第14話 虎穴に入る

 引き上げられたリムとシオンは、既に抵抗できない状況にいた。早撃ちには自信がある。三人程度なら一呼吸のうちに撃ち抜くのは可能だが、今は六人もの敵に囲まれてしまっている。それにシデアス。この男から、物静かな佇まいとは裏腹に、目の前に立っているだけでも緊張を強いられる圧迫感が伝わってくる。


「おい、どこを見ている」


 キリガは不愉快に吐き捨てた。キーラは逃がしたものの、この二人を確保したのは自分の功績だ。この場所で網を張るのを提案したのも、吊り橋にファングを仕掛けたのも自分だ。にも関らず、この小娘は二人とも自分の存在など無視してシデアスを睨んでいる。


「あの二人が気掛かりか? 心配しなくてもすぐに会わせてやる。あいつらもとっ捕まえてな」


 二人の態度に変化はない。挑発を無視されて、キリガは頭に血が上った。ぐいっとリムの肩を掴んで強引に振り向かせた。


「おいっ! 聞いてるのか?」

「下っ端がなに喚いても、耳障りでしかないわよ」

「なんだと?」

「そっちのあなた。あなたがリーダーのようね。こんな頭の悪そうな部下を持って苦労してそうね」


 リムはシデアスに向って言った。捕らえられてなお、不敵な態度を崩さない。挑発に乗ったのはキリガの方だった。手の甲で、思い切りリムの頬を手荒く打った。


「なめてんじゃねえっ!」


 リムは、すっと薄く削いだ氷のような目をキリガに向けた。その冷たさに、キリガは圧された。


「……ふん。まあいい。おい、こいつらの装備を外せ」


 キリガが指示を出すと、下卑た笑みを貼りつかせた小太りの男がリムに近づいた。


「外すのは装備だけでいいんで?」


 品のない冗談を口にしながら、ガンベルトに手を伸ばそうとする。


「好きだな。おまえも」

「手が滑って服まで剥ぐなよ。ザザ」

「へへ……」


 リムは、ザザと呼ばれた男の顔面に、思い切り肘鉄を喰らわした。


「うげえっ⁉」


 鼻を潰されたザザは、派手に吹っ飛んだ。鼻を押さえて、その場にうずくまる。二人を囲んでいた男たちが気色ばんだ。


「ああっ! こいつ、抵抗するのかっ?」

「気安く触ろうとするからよ」

「鼻が……、はにゃが」


 ザザは苦痛で呻いた。押さえた手から血が溢れ出てきた。目からも涙が滲んでいる。


「この状況で抵抗するとは、すげえ女だな」 


 キリガが冗談めかして言った。仲間がケガしたことなど、気にも留めていないようだ。


「こ、の……」


 ザザの涙目は怒りに燃えていた。リムは襲い掛かってくるかと警戒したが、シデアスが割って入った。


「やめなさい」


 シデアスの声は、こんな状況でも涼やかだった。色めき立っていた男たちが、彼の一言でおとなしくなる。


「品のない者たちで申し訳ない。武装を解いてくれるとありがたいのですが……」

「…………」


 リムは自らガンベルトを外した。シオンもそれに倣う。

 その様子を横目で見ていたキリガは「けっ」と、再び唾を吐いた。


「助かります」


 シデアスは口元だけで微笑むと、くるりと背を向けた。


「二人をお連れしろ。くれぐれも失礼のないようにな」


 そう言い、自分はさっさと歩き出した。その後ろをキリガが続いた。

 リムは、シデアス後ろ姿を見つめた。完全に背を向けているのに、撃ち込む隙が見つからない。奇襲を仕掛けても、成功するイメージが湧かなかった。

 こいつと戦うことになったら、かなり厄介ね……。

 リムはシデアスに脅威を感じながらも、どうやってグニーエまで近づこうかと考え始めていた。


 

 店内は、今日も昼間から混み合っていた。タバコの煙と安っぽい酒の匂い。加えてゴロツキ共のガサツな声が店内に収まりきらず、通りまではみ出していた。

 ヒュッテという古びた居酒屋だ。店は相当に傷んでいるが、ここエグズバウトの中では広いスペースを有しているし、店主が提供する料理はそこそこウケがよかった。

 店主のガデナ・シチゾが料理人の道に進んだ動機は、今となっては思い出せない。なにかきっかけがあったのかも知れないし、ただ流されるままに迷い込んだような気もする。しかし、それなりの味を提供する自負はあり、この街に店を構えたのが三十年ほど前の話だ。

 いつの頃からか風来坊が通り過ぎる街としてのイメージが定着し、流れ着く者の中には、無頼者が少なからずいた。一度汚れが染み付いてしまうと、なかなか落とすことはできない。街を訪れる者は、風来坊からならず者へとすり替わり、いつしかエグズバウトは無法地帯へと変貌していった。

