第7話 要塞攻略と宿営

本人の感情はともかくモアも責任のある立場だ。

 侵略戦争に反対したから『負けてもいい』と手を抜くとは思えない。

「敵が討ってでました」

 派遣した魔法使いからの報告があった。

 モアは何のためらいもなくオリアン国の首都にカラフルなガラス球を置いた。

 すべてはモアの予言どおりだった。

 敵が国境線で迎え撃とうとしないのであれば、こちらの補給線が伸びきったとき、自国からの襲撃が容易な位置まで出陣を控えるだろう。

 モアもシャンリーも軍務大臣カロの能力を低く見積もってない。

 彼ならエスカチオン軍にスパイを送り込み、動きを完全に把握しているだろう。

 これだけ大量の軍隊を動かす以上カロの情報収集能力を気にしなかった。

 俺達が実は腹が黒くて、悪魔の化身であり、今日の朝は目玉焼きを食べた。

 そこまで筒抜けであり、昨日の晩抱いた赤い髪の女はカロのスパイだろう。

 簡単な例え話だが、それぐらいの覚悟はしている。

 モアの取った戦略は「こいつ何考えているの?」「信じられない」「人間じゃねえよ!」という恐ろしい情報を垂れ流しにして、カロをビビらせるだけである。

「ほんの些細なことでいい、わずかなことでいい。モアの情報が欲しい」

 カロは情報に恋い焦がれ、虚ろになり、しばらくは騒いでいたが。

「いらない」と最近は言っている。

 耳に入る情報が正視に絶えないからである。

 モアにとって敵が討って出たのならば望むところである。

 寵城をされるのが一番やっかいだ。

 補給線が伸びているだけでない、エスカチオン軍は要塞一つを戦わずに突破してきた。

 今首都に襲いかかろうとしているが、背後から襲われる可能性もあるのだ。

 この時代は相手の都市を破壊する攻撃能力がない。

 兵士だけでなく兵器や食料を、魔法の情報伝達力より早く輸送・運搬する能力もない。

 首都めがけての電撃作戦が不可能であり、敵の本拠地まで一つずつ一つずつ出先の城を潰していかなくてはならない。

 物事には基本があり、戦争も基本がある。

 兵法も常識と裏があり、裏まで含めて兵法である。

 モアは戦わずして一つの要塞を突破した。

 要塞の守傭兵に後ろから襲われる可能性はあるが歴史上で何度も繰り返された戦術である。

 籠城の敵を誘い出す謀略として使われる場合が多いが、兵力差が多いときなどは兵を割いてから進撃する例もある。特にモアはカストーナ攻略戦の時、敵よりも小数の兵力で包囲するという離れ業をやってのけた。

 もともとカストーナ地方は山岳部が多く、首都近郊の穀倉地帯まで、狭い隆路で天然の要塞になっている。そこに人工の要塞を建設して立て寵もるから手のうちようがない。

 この男、要塞の入り口に三百人ほど配置してスタコラと先に進み。首都近郊の決戦時、守備側の兵が釘付けにされた、カストーナ国三千の兵力が無駄に終わったのである。

 そして今回もまた大貴族が所有する千の兵力が遊ぶことになる。今回は今までのような乱暴な戦術ではなく、モアの言うところ「精緻なる謀略」のせいである。

 後の時代から眺めればただの引き抜きである。

 エスカチオン国には日の出の勢いがあった。

 モアは裏切った男にも寛容だった。

 この時代は敵昧方であれ裏切り者には、出世が約束されてなどいなかった。切羽詰まった、生き延びるための最後の行為であり。本人自体、罪の意識に責められる。

「主君を三人ぐらい変えなくては無能と思われる」モアの部下に平然と話す者もいるが。

 一度はカロの手によって正規軍を滅ぼされ、傭兵や山賊や海賊や敵軍の武将のスカウト、あるいは征服地の軍隊の編入などでやりくりした、モアのサルディーラ軍独特の感性である。

