第23話 爆炎の強襲

 一ヶ所にじっとしているというのは、思っている以上に精神的負担が大きい。追われている時はなおさらだ。些細な物音、微妙な空気の流れ。すべてが神経に直接触れて一時も落ち着けない。

 ズィービッシュと別れて、既に三十分近くが経過しようとしていた。心が焦れて限界が近づいていた。移動しようかどうしようか迷い始めた時、いきなり頭上から声が聞こえてきた。


「おい、ここら辺は探したのか?」

「いいや。でもトートゥを持ってるような奴が、コソコソ隠れたりするか?」

「バカ野郎。トートゥなんて嘘に決まってるじゃねえか。あんなもん、俺たちみたいなワルを抑制するために作られたおとぎ話よ」

「そうなのか?」

「おまえ、一度でも撃ち込まれただけで命を持っていかれちまう死の魔法なんて、見たことあるか?」

「いいや。ねえ。」

「だろ? そんなもんがあるんだったら、俺たちゃとっくに全滅してるさ。たとえ禁忌とされていても、自分がやられるかも知れねえ状況で使わねえ奴なんていねえ。今こうしてキーラを探してるってことは、奴がトートゥなんて持ってないっていうなによりの証拠さ」

「おまえ、頭いいな」

「最後まで生き残る奴ってのは、腕っぷしよりこっちが強いものよ」


 光来からは見えなかったが、無骨な男が自分の頭をコンコン突いているのが目に浮かんだ。


「それじゃ、隠れてそうな路地裏から探してくか」

「おう。そこの樽の影なんか、いかにもって感じだしな」


 光来のうなじが毛羽立った。そのいかにもな場所に身を潜ませているのだ。ピンポイントで言い当てられてしまった。こうなっては、見つかるのは時間の問題だ。 

 光来はルシフェルを抜いて、音を立てないように撃鉄を起こした。

 男たちが近づいてきた。無神経な足音がすぐ背中まで迫っている。

 光来は長く静かに息を吐いて、唇を舐めた。

 男たちの気配が肌で感じられるほど近づいた時、どこからかズィービッシュの叫ぶ声が届いた。


「ここだぁっ! キーラを見つけたっ! この館に入っていったぞぉっ!」


 離れていたが、はっきり聞こえた。

 光来は、なんのことだ? と訝ったが、すぐに思い至った。

 合図ってこれかっ!


「今、キーラを見つけたって言わなかったか?」

「ああ、聞こえたぜ。確かにそう言ってた」


 光来に近づいていた男たちが、走り去った。

 光来がそろっと首を出すと、光来を探し回っていた連中が、一斉に一点へと集中いているのが見えた。全員が駆け足で、ズィービッシュがグニーエの館と推測した建物に向かっている。

 嘘の中に真実を混ぜ、再び嘘を投入する。エグズバウトの街人は、完全にズィービッシュに手玉に取られていた。


「ズィービッシュ……。彫刻家より、詐欺師になった方が稼げるんじゃないか?」


 光来は、人の波が少し落ち着いたのを見計らって雪崩の中に紛れ込んだ。瞬く間に殺気立ったならず者に囲まれるが、皆我先にと館を目指し、光来に注目する者はいない。


「なんだ? ニイちゃんも賞金稼ぎか?」


 光来の近くを走っていた男が、いきなり話し掛けてきた。光来をニイちゃんと呼んだ割りに、その男もまだ十代に見えた。

 光来は目一杯の虚勢を張り、怯えが出ないようにした。


「あ、ああ。キーラ・キッドを仕留めれば、一生遊んで暮らせるからな」


 男はにかっと歯を見せた。


「考えることは一緒だな。だがやめとけよ。ニイちゃんみたいな優男が行ったところで返り討ちにされるだけだ」

「や、やってみなければ分からないだろ」

「分かるんだよ。ニイちゃん、賞金稼ぎになってから日が浅いだろ?」


 なにを見てそう判断したのか知らないが、決してハズレではないので、光来はこくりと頷いた。


「キーラ・キッドみたいな凄腕を相手にするには、十年早いってこった」

「そんなに凄いのか?」

「凄いなんてもんじゃない。今までに二十人は撃ち殺してるって話だ」


 なにがどうなったら、そんなに話が膨れるんだ?


