第19話 停戦交渉

 モアとシャンリーがオリアン国首都近郊まで兵を進めたとき、ある程度予想はしていたが講和の使者がやってきた。

籠城という選択肢もあったが、ジオンが要塞を陥落させていたから、道幅のある補給路が確保されていて、攻城兵器や食糧の輸送の問題が除去されていた。

 要塞がジオンに落とされたことはオリアン側でも確認できた。

 エスカチオン国側が降伏勧告も行っていないのに向こうから条件をだしてくる。

 シャンリーもモアも取り敢えず話だけでも聞いて見ることにした。

 来てしまった物はしょうがないからリリア・サルディーラにも同席を願い出た。

 彼女は話の内容は理解できないだろうが快く承知してくれた。

 オリアン国第一大臣だった。

 カロほどではなくてもモアもシャンリーも面識はあった。

 卑しい精神の持ち主ではなくて、落としどころを探る調整役として優秀かも知れないが、対外戦争の交渉役としては力量不足だろう。

 彼が戦勝祝いを述べる前にモアが叫んだ。

「国際条約で毒を使用禁止にしたはずだ。

 お互いに水源に毒を流し、人の住まない町を作って回るのが戦争の目的ではない。

 しかし、あなたがたは陛下の弟君に当たるトルーダムに対して毒を使用した。

 オリアン国が国際条約を批准しないと宣言されるならいざ知らず。

 貿易などおいしい所だけ利用して不都合になれば知らぬですませるというのであれば、わが国はしかるべき手段にでる」

 まず、第一大臣は毒のことを知らなかった。

 国際条約などと大層な事をいっているが、8年ほど前に決めたものであり、各国の国王が集まって適当に手を挙げたに過ぎない。

 原案はほとんどモアが決めて提出を行い、国王たちは毎夜行われる恋と社交ダンスに忙しくて採決で手を挙げる時以外は、ほとんど眠りっ放しだった。

 あまりにもイビキがうるさいため、議長であるシャンリー三世に「せめて静かに眠るように」と注意を促すために議長席を見上げた。

 さすがのモアも呆然とした。

 シャンリー三世が口を四角に開けてヨダレを垂れ流しながら眠っていた。

 第一大臣は思った。

 あんないい加減な決め方をした条約を盾に、オリアン国の大臣がここまで言われねばならないのか。

 自国の王がサインしたし、侵略も受けている。

 国際条約など地図から消えようとする国に関係はない。

 頭にきたが、怒るわけにはいかない。

 モアの言い分を取り敢えず聞いた。

 国際間は『オリアン憎し』の声がなお高い。

 3か月程過ぎれば熱狂はだいぶ治まるだろうが、ソフィア正教圏の教皇までもが、オリアン国の国家主権というか、国家の人格や法律を無視して、チーズの如くシャンリー三世に切り取られるのを許容した。

 大陸に巨大国家誕生を嫌ったヴァレンシアすら沈黙を守った。

 軍事的な敗北を受け、オリアン王室の安全は目の前の二人の気分次第だ。

「毒の件に関してはモア様に全面的に協力させて頂きます。

 トルーダム様に迷惑をかけたことを陳謝致します。

 この度の戦争の責任はすべて私にあり、オリアン国王室は最後まで戦争に反対だった。

 シャンリー陛下と急ぎ会談を行い、国際社会に蔓延する誤解を解きたい」

「カロの首が欲しい」

 それまで黙っていたシャンリー三世が始めて口を開いた。

 オリアン国にとってカロの知謀のみが生命線だった。

「引き渡すことは出来ません。

 あの者は私の道具にしか過ぎません。

 罪を背負うのは、この白髪首一つで十分ではございませんか」

 シャンリー三世を刺激しないようにニコニコしながら小さく話しかけた。

「お前の首にこそ価値がない。

 カロの首はオリアン国の獲得を意味する」

 それまでモウロクしかけた祖父さんのような男が静かにいった。

「なおさら渡せません」

 この時、オリアン国の覚悟を知った。

 短時間の間に何が会ったかは知らないが、オリアン国王室とカロの生命にかかわる時は断固籠城戦に入るつもりだ。

 モアは思考した。

 オリアン国は貴族に対する求心力を失っている。

 かつてのように大軍を組織することは出来ない。

 どんなに言い繕った所でオリアン国は敗北した。

 王室のカリスマがたよりという弱い連邦制はアイドル国王がいて成り立つ。

 貴族達の日和見が始まった。

 オリアン国王室に対して国民は敬慕の精神を抱いている。

 安定した統治に対してオリアン国の主張を概ね認めた。

 リリア個人の思いはともかく講和条約に入る時、条約事項でオリアン国の力を削げば良い。

 その時の政治カードとして、オリアン国王室の生命と財産は使えると判断した。

 さらに兵が増えたのはいいが、リリアは食糧問題まで気が回らなかった。

 一気に攻めた所でオリアン国の首都はなかなかの名城。

 攻撃出来るポイントが少なくて人数が増えたから簡単に落とせる物ではなかった。

 モアは貴族たちの寝返りが終わってから、攻城するしかないとも踏んでいた。

 この申し出は有り難かった。

 カロの生命の欲求を取り下げた。

 本日オリアン国城内に入場することは決定した。

 これにより食糧問題は一挙に解決した。

 モアも治安の維持を約束した。

 シャンリー三世とオリアン国のホテル・ピサロの会談が設定された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る