第26話 二人はラブラブ作戦

 モアは藪の中をツンツンと棒切れでつついた。

 男女の声はしなかった。

「薬は強力だから、その辺の草むらにいるかも知れない」

 モアの返答はシャンリー三世をさらに怒らせた。

 無事に連れてこい。

 モアの頭にタンコブが十個ほどあった。

「トルーダムの事はほっといて、私と踊りましょう」

 酔っ払ったリリアにからまれた。

 リリアは酒が弱いが飲めないわけではない、むしろ好きなほうだ。

 アルコールはリリアをサディスティックにした。

 ベッドの上で彼女を被征服者から真の支配者へと姿を変える。

 それでもモアは仕事があるからと言って妻から逃げた。

 帰りたくはなかった。

 寝ていればいいが、起きていれば恐ろしい。

 貞淑な妻だが、逆に少しの裏切りにも厳しい。

 まして腕力と権力がモアを上回っていた。

 モアの傍らでダックスフンドが空を飛んでいた。

 正確には地上三十センチを歩いていた。

「ご主人様、そこからトルーダム様の匂いはしませんが」と人間の言葉で話しかけてきた。

 普通の生物ならばモアの貧欲な胃袋から逃れるのは難しいが、大学の実験室で作られた超次元生物は食べる気はしなかった。

 最初に作ったハムスター・タイプは娘のアルテシアにくれってやった。

 微分・積分までこなす最新型。

 寿命は1年位だった。

 以後モアは研究室にはタッチしなかった。

 モアの側にいる生物は、大学に必要能力を説明して、注文生産させたタイプ。

 金は必要なだけモアが用意した。

 大学も出来立てだから、モアは各研究室に、一年毎に、いろんな研究テーマを与えた。

 このケーリー君と名前がつけられたダックスフンドは犬のように忠実で、妻のリリアに裏切られ、疑われても、ショックは受けないだろうが。

 モアはケーリー君が知らない人からエサをもらっただけで激しく動揺した。

「ああ、そうだね」

 モアは力なく相槌をうった。

「モア様、お慶び下さい。

 トルーダム様を発見しました」

 モアはケーリー君に聞いた。

「処女か?」

「なんで?」

 モアの質問の奇妙さに思わず質問した。

「国王陛下はすでに老齢の域」

「はー」

「女の体も大切だが、そういったシチュエーションの方に余計に興奮されるのだ。

 かなり分かりやすく言えば」

「言えば?」

「国王陛下は膜が好き!」

「…………。

 本当にそう記憶して構わないのですか」

「ああ」

 モアはかなり投げやりな返事をした。

 モアは昔シャンリー三世の第一婦人の機嫌を取りにいった。

 痴話ゲンカの仲裁である。

 その時、モアの説得はシンプルだった。

「国王陛下は病気である。

 女性の更年期障害と一緒で、あの年の男がかかる頭の病です。

 ハゲと同じで頭がボける。

 昔のように精力はみなぎりませんから、一人で寂しくなかったのが、急激に孤立感を深めていくのです。

 愛です。

 家族の愛だけが大切なのです。

 馬鹿げたケンカばかりしていたら、今に政治と夢の境界線が分からなくなって、とんでもないことを発言し、へんてこりんな大きな建物を作ろうとしますよ。

 秩序が崩れてもっとも苦しむのは貧困に喘ぐ女、子供だと思いますよ。

 私が困るとか、何とかするとか考えるのは、賢い行為ではないでしょう」

 はっきりと断言した。

「お前が説得にいった後、みんな妙に優しいが、お前は一体、何を言いふらしたのだ」

「本当のこと、多少の最新の心理学を交えて説明しました」

 シャンリーの質問に短く答えた。

「クンクン」ケーリー君が鼻を鳴らして匂いをかいだ。

 トルーダムとイゾルデは噴水の側で談笑していた。

 モアの洞察力がまだ事に及んでないことを見抜いた。

「処女です」ケーリー君からも報告があった。

 青い、青すぎるぜ。

 内心ほくそ笑みながら近付いた。

 その時だ。

「我が『連環の計』完成のために、しばらくその場で傍観していただこう」

 カロがヤブの中から現われた。

 頭には緑色のハチマキを締めて、鹿の角のようにフサフサした枝を2本さしていた。

 両手にはそれぞれ木の枝を握っていた。

「お前、その格好でここにいたの?」

「お前はギャンブラーあがりだが、俺も盗賊組合シーフギルドで働いた人間でな、変装は十八番さ」

 お前は自分が思っているより絵が下手だ。

 モアは口にするのを止めた。

「知力で勝負するならいざ知らず、私の唯一の弱点をつくとは……。

 薬泥棒。

 卑怯者め、恥を知れ」

 モアが怒った。

「この水晶球に映った映像を奥さんに見せるぞ、オレも鬼ではないから止めているが。

 お前がそんな風にオレを思っているならば遠慮はいらない」

 水晶球の中で、モアが侍女とニャンニャンニャンニャンしていた。

 モアの妻リリアは疑わしきは罰する人。

「私が悪かった。少し言い過ぎた。

 しかし、薬を盗んで何をするつもりだ」

「エスカチオン分裂。

 兄シャンリー三世と、弟トルーダムは女が原因で激突するのだ」

「狙いは百点だが軍隊は国王陛下を支持すると思うぞ」

「お前、トルーダムの友達だろう、サルディーラを率いて手伝ってやれよ」

「無茶を言うなよ、時々思うのだが、お前は計略をかけるとき、場当たり的で、下ごしらえをしないんだよ。

