第12話 エスカチオン国モア防御

「国王陛下。敵が現れました」

 エスカチオン国王シャンリー三世は、報告を受けると黙って目を開けた。

 作戦を行う場所は、雨に濡れるといけないから仮設のテントが建てられている。

 モアもシャンリー三世も身分高い人なのでこの場所で眠った。

 枕元にあった大剣をつかむと、大股で外に出た。

 白銀の鎧を持った騎士見習い《スクワイヤ》達がシャンリーの後に続いた。

 仮設テントを多少小高い丘の上に敷設していたため、彼が命を預けてきた勇敢な戦士達は眼下にならんでいた。

 誰もがすでに鎧を身に付けている。

 視線が軍師を探した。

 暗黒色の厚手の皮鎧が目に入った。鍛練不足のモアは金属鎧を着る体力がなかった。全身をすっぽり包む黒色のフード付きマント。

 まるで、伝説の暗黒魔導士のようだ。敵にも結構勘違いする人間がいる。

 もう一度いうが、彼の手から稲妻が飛び出して敵を倒したことはない。

 この時代、たくさんの人が勘違いしている。千載一遇のチャンスを、モアの怪しげな身振りだけ見て、逃しだした人間のなんと多いことか。

 頭にはフルフェイスの鉄兜を付けていた。

 下あごの辺りから、天に向かう角が、左右に一本ずつ装飾されていた。

 魔法使いではないから金属の鎧を身に付けてはいけません。そういう制限は彼にない。

 ただ、モアにとって、顔は外交の道具である。仮に醜かったのなら、リリア・サルディーラが夫にしようと思っただろうか。たまたま流れの矢が飛んできて、顔が傷ついたら、モアの人生にとって致命的な事態になりかねない。

 それに、このセンスのない兜は新婚当時の奥さんのプレゼントである。

 使用人から出世したモアは、奥さんの好意を永遠に持続させねばならなかった。

 今まで、全ての戦場で使用した。

 数多くの演出家が戯劇の中で、魔王の格好を発想インスピレーションした。

 実にユーモラスな格好であるが、シャンリーには見慣れた戦場の風物詩である。

 モアがシャンリー三世に気付いた。日のいずる場所を指差した。

 シャンリーが瞳を向けると、朝焼けが展開していた。

 もうすぐ日が上る。

 明るくなった、東の空を、小さな黒い鳥たちが扇状に広がって森から飛び上がる。

「ボアーレ(殺せ)、ボアーレ(殺せ)、ボアーレ(殺せ)」

 小さくはあるが、腹に響いてくる。殺気に満ちた空気が震えた。振動がシャンリーの腹のおくまで伝わってくる。

「さすが、カロだな」

 侵略軍の利点をあげるなら、戦場を選べるという一点につきる。

 だが、エスカチオン軍は目覚めたばかり、カロが縦横無尽に動く中、エスカチオン軍は防衛に入ろうとしていた。

 カロは太陽を背に襲ってきた。

「不利な戦場だ」

 シャンリーもモアも思考した。

 スクワイヤ達がシャンリーの鎧を付け終わった。モアが側まで歩いてきた。

「万が一に備えて、退路に兵を二百、伏兵させておきました」

 この伏兵は損な役回りだ。昧方が優勢であったならば追撃で功績を上げることはできない。

 不利になって退却する時は全減するまで戦い多くの兵を逃がすことが仕事。

「モアの思う通りにしろ」

 大体、なり手がいない。

 年を取った者が選抜される、軍師の事だ、あらゆる方面に配慮を欠かさなかっただろう。

「私の戦士たちよ」

 シャンリー三世は大声で大剣を抜きながら戦場に呼び掛けた。

 忠実なる全ての騎士が、剣をぬき、十字架を掲げるように、自らの正面に構えた。

 モアも例外ではなく、リリア・サルディーラもいれば同じように忠誠を誓った。

 こういった上下関係は最初の契約ではっきりさせていた。

「多くの試練に立ち向かった君達には、天国のみが約束されている。

 愛する家族の下から君達を奪っている。

 今が…。

 私には正しいことには思えない。

 唯一神ソフィアより授かった王権を、国民を代表して行使するものとして。

 オリアン国で行われている悪を見過ごすことは犯罪にも等しい。

 川で溺れている子供がいれば、私は冷たい水にわけいってこれを助けたい」

 高らかに宣言した。

「どうか、この裸の王に徳目ヴィルトルを与えてほしい」

 大反響がかえってくる。

「王なくして、私なし」

 忠誠を誓う全ての騎士が叫んだ。モアも例外なく兜の中で多く叫んだ。

 モアは教会の教えには冷静に距離を取るが、祭りのような慣習には三才の子供のように無邪気に受け入れる。

 半世紀前、活版印刷の技術が発明され、ブックが出来た。

 民主主義ヴァレンシアで、商業ベースで本が書かれだしたのが、この頃からだった。

 始めは聖書に始まった道楽も、モアの時代には翻訳物、詩集、外国語会話、ポルノなど多数出版された。

 だれもが自身の名声を求める中、モアは史上において最初にペンネームを使う作家になった。

『アルフレンド(妖精の友)・ボカッチオ』の名で、マゾ文学の金字塔とも呼ばれる五つの作品を残した。

『残酷令嬢シラスの優雅なる日々(上)』

『残酷令嬢シラスの優雅なる日々(下)』

『当て馬物語』

『聖騎士リンデルの悲劇』

『続・聖騎士リンデルの悲劇』

「当時の生活や風俗を知る上で重要な手掛かりだ」モアに心酔する人達は本気で信じているようだが。これらの作品は一人の人間の創造の産物であり、当時の風俗はここまでは乱れていなかった。いまでこそ『マゾ文学』の金字塔と高い評価を受けているが。当時はエロ本として読まれていたし、遊び心がおおかった。

 最高傑作『当て馬物語』にしても(当て馬とは馬の場合は、発情期がはっきりしない。その時期を調べるために、当て馬に腎部を嘗めさせて発情期を確認する作業がいる。

 後は作品の中にあるように、選ばれたサラブレットが種付けするのを、涙を浮かべながら呆然と見送るしか術がない。

 中にはリリ・アマゾンのような筋肉隆々な牝馬もいて、ちょっと気に入らないところがあれば、後ろ足でアバラが骨折するほど蹴るのである。

 それでも彼は養い一家のために、己に課せられた義務を果たすのである)多くの遊びの要素が含まれていた。

 ロバによる第一人称の告白形式で書かれており。

 男に生まれていれば、悔しさと悲しさが一杯の、ナントもやるせない本である。

 ロバの名前はカロだった。(伝説では、カロがこの本を入手して、読んでいる最中にこめかみを押さえながら、三回回って倒れた事になっている)

 モアはこれぐらい宗教に対して寛容である。興じることに無邪気である。

 サルディーラにある教会に親子四人で出かけてボランティアで掃除をした。

 略奪品であるマジックアイテムなどを気前良く地元の教会に寄付した。

 遊び心が豊富な男であり「王なくして私なし」という聖なる誓いも、モアなら心から叫んだ。

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