第18話 シャンリーの追撃とトルーダムの負傷

 モアの目の前をシャンリーの軍隊が追撃をはじめた。

 直接敵と戦わなかった部隊が、オリアン国の追撃にうつった。

 早すぎる。

 自分の領地ならば逃げ出す敵を追撃するのは分かる。

 今は敵の領地を侵略している。

 伏兵だけでなく、落石や落とし穴など十分に注意しなくてはならない。

 国王はあせっている。

 こういう時ほどよく偵察を行い。

 罠や伏兵がないことを確認して行軍すべき。

「リリア、馬をだせ、国王はカロを除こうとあせっている」短く命令した。

「追いつけない」

 モアの命令通り近衛部隊を率いて馬をだした。

 明らかにシャンリーの部隊もリリアの部隊も同じ速度で移動していた。

 カロを除きさえすればオリアン国は倒せるだろう。

 カロは敗軍の将だ、生かして返してもおもしろい。

 だが国王は何がなんでも首をはねる気でいる。

 無理が一番いけない。

 好事には魔物がいる。

 戦争中に言うのも気が引けるが、安全第一と思ってほしい。

「攻城戦など土木工事だ」とモアはシャンリーに言い放っている。

「モア。トルーダムだ」

 リリアが口にした。

 モアが横を見れば、赤い馬がトルーダムを乗せて走っていた。

 我慢、忍耐とかの言葉をトルーダムは持っていなかった。

 彼は自分の身を戦場の激戦区に置かないと気が済まない。

「トルーダム。策を授けるからこっちによってこい」

 モアが怒鳴った。

 トルーダムはモアを見た、嫌な顔をした。

「モアに叱られる」彼は理解していた。

「済まない、モア、お前が戦っているのに、家でゴロゴロするのは罪だ」

 立派な心掛けだが誰も喜ばねえ。

「今から国王のところまで行き、オリアン国の罠があるかも知れない。

 追撃をすぐに中止させろとモアが口にした。と伝えてくれ」

 モアはトルーダムの罪をこの場で責める気はなかった。

 これはエスカチオン王室の兄弟問題だ。

 モアが法律違反を指摘しても、シャンリーが拒否すればそれまでだ。

 逆にモアがどんなに庇おうともシャンリーが罪を問えばトルーダムを弁護することは出来なかった。

「私たちでは、国王陛下に追いつかない、お前のレッド・ラビットなら追いつくだろう。

 さっきみかけたが魔法使いを一人も連れていなかった。

 せっかく貸しているのにお前の方が上手に使っている」

 トルーダムはモアだけを見た。

 彼にはリリア・サルディーラの存在自体気付かなかった。

 リリアがモアより遥かに権力を握っているのだが女である。

 これだけでトルーダムにとって、対等の人間ではなかった。

 シャンリー三世はリリアには気を使っていた。

 形式ばった祭典でもない限り彼女に臣下の礼を取らせなかった。

「サルディーラ女王」と呼んだ。

 ある日、一度だけ聞いたことがる。

「女王、あらゆる意味で、良くモアとの結婚を決断しましたね。

 モア個人も外交上の理由から反対だった」

「モアの功績は立派だった。

 サルディーラの有史以来比類ないものだ。

 それに報いるのに、私でないとダメだった」

「しかし、女王はモアに王位継承権を与えなかった……」

 モアが獲得した王位継承権は死後アルテシアによって送られたものだ。

 シャンリーが話すのを止めたのは女王が不思議な顔をしていた。

「おっしゃる意昧が、よく分かりませんが」

 リリアが聞いてきたのだ。

 あなたの場合は、あなた個人の魅力より、あなたが所有する権力に価値がある。

 結婚によってモアが得られるものは、あなたの肉体を支配することでうまれる、満足感ではなく、サルディーラ王室の権力が、男にとって遥かに魅力的なのだ。

 モアが口にした「愛している」は、あなたの心を安定させて、自分の権勢を維持するための道具に過ぎない。

 あなたに向けられる男の視線は肉体に向けられるミクロな物ではなく、あなたの背中にあるマクロな物に向けられています。

 あなた個人はちょっと上の女なのかも知れないが、逆にあなた程度なら百人に一人の割合でいます。

 傾城、傾国の美女という言葉がありますが。あなたは精神的にも、肉体的にも適合しません。

 モアが享受しているメリットはゼイタクだけですが。

 彼個人の趣味が料理や、読書であり。

 王候貴族から見れば細やかなものだ。

 シャンリーは女王の疑問に正直に答えようとした。

 浮いた噂のない貞節な女王が、あどけない瞳をシャンリーに向けた。

 その目は自信にあふれていた。

 モアは日頃どんな事を口にしているのか。

 モアはベッド中で何をしたのか。

 ひどい好奇心にかられた。

 同時にシャンリー三世はリリア・サルディーラを恐怖した。

 彼は不気味な生き物に嘘をついた。

 後でモアに事情の説明を求めた。

 モアは血涙を流しながら答えた。

「私の功績は塵芥のように軽い物だったのでしょう。

 庭付きの白い家さえ頂けたのならば、私はサルディーラ女王に終生変わらない忠誠を捧げるのに」

 青空を仰ぎ嘆いた。

「リリア様、あなたは股肱の臣モアに一言も相談される事なく、わたしの人生にとって本当に大切な事を、たった一人でお決めになったのですね」

 リリアの行為も凄いがモアの言動も酷いものがあった。

 シャンリーはリリアに気を使ったというより警戒していた。

 トルーダムはその辺の事清を飲み込めていなかった。

 この女たいして頭が良いわけでもないのに。

 家付きの女というだけで世界中が尊敬するモアの頭部を、サルディーラ家の使用人に過ぎないと言わんばかりに簡単にひっぱたけるのだ?

