第11話 オリアン国
カロ進撃
『勝たなくては』
『何をしても勝たなくては』
『必ず勝たなくては』
カロは苦しかった。
傭兵までかき集めて、4千人。
慣れない獣道を、夜中に行軍した。
森林は暗く、伝説の魔王が現れてくる。
そんな雰囲気があった。
敵の位置はつかんでいた。
人数も一万人と理解していた。
この辺のスパイ活動は、優秀な人間なら誰でもやった。
ただ、偵察兵を哨戒させているため、今のエスカチオン軍の動きがタイムリーに伝わってはこなかった。
最短距離に当たる、道路を走破して、エスカチオンを急襲。
軍隊の戦力比が1対3を超えている。
悪い賭だ。
だが、カロは別の決断をした。
狩人の案内で獣道を進み、エスカチオンを背後から襲いかかろう。
「夜のうちに、襲いませんか」
副官が近付いてきた。
カロがどんなに自信家であろうと、一人の人間で軍隊を動かせると勘違いしてない。
優秀な者を副官にした。
モアより若い。
お世辞を言わない。
あまり可愛げのある男ではない。
カロのように政治一筋に生きてきた男にとって、オリアン国を肯定する人間は正直に嬉しい。それに対して否定する人間に会えば、胸の奥でイライラしてくる。
しかし、今必要な人材はイエスマンではなく、カロの足りない物を補ってくれるものだ。
優秀な副官であるが、カロ個人が可愛げのある奴だと思うことは未来永劫ないだろう。
彼はオリアン国の連邦制に疑問はない。が、王室は連邦国を独立国としないで。強い罰則規定を課すことのできる、属国にすべきだと主張している。
巨大な帝国が外周部に誕生する中、若手にしてはえらく穏やかに思えた。
中身に当たる、法律論になってくると過激を極めた。
「契約説」という哲学がベースにあるのだろうが、実現は不可能だった。
それでもカロは心の中で、この若者が『おもしろい』と思うように努めた。
「やめとく」
若い副官の夜襲の勧めに、カロは正直に答えた。
この副官はなかなか優秀で、自分で地図を使用し、敵軍の意図を読めた。
カロは戦の前に忠誠心を確認した。
「正直に答えてくれ、お前はオリアン国に最後まで忠誠をつくすか」
「はい、そのつもりです」
「先の会議で勝てると断言した。
無責任だが、負ければ私に未来などない。
お前なら、分かるだろう。勝算が」
「勝ち負けはおいておきましょう。
モア・サルディーラは確かに裏切り者も登用していますが。日和見主義者と、自分の主人を売った男は重く用いません。
今後、モアの下で働くにせよ、この戦いは全力を挙げてオリアン国を支えないと、勝っても負けても未来はありません。
カロ様からの降伏命合が下るまで全智全霊をかけて戦います」
カロは一理あると思った。モアのこれまでの行為を良く研究している。
ただオリアン国滅亡後は、モアの下で働こうと考えているのが気に人らなかった。
「信じて頂けますか」
若い副官は疑われたことを怒らなかった。
カロの心の動きを半分は理解していた。
カロには甘えた所のない好い男だと思った。
でも、好きにはなれなかった。
「信じよう。
お前が優秀ゆえに変な事を聞いた。
今回はオリアン国の意地をかけたものだ。全滅は覚悟せよ」
裏切れば生き残れるとは限らない。モアとの話など生きていればこそである。
カロとしては重い地位で使うために覚悟を聞きたい。
「勝っている戦でも死人は出ます。
全減と言われながら生きるものもいます。生死は運に任せます。
死ぬのが怖くないと言えば嘘になりますが。それで当たり前の人間でしょう。
降伏命令が無いのなら死ぬまで戦います。
死んだ時は残念ですけど。敵さえも恨む気は無いですよ。
運命も呪いません」
若いくせに達観していた。これも武人の一つの在り方なのだろう。
オリアン国を世界地図に残そうという切羽詰まった気持ちはないようだ。
カロは迷いを打ち明けた。
この副官に「敵だ、戦え」などの命令はセンスの無いことだ。
「私は一度モアに『空城の計』を食らった。今、エスカチオンの動きを把握できない。
下手に夜襲をして空城の計を食らえば。顔が確認できないから同土討ちの危険がある」
「軍務大臣様の
若い副官はニコニコしながらきつい事を言ってきた。
シャンリー三世はカロを評価していた。
どこかの軍師と違って真面目な男だ。
下らない嫉妬からでた暴言に対して顔で笑っているが心の深い所で素直に傷つく。
どこかの軍師に「チビ」「蚤の夫婦」と言える。
傷ついたら負けなのだ。
モアはそんなことは考えない。
自分は優秀である。
生意気なことを言ってくれる。
逆に相手を見下ろすような気迫、気概に満ちている。
すぐに「変態国王」「エロジジイ」など言い返してくるだろう。
だが、カロという男はそれが出来ない。
どんなに傷ついても、そっと相手の手を握りながらささやくだろう。
「あなたは、かわいそうな人だ」
そして別れるだろう、永遠に…。
同盟期間中、何度か一緒に仕事をしたが、あまり一緒に仕幕をしたいと触わせるタイプではなかった。
「モアが何の準備をしていない、そんな事は有り得ない」
「あなたが率いているから、モアは逆に夜襲がないと読む」
モアの思考法は相手の動きを読み、あわせることだ。モアが夜襲はないと思考する。
有り得る話だ。だが、モアは準備をしている。
「エスカチオンを襲撃するのは、夜明けと同時に行う。
そのほうが敵の顔を視認しながら戦える。モアは用心深い。夜襲の対策はしてある」
カロは断言した。
『モア・サルディーラと戦いたい。
あなたの心の闇ではなく。
どうせ軍を率いて戦うのならば、モアの知謀に心行くまで、挑戦してから敗北したい』
若者は口にはしなかった。だが、目はギラギラと輝いた。
「モアと戦えば分かる」
副官はドキッとした。
戦いへの欲望が、カロに読まれたのかと思った。
「モアの外見と違って、用兵自体は洗練されていない。
移動力はある。飛び道具などの装備率は高い、多く支給している。
アリの群れを見るような、軍隊生物的な粘りがある」
オリアン国最強将軍の顔を見た。
哀しい顔をしていた。
そうだった。
この世でこの人ほど勝利に飢えている人がいるのだろうか。
この人ほど、全身全霊をかけて戦い。
破れ去った人はいない。
この時代、全ての人間は宗教的な神話の霞を歩いていた。
カロとモアだけが、本当の意味で自分のやっていることを分かっていた。
この二人のゲーム的、実験精神だけが物理的審判を受けた。
そして、民衆は罰した。
オリアン国軍務大臣カロは常に苦しめられていた。
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