第14話 サルディーラ援軍
モアの目の前で両軍の剣が激突した。
エスカチオン軍に槍を構える余裕はなかった。兵質がそのままぶつかっていく。
「まずい」
シャンリーはモアを見た。
オリアン国は背後に妖精山脈を控えているせいか、小さくて力の強い馬が好まれた。
この品種は藪の中でも平気で走る習性がある。
そしてオリアン国軍にはたくさんの騎馬兵が混ざっていた。
馬上から降り下ろす剣が戦線で有利に進めている。
モアに近衛の騎馬兵を投入しろ、そう叫ぼうとしたとき、モアが変な声をあげた。
「どこの軍隊だ」
シャンリーは思った。
お前、何の話をしている。オリアン以外のどこがあるのだ。
モアを見たとき、異形の兜は別方向を見ていた。
モアの視線の先を追った。
オリアン国軍を正面とするならば、エスカチオン国の左手後方から、もうもうと砂塵があがっている。
何かが近付いているようだ、巨大生物ではなく、明確な意思を持つ人間の軍隊。
「挟まれたのか」
シャンリーがモアに聞いた。
「かも知れない。魔法使いに視覚を飛ばして確認してもらいます。
ただ、方角がサルディーラですね」
モアは軽く言った。
シャンリーは愛馬を用意した。
逃げる段取りだけ始めた。
援軍を呼んだ覚えはなかった。
なによりその方角にある敵の要塞が健在なのである。
昧方があっさり突破できるとは信じられなかった。
我々は回り道をしているのだ。
モアもサルディーラ領主であるから付き人が馬を用意した。
モアはシャンリーとは別の意見を持っていた。
空中に舞い上がる砂塵の量が多い。
あれは要塞の中にいる三千人の人間を総動員しても難しい。
オリアン国の貴族バルトロメオにはこの数を組織できないだろう。
あの数を動員できるのは近隣ではサルディーラのみ。
「援軍です」
魔法使いが絶叫した。
エスカチオン本陣に喚声があがった。
だれもが抱き合い喜びを分かち合った。
これで助かったのだ。
二人の男は周囲の熱狂とは違い冷めていた。
誰が、その軍を率いているのか?
どこの地方が主力なのか……?
モアもシャンリーも招集していない軍隊。
一人の男の名が浮かぶ。
トルーダム。
「勝った。勝ったぞー」
従軍していた坊主がのんきに喜んだ。
誰にでも分かった。
押されている戦いであったが数では優位にたっていた。
この援軍が駄目押しになることも。
「敵の擬態ではないのか」
シャンリーはモアに確認した。
「トルーダムだ」
モアが指差した。
一騎の赤毛の馬が先駆けを行っている。右手にはエスカチオンの軍旗を掲げていた。
あの赤毛の馬は最速の馬・レッド・ラビット。彼が背を許すのは、最強の人・トルーダム。
「うあああああんーん」
獣のように吠えた。
その一声だけで昧方の士気は鼓舞し、敵は恐怖に震えた。
モアは多少詩的に表現して「敵の中央に切り込むと、一振りごとに血が間欠泉のように空に上った。
敵は勇気を奪われ逃げる者が続出していた。
私の立っている位置だと人海が割れていくのが良く分かる、名もなき雑兵に同情した」と表記した。
多少の誇張を許された従軍・吟遊詩人が『殺して、殺して、殺し巻くった』と歌った。
モアの目にうっすらと涙が溜まった。
思えばエリンバラ攻略はモアとトルーダムが主力だった。
この5年は、主君シャンリーより多く接していた。
『平和とは功ある臣に対して処罰で報いること』
そんな兵法の言葉が心にせめる。
この戦いでオリアン国が滅んだのなら、シャンリー三世が目標としていた。
同一言語圏の統一が彼の望む形で終了する。
もうすぐ終わるのだ。
トルーダムよ。
モアは少し感傷的になっていた。
センチメンタルな気持ちになっていた。
「お前か」
シャンリーの凄く恐ろしい、怒りに震える声がとんだ。
モアは少し空想の中を歩いているせいか、主君の怒りに気付かなかった。
「お前の仕業なのか」
シャンリーは殺さんほど睨み付けた。
目で人を殺せる怪物は、きっとこの瞳を持っている。
たくさんの感情を濃縮させた視線だった。
モアは当時の常識に照らしてもおかしな行動を取った。
そのままシャンリーの視線の先を追い、後ろをふりむいたのだ。
虚ろな瞳で自分ではない誰かを、探し始めた。
「お前、ボケとるのか、俺がお前と言えばお前以外いないのだ」
モアの後頭部に正拳を叩き込んだ。
モアは大きな鉄兜を身に付けて、8頭身が6頭身の状態だった。
バランスを簡単に失い派手に転がった。
しかし、このお爺さん、怒ると息子でも奥さんでも「お前」である。
モアが怒り出すのもむりからぬこと。
「このエロジジィ。なにしやがる」
モアとて大小百近い戦場を戦っていた男。
怒らせれば国王とヘチマの区別などつかないタイプだ。
特に説教好きな坊主や頭の固い学者に良くキレる。
「アレは何じゃ」
シャンリー三世はモアの怒りなど気にせずに叫び出した。
援軍の一か所を指差している。
白銀の全身鎧に身を固めた一人の騎士を指差している。
首まですっぽりと覆う鉄兜から、その顔をうかがう事はできない。