「「夫婦の愛」はいろいろな形がある、夫婦の数だけある。

 聖書のようにはいかないのは、戦争に負けるのと同じだ。

 神の加護があっても負ける時があるのだよ、悪魔や怪物は人間より遥かに力があるのだ」

 モアが独身のトルーダムに説明した。

 夫婦のことだから必ずキスから始めねばならないと決め付けるのはおかしい、それは分かる。

 けれども頭で理解出来ても心から共感をよばなかった。

 リリアはある程度モアに敬意を払うべきだとトルーダムは考えている。

 リリアの方もトルーダムは好きではなかった。

 なるべく会ったり話したりしないようにしている。

 その二人が仲良く援軍に来た。

 モアはサルディーラでどういう話をしたのか、好奇心にかられた。

 シャンリー三世はオリアン国軍を捕らえようとしていた。

 日頃の彼であればこのような山の細路を行くのに敵の罠や伏兵を警戒したのだろう。

 この時はカロの背中しか見ていなかった。

 モアでさえ万が一に備えて伏兵を用意させて逃げる時の段取りをしていた。

 カロも例外なく用心していた。

 季節は秋口で枯れ草が多い。

 火の付いた2メートル程の藁ボールを転がすだけなら軍人である必要はない。

 左の崖から、たくさんの火の球が転がり落ちてきたとき、シャンリーも深入りしすぎたことに気付き軍を止めた。

 止めようとした。

 止まらなかった。

 シャンリー三世は馬から投げ出された。

 炎の中に多くの人馬が飲み込まれた。

 残った部下が国王を気遣い、集まってくるがシャンリー三世の耳に届かなかった。

 天を仰ぐシャンりー三世が一番初めに飛来する弓矢の大群に気付いた。

 ひゅるるーん。

 僅かな犠牲で踏み止どまった軍隊が空を覆う異様な音に気付いた時、崖の上から矢が降ってきた。

 今度は先程のように森を抜けてきたわけでないから、大型の弓で殺傷力も高い。

 その時だった。

 トルーダムはレア民族よりはるか東にタタールの大地より伝来してきた日本刀ムラマサ・ブレードを5センチ抜き、空にかざした。

 自然科学の発達に伴い、技術革新はソフィア正教圏よりおきたが、この時代は魔法の剣を作る技術は東方がはるかに勝っていた。

 精霊を剣の中に封じ込める呪符技術、鉄を鍛練する高温溶鉱炉の技術など東方の島国・日本にしか存在せず。

 刃の細い側が反る技術などそこでしか産まれなかった。

 青みがかった幽玄なる剣。

 ムラマサ・ブレードと呼ばれ、十字軍の兵士にとって、この剣の装備率の高いレア軍から略奪することは一種のあこがれであった。

 トルーダムは一騎打ちのすえ「弱卒の手に渡るよりは…」と譲り受けた、切れ味、霊力、すべてが至極の一品だった。

「喝」

 鞘から僅かに覗かせる剣を中心にトルーダムの裂ぱくされた気合いが周囲に飛んだ。

 すべての矢が停止した。

 まるで時間が止まったように矢がぴくりとも動かなかった。

 軍の全面で繰り返された炎が、その一瞬だけすべて沈下した。

 すぐに矢は自曲落下をはじめ、炎はもう一度根元から吹き出した。

「国王陛下、大丈夫ですか」

 トルーダムは馬から降りて声をかけた。兄王の危機を救えてトルーダムは嬉しかった。

 救われたシャンリー三世は喜ばなかった。

「なぜ、お前がここにいる」

 トルーダムの功をねぎらう前に、彼個人に対して課した法をといた。

「・・」

 トルーダムは答える事はできなかった。