 迎え入れたくない新参者たちは、上品な料理よりも酒に合う料理の方を好んだ。ヒュッテも、開店当初はそれこそ洒落たレストランだったが、街の変化に合わせて無骨な男たちが好む酒場へと変わらざるを得なかった。

 ガデナはけっして腕っ節が強い方ではない。だが、店を訪れるガラの悪い客に絡まれたことは一度もなかった。無法者には無法者たちのルールがあるのか、単に自分が店を畳んだら困ると思っているだけなのか……。なんにせよ、金を運んでくれるうちは、客は客だ。店は古ぼけ、自分も年を取った。今さら他の街に出ていこうなどとは思えない。生き抜くためには選り好みなどしていられない。今日も生きるために、このアウトローたち相手に腕を振るうだけだ。


「なんかこう、景気のいい話は転がってねえかな」


 派手な音を立ててグラスを置きながら、髭を伸ばし放題の男が怒鳴った。本人にしてみれば、普通に話しているつもりなのだろう。

 騒音のような呟きを受けたのは、違うテーブルに座っているカウボーイハットの男だった。


「景気がいいってんじゃねえけど、街の外れに館があるだろ? 最近、あそこに出入りしている奴らがいるって話だ」

「外れの館? あの今にも崩れそうな? なんだってあんな所に……」


 他の男も会話に加わった。こっちも、二人に劣らず腕っ節だけで生きてきたタイプだ。


「ああ。俺も見たぜ。なんか不気味な連中でよ。先日まで用心棒だか護衛だかを雇ってたぜ。えらく金払いがいいってんで、結構な人数が集まったっていうぜ」

「用心棒? なんかワケありか? 追われてんのか?」

「この街にいる連中は、みんな脛に傷を持ってる奴らさ」

「ちげえねぇ」


 三人の男たちはさも可笑しそうに声を出して笑った。


「おい、オヤジはなんか聞いてねえか? こんだけ人が出入りしてるんだから、噂の一つも耳にしてるんじゃねえのか?」


 いきなり話を振られたガデナは、少しだけ考えた。遠目から見ただけでも、かなり異常な雰囲気の連中だった。しかし、そのことは伏せておくべきだと思った。この連中と会話する時は、事実だけを伝えて、余計なことは言わないのが鉄則だ。


「たしかに、館に人が出入りしているのは本当のようですが、どんな人たちかまでは……」

「ふうん……」


 ガデナのはっきりしない返答に、男は不服そうだった。だが、中途半端な情報が男たちの想像を掻き立てた。


「おい、ひょっとして新顔が隠れてるんじゃねえか?」

「新顔?」

「ほれ、最近になって貼り出された賞金首だよ」


 そう言って、奥の壁を指さした。何人かのお尋ね者の張り紙が並んでおり、その中には光来とリムも貼り出されていた。とくに光来はトートゥを持っているとされ、懸賞金が桁違いに大きい。

 男たちにつられ、ガデナも張り紙を見た。先日、この街の保安官が置いていったものを貼り付けたのだ。バウンティハンターではないガデナは、ろくに内容も読まず気にも留めなかったが、改めて見ると、どうにも胡散臭い記述だ。


「トートゥ? なんか嘘くせえな」


 一人が、ガデナが思っていることを代わりに言った。


「そんな魔法、実在するのか?」

「でもよ、この賞金額からすると、まるっきりでたらめってこたぁないだろ」

「これだけの懸賞金を掛けられたんじゃ、迂闊に外を出歩けねえな」


 男達はそれぞれ好き勝手言っているが、次第に一点へと収束しつつあった。


「……ひょっとしてよ、さっきの話、当たりなんじゃねえか?」

「………館に出入りしてる奴が、このキーラ・キッドだってのか?」

「用心棒雇うくらい警戒するなんて、余程のことをしたに違いねえしな……」

「こいつを捕まえれば、大金が転がり込むな……」

「生死を問わずって書いてあるぜ……」


 収束された何気ない会話から意味が生まれ、欲望が煮詰まっていった。最初に立ち上がったのは、景気のいい話はないかと人生を倦んでいた男だった。


「ちょっと覗くくらいなら、行ってみてもいいかな」

「俺もちょうど暇だったんだ」

「付き合ってもいいぜ」


 違うテーブルに座っていたということは、互いに顔見知りというわけではないのだろう。しかし、利益が一致した。日銭を稼いで生活している者たちにとっては、それだけで行動を共にする理由は充分だった。


「オヤジ、勘定だ」


 既に仲間のつもりなのか、支払いは三人まとめてだった。

 去りゆく三人の背中を見て、ガデナは一言忠告すべきだったかも知れないと思った。しかし、そんな考えは男たちが数歩遠ざかった時には消えていた。余計なことは言わない。この街で商売を続けるための鉄則だ。

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