第23話 モア事後処理

 モアは周囲の思惑をよそに、やらなければならないことがたくさんあった。

 まず朝、日が昇ったらトルーダムに会わねばならなかった。

 妻であるリリアの機嫌を損ねないように着替えながら厨房に立ち寄り朝食のメニューを指定した。

 それから脱兎の如くトルーダムの眠る屋敷まで走った。

 エスカチオン王室の眠る貴族の屋敷に着きトルーダムの寝室まで走り込もうとしたとき。

「モア!」

 シャンリー三世から声がかかった。

 モアは黙って振り向いた。

 口にくわえていた朝食のサンドイッチを2~3回頭を動かして飲み込んだ。

 喉を通るとき、周囲の人間が顔をしかめるほど大きな音がした。

 シャンリー三世はモアの肩を抱き締めて耳元で嚇いた。

「アレは、いい女だ」

「!」

「トルーダムにはもったいない」

 シャンリー三世はニヤリと笑いかけた。

『ロリコン国王め、年を考えろ!』心の中だけで叫んだ。

「それは、それは、国王陛下はまだ現役であられますか、羨ましい。

 ぜひ、このモアにも若さの秘訣を教えてほしいものです」

 へらへらと笑いながら手をこすりあわせた。

「例の薬を頼む」

「へ?」

 モアは分かっていたが仕事を増やしたくないのでトボケた。

「ホレ薬だよ、ホレ薬」

「待って下さいよ、陛下。あんな小娘一人、ご自身の魅力で落として下さいよ」

「手間ひまかけるのが、めんどくさいのだ。

 どうせ同じ事ならば時間は短いほうがいい」

『私が困る。国王陛下の道楽に時間を割くわけにはいかない』

 モアは口にしたかった。

 出来なかった。

「それに、これはワシの意見なのだが、あのイゾルテとかいう癒し手は、わが国に奪ってしまう方がいい。

 でないとカロが次の戦争で毒を使う可能性がある」

『物はいいようだな』と思ったがあえて否定はしなかった。

 どうせ、あと一回はオリアン国と戦わねばならない。

「分かりました。国王陛下の良きようにはからいます」

 一礼してその場を立ち去った。

 モアはトルーダムの部屋に飛び込んだ。

 都屋の中にはモアが用意した魔法使いは一人もいなくなっていた。

 ベッドの上でトルータムだけが静かに息をしていた。

 額に手をあてた。

 すでに熱は下がっていた。

 ホッと胸をなで下ろした。

 トルーダムはモアの手首を握った。

 彼は目を開けなかった。

「シンスリーの花の香りがする。

 モアなのか?」

 モアはほどこうとしたがトルーダムは放さなかった。

 モアの腕の力より、トルーダムの指の力が強いのだ。

「トルーダム、まさか目が開かないのか」

「いや、そんな事はない。

 ただ、いつもより眩しい」

「多分、僕が用意した魔法使いと、オリアン国が用意した精霊使いの魔法が複雑に作用したのだよ。

 時がたてば元に戻る」

 トルーダムはモアの手の甲を握り額におさえつけた。

「俺は、どうなる」

 いつもより、小さい声だが、更に半分になった。

「いい加減、聞いてくるのはよせ、私の言う事は半分も聞かないくせに。

 軍法を侵したのだ、罰を受けなさい。

 国王陛下はトルーダムだけを特別扱いするっもりはない」

「分かっている。

 下らないことを聞いた」

「ただ、この場は相手もいることだ。

 いきなり、裁くことはしない。

 安心して朝食を食え。

 目が覚めても起きて食堂にいくのが嫌だったのだろう」

「気がついていた?」

 トルーダムはバツが悪そうに薄く片目を開けた。

「夜からはオリアン国の歓迎会がある、お前も参加する。

 それまで寝ていろ。

 国王と顔を会わせたくないだろう。

 朝食はここまで運ばせてやる」

 トルーダムは始めてモアの手を放した。

 ニッコリと笑った。

「お前は治療した女性を覚えているか」

「若くて、縞麗な人だった」

「好きか」

「基本的に縞麗な貴婦人は」

「ムラムラこなかったかと闇いている」

「アホか」

 トルーダムが赤面させた。

「ま、そう言うな。

 国王陛下がえらくお気にめしていな。

 今から画策する所だ」

「兄もアホだ」

「その辺は否定しないが、下半身に人格はない。

 道徳ヴィルトル多き国王ではあるが、その性は変態にも似たり。

 私もエスカチオンの家族問題や兄弟ゲンカに巻き込まれたくはないからな。

 カロの謀略で『美人の計』ではないかと疑っていたがトルーダムが、魅カを感じなかったならばOKだ。

 ソフィァの女神だって妻の数は制限したが、愛人の数までは制限しなかった」

「真の悪人は善人の想像を絶する所にいる」

 トルーダムはあまりの恐ろしさに震えた。

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