第11話 焔の語り部

 その夜、光来たちは窪地の縁にキャンプを張り、一夜を過ごすことにした。明日はいよいよエグズバウトに乗り込む。最後の休息だ。

 囲んだ炎がオレンジ色に四人を照らす。激しく揺らめく様は、全員の心を反映してなにかを訴えかけているかのようだ。


「移動しながら考えてたんだけど……」


 リムが切り出した。


「やっぱり、迂回して山から潜り込むのがいいと思う」

「うーん……。それしかないかな」


 ズィービッシュがリムの意見に頷いた。その言い方は、賛成というよりも他に案がないといった具合だ。光来が一つ質問を投げ掛けた。


「エグズバウトって、どんな街なんだ?」


 リムは少し間をおいてから、説明を始めた。


「都市部から離れているから、治安があまりよくないの」

「ガラが悪い連中が多いのか?」


 リムの説明に、光来は不安になった。


「まあね。そんな環境はアウトローにとってはありがたいらしくて、あちこちからならず者や賞金首が集まって、今じゃちょっとした無法地帯と化してる」

「マジかよ……」


 光来は頭を抱えたくなり、グニーエを恨みたくなった。よりにもよって、なんて街に拠点を構えているのか。


「大丈夫……。キーラだって賞金首なんだから」


 シオンはしれっと言ったが、立場が同じならトラブルが起きないわけではない。好戦的な者というのは、自分より弱い人間を鋭く嗅ぎ分け、喧嘩をふっかけたり、絡んでくる。光来がこっちの世界に来て、最初に絡んできた連中も、そういった類だった。その理由のない暴力は、弱者にとっては恐怖以外のなにものでもない。


「なんだ? おまえ賞金首なのか?」


 ズィービッシュは、さも意外と声を上げた。それはそうだろう。行動を共にしている者に賞金が掛けられていると知れば、誰だって驚く。

 ズィービッシュの驚きなど意に介さず、シオンは続けた。


「キーラだけじゃない。リムもよ」

「……おまえら、なにやったんだ?」


 ズィービッシュに詰め寄られ、光来は焦ってしまった。


「説明するには、複雑なんだよ。でも、ちょっとした行き違いで、賞金首になってるだけだから……」


 いろいろと事情がありそうだと察してくれたのか、ズィービッシュは深く追求してこなかった。助かったというのが、正直なところだ。しつこくされたら、話が拗れてしまう。

 ズィービッシュが黙ってくれたのを幸いに、光来はエグズバウトに話を戻した。


「地形的には、どうなんだ?」

「ディビドに似てるわね。険しい岩山を背にして居住区が拡がっている感じで、グニーエは、岩山の一部を壁にしたような小屋を所有していた。エグズバウトで遺跡を調査してから、その小屋で成果を調べていたのよ」


 岩山の一部を壁にしたような小屋……。光来は頭の隅に引っ掛かるものを感じた。


「リム……。その小屋ってもしかして……」

「グニーエがワタシの父を殺害した現場よ」


 一瞬だけだったが、ぴしっと空気が張り詰めた気がした。それぞれの旅の目的は先刻承知だ。それでも、ふとした瞬間に薄い氷を踏むような緊張を強いられる時がある。

 リムがすっと動いた。室内に停滞した濁った空気を入れ替えるような効果があり、瞬間的な緊張は溶けて消えた。リムが動いたのは、小型の銃を取り出すためだった。掌に収まるほどのサイズの銃を、ズィービッシュに差し出した。

 光来は、自然に「あ」と声を漏らした。ホダカーズを脱出する際、自分を救ってくれた銃だ。リムが普段から隠し持っているスリーブガンで、二発の弾丸が装填できる。

 ズィービッシュは、まるで禍々しい凶器を見せられたみたいに眉をひそめ、受け取るのを躊躇った。


「……俺は、銃なんて撃ったことないぜ?」

「念のためよ。どんな状況になるか予測がつかない以上、身を守る武器は持っていた方がいい」

「まあ……、そうだな」


 ズィービッシュは刃物を扱うように慎重に受け取った。スリーブガンは、炎を鈍く反射し、怪しげな輝きを放っていた。



 リムが言っていた通り、そこは岩山だった。馬が二頭並ぶと塞がってしまうほど狭い山道を、用心しながら進んだ。岩壁の反対側は、ほぼ垂直の断崖絶壁だ。一歩踏み外せば、奈落の底まで一気に落ちてしまう。途中で止まることは不可能だろう。

 馬に不慣れな光来は、さっきから冷汗が吹き出しっぱなしだった。


「他に道はないのか?」


 光来は情けない声で弱音を吐いた。


「安心して。もう少し行けば吊橋がある。そこからは徒歩になる」


 リムは「安心して」と言ったが、吊橋と聞いて光来はなんだか嫌な予感がした。

 果たして、その橋を見た時の光来の感想は「ああ、やっぱり」だった。いかにも頼りなげな細いもので、風に揺らされてぎっと耳障りな音まで立てている。谷底を覗いてみれば、激しい流れの川が重たい音を絶え間なく発している。光来には、獲物を求めて咆哮しているように聞こえた。


「これを渡るのか……」


 分かりきったことだが、光来は誰ともなく訊いた。間近で見る橋は、かなり老朽化が進んでおり、最後に人が渡ったのはいつなのか不安になるくらいだ。

 しかし、リムは光来の不安などお構いなしに、馬から荷物を降ろし始めている。


「なにやってんの。さっさと荷物を降ろしなさい。必要最低限にしてね」

「ああ、分かってる……」

「怖いの?」


 シオンが顔を覗き込んでくる。女の子に心配される自分の臆病さを情けなく思いつつも、今さら虚勢を張っても仕方がないと開き直る気持ちもあった。


「……ちょっとね」

「手、繋いであげようか」


 シオンのさらりとした言い方に、思わずそうしてくれと言いたくなったが、さすがにそこまでしてもらうのは、男の矜持に関わる。


「大丈夫だよ。ありがとう」


 光来は、わざと視線をそらして荷物を降ろし始めた。

 その様子を横目で見ていたリムが、どんっと乱暴に荷を降ろした。


「ほら、さっさと行くわよ」


 一度地面に置いた荷物を背負い直し、リムが歩き始めた。その後ろ姿を、シオンが軽く睨む。


「リム、馬は繋いでいかないのか?」


 光来の問いに、リムは少し間をおいた。


「……帰りは別のルートになるかも知れないから」


 言外になにかが含まれている気がして、光来は息を飲んだ。

 もしかして、リムは帰れないことも想定に入れているんじゃないのか? 家族の敵を討つためなら、死んでもいいと思っているのか? 攻撃する者は、反撃される可能性を覚悟しなくてはならない。そして、リムはその覚悟を持てる女の子だ。一気に不安が高まる。


「ほら、行くぞ」


 ズィービッシュに促された。リムとシオンは、もう橋の上を歩いている。光来は急いで荷物をまとめた。

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