをもらえば恩をきせることになる。
お前も男ならば理由は分かるだろう」
「ちょっと待ってくれ結婚するのは僕ではないのか?」
「当たり前だ! 私ならばあんなブスと結婚するか!」
「すると、お父さんは自分では結婚もできないような女と結婚させるのか、シャンリー三世は娘がたくさんいるだろう。
よりによって、あんなブスでなくても」
「向こうがお前を気に入ったらしい。
シャンリーのじじいに涙を流されて「なんとかしてくれ」と言われれば「説得してみましょう」と答えるしかないだろう」
「何と言う事だ」
「ジオンは八方美人だからな、優しくした覚えぐらいあるだろう。
まあ、最初の方は目をつぶってヤル事だな」
「ちょっと待ってくれ、君主の娘を冷たくしろと言うほうがむずかしいぞ。
私よりあいそをふりまいていたの、もっとたくさんいたぞ。
なぜ、僕なんだ。
財産を欲しがる没落貴族ならば、たくさんいるだろう」
「女心と、秋の空。
私が理解できないのだ。
十代のガキに分かってなるものか。
それに、ジオンよ。
私が説得を失敗しました。
シャンリー三世に報告したとして。
お前ら二人の間に、静かな水面のように涼やかな関係が築けるのか?」
「…………」
「国王陛下も人間だからな、娘を本当に無下にした男と何から話せばいいのだろう」
「しかし、それは……」
「ここでお前がもらいさえすれば、シャンリー三世の最初の言葉は『息子よ』だ。
破顔させた好々爺の顔が目に浮かぶ」
「だが……」
「だがもヘチマもないだろう。
くじ引きをやって、直撃させられたようなものだ。
貴族に産まれていれば、受けるが運命だろう。
私の息子のわりには想像力がない男だ」
「おぞましき新婚生活がちらつくのだ」
「女みたいな悩み方するな、男は選択肢のある時に悩むものだ」。
「自分より体重のある女だぞ!」
「私だってそうだ、お前だけを不幸にはしない」幸福にもしないが。
「母さんは出るところは出て引っ込むべき引っ込んでいる。リンダ姫の陽合は出るところが出て引っ込むところが更に出ている。
食っているものが虫歯に当たる度、象のようなうなり声をあげる女だぞ」
「人生は重き荷物を頂上へ運ぶ旅のようなもの。
幸福は妥協より産まれる。
あきらめられよ」
「嫌だ、あの女が人間なのか疑わしい。
ブタ小屋の放り込んでも溶け込めるぞ」
「それゆえにだろう。
シャンリー三世もお前ならば大切にしてくれると見込んだのだろう。
彼なりに人を見てきたから」
そのまま呆然と立ち尽くしていたが、ジオンはやがて竿を手にした。
釣りを始めたが、まるで幽霊のように存在が希薄になっていった。
顔色はすっかり蒼白になっていた。
「ところで、ジオン君」
モアが猫なで声で話しかけた。
「?」
「君の女性関係を調べさせてもらったが、純情だな~。
初陣前に買ってやった女奴隷におぼれる事なく。
別の年上に恋文を書くとは、青臭くてお父さん照れてしまったよ」
「なー、なー、なー」
「リーファ・ハーバートン」
さすがのジオンも立ち上がった。
「座りたまえ。
ジオン君。
私はいつも息子の幸せを願っている。
ハーバートン家は小頒主であったが、私の改革により没落した。
貴族が土地を維持するのに世襲ではなく、国の士官になってもらう制度を作ったからだ。
男の子がいない場合は養子を送り出しても構わないが、それぞれ家庭の事情もあるのだろう彼女は腕に覚えがあり、女士官となるためにやってきた。
アルテシアの周りを固める人材が欲しいから入学したてから彼女には期待していた」
「本当だろうな?」
「彼女が美人だから不安になのは分かるが、息子と女を取りあうほど暇ではない。
安心したまえ。
ジオンには緒婚はしてもらう。
が、アレを愛さねばならないかと思うとノイローゼをおこすかもしれない。
そこで、私は超法規的手段を用い…」
「超法規…?」
「王室の持つ担否権の応用だ。ハーバートン家の土地の安堵を条件に、ジオンの愛人になることを提案した」
「何と言う事を~。
彼女は僕の事を軽蔑したにちがいない」
「断られた」
「へつ」
「思いっきり断られた。
「侮辱するな」と剣まで抜かれた。
本来ならば、親戚から固めて搦めとるのが政治なのだが、アルテシアにかなり近い人間だから、私の家庭の複雑な事惰を理解している。
脅迫されたのは私だった」
