第28話 話し合い

 前話のあらすじ。領主は腐ってた。


◆◆◆◆◆


「はあ、ちょっと働き過ぎだよな……」


 衛兵隊のカルロスから聞いた通り貴族街を歩いていると、思わずため息が漏れる。魔の森で連日大量に狩りをし、貴族に絡まれ、騎士団にも絡まれ、ギルドでは馬鹿なギルドマスターに面倒をかけられてと、ここ数日のんびりする暇もない。そう言えば娼館暮らしを始めてから、これだけ女達と触れ合わなかったのは初めてかもしれないな。会うのは魔物かムサイ男たちばかり。女と言えばあの馬鹿な受付嬢ぐらいだが、あれに癒し効果など絶無だからな。


 とっとと面倒ごとを片付けようと、ささくれ立った心のまま貴族街をうろつく。そうして無駄に巨大な敷地の屋敷を見つけた。他の屋敷の10倍以上の敷地面積、東京ドーム一個分ぐらいは楽にありそうだ。個人の家でこれだけの広さが必要な理由が全く想像つかないが、きっと権威を見せびらかしたいとか言うどうでもいい理由なのだろうな。


 入り口の門も無駄にでかい。大人10人が手を広げて並んでも十分余裕があるほど、いったい何の出入りを想定しているのやら。そして予想通りというか人相の悪い門番がふたり、入り口から中を覗く俺を睨みつけてくる。領主の家を覗くような奴は不審者扱いされても仕方ない、まあ俺のことだがな。



「怪しい奴め! 貴様、ここが伯爵様の屋敷と知っての事か!」

「面倒だ、平民如きさっさと切り殺せばいいだろう」


 カルシウムが足りてないのだろうか、ふたりは早々に俺を殺すことに決めたようだ。まあこれもある程度想定通りと言っていい。この街の貴族のトップである伯爵の部下なのだ、まともな奴らがいるとは思ってなかったしな。とはいえちょっと覗いただけで殺しにくるほど頭のおかしい奴とまでは思ってなかったが。


 まあ殺すとまで言われたんだ、反撃するのは俺ルール上当然。騒がれて他の奴らが来る前に片付けたほうがいい。


つぶて


 例のごとく額に孔を開けて転がる2体の死体。とりあえず目立たないように【収納】に放り込んでおく。門から玄関までも無駄に距離が離れているおかげか、ふたりが倒れ込んでも誰も気が付いた様子はない。これって保安上大丈夫なんだろうか? 現在進行形で不法侵入している俺が言うのもなんだがな。



 百メートルほど歩いた先にようやく玄関が見える。美しく整えられた庭には誰もおらず、のんびり煙草を咥えながら庭を眺めつつ玄関までは完全に素通りできた。さて、ここからどうするかだ。ここまでは完全に行き当たりばったり。特にプランもなく、色々面倒だという勢いだけでやって来たというのが正直なところなのだ。


 一応現時点では明確に伯爵が俺に敵対したという事実はない。俺の捕縛命令は法にのっとったものの可能性もゼロではないし、騎士団が動いたのも伯爵からの指示とは言ってなかったはずだからな。まあこの街の貴族のトップなんだからまともな奴とは思えないし、ネタ貴族を殺したのも事実。茶菓子を出しておもてなしなんてことはあり得ないだろう。

 


 閉ざされた玄関の扉を前に、どうしたものかと考えていた時にその扉が開いた。一目で高級と分かる仕立てられた服を身にまとった、割と小綺麗な青年。そして彼に付き従うようにぞろぞろと執事っぽいのやメイドが玄関から現れたのだ。



「何者だ貴様! 衛兵はおらぬのか、こやつをひっ捕らえろ!」


 俺の姿に気付くや否や、執事っぽいのが大声を上げる。まあ敷地内に見知らぬ男が居れば当然の対応だろう。そしてその声に反応してぞろぞろと武装した連中が現れ、俺を取り囲む。



「当家に何用かな? ここがロッシェ伯爵の屋敷と知っての事でしょうね」


 安全が確保されたのを見計らったかのように、青年が俺に話しかけてくる。これまでの貴族とは違い、見下すような様子もなくまともな人種に見える。



「どうも俺を捕まえたいって話を聞いたんでな、それならとわざわざ顔を出しに来たってとこだ」

「貴様っ! 平民如きが無礼であるぞ! ロッシェ伯爵家嫡男であらせられるジーマ様に直答するなどと……」


 俺が青年に応えると、顔を真っ赤にした執事っぽいのが俺に怒鳴りつけてくる。こいつは例に漏れず傲慢貴族の典型のような奴だな。



 「私が質問しているのだ、貴様は黙っていなさい」


 だがジーマと呼ばれた青年は俺ではなく執事っぽいのを止める。するとさらに顔を真っ赤にしつつも命令には逆らえないのか、一歩引きさがっていった。



「すまないね。それで君が例の妙な髪形の子爵を殺したという人かい?」


 ジーマは子爵殺しなど大したことでもないかのように続けて俺に問いかける。こいつは一体どういうつもりなんだ? 伯爵家の嫡男と言えばこの街のナンバーツーと言っていい地位のはず。それなのにこの態度とは、裏があるのだろうか……。



