第27話 トルーダム。行方不明。

 今回が初めてではなかった。

 昔から、よく迷子になったのだ。

 腹がへったら帰ってくるだろう、エスカチオン首脳人の共通の認識だった。

 トルーダム、本人に取って今回は特別な意味があった。

 いつもは妖精に頼まれて探索クエストしたり、ミノタウロス退治をしたり、怪しい魔法にかかったり、道に迷ったりするのとはわけが違う。

「ハアー」

 オリアン国名所の一つ、アーチでできた眼鏡橋の上で大きく溜め息をついた。

 彼がその人生において、ここまで自信を失ったのは初めてだった。

 初めての恋で思いっきりカウンターをくらった、トルーダムには何もかもがむなしかった。

 振り向けば愛馬レッド・ラビットがトコトコついてきた。

「ついて来るな!」

 どんなに叫んでも、馬は横に首を振るばかり、トコトコついてきた。

 眼鏡橋の真ん中で黙って川を見下ろした。

 川に映る自分の姿は、こんなにも小さかったかと、鏡を見ては深く傷ついた。

『ソフィア正教圏最強の騎士』の肩書きがすべて偽りだった。

 過去の名声は虚飾に彩られたものだ。

 今思えば、確かに自分は足りないところが多くある人間だが、それでも『騎士道』だけは貫いてきた。

 この時代『騎士道』と言えば、天下御免の『男の花道』である。

 トルーダム程『男の誠』を貫いてきた人はいなかった。

 彼は川にむかってボタボタと涙をこぼし始めた。

 トルーダムに友と呼べる男がいれば、「馬鹿野郎、そんな下らないことで悩みやがって」右の拳。

「何をするんだ」振り向くトルーダム。

 友は更に激しく涙を流していた。

「女なんて星の数ほどいるじゃね~か、お前の価値は少しも下がってないことを、俺が知っている。それじゃダメかい」

「友人A…」

「さあ、海に向かって叫ぶんだ。『青春の馬鹿野郎』って」肩を組み、酒を飲みながら涙を流せば解決することなのだが。

 トルーダムは年寄り受けしかしないほど堅物であり、身分も高く、戦土としては英雄クラスとても気軽に声をかけられる人ではなかった。

 愛馬レッド・ラビットは「元気を出せ」と新品のニンジンをトルーダムに渡すのだが、彼の心は癒されなかった。

 かなり、政治の匂いをプンプンさせているが、唯一の友人モアは……。壁に激突して、包帯でグルグル巻きになり、ベッドの上でウーン、ウーンと、うなっていた。

「死のう……」

 トルーダムが決断して、手すりに左足をかけたとき、愛馬レッド・ラビットは前足を使ってトルーダムにだきついた。

「ブヒブヒ、ブヒブヒ」レッド・ラビットは首を激しく横に振った。

「止めてくれるな、レッド・ラビット。

 男として最低とまで言われて、これ以上生き恥をさらせと言うのか」

 馬は首を横に振るばかり。

 さすがに愛馬を傷つける事はなかった。

「放せ、放せ」と連呼し続けた。

 それでも愛馬は涙を流しながら、必死と抱き付いて放さなかった。

「早まってはなりません」

 強く声を掛けられた。

 さすがのトルーダムも後ろを振り向いた。

 身なりは良くないが少し筋肉質の壮年の男が立っていた。

 歴戦の勇者トルーダムが少し怯むだけの迫力はあった。

「見れば、まだ、お若い。

 何があったかは存じませんが。

 余命幾日もない年寄りに免じて、どうか思いとどまっては下さらないか」

 トルーダムも年寄りの静かな物腰に恥ずかしくなったのか、赤面をして足を下ろした。

「私は……」トルーダムが口にしたとき。

「女が原因ですな」老人はズバリと言い当てた。

「どうして、それを!」

「顔に書いてあります」と笑顔で断言された。

 トルーダムは慌てて顔をなでまわした。

 老人はその様子を見ておもしろそうに笑った。

「情けは人のためならず。どうでしょう。

 この老人に一杯おごらせてもらえませんかな。

 この間切った材木が高く売れましてな。

 財布が重たくて困っていたのです」

「よろしいのですか」

「構いませんよ、その変わり老人にあなたの死する程の悩みを聞かせて下さい。

 亀の甲より年の功。

 なんらかの解決が出来たならば、地獄組みから天国組みに入れ替われるかも知れません。

 この年寄りを助けると思って相談して下さい」

 主従一人と一匹は老人に連れられて、屋台に入った。

 ポロポロと涙を流しながらトルーダムは静かに語りだした。

 老人も話し聞き、同時に涙を流した。

「分かっている」「つらかったろう」「もう大丈夫だ」の三つしかいわなかったが、トルーダムは徐々に顔色が良くなっていった。

 それは酒のせいだけではなかった。

 レッド・ラビットも顔を突っ込んで酒やおかずをご馳走になった。

「ところで、お若いの?」

「はい」

「わが孫娘がこの間、離縁されてな。性格に問題があったわけではなく死別なのじゃ」

「はあ」

「お主に、女の手解きをするように、相談してみようと思う」

「ええー」

「詳しく家庭の事情は問わぬが、馬を連れている以上、それなりの身分の方だろう、商売女を紹介する訳にもいくまい」

 当時、貧乏貴族は馬を連れてなかった。

 一匹の軍馬を維持するのに領地が村1つでは足りなかった。

「彼女の意思は?」

「戦土よ、同じ失敗を再び繰り返すのか。孫娘が生娘と言うならばワシも話を持ち掛けないが、十三で初婚。十六で離婚。すっかり恋愛に怯えておる。

 孫娘も村ではなかなかの器量よしで通っているし、お主も貴族の特徴があるいい男だ。

 頼めば嫌とはいうまい。

 孫娘も多少退路を断たねば一歩も前にでられない状態だ。

 お主の事はワシが良く言い聞かせておくから、商売女ように始めてを、からかったりはしないだろう」

「そこまでしていただくのは大変有り難いが・・、その…」

「すべて、八方丸くおさまる。

 年寄りに花を持たせるのは若者の重要な仕事の一つだ。おせっかいを受けなされ」

「分かりました。よろしくお願いします」トルーダムは深々と頭を下げた。

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