「そこまで、僕は嫌われていたのか」
「ジオンよ、落ち着け。
あの女はバージンだ」
「何、ソレ?」ジオンは赤面させた。
「私には分かる(断言)」
「す…、末恐ろしい」
「花やプレゼントを捧げ、警戒心を少しずつ解きほぐす。いきなり高額な物は良くない」
「何の話ですか?」
「若いくせに、あきらめの早い奴だ。
お前の愛はその程度なのか?」
「………」
「情熱は正しい方向に向かわなくては、私が買い与えた女は嫌いなんだろう。
ある程度勉強したら、払い下げたら? 」
「あの娘にたいする、お母さんの目がこわいし、侍女の間にも溶け込めていない」
「リリアは潔癖症な所がある。
お前は私と違って生まれながらに王子だ。
気にするな。
初陣前に買い与える事を相談したとき、眉をひそめたが「ダメ」とは言わなかった。
お前が顔色をうかがう素振りを見せるから侍女達がその娘に壁を作る。
本当はお前の子供を産みかねないから怖いはずだ」
「そんなものか」
「そんな物だ。
それはともかく恋愛論になると別だ。
キスまでいけば、相手が年上の場合は一挙に最後まで、習った通りにやればいいが。
そこまでは大切なプロセスがある」
「どんな?」
「押さば押せ、引かば押せ、若さだけがテクニックと開き直り、何度ふられてもいつのまにか側にいる。
そういう自然状態をいつのまにか作っていく。
実際の距離が心の距離だ。
少しでも短くする。
ナレナレしいと思われても、そばにいれば、いない時、寂しく思える」
「そんなの無理だよ。
嫌われるだけさ」
「お前、妙な所でお坊ちゃんだな。
権力に抱かれる女ではないぞ。
幸い人事でアルテシアの教育係にしておいた。
他の男より接触回数は増えるだろう」
「他の男って、なんだよ」
ジオンが驚いた。
「ライバルに決まっているだろう。
恋愛に身分なんか関係あるか!
お前が権力を使い彼女に近付く男を縛り首にするならともかく、それでも愛を勝ち取ることはできん」
モアも驚いた。
「勝ち取る、しかし結婚を与えてやれない」
「本当に、坊やだな。
あの手の女が一番形にはこだわらない。
彼女の堅い殻に覆われた、深い惰念を導き出すことが先決。
深く疑うものは、深く愛する。
割り切れ。
長所は短所だ。
『私は、本当はあなたの事を愛していた』
『そぱにいなくて始めて分かったの』と気づかせる事が大事。
まずは、自然に生えている花束からだ。
いきなり宝右をプレゼントするな。
反応を見て、「迷惑」だとか言われたら、もう一度私の所に相談に来い」
「男がいるの?」
「私が魔導士偵察部隊を五百人も動員して調べた所、男の影はない。
チャンスはある。
だが、彼女にも人生はある。
幼き日に約束したアコガレの君がいないとも限らん」
「どうなるの?」
「%は低いが両思いだと言う事もある」
「その時は?」
「お前だって分かっているだろう。
これから続く彼女の人生において、少しでもいい男で、いい思い出でありたかったら。
男の選択は一つだ。
いきなり絶望する必要はない。
手料理を作ったりして気をひいたり、気に掛けたりして彼女の心の中で、ジオンの存在を大きくすることだ」
「お父さん。
ホレ薬の作り方を教えてくれ」
「お前、俺の話を聞いていたのか?」
その時「モア様、ジオン様、リリア様がおよびです」と伝令がやってきた。
「釣りが終わったら、帰る」モアが不機嫌そうに答えた。
「大至急だそうです」
「お前の仕事より、私の都合の方が優先されるのだ。
見つかりませんと報告しておけ」
「トルーダム様が行方不明だそうです」
「今に始まった事ではないだろう。
私はあいつを捜索して、レアに捕まって血を吸われた事があるぞ。
ほっとけば、その内、帰ってくる」
ジオンはレアに捕まった謡は初耳だった。
カマかけてみた。
「簡単だったろう、レアの小娘をだまして逃げるのは」
「難しかったあげ、戦場で空を飛んでオレの事を探していやがる」
モアははっきりと答えた。
「アルテシア様が読んだ手紙によると、オリアン国軍務大臣カロもトルーダム様を探しているそうです」
リリアは字が読めなかった。
「なにー、馬鹿野郎。急用なら急用と言え」
モアは急いで荷物をまとめだした。
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