 日頃の彼であったのならば食らうはずのない「運命の一矢」を受けた。

 矢を放ったのはだれか? 正確には分かってないが、以後のカロの動きを見るに、カロ周辺の人物ではないかと噂された。

 トルーダムが答えに困っているとき、背中の左肩に矢を受けた。

 トルーダムはまさか魔法的な毒が塗られているとは思わなかった。

 矢を受けた事を気にせずに立っていた。

 シャンリー三世は答えを待つのを止めた。

 軍の指揮に帰った。

 トルーダムにも馬に乗れと促した。

 とにかくモアと合流しよう。

 そう考えたとき、トルーダムは馬に乗る事なく、片膝を付いた。

 心臓を貫かれてもプライドゆえに立っていそうな男が戦場で膝をついた。

 何かあった。

 シャンリー三世が馬から降りてトルーダムを支えた。

 トルーダムは発熱して肩で息を始めた。

 合流してきた魔法使い部隊が炎の消化に当たり出した。

「ティオペの毒だ。

 サスペンサー・ビーストと呼ばれる魔獣相手に、オリアン国の狩人が良く使う」

 トルーダムを支えるシャンリー三世の後ろにモアが立っていた。

 サスペンサー・ビーストと言えば4メートルを超える森の肉食獣、それを倒して毛皮を取る猟があるとは聞いていたが。まさか人間に向けられるとは思っていなかった。

「助かるか?」

「助けたいのか?」

 シャンリー三世の問いにモアは少し笑って答えた。

「当たり前だ」

 国王は答えた。バツが悪そうにした。

「全力を尽くしてみるが、駄目なら技術が及ばなかった、素直にあきらめてほしい」

 それだけ言うと、モアは魔法使い達を呼んで段取りにかかった。

「本当のところどうなのだ」

「百パーセント無力にする技術はない。

 毒の効き目を遅らせることは可能。

 永遠にその処置を施すことはできます。

本人の体力に依存はしません」

「トルーダムは延命行為を中断すれば必ず死ぬのか」

「一時間、持たないでしょう。

 実はこの毒は魔法的な呪いでもある。

 優秀な精霊使いがいれば癒せる物ではない。

 ただ霊的な波長さえ会えば、大業な儀式を学ばなくてもおまじないで治せるものだ」

「霊的な適合者はどこにいる」

「何もかも今から始めます。

 ただ、猟師が独断で使ったにしても、毒を持ち歩くときは解毒剤も用意します。

 間違って自分を刺したときに死ぬ以外の選択がありませんから。

 カロは無茶な戦争を起こしますが、無策でも、無謀でもありません。

 そこら辺の原理原則は分かっている男です」

「カロはその辺の適合者を握っている。だから平気で使える」

 シャンリーも納得した。

「アホな男だが、戦争で多くのものが死んだ。

 助かる命ならぱ助けてやりたい。

 それからモア一つだけ質問していいか」

「はい」

「お前はティオペの毒を作れるのか」

「作ることはできます。

 猟師の間では昔から使われていたやり方です。

 鉱物桂の毒ではないから食べる分には無害です。

「癒し手」がいないと呪われるので、村に一人もいない時代は誰も毒を作ろうとさえしません。

 同じ理由で私は使うことはできません」

「なるほど、オリアン国を陥落させねばならない理由が一つ増えた。

 それだけだな」

 シャンリー三世は馬に乗った。

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