第29話 魅了スキル

 前話のあらすじ。仁、面倒な話し合いをする。


◆◆◆◆◆


「ふざけんな! さっさとこんなとこから出せよ! 私はギルマスの姪だよ!」


 ギルドの地下に作られた地下牢。法に触れた冒険者や、盗賊などを監禁しておくために用意された牢獄に、ギルドマスターの姪であるマノンは放り込まれていた。冒険者に対する不正行為、横領や誹謗中傷といったギルドの評判を著しく落としかねない彼女の行為は投獄ふさわしいものであった。ギルマスの姪である彼女であれば、素直に大人しくしていればここまでのことは無かった可能性もあったが、全く反省の色も見えず被害者面するその態度によって投獄が決められたのだ。


 そしていま彼女の前には副マスターであるライアンと、ギルマスの秘書的な立場のヴィアーナが居る。彼らの手には魔道具が握られ、マノンを調査していた。


「やはりな、マノンは持ちだ……」

「そうですか、それでマスターはおかしくなってたんですね……」


「残念だがマノンはもとの生活には戻せないな。両目を潰すか、国に報告を上げて奴隷にされるか。いずれにしてもろくな未来じゃない。アルマンドが納得しそうもないよな……」

「ええ……。全て終わってから報告しないと、マスターがどう動くかわかりませんわね……」


 。それは最悪のスキルとして認知されている。異性を思うがままにコントロールできるこのスキルがあれば、国を乗っ取ることさえ不可能ではないのだ。王が魅了にかかれば……。反対する者は全て処断されるか、一緒に魅了にかかるか。結果国は魅了持ちの好きにされる未来しかない。そんな危険なスキルを権力者が放置するはずが無いのだ。


 魅了を上回る強力な隷属魔法で強制的に奴隷とされ国のために魅了を使うか、処断されるかの二択しか生き残る方法は少なくともこの国には無い。



 ライアンとしてはマノンを処分し、魅了持ちであった事実を隠したいと考えている。マノンの魅了スキルが表面化すれば、その血筋の全員が調査の対象となるのだ。そして魅了の可能性ありと国に判断されれば、国の保護下という名目で隷属化される未来が確定する。


 少なくともギルマスのアルマンドは魅了を持ってはいない。そして魅了持ちを処分すれば、魅了にかかった者達が回復するのは過去の前例により証明されているのだ。それならばマノンを処分しアルマンドに罪が及ばないようにした方が良いに決まっている。マノンさえいなければアルマンドはそれなりに有能な男なのだ。それに比べて、マノンはギルドに来てから役に立つどころか迷惑しかかけていない。いずれを選ぶかと言われれば悩むまでもないのだ。



「それにしてもマノンが持ちとは意外でしたね。魅了が発現した人なんてほとんど例が無かったと聞いてますし……」


 ヴィアーナがふと思いついた疑問を口にする。王国の長い歴史の中でも、魅了持ちは過去にも数人。それもほとんどが生まれつきのものだったと伝えられている。だがマノンはギルドに来るまで魅了持ちという噂は無かった。つまり最近突然に魅了が発現したと考えられるのだ。


「そうだな……、どうも嫌なかんじがするな。こんな街が混乱している状況で、魅了持ちが突然現れるなんて恣意的なモノを感じるな……」

「ギルマスに聞いていた話では、マノンはここまで愚かな子ではなかったはず。多少は身贔屓があるとしても、これだけ問題を起こすのも異常。でもそれが魅了持ちになったことが原因なら辻褄は合うかと」


 ヴィアーナの一言から話は嫌な方向に進み始める。そしてふたりともそれを完全に否定できるだけの根拠を持たない。場合によってはマノンを処分するだけでは終わらない可能性。それがふたりの心を重くしていくのだった。




◆◆◆◆◆




 伯爵家の奥。当主の部屋に続く無駄に金のかかった趣味の悪い廊下を、俺はジーマの後について歩いている。


 結局あの後、現当主のアブデルの息の根を早急に止める必要があるということになった。時間をかければジーマの立場は悪くなるばかり、アブデルの劣化版と言われる弟が正式に次期当主と決まる前に行動に移す必要もある。それは分からないわけではないし、こうやってジーマの後をついて歩いている時点で納得済みではある。


 だが面倒ごとと思うのはどうしようもないよな。


 アブデルは選民主義で、身分が全てと考える害悪。ジーマは能力主義で、無能は死んでもいいと考えている。そして俺は自分さえ良ければいいという俗物でしかないのだ。三者三様の思惑、単純に利害関係で手を結んだだけの俺とジーマ。この関係がずっと続くなどと言う甘いことは俺自身考えてもない。


 だがすでにお互いを認識してしまった以上、仲良くどころか不干渉で居ることも不可能だろう。結局絡まれるぐらいなら、まだジーマと組んだだけ。消去法による選択だし、この関係が明るい未来に続くなどあり得ないとまで思えるのだ。



「やり方は任せるよ。ただ確実に息の根は止めて欲しいな」


 今から父親を殺そうというのに、顔色一つ変えることなく俺に声をかけるジーマ。それはまるで「朝はパンが良いな、出来ればバターたっぷりで」という程度のトーンだ。もはやジーマにとっては父親は単なる障害物でしかないという事が十分伺え知れるものだった。