 臨機応変と言えば聞こえがいいが、少し直さないと友達ができないぞ」

「黙れ。

 人が気にしていることを。

 我が『連環の計』完成の瞬間を、そこで見ておれ。世界中の人間を見返してやる」

「ご主人様、お助けをー」

 モアが振り向いたときカロの副官がケーリー君を捕まえた。

「OH、NOアンビリーバボー。

 私は美味しくはありません。

 超次元生物であり、その存在は机に近いのです。

 しかも肝臓にはテオドロキシンが、心臓には発癌物質が、筋肉には放射性物質が、脳味噌には環境ホルモンが充満しております。

 食べれば下痢ではすみません」

「カロ様、この犬、人間の言葉を話すし少し変ですよ」

「気にするな、モアと共に暮らしているから、人間が犬を食うと勘違いしているのだろう」

「ケーリー君を放せ」

 モアは飛びかかるが、副官の蹴りをくらいあお向けにひっくりかえった。

 そこをカロが足で押さえつけた。

「ふ、ふ、ふ、モアよ。

 そこで、『二人はラブラブ作戦』の完成を見届けてもらおう。

 はあーはっ、はっ、はっ、はー」

 カロは背中を後ろにそらした。

「トルーダム。助けてくれー」

 モアは大声で叫んだ。

 十メートルと離れていない雑木林の中だが、「君の名は?」と語り合う二人の耳には届かなかった。

 正確には聞こえていたが、相手の言葉以外は秋の虫の音色に近かった。

「トルーダム。助けてくれー。

 友達だろう。助けてー。

 殺されるー」全て無視されたとき、モアは騒ぐのをやめた。

「トルーダム様、愛しています」イゾルデが積極的にトルーダムの胸に飛び込んだ。

「僕もだ~。イゾルデ~」

 若い二人はそのまま噴水の側で崩れ落ちた。

 ノゾキのプロ。

 暗視能力を持つ軍務大臣カロがニヤリと笑った。

 その時、事件がおきた。

「あの~。イゾルデさん」

 トルーダムが声をかけた。

「ハイ」

 イゾルデは目をつぶっていた「キスよ、初めてのキスよ」心の中でつぶやいた。

「僕は初めてで、馬の交尾しか見たことないのです。

 パンツを脱いで、お尻をこっちに向けて下さい。

 どの穴に入れたらいいかだけ指示して下さい。

 僕の体力ならば一分間に三百ピストン可能です」

 トルーダムはニコニコした。

 イゾルデは両目を開けた。

 小さな口をポカーンと開けた。

 カロも口を開けてモアを見た。

 力ロは何も質問しなかったが、モアは質問に答えた。

「あいつは道徳的に真面目だろう。

 誘っても来ないんだ。

 ノゾキに誘っても、「不潔」とか女みたいなことを言いだすし。

 しかし、童貞とは思わなかった」

 カロは恐る恐る『二人はラブラブ作戦』の行方を見守った。

 イゾルデは顔面を赤くさせた。

 表れは純粋で可憐な乙女の怒りだった。

「退け…」

 イゾルデはトルーダムに頭突きをした。

「なぜー」

 トルーダムはアゴを押さえて倒れた。

 イゾルデは立ち上がり、服についたドロを払った。

「トルーダム」

「ハイ」

 イゾルデの呼びかけにトルーダムが答えた。

「アンタが戦場でどれだけの勇者か知らないけど、一つだけ言えるわ」

 二人から発散されるフェロモンは、空気の中で混ざりあった。

 女は涙を流していた。

「女の扱い方を知らないなんて、男として」

「男として?」

「最低!」

 ガーン。ガーン。ガーン。ガーン。

 トルーダムはよよと崩れ落ちた。

 ソフィア正教圏・最強の戦士が始めて両手に土を握った。

「うわ、こっちにくる」

 副官からの声がした。

 モアもカロもあわてて進路は向こうとジェスチャーした。

「あんた達、私の恥ずかしい所をノゾいたわね」イゾルデが顔を真っ赤にして叫んだ。

 別に裸を見たつもりはないが、十代の乙女に大人の理屈は通じなかった。

「何のことです、僕たち天体観測をしていて」モア。

「そうそう、確か秋の星座はオリオン座だったな」カロ。

「それは冬の星座ですよ」副官が双眼鏡を取り出しながら答えた。

「「馬の格好をしろ」だなんて、聞いていません」ケーリー君が答えた。

 三人の人間の視線が一匹に集中した。

 イゾルデの顔色が、真紅。蒼白。激怒へと変化した。

 すでに両手には膨大な霊力が充満していた。

 上級精霊使いによる、大地の精霊を使った一撃が炸裂した。

「乙女の敵!」

 大地が爆発して三人と一一匹は宙に舞う。

「ぎやああああああああ」

「ぎえええええええええ」

「何で、僕までええ急えええ」

「アホー、後少しで騙せたものををををを」

 城壁に激突して、昆虫標本のようにはりついた。

「カロよ~。一つ聞いていいか?」

 カロはモアに返事をしなかった。

「『美人の計』は基本的に戦勝国に美人を送って、おねだりさせて、国費を浪費させるのが基本だろう」

「…………応用だ」

「あの女に言い含めてなかったのか、エスカチオンを傾国させろとか」

「オリアン国において、精霊使いは特殊な立場だから、オレの命令は聞かない。

 オレの部下ではないのだ」

「それで、薬を使ったのか」

「ああ」

「お前の国、変だよ・・」ガク。

「改革を断行しなくては……」ガク。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る