「ああ、あのネタ貴族は俺が殺したよ。と言っても先に手を出したのはあいつらだがな」

「やっぱりね。彼は控えめに言ってどうしようもない男だったからね。しかも貴族を名乗りながら、一平民に倒されたのだ。生きていても貴族として役に立ったとは思えないな」


 何かこいつと話しているとモヤモヤしてくる。想定では平民如きと見下して殺しに来るぐらいはすると思っていたのだが、まるで気安い友人と喋るような感じなのだ。



「ふふふ、その顔は私の態度に戸惑っている様だね。見た限り無法者では無さそうだし、中でゆっくり話さないか?」

「ジーマ様! この後はご予定がございます。それに平民如きを館に招き入れるなど……」


「ほう、私の意に従わないと。しかもこの後の予定など貴族であるという以外何のとりえもない無能どもと会うだけだろ。それなら彼と話す方がよほど有意義だ。良いからさっさと用意するんだ」

「……はい、かしこまりました……」


 なんか俺を放置して執事っぽいのとの間で、話が進んでいるようだ。ジーマには何故か俺は気に入られたという事なのだろうか? そしてこいつは無能貴族を嫌っているように見える……。とりあえず油断せずにいたほうがよさそうだな。



「驚いたかい? 殴り込みに来た相手の息子に歓待されたら、無理もないと思うけどね」


 案内されたのはあまり趣味の良いとは言えない応接室。茶と茶菓子が並べられると、ジーマは人払いをしたためここには俺とふたりだけだ。ジーマ自身もこの部屋の居心地は良くなさそうに見える。そして俺の表情を見て笑顔を浮かべるジーマが何を考えているのか読めない。



「招き入れても良かったのか? 多分あんたの親父さんは俺のことを捕えようとしてるはずだぞ」

「ああ、ならそう考えるだろうね。貴族が平民に殺されたのは許せない。しかしそれだけの力があるなら奴隷として飼ってやろう。あとは……、見た目がよかったら寝所に連れ込むってとこかな? まあ普段からろくでもない事しか思いつかない奴だからね」


 親子関係が悪いというだけではないようだ、考え方に深い溝があるように見える。そしてジーマは父親を全く敬っていない。



「で? あんたも俺を捕まえるのか?」

「まさか。せっかくまともな人に会えたんだ、友好的な関係を結びたいと思ってるよ」


「どういうことだ? 俺に何をさせたい?」

「ふふ、話が早くていいね。私の目的は簡単なこと、貴族の復権だよ。今みたいな血統だけの無能どもを一掃し、衰え切ったこの国を立て直したい」


「話が大きすぎて良くわからんな。具体的に俺に何をさせたいんだ? もちろん素直に言う事を聞く保証はないぞ」

「もちろんタダ働きや、無理やり命令するようなことはしないさ。最初に言ったろ、友好的な関係を結びたいって」


 どうも話の流れが、まずい方向に行っているようだ。一見まともな奴に見えなくもないが、言っていることは無能とはいえ貴族の粛清。そしてその後に権力を握ると仄めかしているようなものなのだから。金や友人として動けば、何かあった時には俺も巻き込まれるのは確実。貴族の命令で無理やりなら、情状酌量の余地も残るだろうがな。


 つまり最悪の場合、俺はうまく使われてお払い箱という事になるという事だ。お払い箱イコール処刑というのは笑えないがな。



「なるほどな。ただ、友人というにはまだ早いだろう? まず最初はお互いに信頼関係を構築するところからだと思うがどうだ?」

「ふふふ、用心深いね。でもそれぐらいの方が私も安心できるよ。それじゃあ私の名で君の安全を保障しよう。そのために私の父を殺してくれるかい?」


 そう来たか。ある程度予想していたとはいえ、いきなりこれを持ってきたのは少々予想外だな。こいつは何か焦っているのだろうか? 嫡男というならいずれ伯爵を継ぐのは確実だと思うんだが……。


「兄弟でもいるのか? それも父親のお気に入りの」

「ほう、頭も切れるようだね。確かに私には弟がいる、それも父の劣化版というような最悪の人格のがね。さらに最悪なことに父はあれを気に入っている、しょっちゅう私は父に苦言を入れているからね」


「なるほど、黙っていたら当主の座はその最悪の弟の手に渡るって事か」

「そう。そしてそれはこの街に暮らす人たちにとっても最悪だと思うよ。あれは平民を人とは認めていない、殺したところで湧いて出てくるぐらいにしか考えていないからね」


「今親父さんを殺せば、あんたが当主の座に座れる。それだけの手回しは済んでいるってことであってるか?」

「ふふふ、もちろん抜かりはないよ。父の息のかかった無能たちは、父に殉死することになっている。まあちょっと予定は早まったけど、この機会を逃すほどではない」


「いいだろう。ただしその内容を文書で貰いたい、これは俺の身を守るためにも必須だ。そして俺の身の回りにも手は出すな、俺に直接手出しをしていないなんて言い訳は敵対と見なす」

「怖いねぇ。でもいいだろう、それぐらい用心深いほうが長い目で見れば安心できる」


「それと、あくまでも友好関係を結ぶってところまでだ。あんたの命令になんでも従うとは思ってもらっちゃ困るからな」

「ふふふ、私にそこまで言えるとは平民にしておくのが惜しいぐらいだよ。どうだい、爵位は欲しくないか?」


「結構だ。爵位なんて貰えば明確な上下関係になるからな」

「さすがだね、爵位を欲しがらない平民は初めて見たよ。じゃあ、文書はすぐに用意するからよろしく頼むよ」


 ひどく気疲れする会話がようやく終わりそうだ。伯爵と話し合い(物理)にきたつもりが、より厄介なことになる予感しかない。だが今のところこれが最善手であるというのが最悪だ。まあこの街の未来のトップのお墨付きも貰えるし、他の貴族などどうとでもなりそうだから諦めるしかないか……。

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