「他に誰かいたらどうする?」

「ああ、あれの奴隷が身の回りの世話という名目で何人かいたな。彼らは既に精神的に殺されているようなものだ、構わないから楽にしてやってくれ」


 ジーマの答えは相変わらず軽いものだ。そしてアブデルのそばには奴隷が侍り、病むほどにひどい目に遭っていることが伺える。確かにそんな状況から解放されたとしても、社会復帰は難しいだろう。ジーマが奴隷に時間を割く気が無い以上は、いっそ死んだほうが楽というのも間違いではないかもしれないな。


「わかった。会話は不要で良いんだな? 父親と最後の会話になるぞ」

「それこそ時間の無駄だよ。あれと会話がかみ合うなんて希望は、幼いころに諦めたからね」


 ジーマにとってはの父親は既に存在しないのだろう。伯爵家の当主、単なる無能な上役程度にしか考えていないのかもしれない。そして会話はそれ以上は続かなかった。そうアブドルの部屋の前に着いたのだ。



 ジーマは有能なのだろう。口だけでなく父親を殺した後の動きは目覚ましいものがあったのだ。俺がアブドルの部屋で用事を終えて出てきた時には、俺を睨みつけていた執事っぽい男を含めた多くの人々が捕縛されていたのだ。さらに弟も部屋に監禁し終えていたのは手回しが良すぎだろ。


 屋敷にはジーマの直属の優秀な配下が多く紛れ込んでいたこと。それ以外の使用人や護衛はアブドルの言いなりになるだけが取り柄の奴らであったことを差し引いても、見事と言わざるを得ない手際だ。



「これでロッシェ伯爵家も安泰だな。だがこれから忙しくなる。フェドリゴ侯爵に対しての仕込みはほとんど終わっているが、この街の無能どもを一掃する必要があるからな」


 にこやかに話すジーマは、この結果に満足しているのだろう。だがこれだけの動きが出来るなら俺は不要だったんじゃないか? そんな思いが浮かぶのもこの結果を見れば当然だ。


「俺の仕事は終わりだ、今後は俺に関わらないでくれれば敵対することもないだろう。だが本当の俺の手が必要だったのか?」

「ああ、あれでも伯爵家当主だったんだ。自衛の手段はそれなりに持っていたはずだよ。君でなければこちらにも相応の被害が出ていたはず、それが無傷で処理できたんだ改めて礼を言うよ。それと君とは今後も友好的な関係で居たい、もちろんこちらからちょっかいを掛ける様な真似はしないと約束する。ただし、手を借りたいときには声をかけさせてもらうよ」


 まあ当然の結果だな。これで俺が完全に自由の身になれるとは思ってはいなかったからな。いずれにしても敵は殺すというルールを俺が決めた以上は、平穏無事な暮らしは無理とあきらめている。それでも佳い女と酒に囲まれた暮らしが継続できるなら、多少のことは必要経費と割り切らざるを得ないだろう。もちろんジーマが面倒なことを言ってきても断るだけだし、敵に回れば殺すのも当然だがな。


「まあ声をかけるぐらいならな。もちろんそれを俺が受けるかどうかは別の話だぞ。それと敵対されると面倒くさいからな、妙な動きは止めておけよ」

「ふふふ、魔の森にソロで行く男相手に無茶はしないよ。こちらの手札が減るだけだからな。それにしても伯爵家と敵対することを面倒くさいの一言で終らせるとはな。やはり友好関係を結べたのは良かったよ」


 ジーマからの俺の評価は相当高いようだ。単純に武力・暴力としてだけ考えれば、俺はかなり優秀な部類に入るだろう。そしてジーマは有能な人間を評価する傾向が強いのだから、当然といえなくはないか。



「今回の礼だが、あれが命じた君の捕縛の取り下げだけでは足りないだろう。腕の立つ奴隷の興味はないか? ちょっと面倒だが見た目が美人なのは保証するぞ」


 ジーマがいきなり話を変える。俺との友好の具体的な内容については、あまり深く掘り下げたくは無いのだろう。あからさまな感じはするが、美人の奴隷となると俺が気にならないわけがない。ちょっと面倒というのは気になるが、それも話を聞いてからだと、軽く頷いて先を促す。


「剣聖のスキルを持つ女だ、腕は今の騎士団長よりも上かもしれん。そのせいか言う事を聞かなくてな……。自分より強い者しか主人として認めないって奴だよ。奴隷契約で無理やり言う事を聞かせてもいいんだが、それだと効率が悪くてね。正直持て余しているんだ」

「なるほど。そのお荷物を俺に引き取れということか」


「いやいや、それは悪意があり過ぎるだろう。剣聖なんだぞ、値はそれなりに張ったんだ。うちじゃ使いこなせないが、君なら使いこなせるだろう? だから美人で腕の立つ奴隷を礼としてさし上げるって事さ」

「ふっ、モノは言いようって事だな。まあ俺もその美人奴隷には興味が出てきた、貰うかどうかは別にして合わせてもらえるか?」


 俺がそう言うと、ジーマは軽く手を叩く。どうやらすでに奴隷は部屋の外に待機させていたようだ。なんにしても抜かりない男だな。


 そして腰まである蜂蜜色のブロンドを靡かせた、モデルのようにスタイルの良い女が俺を睨みつけるようにして部屋に入ってきたのだった。

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