 要塞を巡る攻防を始めようとするとき、モアは使者として要塞に乗り込んだ。

 モアの立場で中に入って交渉に当たるとは、異例な事かもしれない。

 暗殺の危険をかえりみず、一人でチョロチョロと入り、話を決めてきた。

 知能だけではなく、度胸のほうも一流だった。

 5年ほどの個人的な交流、ソフィアの教えが少しずつ広がり、モアに好意をいだいていたにしろ、向こうも今回は異例の待遇だろう。

 密かに進めてない、城門にたどりつくと。一兵卒まで聞こえるほど大きな声で叫んだ。

「今から攻めるぞ、不忠者になりたくなければ、俺との最後の交渉に応じろ」

 城門の上から小さく声がする。

「このクソヤロウ、入れ」

 城壁から三十代ほどの男は憎々しげに答えた。

 彼がどんなに密かに話を進めたくても、モアの存在は一兵卒まで知るところとなる。

 この城は国境線の監視と警戒が任務であるが、オリアン国ゆえに官僚ではなくて世襲の貴族が守護している(ノーマ帝国辺りならば試験に通った官僚が務める)。エスカチオン国サルディーラ領と妖精山脈から流れる大河を国境とする取決めが成されている。

 シャンリーによって国内統一(現在オリアンはエスカチオン国)されてから大掛かりな橋を架ける工事が進められたが、それまでは船による輸送しかなかった。

 戦の常道からいえば大河を挟んで迎え撃つのがベストだ。

 多少攻撃魔法が飛んできたにせよ。

 大軍を国境線で迎え撃つのはこの要塞をベースにするはず。

 カロもここまでは考えるだろう。モアには確信があった。

 だが、カロは政治的に軍隊を組織できなかった。

 エスカチオンが中央集権型、封建制度を取っているが、オリアン国は連邦制ユナイテッドに近く、カリスマ的君主の存在がないときは、貴族同士バラバラの利権で動く。

 サルディーラに大勝した時代に比べてモアによる敗北を重ねる時代は、もはや斜陽の運命であり貴族の統率力うんぬんよりは、強弱問わず貴族それぞれが独自で生き残る道を捜していた。

