第15話 モア ヴァレンシアで大活躍(過去)

 それはモアがエスカチオンの全権大使としてヴァレンシアに赴いた時だ。

 まだ娘のアルテシア・サルディーラがリリア・サルディーラの腹の中にいた。

 モアも契約によりエスカチオンの軍師になっているがサルディーラの人間である。

 騎士と王とに結ばれる契約は複雑で、ある国の王が他国の騎士であり。

 二人が会う時は王として対等であるなど。

 敵対する二つの国と騎士の契約を結べたりする。

 二国の戦争になれば参加しないという、契約も可能である。(それ以外の対外戦争には参加する)

 傭兵として一領地・領主家臣団ごと雇われる事もある。

 サルディーラはリリアを女王として頂く国であり、モアはリリアの夫であり、サルディーラの将軍の一人と書類上になっている。

 実際の政治もモアが取り仕切っているのだが女王代理と肩書きがつく。

 この時代は侵略地の政治的運営は将軍に任されていた。

 政治的肩書がなくても不自由しなかった。

 あの気位の高いリリア・サルディーラ従属同盟を説得できたのは同盟時に結ばれた七十八ヵ条の内容によるものであり。

 シャンリー直属の部下より高い地位、権利(法的優遇)税制の維持(納税しなくてもいい)などをきちんと確保してあった。

 そしてモアは、サルディーラ外交官とエスカチオン全権大使としてヴァレンシアにきた。

 モアは島国ヴァレンシアにて、浮気を開始したのである。

 当時財産に余裕のある男は愛人を所有していた。

 モアがひどい男と責めるには当時の社会を攻撃しなくてはならない。

 カストーナ王国を滅ぼした軍師がヴァレンシアにて何をするつもりだ。と、怯えるヴァレンシアの有識者達を安心させた。

 相手はヴァレンシア海軍が誇るキャプテン・アンドリューの美しい愛人だった。

 大きな瞳を持つ清楚な奴隷女だった。

 黒い瞳がダイヤのようにキラキラと輝いた、物静かで愚かでもあつかましくもなかった。

 キャプテン・アンドリューはノーマ帝国と北海の覇権をかけた『スーリヤ半島沖の戦い』に海軍大将として参加、ヴァレンシアを勝利に導いた。

『北海の女王』

 この戦い以後、ヴァレンシア海軍旗艦・クィーン・デイジー二世はそう呼ばれた。

 そして8年もの長きに渡ってこの船の艦長を任された。

 海の軍事バランスは女王の所在地によって決まる。

 各国の情報機関はできるだけ早い時期に女王の立ち寄り先を調べるのが一つの重要な任務だった。

「気紛れにポート(港)を落とす(攻略)、自由な女」

『天才はいらない』

『英雄を望まない』

 民主主義ヴァレンシアは王室を持たなかった。

 彼等が振り向いたとき自国の文化の象徴は、この鉄の女、不沈戦艦クィーン・デイジーなのだ。

 ヴァレンシア民族の悲劇がある。

 5百年前ヴァレンシアはノーマ帝国の一都市だった。

 勤勉な彼等は経済的にノーマ帝国を支配した。

 彼等の力がなければ軍隊を維持できないといわれるまでに成長し、そしてノーマ帝国から滅ぼされた。

 ノーマ帝国は領土が広がると共に元老院制度では帝国を維持できなくなり、皇帝制度へと移行した。

 当時共和制を取っていたヴァレンシアは元老院側についた。

 そして、敗れた。

 今の本国であり、当時の植民地まで大量に人民が逃げてきた。

 追いすがるノーマ帝国軍と水際の攻防戦を繰り返し、北海に浮かぶ最大の島・クレス島を確保した。

 今も自分達の領土を軍事的、外交的にクレス鳥を確保しているにすぎない。

 そういう認識が国民全体にある。

 内に目を向ければ、出ていけと叫ぶ原住民もいれば、正当な権利を主張する先住侵略者(ノーマ帝国官僚であり、ノーマの忠誠を誓った植民地統治者の子孫であり、有力部族との混血も進んだ)もいる。

 予断は赦されない。

 キャプテン・アンドリューは軍人を多く輩出した家柄の出身で、民主主義国家だが「天を仰ぐ荒鷲」を紋章として習得することを政府から赦されていた。

 封建的な家風で育ち、職業的軍人として『荒鷲』は国家のために飛び続けた。

 時代は嵐ばかりで、羽は落ち、翼は傷つき、消耗した。

『鷲は古巣に舞い降りた』土に帰るために大地に降りた。

 老人は死ぬ準備をした。

 自分の身の回りの世話をさせるのに対等な妻を選ばなかった。

 結婚せずに異民族の利発そうな奴隷娘を選んだ。

 牙をむく自然や野生との戦いの人生、社会には上手に溶け込めず、恋愛をして同格の妻が欲しいとは思わなかった。

「老人の話ばかりでは面白くないだろう、気を紛らわせておいで…」

 若い内縁の妻を舞踏会などの人の集まりに出した。

 異民族であり身分の低い彼女は隅のほうで壁飾りになるだけだった。

 これ程の功績を持つ老将軍の女に手を出すプレイボーイはいなかった。

 フラリと現れた、外国の外交官を除いて…。

「バカチンどもめ。あんないい女がしなびた爺さんの世話をして暮らすなんて、なんともったいない話だ。

 どうやらヴァレンシアには真の男はいないようだ、俺が一つ…」

 モアもここまで酷い事は考えてはいないだろうが、やっていることは同じである。

 小麦色の肌、異文化、親元を離れて一人…。

 寂しくないと言えば嘘になる。

 モアも明らかに周囲とは違う妖精的美しさを持っていた。

 自分達は同類だった。

 聞けば身分は狩人の息子だった。

 強い魔力があるので坊主に引き取られたが、信仰心がなくて「賭けチェス」ばかりしていた。

 それが直接的原因ではないが、教会を破門になった。

 その時には十歳を超えていて、猟師に戻る気はなく。

 読み書きが出来るので役所に勤めた。

 優秀でトントン引き抜きを受けた。

 最終的にサルディーラ王室に拾われて、リリアとそういう仲になった。

 始まりは友達だった。

 どこかお互いを赦し合い、気楽に近況を報告していた。

 語られる内容は暗くても、相手に笑顔だけは約束した。

 最後に、男と女になった。

「私達、地獄に落ちるわ」

 愛ゆえに、純粋で情熱的な物を赦したくなる。

 犯罪をオブラートに包むだけで免罪にならないことを男の側は知っていた。

 老人は大地に立つ。

 嫉妬に荒れ狂ったのだ。

 自分の中に少年のような情熱があることを知らなかった。

 恋愛はしなかった人生。

 津波のように押し寄せる始めての感情に溺れる以外の術を知らなかった。

「殺してやる」

 三つの大戦を共にした愛用のカトラス(片刃の剣)を引っ張り出して、扉を破壊して愛し合う男女の部屋に跳びこんだ。

「武士の情け!」

 自分の女の腹の上に乗る男が、逆に怒鳴りつけてきたのである。

「後三こすり半なんだ。アンタも男なら分かるだろう」

 私も男だから気持ちは分からない訳ではないが、モアは最後の方でニヤリと笑ったようだ。

 心臓の弱いお前が女をここまで激しくは出来ないだろう。

 イノセントと表現されるモアの紫色の瞳が「黙って見ていろ」と口にしている。

「人間が違う」

 引退した老将軍は呆然自失した。

 毒牙を抜かれたのだ。

 てっきり情けなく命乞いでもしてくるのかと思った。

 彼は始めて宇宙人と出会ったのだ、弱くなった心臓が激しく鳴った。

 モアは目の前で腰を痙攣させて最後の残滓まで出しつくすと。

 玉のような汗が吹き出す。

「ふー」

 彼女の上に倒れ込んで長い溜め息をついた。

 快感の余韻に身をまかせた。

 老将軍の弱った心臓は止まった。

 激痛が意識ある脳を襲う。

「とうとう、止まりやがった」

 自潮した。

 瞬間。

 モアは活動を再開。

 ベッドから跳ね起きると裸のまま煙突に突っ込んだ。

 彼は日頃から暗殺対策で防火の魔法をかけてある。

 物音を立てて倒れる老将軍。

 万が一に備えて包囲していた昔の誠の部下達が駆け付けてくる。

「アンドリュー様」

 奴隷女も老人を支えに飛び出した。

「サ・ワ・ル・ナ」

 それが最後の言葉になった。

 老将軍は廊下に飾ってあった『荒鷲旗』を握りながら倒れた。

 荒鷲は老人の遺体にそっと舞い降りて、人の目から遺体を隠した。

「うっきゃあ・うっきゃあ・うっきゃあ」

 ただならぬ事態に我らが主人公………。

 まあ、この作品の主たる題材であるモアは激しく動揺した。

『こりゃあ、捕まったら、ただでは済まない』

 花の都フィラン始まって以来の国家威信をかけた大捜査網が展開された。

 モアは非力に見える。

 実際、彼の妻リリア・サルディーラが愛用する六十キロのトゥー・ハンド・ウォーリア・アックスを持ち上げることは出来ない。

 それでも五十キロに満たない自分の体重はどうにかなるらしい。

 煙突から脱出すると、裸のまま屋根伝いを逃亡した。

 警察の魔の手(?)がモアの髪先端に触れる所まで来るが、下水道を潜り、雨樋を登る。おまけにお尻に矢が刺さっても速力はいっこうに衰えなかった。

「往生際の悪い野生動物でも、いい加減あきらめるぞ」

 陣頭指揮を取った警視総監がもらすほどの逃げっぷり。

 まんまとモアは友人であり、民主国家ヴァレンシアの最高決定機関十人評議委員会の一人である。

 十二歳上のサガロの家に転がりこんだ。

 裸のまま飛び込んできたモアを見てテロにでもあったのかと勘違いした。

「実は……」

 モアが話し出すと、あまりの悪行にサガロ夫婦を呆然とさせた。

「この事は妻に内緒にしてくれ。

 彼女のおなかには新しい命がある。

 心配をかけたくない」

 一方的に自分本位の意見を述べた。

 そして自分勝手の涙を流した。

 余りのことに思考停止におちいった。

「なんて立派な心掛けでしょう。

 確かに生まれてくる子には罪がありませんから」

 サガロの奥さんのガッシャ夫人は思わず貰い泣きをしたほどだ。

 後日、披女は日記の中でこの涙を悔いていた。

 シャンリー三世はこの事件を思い出し、自らを納得させた。

 暗殺が横行する政治の世界を巧みに泳ぐだけではなく、公衆倫理や宗教道徳や司法哲学や恋愛感情のような精神の網を、たくみに泳ぎ続けてきた男である。

 敵がはっきり見える人切り御免の戦場で簡単に打たれる男ではないだろう。

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