第13話 オリアン国軍到着カロ 同時に展開

 エスカチオン軍の宣誓が終了した時、白樺の森のから一匹の子鹿が飛び出した。

 オリアン国軍に追い立てられたのだろう。草原でエスカチオン軍を認め立ちすくんだ。

 鹿の背中から「ボアーレ(殺せ)」の大合唱が聞こえた。

 子鹿は本能の赴くままに、森と草原の境目を走り出した。

 カロは暗闇の中、軍を走らせた。明るさが多くなる中一体何を考えたのか。

 昼でも暗い白樺の森。エスカチオン軍が滞在している草原が近付いてくると、明るさが多くなるまるで生まれようとしているかのようだ。

 でも、あの時のように希望などない。

「ボアーレ(殺せ)」

 この叫びは何なのだ。カロは馬上で自問する。

 エスカチオン軍は静かで激しい緊張の中にいた。

 一匹の鹿が飛び出した後、小さな小動物達が次々と飛び出した。

 小鳥達が驚いて枝から飛び出していく。

「ボアーレ(殺せ)」の響きがだんだん大きくなる。

 モアが伝令を送った。

 勝手に動かすなと命令した。

 幻影を使った揺さぶりは、モアが始めたことなのだが、カロにすぐ真似された。

 五感の情報や周囲の情報で、ほぼ真実と確信した。モアの命令はなかった。

 黒い軍が草原に姿を現した。

 オリアン国。

 先頭のカロが両手を広げて叫んだ。

「両翼を広げよ」

 短くはっきりと命令した。

 シャンリーも、モアも、これには驚いた。

 カロの叫びは、オリアン国軍に右翼と左翼を展開する役割があること。

 カロの命令通り指揮する部下がいる。

 カロは挙国一致が条件の戦場で政治を行わなくてはならなかった。

 軍を指揮する部下の貴族がカロを軽んじるのだ。

 陣形一つ取っても、モアなら伝令一つで済むところが、カロは直接その場に行き。

「素晴らしい陣形ですね」

 まずヨイショしておく。相手が気分をよくして断りにくくなって切り出す。

「この槍隊を下げると、更にスキがなくなります」

 褒めながら行わなくてはならない。モアのような生き物には不可解な生き方だが。

 一つ一つの気配りや配慮は、カロの人生において、最も現実的手段だった。

 はっきり言えば、オリアン国は地形に合わせ部隊を配置すると、「突撃」、「死守せよ」しか命令はだせなかった。

 十年前なら、モアも海賊を味方に引き入れ、傭兵を雇い。レベル的に変わらなかった。

 今、サルディーラ軍と言えば、

『マジックアイテムの装備率の高い厚い装甲を持つ騎馬軍団』

『魔法使いを中心とした伝令部隊』

『科学技術の上昇により鍛鉄鋼と火薬兵器』

『半民間の食料を運ぶ部隊』

石弓クロスボウを中心に戦場を動き回る、軽装歩兵の散兵部隊、或いは集団運用』

『璽壕を作り、攻城戦、あるいは籠城戦の主力。戦闘工兵部隊』

 サルディーラの戦闘工兵部隊は当時、世界最高の技術を誇り、人数も3千人を越えていた。

 カロは鉱山で働いている人夫を二百人ぐらい一月の間戦場にとどめ、井戸の水をせき止めるぐらいが精一杯であり。

 サルディーラのように、城壁を支える地盤の下を崩さないように支保工を組みながら掘り、大きな空洞を作り一挙に城壁を崩す技術などなかった。

 これらの技術と訓練が、サルディーラ軍(リリア直属になる)は本国エスカチオン軍より強いのではないかと言われている。

『モアとカロとの戦いは十年まえに決着している』と暴論が飛び交うが、たしかに十年前ならモアも政治的に安定していなかった。

 当時、騎士団の裏切りをうけたリリア・サルディーラ軍の主力は『賭けチェスの胴元であり、古くからモアと親交のある盗賊』、『傭兵部隊とは名前だけの山賊』、『川賊とカルピス川流域の利権を争う海賊』が中心であり。