 モアは感じていた。

 カロにはこの城を助けるために軍隊を派遣することはできない、この貴族を見殺しにするつもりだ。

 モアはたくさんの兵が待つ城門をくぐった。

 3年前は同盟国だったのだ、城の大半の兵がモアの顔を知っていた。

「モアだ」

「本物だ」

「噂は本当だった」

「あの、不敗の名将が…」

「始めてオリアン国に攻め上ぼる」

 モアがニコニコ微笑みながら小さく手を降ると。

「ひっ」と短い悲鳴をあげながら姿を隠す。

 迷信深い者はあの魅了されるような笑顔は、魔法を使っているに違いないと勘違いした。

 簡素な部屋に連れてこられ。

 男が一人向かいに座るとお茶をいれた。

 男は黙って手紙を出した。

 カロからの手紙である。

『城代バルトロメオヘ、

 最も祝福された戦士へ。

 君は誇り高き戦土だ、エスカチオン軍に降伏するような真似は、君個人の持つ男の衿持が許さないだろう。

 君の貞節に関しては心配などしていない。

 ただ君が功を焦り、エスカチオンに対して博打を打つかどうか心配している。

 誰よりも勇猛な君ゆえに、私の胸をかき乱すのだ。

 どうか、命を大事に…。

 必ず私が軍を率いて来る。

 寵城を主として、憎むべきエスカチオンの後背を牽制してほしい、

 オリアン国首都オリアンにて

             1220年9月8日

               親愛なる友人へ、

            オリアン国軍務大臣カロ』

「どう、読む」

 男、バルトロメオは聞いてきた。

「なかなかの名文、殺すのが惜しくなったよ。あいつに文章を作る才能があったなんて」

 カラカラとモアは笑った。

「俺が聞きたいのは、そのような事では無くて」

「人の胸を打つ手紙だぞ、これで意気にこなきゃ、男じゃ、ないねー。げばはははは」

 品性のカケラもない笑いをした。

「貴様、この場で切り捨てるぞ」

 そばにあった刀を引き寄せた。

「そう、短気になるな。言いたい事は分かっている。カロが援軍を組織するかどうかだろう」モアはニコニコしていた。

「私は自分にとって都合のいい事しか言わないぞ、自分の情報網で何もひっかかりがなかったのだろう」バルトロメオは天を仰ぎ「そうだ」と答えた。

「首都に送った奴が『傭兵は招集している』と報告があった。

 ただ、近隣の貴族は軍隊を組織しているがカロの招集に応じる気配がない」

 男の美学がある。

『城を枕に討ち死に』を行い、武勇と忠節を世に知らしめる。

 それとは別にここまできた血筋と家名を末代まで残す。

 先祖への礼を失う。

 勝ち続けていれば、この二つは矛盾しない。

 しかし、一度負け出すと、この美学は矛盾してくる。

 俗に言う「節を曲げる」である。

 複雑なお家の事情もあった。

 バルトロメオは城代であり、地域を支配する家柄ではない。

 幼い主君が成長するまで城を預かっている(軍事・政治を含む表現)にすぎない。

 彼個人なら滅亡しても構わないと判断するが、主君の家の滅亡は裏切り者の汚名を受けても避けたい。

 かつて肩を並べて戦ったのだ、モアの攻城能力が、自らの籠城能力より上であることは知っている。

「カロに援軍を組織することは出来ない。オリアン国を裏切り、わが国の先兵になれよ」

 モアが口にした。

 何も利益を示さない。普通の会話。

 だが、話を受ける方は恐ろしい運命。

 裏切り者は先兵となり功績と忠誠を示すのだ。

 なぜならば裏切った国の中に肉親が多い。

 激しい働きをしなくては信用されない。

「本当にカロが組織できないのなら、お前の言う通りにできるのだが。

 もしかして。

 万が一。

 ひょっとしたら。

 援軍を用意してくれているかもしれない。

 もし、そうだったのなら、世の人は俺の貞節を笑うだろう」

 幼い主君に少し聞いてみれば国際政治など知る由もなく「城を枕に討ち死にしてもいい、男を曲げないでくれ」といじらしいことを口にする。

 故に、だからこそ、余計、家臣として絶対に守らねばならない家がある。

 死んでゆく先代から幼子をたくされた男、基本的にひどく義理がたい。

「お前なあ、そんな事いいだしたら、きりがないだろう。

 俺より情報網は少ないのだから、一度ぐらい信じてみたらどうだ」

 モアは家の事情にも通じているし、バルトロメオが善の人であることも知っている。

「その通りだ、お前は私より遥かに情報を持っている。

 お前の様子を見てから判断しようと思っていた。

 お前は相変わらずふてぶてしく、何が正しいのか自分でも分からなくなった」

 モアと協議を重ねた結果、2キロ程離れたところに商人達が関税逃れで使う抜け道があるから、そちらを通っていくことが決定した。

 軍を用いるのに有用な男であっても。さすがに交渉ごとで、モアの相手など勤まるはずがない。

 適材適所といかないのが世襲性の悲しさだ。

 エスカチオン軍を襲わない口約束まで取り付けた。

 さすがのモアも騙すばかりでは、気の毒の思ったのだろう。

「私が死んだのなら開けてくれ」と言って、手紙を一つ残した。

 手紙の中身はこうだった。

「恐らく今回エスカチオンの背中を襲わなかった事で、あなたを首都に呼び付けて事情を聞こうとするでしょう。

 決していってはいけません。

 なぜならば、カロはあなたの意見を聞く事なく暗殺するでしょう。

 貴国一国では対抗できません、エスカチオンに声を掛けて下さい。

 私の生死に関わらず、サルディーラは援軍を出すでしょう」

 これらの謀略により、エスカチオン軍は労せず首都まで近付けた。

 モアの予言通り、後一日というところでオリアン国は夜中に出撃してきた。

 これは軍務大臣カロが、『援軍の望めない籠城はしない』

 兵法の常識に従って、カロが正攻法を使うと理解していた。

 モアとカロが根底で合意できる、合理的・精神であり、あきらめない精神である。

 援軍が望めないのならば、カロは夜襲あるいは急襲のどちらかだろう。

 エスカチオン自身は十字軍遠征で3万の兵を率いて出陣していた。

 負傷兵を帰還させたので、現在は一万人ほどだ。

 丘陵の小高いところに陣を敷いた。

 そこから軍隊を六に分けて、本陣を守らせるように円上に配置した。強力な飛び道具や範囲魔法が無かった時代は密集させることは防御力を上げることだった。

 火計を恐れて周囲の雑草はある程度処理した。

「夜か」

 シャンリーは短く聞いた、敵は夜襲をかけてくるのか?

