エピローグ

 光来は力なく腕を降ろした。まるで握っている銃が鉄アレイ並みの重さを有しているような、乱暴な降ろし方だった。


「へ……。逃げやがった。弱い奴がイキがって突っ掛かってくんじゃねえよ。しっぽ巻いて逃げるんなら、はじめから大人しくしてろ」


 光来は、今まで一度も口にしたこともない強者側の台詞を吐いた。

 しかし、今のは本当に強者の台詞か?

 分かっている。今のは自分に対して吐き掛けた言葉だ。グニーエの凶行を阻止すると偉ぶっていながら、今さら身の程をわきまえなかったと後悔している負け犬の遠吠えだ。

 頭に空白が拡がっていく。ここまでたどり着くのに費やした日々が濃密なものだったのか、空っぽなものだったかも分からなくなっていく。

 元の世界での日常が頭に浮かんでくる。

 退屈な授業。苦手な教師。くだらない話で盛り上がれる友人。ゲームセンターのシューティングゲーム。そして、両親の顔。

 血の繋がりがないことは、お互いに了解していた親子だった。それ故、幼い頃の会話は自然と避けて生活していたが、一度だけ、自分の名前を光来にした理由を尋ねたことがあった。

 高志は、にっこりと微笑んで答えた。


「おまえは、光の中にいたんだ。光と共に私たちのところにやって来た。そして、これからのおまえの人生が光で満たされるよう願いを込めて付けたんだよ」


 高志の隣では、綾が微笑んでいた。血の繋がりなど関係のない、慈しみに溢れた笑顔だった。

 窓枠にムクドリくらいのサイズの鳥が留まった。そして、チチッと短く鳴いた。

 光……。俺の光はまだ消えていない。今までの行動に意味があったかなかったかなんて、振り返って決めることじゃない。今の自分。これからの自分が決めることだ。

 光来の意気に小さな炎が宿った。それは火種程度のささやかなものだったが、光来の全身に燃え広がっていった。

 呼応するかのように、光来の耳に高い音が響いた。


「…………?」


 聞き覚えのある音色だった。耳の穴から流れ込んでくるのではなく、直接脳に届くようなこの音……。


「っ⁉」


 まさかと思いながら、光来はズィービッシュの遺体に四つん這いで近づき、胸元に耳を当てた。再び高い音色が響いた。


「クエリが鳴っている……。ナタニアが近くに来ているのか?」


 言葉に出してから、そんなはずはないと思い直した。

 ナタニアがここにいるわけがない。彼女はディビドでズィービッシュの帰りを待っているはずだ。いるわけがない。


「まさか……。ズィービッシュ、あんたか?」


 光来はズィービッシュの安らかとも言える顔に話し掛けた。


「行けと言ってるのか? 俺にグニーエとタバサを阻止しろと言っているのか?」


 ズィービッシュはなにも答えない。指先一つ動かさず、ただ横たわっている。


「……幻聴だったのか」


 光来はしばらくズィービッシュを見つめてから、クエリの首飾りを外してポケットに入れた。


「立て……」


 光来は、前屈みになって脚に力を込めた。


「立てよ。城戸光来。……キーラ・キッド」


 自分の名を呼び、気持ちを鼓舞させた。ゆっくりだが確実に力を伝達し、光来は立ち上がった。

 傍らに横たわっているズィービッシュの遺体を、もう一度見つめた。


「ズィービッシュ。あんたの贖罪は終わった。もう苦しむ必要はない。安らかに眠ってくれ」


 光来はルシフェルをガンホルダーに収め、深呼吸をした。


「行ってくるよ。決着をつけてくる。あとで迎えに来るから……」


 光来は、グニーエと対峙すべく扉を開けて部屋から出た。

 二体の遺体のほか、誰もいなくなった部屋。

 一羽残された名も知れぬ鳥は、再び囀りいずこかへと飛び去った。




〈了〉

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銃と魔法と臆病な賞金首4 雪方麻耶 @yukikata

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