第10話 オリアン国軍務大臣カロ

オリアン国軍務大臣カロはエスカチオン国の軍師モアと良く比較された。

 妖精であり絶世の美人であるモアに対して、彼は醜悪な小男だった。

 モアも背は当時の平均身長に届いてない。

 良く二人の話が酒場や床屋や大衆浴場などで出てくるが、男に生まれていればカロをかばい。女に生まれていればモアをひいきにした。

「国王陛下。どうか私に軍隊をお与え下さい」

 カロは敬愛するオリアン国王ビリアンに対して片膝をつき頭をたれた。

 オリアン国の国王ビリアンはエスカチオン国王シャンリー三世より若く、モアの年に近かった。

 将軍肌というよりは感受性の強い芸術家だった。

 モアに近い人間のように連想されるが、腹の辺りにゆったりと脂がまき、精神構造はモアと違い、ナイーブ(傷つきやすかった)だった。

 三十を超えているはずだが、風貌は若者といって差し支えなかった。

 娘が二人、隠し子で息子が一人いる。

 それでも精神構造が円熟する事なく、情熱パッションが自身の心から出る事なく、傷つきやすい感情の中で意識は左右と踊っていた。

 若者のような人だったが、トルーダムのように一度でも理想を夢見たことはなかった。

 それでもカロにとっては可愛い主君であり、身分の低いカロを引き上げてくれた、先の王の死ぬ間際「くれぐれも頼む」とカロは言われてきた。

 カロはモアより十年程年を取っていた。シャンリー三世より十歳若かった。

 カロにとってビリアンは実際の年齢より若く感じられた。

 オリアン国のビリアンは欠点のある人でなく、心に秘めた女性はあったようだが、政略結婚である幼き妻にも深い思いやりを示し、夫婦の仲は良好で子供を二人授かった。

 普通の人間であり、まともな君主だった。

 政策の失敗はなかった。

 時代が変わり各地で巨大帝国が誕生した。

 オリアン国は変われなかった、封建的な連邦制を維持した。

 真面目な人間が生き残るわけではない、攻撃的人間だって、裏切られ足元から破滅する。

 しいてあげるなら『強い人間』では無く『時代に適合しようとした人間』ではなく『その時代から愛された人間』が生き残った。

 それでも賢く振る舞えば『破滅を回避することができる』カロは信じた。

「この度の貴族の裏切り行為により。オリアン国の国体は崩壊しました」

 カロは国王と、列席する大臣に静かに語りかけた。

 オリアン国のような封建社会において与えられた土地は自分で守るという道徳はあるにせよ。エスカチオンの本格的な侵略を前に援軍を送らないで「裏切るな」と言うのはむしのいい話である。

