第9話 円卓の銃士

 船が岸に着いた。川沿いでも港町というのか、人々の行き来に活気が感じられた。船上から眺めただけで、色々なものが煮詰まり濃厚に栄えている街という印象を受けた。旅客や物流を担う交通が発展を促した街だ。


「ここがエグズバウト……」

「ううん。ここはイプシって街。エグズバウトはここから馬でも半日ほど掛かる」

「そうなのか? なんで直接エグズバウトまで行かないんだ?」

「エグズバウトはここより上流にあって、もっと小型の舟に乗り換えなきゃいけないの。船着き場は一ヶ所しかないし、わざわざ敵に侵入経路を知らせることもないでしょ」


 シオンの説明に、光来はなんとなく得心がいった。グニーエたちがこちらの接近を予期しているなら、船着き場に見張りを配置していてもおかしくない。陸路を使って、隠密に入り込もうというのだ。

 これからのルートを決めるべく、いったん腰を落ち着けることになった。入ったのは、看板も建物自体も古ぼけた古風な茶屋だった。

 店内は程々に混んでいたが、隅にちょうど四人掛けの丸いテーブルが空いていたので、席はそこに決めた。この場所なら、密談するのにも丁度いい。四人とも腰を落ち着け、向かい合った。即席の円卓の騎士だ。いや、拳銃を使うから銃士か。

 出されたコーヒーは、酸味が控えめで光来の好みのものだった。しかし、その味をじっくり堪能することができなかった。テーブルには地図が広げられ、早々に経路決定の議論が繰り広げられていたからだ。


「……そのまま、街の幹線道路から……」

「また信徒が襲ってくる可能性が……」

「狭い街といっても、グニーエの居場所は……」


 三人は意見を出し合い、光来だけ置いてけぼりになっている。ムードメーカーのズィービッシュさえ、冗談のひとつも挟まない。嫌でも、いよいよ敵地に乗り込むのだと思い知らされる。 目では地図の一点を見つめていたが、光来の頭は別の思考に捕らわれていた。『黄昏に沈んだ街』の効果や、グニーエが自分と同じ環境の人間であることを話すべきか? 偽らざる心境として、グニーエやタバサと敵対しないで接触したい気持ちが芽生え始めている。

 ルビィの話が真実なら、『黄昏に沈んだ街』は、元の世界に帰れる手段になり得る。グニーエは、そこまでたどり着くのに十年以上の歳月を要している。……十年! 十年後の自分なんて想像もできない。十年も世間から隔離された後に戻れたとしても、人並みの人生を歩むことなど不可能なのではないだろうか。なにより、独自で帰る方法を模索したら、一生掛けても無理なのでは……。


「……ラ。キーラッ」


 リムの呼び掛けに、光来は、思考の世界から強引に引き剥がされた。


「どうしたの? ぼうっとして」

「あの……、あのさ」


 つい、口に出てしまった。しかし、なにか考えがあってのことではない。考えるより先に、思いが漏れてしまった。仕方なしに、光来は思考を巡らせながら、たどたどしく言葉を綴った。


「正面切って乗り込むんじゃなくて、その、搦手は通用しないかな?」

「カラメテ?」

「……つまり、奴らが俺を引き入れたいなら、敢えてそれに乗って……」

「潜り込もうっての?」


 最後の台詞をリムに奪われ、光来の言葉は尻つぼみになった。「いや、まあ……」などと、言葉を濁す。


「危険」


 シオンが、静かだが可視化すれば太字のフォントが使われてそうな声で言った。恐る恐る切り出した考えだが、即座に否定されると今度は縋り付きたくなる。


「大丈夫だよ。うまくいけば、外と中から挟み撃ちにできるし……」

「だめよ。シオンの言う通り、危険すぎる。相手は何百人もの人が死んだ大災害を再び引き起こそうとしてる狂人なのよ。なにをされるか分かったもんじゃない」

「でも、あいつらから情報を得られれば、圧倒的に有利になるんじゃないか?」

「なんだ? やけに潜り込み作戦に固執するな」


 なおも食い下がる光来を遮るように、それまで黙っていたズィービッシュがいきなり割り込んできた。


「なんだか、おまえの方がグニーエと接触したがってるみたいだぜ?」


 ズィービッシュの指摘に、光来はぐっと詰まった。まるで奥まで見透かすようなきつい視線に当てられ、下手な発言ができなくなる。


「……固執なんかしてない。ただ、そういうやり方もあるんじゃないかって思っただけだよ……」

「そうか? ならいいんだが」


 妙に絡むような言い方だ。しかし、ズィービッシュはしつこく追求せず、背もたれに体重を乗せた。光来は、なんだか手の上で転がされたみたいな心境になり、気分を害した。


「カフェオレおかわり。砂糖とミルクをもう少し多くして」


 シオンが、カウンターにいるマスターにおかわりを要求した。二人の間に張り詰めた緊張の糸を断ち切る絶妙なタイミングだった。


「キーラは仲間……。一時的だろうが、演技だろうが、タバサには渡さない」


 珍しく感情を込め断言するシオンに、光来はなにか暖かい風が通り抜けていく感じがした。と同時に、この顔ぶれを欺いてグニーエから情報収集するのは、重大な裏切り行為なのではないかと圧し挟まれ、思わずため息が漏れそうになる。


「それより、今はエグズバウトへの侵入経路を決めるのが先決。ほら、キーラも馬鹿なこと考えてないで、アイディアを出しなさい」


 リムだけは、いつもと変わらない。この娘と出会ったことで、俺の旅は始まった。もし、出会ったのがグニーエやタバサの方が先だったとしたら、どうなっていただろう。

 光来は詮ないことを考え、再び地図に目を向けた。

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