「どうした? ビビったか?」


 光来の表情が曇ったのを、男は勘違いした。


「……俺、やっぱりやめとこうかな」

「そうしとけ。焦らなくても、チャンスはまたあるさ」


 男は、まるで満員電車の中で揉まれているサラリーマンが、自分の目の前の席が空いた時のように、さりげなくも嬉しさが滲み出てしまっている顔で慰めた。

 徐々にスピードを落とす光来に、男は首を回しながら叫んだ。


「ところでニイちゃん。どっかで会ったことないか?」



 バウンティハンターの群れと共に、光来はグニーエの館に取り付いた。

 教会のように静寂で厳かな雰囲気を有していた館は、今やバウンティハンターや荒くれ者たちに蹂躙され、異様な熱気を撒き散らしていた。

 ズィービッシュの、館に入っていったという嘘に引っ張られて、光来以外の者は正面玄関から強引に入り込もうとごった返している。

 正面からは入れない……。

 とっさに判断した光来は、裏口がないかと館の裏手に回り込んだ。

 裏手にも既に何人もの男たちが入り込んでいたが、庭園での喧騒に比べればおとなしめと言えた。正面の連中が強攻派なら、回り込んだ連中は潜入派か。

 もしかしたら、このままグニーエと接触できるかも知れない……。

 ルシフェルを抜いて、駆け出そうとした光来の首筋に、ピリッと微弱な電気が走った。


「いっ!」


 光来が身体を捻ったのと、頬の横に衝撃を感じたのと、銃声が鳴り響いたのが同時だった。


「ちっ、勘のいい奴だ」


 窓からキリガが躍り出た。怒りで顔が歪んでいる。


「やってくれたな。このクソ野郎」


 頬をかすめた弾丸に勝るとも劣らない視線をまともに浴び、光来は硬直した。ダーダーの時もそうだったが、原始の炎の如く激しい憎悪に晒されると、身が竦んでしまう。

 こいつ…。あの吊り橋の男だ。見つかった。しかも、こんなに早く?


「探しに行かせた奴らが戻ってこねえから、くたばっちゃいねえと思っていたが……」


 キリガの目がかっと見開かれた。


「神聖な場所を汚しやがってっ!」

「ううっ!」


 圧されながらも、光来は反撃することで怯えを希釈した。

 数発放ったが、キリガの攻撃を避けるため走りながらの銃撃なので、当たらなかった。キリガの背後で、雷のような電撃が駆け抜けただけだ。

 目の前でいきなり始まった二人の銃撃戦に、バウンティハンターたち絶句した。しかし、すぐに気を取り直すと、自分こそがキーラ・キッドを討ち取るのだと一気に血気を湧き立たせた。


「キーラだっ! 撃ってきたぞっ!」

「どっちだっ? どっちの野郎がキーラだっ?」

「こいつだっ! 今、館から飛び出してきたっ!」


 バウンティハンターたちは、一斉にキリガに銃口を向けたが、キリガの反応は素早かった。


「うっとうしいぞっ! ザコどもがっ!」


 キリガは激昂して、バウンティハンターたちの足元に弾丸を撃ち込んだ。

 エクスプロジィオーンの魔法が牙をむき、爆炎となってバウンティハンターたちを吹き飛ばした。


「うおおっ!」


 光来はガードのとっさに体勢を取った。瞬時に加熱された熱風と土塊が襲い掛かってきた。凄まじい威力だ。

 光来が目を開いた時には、今さっきまで猛進していたバウンティハンターたちが足元に転がっていた。


「っ……!」


 光来は脱兎の如く走り出した。


「タバサは、おまえが必要だと言ってたからな……」


 キリガは光来の後を追って、だっと駆け出した。


「死ぬ寸前までいたぶってやるぜっ!」


 言葉はそのまま呪いとなる。暴力的な言葉は呪詛となり、光来の精神を蝕んだ。縮こまる心と連動して、身体の動きまで鈍くなりそうだった。


「くそっ!」


 ツェアシュテールングで窓を枠ごと壊し、館の中に飛び込んだ。床に着地する前に、外壁に銃弾が叩き込まれる音がし、その直後に爆発が起こった。


「うおあっ!」


 エクスプロジィオーンにより、壁ごと光来の身体が吹っ飛んだ。破壊された壁に目をやると、外にいるのとさして変わらないくらいの大穴が空いていた。

 一ヶ所に留まるのはまずいっ!

 光来は建物の奥へと逃げた。内部は薄暗いが、廊下の幅から広さは館と呼ばれるに相応しいくらいはあると判断できた。

 光来の後を追うように、駆け抜ける廊下の壁が次々と爆破され、穴が連なっていった。


「くそっ、メチャクチャだっ! これほど執念深い奴が敵だなんてっ!」


 二階に駆け上がり、僅かに扉が開いていた部屋を見つけたので、思わず入って身を隠した。しかし、光来は自分の行動をすぐに後悔した。これでは自ら檻に飛び込んだようなものだ。

 もう一度移動するか?

 しかし、この状況で部屋から出るのは、相当の勇気を要する。なかなか決断ができなかった。

この時、光来自身は気づいていなかったが、ルシフェルからドス黒い靄が立ち昇っていた。

 呼吸を整えながら、冷静さを保つのに必死だった。その一方で、ケビン保安官が光来に言った言葉を思い出していた。


「恐れを抱く者が負けるとは限らない」


 そうだ。俺だって、こっちに来てからいくつかの戦いをくぐり抜けている。ビビるのはどうしょうもないとしても、もっと自信を持て……。

 光来は、ルシフェルを握り直してドアノブに手を掛けた。


「…………」


 開ける前に、気配を探ろうと聴覚に意識を集中させた。外の喧騒の他に、離れた場所からなにかが崩れる音が聞こえた。


「なんだ? 集まったバウンティハンターどもが暴徒化してるのか?」


 しかし、そんな感じではなかった。崩れる音は一定の間隔を保ち、徐々に近づいてくる。


「これは……」


 そして、不安をあおる音は、とうとう隣室にまで迫ってきた。


「やばいっ! 床を撃ち抜いてるんだっ」


 気づいたときには、もう遅かった。

 足元の床に亀裂が入り、逃げる間もなく崩壊した。

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