 カロにも言い分はあるのだろう『寵城に持ち込めば。勝てぬまでもその場にエスカチオン軍を釘付けにできる。

 そうすれば後は外交で背中を襲わせることもできるし、こちらも援軍を送れるというもの』

 この裏切りは痛かった。

 オリアン国は弱い連邦制であり、連鎖反応をおこす危険がある。

 国王ファミリーが玉座の回りに集った。

 金色の玉座に鎮座する国王の左肩に王妃が手を置いた。

 震える女の手にビリアンはそっと右手を重ねた。

 この国に昔日サルディーラを滅ぼしかけた勢いはなかった。

 モアの台頭があった。

 世界地図の上でモアのサルディーラは台頭した。

 今では地図を知らないものでもモアの名は知っている。

 独特の色気を利用してサルディーラ女王の夫となると、すぐに息子のジオンを孕ませた。

 身の安全を確保するためにサルディーラをエスカチオンに売り飛ばした。

 愛国者による抵抗勢力が出来上がるとリリア・サルディーラとシャンリー三世の武力を使い鎮圧した。

 不安定な自身の立場を安定させた。

 しかも、モアはサルディーラ父祖伝来の土地をシャンリー三世に与えもした。

 感情的な反発が国内にあると知るやエスカチオン国の軍師に納まり、シャンリー三世にカストーナ国を襲撃させた。

 エスカチオン国の戦線が膨脹したと見るや、かつての領土を返還してもらい、すべての領土問題を解決した。

 恐るべき外交手腕。

 出自の怪しい男であるが軍務大臣カロは過去三度の対戦ですべて負けていた。

「モアが軍隊を率いてくる」

 これはオリアン国にとって初めての経験だった。

 モアという男は防衛的思考が強く、一部の過激な貴族が越境して『火付け強盗』や『青田刈り』をするくらいで本格的な侵略はなかった。

 一時期は同盟関係ですらあった。

 モアはその時期からかなり大胆に謀略を進めていた。

 ソフィア正教の僧侶を国策としてオリアン国に保護させた。

 これを受け入れたことで大貴族達が分裂した。

 旧来の多神教的な土着宗教・精霊崇拝の信仰が強くソフィアの教えが極端に肌に合わない地方が合った。

 吸血民族レアは各地の民間伝承だけでなく、今でもどこかに隠れ住んでいる。

 内海で勢力を誇るレアほど巨大でなくても、個人レベルでみれば、トルーダムのような英雄クラスの人間でなければ対抗できなかった。

 それらに対する原始的な恐怖だけが理由でカロはソフィア正教圏と同盟を結んだわけではなく、妖精山脈を挟んで魔法使いの集合国家カステラヤ魔法帝国がレアの民族国家ポートマスを国外から追い出した。

 同じ人間として歓迎すべきなのかも知れないが、オリアン国に取ってはカステラヤ帝国が十七ぐらいに分裂して三国志でもやっている方が良かった。

 妖精山脈の南部に巨大なカステラヤ帝国が誕生し、海岸線で国境を接し、アルプス山脈西部の帰属問題で両国は揺れている。

 大きな衝突がないのは、モア・サルディーラと海軍国ヴァレンシアの援助でできた新教徒達の国家ネオクロスと、大湖を挟んでレアの勢カ・カミラエルが健在で、北方に当たるオリアンに触手をのばすよりは、ネオクロスとカミラエルを併呑してジブランデル半島全体の統一を急ぎたいとカステラヤの事情でしかない。

 いずれは国境線を巡ってひとあたりせねばならない。

 カステラヤは魔法によるヒューマン・コントロールの支配が政治体制であり、生まれながらに魔力が強ければ、親でもコントロールすることが可能である。

 ヴァレンシアで各国語訳が大量出版された(それまではノーマ語族でしかかかれていなかった)聖書の教えにかえれとするソフィア正教異端のネオクロスにはモアが一枚かんでいるし、カミカエルの方は内海の向こうの大陸のネクロマンサーの秘術を尽くしてゾンビやスケルトンを操っている。(ヴァレンシアの海軍船、サルディーラの海賊船、カミカエルの幽霊船、レアの私掠船に、カステラヤ帝国の飛空船は内海を裏庭と呼んで覇権を争っていた)

 オリアン国が尊重する道徳において、どれもとても同盟できるものではなかった。

 カロは悩んだ。昔と違い、食料の保存と運搬技術が各段にあがった。

 もはや、一国だけでは国際社会を生きていけない。

 宗教・軍事・経済・法律と完全分離すべきものが重なりだした。

 妖精山脈を挟んだカステラヤ帝国と同盟か、妖精山脈から流れる大河カルピス川を挟んだサルディーラ、ひいてはエスカチオン国と同盟か。

 西は海としか接してはいなかった。

 そんな折に、国王夫婦がソフィア正教・教皇庁にて洗礼を受けて信者になった。

 それは失策だった。

「?」がカロの本音である。カロにとって、不可解な事象だった。

 失策と断言するのは、ソフィアの信者ならば、在り方として正しくはないが、モラルを考えずに単純にオリアン国を別の物(宗教規範)を大切にす、国人格としてとらえる時、この行為は寿命を縮めた。

 国内は分裂し、内戦状態に入った。

 モアの側にもノーマ帝国との最大の決戦を控えていた。

 どちらかと言えば、この同盟はお互いの政治的都合であり、信頼関係はなかった。

 カロの予想では三年以上はかかるだろうと思っていたが、勝敗は一日で決した。

 エスカチオン国は膨脹した国内の整備が先でノーマへの侵略はしなかった。

 モアが泥沼化するのを嫌い、旧カストーナ政権の引き渡しだけ欲求しノーマとエスカチオンは停戦した。

 さらにオリアン国の悲劇は上流階級の識字率の低さにあった。

 ここで文化論を述べる気はないがソフィアの教えは愛を中心に据えた合理的な物であり、文字として世界中に配布された。

 それらの行為がオリアン国で恐怖をよんだ。

 言葉には魂があり、それを文字にするなどは、先祖伝来躍動してきた魂の伝達をぷっつりと切る行為である。

 真剣に生きるつもりがない様に思われた。

 オリアン国の国王ビリアンが深くソフィアの教えを理解して、生きる哲学として実践しようとした。

 モアが「あんな物は色仕掛けだ」と距離を取り。

 カロが同盟など国益にかなう部分を受け入れて、交渉が不利にならない万国共通の知識と認識した。

 権謀術上邪魔になると「使えない」と口にして、愛から始まる文章を頭から追い出した。

 オリアン国の国王ビリアンがソフィアの教えをその程度に止めておけば、オリアン国の衰退はなかった。

「恐らく、明後日には首都の回りはエスカチオンの旗で埋め尽くされるでしょう。

 籠城を行っても周囲の貴族から援軍があるのか望みが薄い。

 貴族達には分かっています。

 シャンリーのような男の場合、今後の働きによっては栄達の道があることを。

 オリアン王室に未来はありません。

 葬式の違いがあれ、オリアン国はブルグ語族に属します。

 こういう時は原住民に政治を行わせるより、二つのことを守れば良いのです。

 一つは決して税制をいじらない事。

 もう一つは、旧支配者を根絶やしにすること」

 これらの言葉が終了したとき、王妃の目から涙が零れた。

 王妃は立っていられなくなり、ビリアン国王の袖に顔をうずめた。

「幸の薄い子供達」王はゆっくりと妻の髪をなでた。

 慰めの言葉はなかった。

「運命は残酷だ」それを口にした。

 モアは一度、カストーナ国征服時に年の若い僭主の王族に温情を示した。

 手酷く裏切られた。

 彼が同じ失敗をするとは思えなかった。

「まだ負けると決まった訳ではない」カロが宣言した。

「おおおおお」と大臣達から歓声があがった。

「しかし、カロよ、安請負するが、お前に勝てるのか」一人の大臣が口にした。

「別にお前が愚かだと言う気はない。相手は冷静沈着な吸血民族レアから『史上最強の知将』と呼ばれ、教皇庁からも『約束の地』と呼ばれた。モアなのだぞ」

 口にこそしなかったが誰でもわかる。

 お前は一度もモアに勝っていないではないか。

「そんな夢のような話を聞くために、我らがここに集まった分けではない。

 軍隊を失って無条件降伏するという脅威から、王室を守るために集まったのだ。

 できるだけ有利な条件で停戦講和をするために集まったのだ」

「それは、おかしな事を言う」

「何がおかしいのだ。

 お前の病的なコンプレックスに起因する。

 モアに対する嫉妬に満ちた恨みを晴らすために、王室の軍隊を使えると思っているのか」この手の非難は予想内だった。

「慎重論を臆病者と罵る気はないが、ここで何もしなければサルディーラの蚕食は防げるのか。貴族の離散は防げるのか。

 分かっているはずだ。

 いま死ぬか、後で死ぬかしかない。

 二つに一つしかない。

 私の能力がモアに及ばなかったと言うよりは、政治の質に違いがあった。

 改革の断行を妨げた金の亡者こそ責められるべきだ」カロは大臣達を指差した。

「自分の主に降伏を勧めるなど、モアにいくらもらったら出来るのだ」

 カロが大声で怒鳴りつけた。

「もう、その辺で止めなさい」この時、始めて国王ビリアンが重臣達に声をかけた。

「今は内に結束するとき、お前達が罵りあっていたら、兵は何を頼りにする」

 穏やかに口にした。

「カロよ」

「はい、ここに」

「済まなかったな、カロ。

 すべてはお前のいう通りだ。国の舵取りをしているのに、落し所ばかり探していた。

 世界の各国が中央集権化していく中、わが国だけが弱い連邦制を維持した。

 私達の古くからあるやり方が通じなくなった。

 カロ、大臣達を責めないでくれ。

 親族との対立という、私の迷いが、彼等の間で事なかれ主義をうんだ。

 もし責めるのであれば、決断力を欠いた私だけにして欲しい」小さく頭を下げた。

「勿体ないお言葉、君命を危機にさらす無能な臣に対して、責めこそ受けれ、そのようにふるまわれては…。臣、カロ。身の置き場に困ります」

 カロは不覚にも涙を流した。

「気にするな、モアほどの男と同時代に産まれた不運がある。

 カロなかりしば、あの内戦のなか、私が今日、玉座に座ることもなかった」

 カロは何も言えなかった。

 自分がふがいなかった。

「カロよ、思うだけ軍隊を連れていけ。

 すべては、お前の言う通りだ。

 モア・サルディーラは攻めてきた。

 あんな餓狼のごとき男の情に、すがってまで生きるのが馬鹿らしくなった。

 カロよ、オリアン国の最後の意地を見せてやれ」

 国王は黙って椅子から立ち上がり。

 家族と供に控えの間に退場した。

 決然と戦う姿勢には、見えなかった。

 半分以上あきらめている姿だった。

「カロ、済まなかった。

 確かに国王陛下がおっしゃられるように。

 お前が、オリアン国で最強の将軍だ。

 私だって、お前が憎いと思った事はない。

 頼む、王室を守ってくれ」

 老臣の一人が頭を下げた。王室内の空気は決戦へと傾きだした。

「モアは逃走したことはあるが、敗走したことがない男。

 私にはオリアン国中が震えているように見える。

 敵の軍隊が何を出来るのか考える時。

 魔法が戦術に組み込まれたにしても、空から目の前まで瞬間移動してくる訳ではない。

 今までとは違い、防衛戦なのですから。

 自信を持って、それぞれの持ち場でベストを尽くして下さい。

 防衛する側は遥かに少ない兵力で、遥かに少ない作戦で互角以上に戦う事が出来るのです」

 カロは静かに続けた。

 若い国王は多少なげやりな所はあるが。

 カロにとって、戦う決断は有り難かった。

「とにかく、長い戦いにしましょう。

 一つは、連戦の疲れがある。

 シャンリー三世は領国内を通過したにも関わらず兵の入れ替えをしていない。

 負傷兵は引き揚げた。

 一つは、退路が確保されてない。

 モアの謀略が成功して、我等の要塞は無力化していますが。まだ、滅びたわけではない。

 謀略をかけたモア個人はともかく、兵卒に対して、ストレスがどの様にかかってくるかはモアの計算に無いことです。

 一つは、要塞を迂回したこと。

 これにより、補給線が確保できていない。

 彼は長期戦が無理なのです。

 そして、ソフィア正教圏最強の騎士トルーダムの姿がない。

 家庭的に何があったかは知りませんが、シャンリーはトルーダムを連れて来なかった。

 彼等が本気とは思えない」カロの断言に大臣達がうなずいた。

 カロは今回の進軍はエスカチオン側の威力偵察のようなものであり、国を売り飛ばすような言動を避けるように指示した。

 あのモアが侵略に動き出した。

 手ぶらで帰る気はないだろう。

 だが、自分は今から戦おうとしている。

 臆病派の大臣達が裏でモアと会談するようなことは避けたかった。

 だから、たくさんの嘘を並べた。

「必ず勝てる」

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