 縦横無尽の用兵など夢のまた夢であり、オリアン国が仕掛けた『カルピス川の渡河戦争』はモアもカロと同じように『突撃』と『死守』しか命令をだしていない。

 薄氷の勝利でありモアと肉体関係がある女海賊のガンバリがすべてだった。

 後世の歴史家が考えての『あの時』は互角だったであり。

 当事者達(モアもカロも含めて)は、今も逆転のレベルにある事を信じて疑わなかった。

 そして、シャンリーとモアの目の前で、オリアン国の軍隊は命令通りに陣形を展開した。

 カロは自分に近い軍隊は確実に改革してきている。

 オリアン国の経済状態を考えれば、訓練された軍隊など常駐できるはずがない。

 しかし、カロは跳ね返してきた。

 そして朝日が昇る。

 オレンジ色の光が横に伸長する。

 エスカチオン軍は太陽が眩しくて、オリアン国軍を目で捕らえることが出来ない。

 シャンリー三世も手をかざした。

 本来なら、侵略軍の有利は戦場を選べることだ、今回はカロに動かれてしまい、朝日を背に浴びるオリアン国と戦うことになった。

「相手を見ようとするな、伸びてくる影を確認せよ」

 老いたものから若者へ声が飛ぶ。

「突撃をしてはならん。矢が尽きるまで、それぞれの持ち場で射よ」

 カロが叫んだ。

 雨のごとく降り注ぐ矢を見ながら、シャンリーが叫んだ。

「敵は森を抜けてきた。

 移動のために小さい弓を装備している。殺傷能力のある大きな弓は装傭していない。鎧と兜と神を信じよ」

 兵の混乱を治めにかかった。

 シャンリーとモアはオリアンが突撃をしてくるだろうと予想していた。

 一度移動するオリアン国は指揮系統の関係から踏みとどまる事ができない。

 盾を装備するより、槍を装備させて突撃に備えた。

 そして、オリアン国のカロと副官は劣勢を跳ね返すべく。

 十字軍とレアの講和とサルディーラ軍の生存を知ると、千人ほど三週間の猛特訓を行ったのである。

 訓練の済んだ軍人を軍隊の中に散らすことにより、組織運営の向上を計った。

 付け焼き刃だと渋るカロを副官の方がはやらないよりはましだ説得した。

 そして案外(カロの想像以上に)上手くいった。

 戦術的にモアの裏をかくために弓矢を百パーセント装備させた。

 モアは突撃に備えて槍を装備させる。

 矢を射てエスカチオン軍の陣形を崩す。

 そして、手持ちの武器で突撃する。

 カロの目の前でエスカチオン軍の兵が動揺していた。

 槍を捨てて、盾を構え出したのだ。

 シャンリーが舌打ちした。

「モア、突撃させて、敵の弓を封じるか、前衛が維持できない」

「突撃させても、敵が森を背に戦っているから包囲できない。

 敵より頭数が多くても、押しくら饅頭になるだけです。

 兵の多少の利がない。

 部隊を交替させながらの、連続的突撃も(エスカチオン軍とオリアン軍の)疲労度が同じなら有効ですが、こちらの方が連戦と行軍の疲れがある。

 多少の犠牲がでても、敵の矢が尽きるまで待ち、突撃をかけてきたところで、包囲殲滅。

 幸い我が軍は、部隊を6に分けております。

 被書は矢面に立つ2部隊に集中しています。

 相手の突撃に合わせて王目ら近衛部隊を率いて受け止め。

 残り4部隊で森から離れたオリアン国を包囲すれば、最初の計算道理に事が進みます」

 モアは冷静だった。

 カロは軍隊の組織力はエスカチオンが上だが、個人戦に持ち込めば名誉を重んじるオリアン国が上だと思っていた。

 モアは互角だろうと思っていた。

 最終的に(軽くて丈夫な)優秀な装備を多く身に付けた軍隊の方が長く戦えて、多くの人間を生き残らせるだろう。

 単位時間当たりの生存数が多い方が、後ろの時間に多くの兵を送れ、結局は戦争全体に勝利する。

 モアは流れ矢の前に身を晒す国王と違い、自分より大きな盾をヨイショと構えた。

 魔法的に軽くしてある。

 また目に見えない斥力が働くようにしてあり、盾からはみ出た体にくる矢も別方向に反らしていた。

「しかし、なんとかならんのか」

 シャンリー三世が太陽を背に飛んでくる矢を睨んだ。

「ならない」モアが口にした。

 カロにも転機が訪れていた。

 目の前でエスカチオン軍が混乱している。

 戦線が綻んでいる。

 モアはオリアン国の突撃に合わせて、両翼包囲を仕掛けてくる。

 目の前で起きている事態にモアが対処しないのは罠かもしれない。

 だが、誘惑にかられる。

 このまま、前線を突破して中央にいるシャンリーとモアの首をあげたのならば、オリアン国の勝ちである。

 今までの負けが帳消しになり、お釣までくる。

 迷いを振り切った。

 戦は勇猛果敢に判断しなくては勝てない。

 罠ならば食い破る。

「弓矢を捨てて突撃せよ」

 短くはっきりと命令した。

 カロの全ての思いを込めて。

 カロの全ての願いをかけて。

 短い命令だが、万感の思いが詰まっていた。

 国際関係は常なる緊張関係ストレインだった。外交は戦争以上に我慢を欲求された。

 怒りに支配され、それでは決闘で決着しようと宣言できれば、どんなに気が楽だろう。

 カロは、ある一つの法則を手に入れた。

 相手が会うだけで息も詰まるようなストレスをかけることができたならば、協調関係でも勝利をしているのと同然ではないか。

 モアが国際政治に現れた。

 ストレスはサルディーラをエスカチオンヘの屈辱的な従属同盟に走らせた。

 同盟はそれだけではないのだ。

 モアは取り敢えず、敵を減らさなくてはならなかった。

 それでも強いストレスはモアにある種の決断をしやすくした。

「優勢である事と、勝利する事は、別の物事だ」

 モアが平然と口にした。

 国際社会は圧倒的優勢なオリアン国と、小さな勝利を盗み続けるサルディーラを黙って見ていた。そして、オリアン国は激しい攻勢期に見せた団結は消えた。

『小さな勝利が欲しかった』

『私はそれが手に入るのであれば、明日などいらない』

 カロは正面に馬を走らせて思った。

『エスカチオンよ、逃げてくれ』

『モアに義理だてしてなんになる』

 カロはモアが退却しない事を知っていた。

 エスカチオンが負ける場合は、兵の側から総崩れした時のみ。

 モアは小さな体だが決して恐怖心に負けない人間だ。

 単純に勇気百倍の鈍感男ではない。

 いかなる場合も、相手が何をすることが可能か考え続ける人間なのだ。

 恐怖や、愛欲の感情を排除して思考する。

 例え死の淵に追い込まれても、そこから見上げる眼光は、最後の瞬聞まで、相手を知ろうとして洞察するだろう。

 どんなに苦しくても。

 どんなに悲しくても。

 どんなに辛くても。

 強い精神力というのではなく、公平に正確に相手の能力を知ろうとする。

 それがモアの、生まれながらの本能のようなものだ。

「突撃せよ」

 カロは魂を使って叫んだ。

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