「分かりません。カロに直接聞きたい、でも無理です。

 戦いがあるにしろ、ないにしろ、今夜はお互いに眠れぬ夜になるでしょう」

 モアがシャンリーの問いに少し笑って答えた。

 モアは後ろに控えている伝達係りに伝えた。

 魔法による軍への伝達用テレパシーも無線も道具も確立されてない、軍隊の統制も号令型である。

 モアの隣に魔法使いが座っていた。

 彼はモアの諜報機関である。

 ノーマ帝国のような国立の魔法学校アカデミーを持たないサルディーラにとって、町にある辻占い師や、魔法の修験場などにお金を収めて、何人か借り受ける。

「モア様、敵の妨害が始まりました」

 遠方の距離を思念だけで話をできる一族がいるが、こうしてモアのような貴族に雇われて生計を立てている。

 一種の門外不出の技術集団がある。

「では、各魔法使いに対して最後の報告をさせろ。

 今より以降は打ち合わせ通り。

 犬による連絡のやり取りに変えよ、それ以外は偽の情報と思え、動員された正確な人数が知りたい。

 幻覚魔法もあるから距離を区切って、足跡を正確に報告させろ」

 魔法文化でいえば南カステラヤ帝国と北のノーマ帝国が主流であるが、どこの世界でも主流派になれず、野に下る集団が出てくる。

 無能で付いていかれず、期待に応えられず、世を捨てるように一つか二つの魔法を手に逃げるものもいれば(初期魔法の魔力感知があるだけで公文書偽造探知の関係で就職先はある)、それとは逆に天才と言われながら政治ができず、どの派閥にも属せずに追い出されるもの。

 フロギストンなど自説が学会に受け入れられず、自由なる研究を求めて別のスポンサーを探す者などいる。

「かしこまりました」

 魔法使いが返答してから補助用の杖を強く握り締める。

 私は魔法を使えない、魔法使いを使えます。

 モアは笑顔で答える。

 彼は魔法を恐れてもいない、軽んじてもいない、忌避することがない。

 彼は魔法使いも同じ人間として、人格を尊重した。

 偉大なる魔法使いは『堕落』と叫んだが、多くの魔法使いを幕下に引き入れるのに成功した。

 また、永続的な補給を行うために組合ギルドを作らせて、大学とは別に各地に私塾を開かせた(モアは審査の上、返さなくて良い助成金をだした)

 ソフィアを唯一の神としない集団を抱え込むことは神への裏切り行為であるが、ソフィア正教はモアに対して異端審問を行わなかった。

「神の道に帰りなさい」

 たった一度の忠告だけだった。

 モアは人間同土の戦いにおいて、情報戦では絶対的な優位が保てた。

 モアが敵と定めオリアン国は土着の精霊崇拝があり『唯一絶対のうんたらかんたら』の雰囲気に無頓着でいられた。

 オリアン国が雇った精霊使い達は、完全な徒弟制度が原則で、オーザックという男の弟子は優秀だが、他は詐欺まがいの能力しか使えない。

 教育水準が一定のラインを越えるのが難しかった。

 モアの時代は挙国一致の教育体制をひき、身分を超えて識字率のアップの努め、雇った魔法使いは騎士団を交えて集団戦法の訓練に金と時間を使った。

 常備兵を創設したモアの有利は動かない。

 後に本格化する義務教育は国民皆兵の前提条件である。

 オリアン国がエスカチオン軍に対して魔法的に行えたことは、魔法によって取り合う連絡を妨害するだけだった。偽情報を流すという悪辣なやり方で…。

 モアがゆっくりと地図上のガラス石を道から森の中へと移動させた。最後の報告は全て。

「オリアン国軍は獣道に入った」

 送られる情報の中でオリアン国がたくさんの人間を哨戒させた。

 これは軍隊が隠密に動くときに、軍隊の位置を確認させるためのモアの偵察兵を、捕殺するのが主たる目的である。

 カロの意図は、オリアンの軍隊の動きを、モアに把握させたくないと考えている。

 シャンリーも瞬時に理解した。偵察兵には二通りの役割があった。

『相手の情報を取ること』

『相手に情報を与えないこと』

 モア個人はこちらの情報は取られても構わないと思っているが、口に出して『偵察部隊に緊張がなくなる』と思い黙っている。

 実際、暗殺者が哨戒のスキをついてモアの目の前にやってきたら対決する術はなかった。

「無理をせず、足跡だけを報告すればよし、全ては私の頭の中にある。

 それだけでいいと命令を徹底させろ。

 妙な義狭心をだされても迷惑だ」

 モアが再度魔法使いに叫んだ。

「カロは何をする気だ」

 シャンリーはモアに聞いた。不安に駆られたわけではない、モアの洞察力は常にシャンリーの上を行くから聞いてきたのだ。

 モアは一度シャンリーを見ると地図に目を戻した。

「夜襲を仕掛けるのであれば、道を真っ直ぐ来れば良い、軍隊を隠すのであれぱ行軍中に、伸びきった横腹でも襲うつもりでしょう。

 かといって、裏があって兵法。

 憶測で軍を動かす気はない。

 この程度のめくらましで、逐一反応していたら、両軍激突まで精神がもたない」

 シャンリーは安心した。

 モアは冷静である。

 モアは、どんな状況に置かれても何を成すべきか分かっている男だ。

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