頭の頂点に赤い羽飾りをつけている。特徴的なのが左の二の腕から先が
そのマジックアイテムはあきらかに戦闘用であり、この人は普通の通常の生活においても、ブラブラと見せびらかしているのかと、その無神経さに疑問を呈したくなる。
援軍はこの騎士の指揮の下で動いていた。
シャンリー三世はそこを、この騎土を指差して、「アレ」と叫んだ。
「私の妻です」
モアが答えた。
その瞳は疲れていた。
目は悟りのために半分しか開かなかった。
悪妻を持つ。
男にとってこれ程の不幸があるのか。
その胸中いかばかりか。
苦しいのだ。
だが、同情してはいけない。
理解できない、絶対苦の中だからだ。
アレの名はリリア・サルディーラ。
その胸にはモアが好きで家庭菜園に植えているシンスリーの花の絵と、サルディーラの紋章が書かれている。
彼女は戦場を正確に把握した。
引き連れてきた軍隊を、戦線の左側から突人させて、オリアン国軍を包囲するつもりだ。
カロの突撃は裏目に出た。
モアすらその存在を知らなかったのだ。
カロはくよくよするだろうが、この一事をもってカロがモアより劣っているとは思えない。
オリアン国軍は背中に森を背負っていれば、単調な攻めしか受けなかった。
だが、今は包囲されようとしていた。
それでもカロは動かなくてはいけなかった。
戦場において動かなければモアほどの功手である。
無理な攻めはしてこないが、兵力を集中し、力を相手の弱点に蓄積させる。
それは黙って見ているしかない。
人殺しは悪い事だ。
あるいはあちこちで美しい人間ドラマがあるのかもしれない。
しかし、戦争は大局だけを見れば力学である。
チェスと一緒で相手に合わせて動かなくてはならない。
相手の一手と同時刻に自分の番が回ってきている。
自国の軍事力で、自国の将が、何らかのアクションをおこさなくてはならない。
打つ手がないというのは誤りである。
カロには分かっていた。
「他にどんな手段があった」
カロは火中の栗を拾いに行くような悲運の将軍だった。
モアも別の意味でピンチだった。
「すべてはお前のたくらみか」
自国の君主がモアに聞いてきた。
傍若無人な所のあるモアもさすがに驚いた。
鉄兜の上に白い大きな汗をかいた。
しどろもどろ自分の無実を王に刺激しないよう説明した。
「神から遣わされた父とも敬愛する
私のどこに秘密の段取りをする時間がありました」
「今思えぱ、お前の動きは、実に不審な所が多い」
そんなー。
あれは女を買いにいったり、趣味である料理の研究のために地元の名物を食べたり、新しい食材を探していたのであり。
王を出し抜いて、サルディーラから軍隊を呼ぼうと思ったことはない。
「本当です。信じて下さい」
うっすらと鎧の上に涙を浮かべていた。
この男は小説を書くような男だからなかなかの演技派である。
得に同情とか共感を得るのが上手である。
「だったら、事情を聞いてこい」
モアの尻を蹴り飛ばした。
「ああああああ」
小さな悲鳴をあげながら、ふらふらと馬の側まで歩いていった。
「俺はこんなに尽くしているのに、ささいな失敗で「使えない」と悪口を言われる。
俺の気持ちを分かってくれるのはお前だけかもしれない」
モアは馬に話しかけた。
それは周囲の人間が笑い出すのをこらえねばならないほど真剣だった。
そして馬の方も『良く分かるよ』と言うかのようにうなずいた。
この時、誰の目にも戦争の勝敗は明らかで、エスカチオン首脳部はモアがパッカラパッカラと援軍をに近寄るのをのんびりと見送った。
モアは色々と上手だった。
リリア・サルディーラはモアの事を相当に愛していた。
浮気中のモアを捕まえて、嫉妬に狂いムチを振るうのも愛しているからであり、愛する夫でなければ浮気されても平気である。
モアが妻に事情を聞くほうが、シャンリーがトルーダムに事情の説明を求めるより、都合がいいと判断した。
モアがパッカラパッカラ馬を走らせて、自群の戦線の内側を移動した。
『モアの気が緩んだ』というよりはカロが凄かったのだ。
カロが芸術的な戦争手腕で拡張した戦線を収束させて中央突破を計った。
エスカチオン司令部は奇妙なゆとりの中で全員がモアの動きを目で追っていた。
オリアン国はあっさりと司令部と援軍の間を突破した。
目の前でモアが黒い一群に飲み込まれた。
「げー」
全員が同時に悲鳴を上げた。
シャンリー三世もモアの死など一度も望んだことはなかった。
「俺のせいか」
思わず側にいた人間に聞いた。
「そうです」
と答える者はいない。
「アレ」
「イヤ」
変な感嘆符ばかりで口を濁した。
「追撃を開始しよう」
王は黙って馬に乗った。
「モアなら、生きているだろう」
王は宣言した。
「あの男はゴキブリより、しぶとい男だ」
馬を走らせた。
それでも少しは不安だった。
モアが強い生命力を見せた時のことを思い出して馬を走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます