第9話 英雄トルーダムと軍師モア

トルーダムは違う。

 彼は理想の英雄だった。

 求められる英雄像を演じていたわけではない、彼自身が望みであった。

 トルーダムは英雄ヒーローになりたかった。

 三千人で公称二十万のレア軍に襲いかかり、これを撃退した。

 当時の動員能力を考えるに4万ぐらいだろう、同格で複数の命令系統を持つ連合軍であり協調性に欠けていた。

 城塞を攻略して半数以上が略奪行為を行い、軍として機能していなかった。

 敵が三千人で正面から奇襲してくるとは思ってなく、奴隷制度の兵隊達が略奪品を持って勝手に総崩れしたことなど。

 向こう側に負ける理由が多くある戦いでの奇跡的な勝利が、トルーダムの人生を大きく狂わせた。

 彼個人は懸命に神に祈り、常に奇跡を願うようになった。

 そして民衆ポポロは人間トルーダムを知らない。

 彼が悩みや、苦しみとは無縁の人間で半分以上神に近かった。

 国を越えて、敵国から愛されて。敵、味方を問わず、全ての軍人の尊敬を勝ち取った。

 だが、エスカチオン国家はオリアン国攻めから彼を外した。

 トルーダムは負傷兵と共に帰国した。

 王都で民衆は熱狂的に彼を受け入れた。

 トルーダムは幸福ではない。

 彼は誇り高き戦土。

 平和が尊いことは知っているが、親友で、戦友であるモアが戦っている。

 兄王が戦っている。

 兵士達が戦っている。

「俺は戦土」

 トルーダムの腕に去来する複雑な思い。

 これは罰だ。平和をむさぼることは苦痛だった。

 モアはシャンリー三世を見た。

 同じ母を持たないトルーダムを嫌っていた。

 モアの心は冷静だった。

 国王はトルーダムの功績に嫉妬してはいない。

 シャンリー三世を嫉妬させるだけの君主の器をトルーダムは持ってなかった。

 国家の英雄。

 宗教的戦士。

 たくさんの名誉と豊富な道徳ヴィルトル

 シャンリー三世の心を少しも震えさせない。

 ただ、トルーダムに近付く教会の影、自国内の不満分子。

 征服民族(地域)の将軍(モアも含めて)。

 彼をイライラさせた。

 そして、シャンリー三世は、父親の血を引くトルーダムより自らの血を分けたシャンリー四世のほうが可愛かった。

「モアよ、四世とトルーダムのどちらにつく」

 モアは即答した。この場合、シャンリー三世の態度や周囲の状況などはどうでもいい。

 即答が肝心なのだ。

「四世」

 シャンリー三世は腹を決めた。

 トルーダムを遠ざけた。

 だからこの場に、トルーダムはいなかった。

 規律から言えばトルーダムは勝手に恩賞を受けとった。

 シャンリー三世も、モアも、これは教皇庁の陰謀だと思っている。

 あまり洗練されてないけど。

 今回の処罰は教皇庁の陰謀からトルーダムを遠ざける意味があった。

 相当好意的に解釈すればそうなる。

 トルーダムは勇者だ。勇者過ぎるほどだ。簡単に人の善意を信じる。

 疑うことが道徳に反すると思っている。

 トルーダム程度の知能指数では万人に認められた権威を、疑えとは無理だろう。

 モアもシャンリーも教会を信じてはいなかった。

 シャンリーとモアが、カストーナ地方を征服した後に、天使が降臨した。

 モアもびっくりしたが、国が驚いた。

 モアは大至急教皇庁に連絡をとり「なんとかしてくれ」と依頼した。

 教皇庁から派遣された坊主の言葉は「聖人にも殉教者にも、しないでくれ」一言だった。

 言葉は美しいが、「生かすな、殺すな」と言ったのだ。

「天使を引き取るのは、そちらの仕事だろうが」

 シャンリーがあきれて口にした。

「人の体を借りての降誕ならば、単に聖痕のスティグマがあるというレベルならば幾らでも引き取れるのだが。

 幼ければ、幼いほどよし。

 ただ、神の使命を帯びての降臨となれば、少し訳が違ってくる。

 人間の世界には教皇(神の代理人)を中心とした秩序が出来上がっている。

 どのような立場で迎えればよい。

 我々でさえ困っている」

「素直に話、聖都ソフィアーネに来て頂くのが筋だろう」

 モアだってそんな化け物、引き取れない。

「それが出来ない。前例がある。

 天使は余りにも結論を急ぎ過ぎる。

 頭の中に有りうるべき姿があり理想社会の創造を試みる。

 現実社会を見ようとしない。

 胃袋が何を求めるのか、性器が何を求めているのか、欲望マネーを伴う、自然な人間の行為を見ようとしない。

 とても許容できない。

 そんな宗教改革をやれば、信者がいなくなる」

 シャンリーはさすがにピンと来なかった。モアが説明を入れた。

「天国の出来損ないか、融通のきかないヤツが煙たがられてやってくるじゃないの?」

「お前、会ったことあるのか」

「ガキ(神学校に在席した)の頃ね、あの時は6匹ほど(学校内部に)いたかな」

「軟禁状態にしてあると聞いていたが、部屋に閉じ込めている分でないのか」

「話をしてもいいヤツは、大部理想を捨てて人間が丸くなっていたな。

 それでも上から人間を見下ろしたとこがあって、話せないことはあるようだが常に教えてさしあげるという態度だった。

 信者は求めるけど、友人は必要としないタイプだった。

(天国の天使の)ステレオタイプか不明だけど。

 人間の坊主の方が布教活動は上手だし、話し方も丁寧だ」

 モアはもう一度、坊主を見た。

「人間が元来持つ『原罪意識』を聖書であおられれば、生まれてから死ぬまでの人間の営みは、永遠の魂からみれば『仮釈放中の囚人』に過ぎない。

 布教のためソフィアの教義ドグマを(昔から)個人の都合でいじりすぎている」

 モアの好意的とも取れる言葉に坊主は瞳をキラキラさせた。

「だから、お願いしたい。

 エスカチオン国王の勇気と軍師の知謀におすがりしたい。

 教皇庁はソフィア正教の分裂だけは避けたいと思っている。

 あの羽の生えた化け物を、新しい予言者にも、殉教者にしないで欲しい」

『羽の生えた化け物』とは天使の事である。

 教会の隠語スラングがそのままでた。

「無茶な話だ、カストーナ地方は戦争に敗れて自信を失っている。天使が提唱する戒律は、我々の目から見ても厳しいものだが、若者達はあえて飛び込んでいる。

 その厳しさは聖なる儀式であり、自分たちが選ばれた人間だと意識させる。

 できるだけ早い段階でトップ同士が話し合うことです。

 それが、不可能と言うのであれば新興宗教団体は、国と国との関係に移行する。

 教皇庁には明確に『ヱネミー』と呼んでもらおう。

 そんな曖昧な姿勢では協力に応じかねる」

 モアは宗教には寛大だったが、この時は怒った。

 これ以上しゃべらせて、モアが興奮してきて、教会批判などしてもかなわんと思い、シャンリー三世は左手でモアを制した。

 モアは妥協をいろいろ重ねる人生だが、心の奥底に誰にも触らせない観念の世界が、無傷のままで存在していることをシャンリーは知っていた。

 トルーダムのように口に出さない分、酷く純粋なまま沈殿していた。

 宗教学的にニアミスをおこすと、言葉だけであるが攻撃的になる瞬間がある。

 ソフィア以外の宗教を口にしないが、『信仰の自由』に近いことを口にした時が何度かあった。

「坊さん、軍隊といえ、人間の組織」

 シャンリーが続けた。

「『天使の姿をした化け物』を襲えと言われても、迷信深い者もいれば、信心が深いのもいる。

 そいつらの精神には重く負担になるだろう。

 歴戦の兵の中にだって、姿を見れば涙を流しながら膝まずくものもいる。

 今のままでは戦争にならない」

 シャンリーがニコニコしながら聞いた。

「あんたらの奇跡で、顔だけでも豚にでも変えてもらえないか」

 坊主は何も答えなかった。

 この取引に応じるだけの能カはなかった。

 シャリー三世は教皇庁に引き取ってもらった。

 木端坊主は教皇庁を往復するだけで時間の無駄に思えた。

 モアにやらせた。

 ・裏切り者を使った。

 ・カラスの羽で黒い翼を使った。

 ・何人かの娼婦を利用した。

 ・見てみると派閥があった。それぞれに接触してたきつけた。

 奇跡の魔法を、最新の魔法技術で妨害した。

 彼が根城にしていた修道院で、昆虫兵器を使用し伝染病を流行させた。

 あれが駄目押しだった。

『騙された』と怒りに燃える群衆の手により粛清、高弟までもが葬られた。

 モアは天使が可愛そうに思い、合掌して冥福を祈った。

 トルーダムはこの事件を知っている。

 彼は何も感じなかった。

 聞こうとも、考えようともしなかった。

 モアさえそばにいてくれるのであれば、シャンリー三世にとってトルーダムの武力は必要としなかった。

「敵は何人だ」シャンリーが尋ねた。

「二千から五百」短く答えた。

 人数が勝るとはいえ、エスカチオン国遠征軍には連戦の疲れがある。

「カロは夜襲をかけるだろう.か、お前の感想でいいから聞かせてくれ」。

「カロは大量の偵察兵を哨戒させています。

 こちらに正確な位置を知られたくないのでしょう。

 ただ、カロ本人がこちらの動きにも興味を持っていないようです。

 魔法の妨書まで行っている以上、エスカチオン軍の正確な動きを把握してないでしょう。

 こういう場合は『空城の計』をかけて、同士討ちを狙いたいのですが、こちらの移動中を襲撃する。

『伏兵』に戦術を変えたかも知れない。

 だから特別な事をするのは止めます。

『夜襲』であっても対応できるようにしました」。

 モアにはカロが攻めなくてはならない理由が分かっていた。

 カロが指揮していた侵略戦争も政治的な意味があった。

 国内を安定させるのに外敵が必要だった。

「オリアン国は独楽だ。

 回っていなければ真っ直ぐ立つことはできない。

 回していれば、白刃の上も回ってみせよう」

 カロの凄まじい自信だった。

 今ではその自信もだいぶ揺らいできた。

 エスカチオン国王は横になった。

 モアはいつも道理冷静だった。

「敵が来たら起こせ」

 それだけ言うと軒をかきだした。

 長い人生、これぐらいの危険など幾らでもあった。

「相変わらず、剛毅な人だ」

 モアはこの陣幕の中でずっと苦しそうな表情をしていたが、この時だけ少し徴笑んだ。

 息子のジオンが雷で眠れなくて、夫婦のベッドに潜り込んできたとき、五分とせずに眠りについた。

 モアは優しい眼差しを老人に向けた。

 モアはこの老人を嫌いではなかった。

 そして、封建国家エスカチオンは、シャンリー三世の勇猛果敢な決断だけで作られたわけではない。

 モアも大きく関わっていた。

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