第27話 腐った領主

 前話のあらすじ。仁、領主に会いに行く。


◆◆◆◆◆


「アルマンド、お前はちょっと説教だ。上についてこい」


 ジンがギルドを去ったあと俺はギルマスのアルマンドの首根っこを掴んで引きずるようにギルドマスターの部屋に連れ込む。いくら姪が可愛いとはいえ、やったことは明らかな犯罪。しかもギルドの信用を著しく落とすような劣悪なものだ。



「ちょ、ちょっと待てライアン! 俺はギルマスだぞ、この格好はちょっと酷すぎないか」


 引き摺られるアルマンドが何か言っているが、俺は腸の煮えくり返る思いを抑え込むだけで精一杯で聞く耳など無い。そうしてギルドマスターの部屋に連れ込むと、そこにはヴィアーナの姿があった。



「はあ、やっぱりこうなりましたか。マノンのことが絡むといつもギルマスはおかしくなってましたからね」


 俺達の姿を見るなりヴィアーナは思い切りため息をつく。どうやらアルマンドがマノンがらみでおかしくなるのは周知のことだったようだな。


 とりあえず床に正座させたアルマンドに事情を聴いていく。最初の買取を踏み倒そうとした件、無理やり頼み込んだ間引きの依頼すらも誤魔化そうとした件。どちらもマノンが絡んでいることは明白だったが、改めてアルマンドの口から説明を聞けば、余りにも杜撰でその場での思い付きとしても幼稚な手口でしかなかった。


 マノンにすれば、何をしても叔父のアルマンドが庇ってくれる。そんな思いが透けて見えるようなやり口。正直アルマンドがなぜこんな馬鹿な女を庇うのか、俺には全く理解できない。マノンさえ絡まなければ、アルマンドはギルマスとしての適性は悪くはないはずなのだ。誰にでも公正であろうという姿勢や、冒険者を守ろうという考えもギルマスとして優れた適正と言っていいのだから。



「マ、マノンは。マノンはどうしている?!」


 一通り話し終えた後の第一声がこれ。やはりおかしいとしか言いようがない。ギルマスならジンに対する謝罪や今後の対応、魔の森の件などやるべきことはいくらでもあるはずなのにだ。


「マノンは地下牢に放り込みました。拘束だけで済ませようと思ったのですが、反省の色も見えず暴言を吐くし暴れるので適切な処理だったと思いますわ」

「そ、そんな。マノンが牢に入れられるなど……。可哀そうなマノン……」


 やはりおかしい。別に怪我をさせたわけでもなく、当然処刑などと言うわけでもない。今後の取り調べは回避不能だろうが、現時点では妥当な扱いとしか思えないのにこの態度だ。


 嫌な考えが閃いてしまった俺はヴィアーナを呼び寄せ、アルマンドに聞こえないように耳打ちする。ヴィアーナも一瞬目を見開いたようだが、俺の言葉にある意味納得してくれたようだ。そのまま何も言わず部屋を後にして、俺の指示に従ってくれたようなのは助かった。



「ライアン、いったいヴィアに何を言った?! マノンは、マノンは無事なんだろうな!」

「アルマンド。サブギルドマスターとギルド職員複数名の同意の元、一時的にその身分を剥奪する。どう考えてもお前のマノンに対する態度はおかしい、しばらく職務を離れて自宅で休養がてら謹慎していろ」


 俺の嫌な考えが誤りだと判明するまでは、今のアルマンドをギルドのトップに据え置くのはリスクでしかない。昔馴染みであるアルマンドに処分を下すのは心が痛むが、こういった時のためのギルド規定。責任者は責任を取るために居るのだし、その責任者がギルドの評価を下げる行動をとるなど見逃すわけにはいかないのだ。


「マノンの身柄は私が責任を持って預かる。いいかアルマンド、妙な気を起こすなよ。お前の行動がマノンの首を絞めるという事を忘れるなよ」

 アルマンドの行動に釘を刺すのも忘れない。今のこの男なら、どんな愚かな行動でも起こしかねないのだから。だが、マノンにとってマイナスになると言っておけば、ある程度は抑止力になるだろう。どういうわけかこいつはマノンに異常に執着しているようだからな。




◆◆◆◆◆




 貴族。君主制における特権階級を一般的には指す。基本的に世襲制であり、過去に国に貢献した者の子孫が代々その特権を受け継いでいくシステムである。つまり、最初に叙勲した者は有能であることは間違いないだろうが、その子孫が有能であることを保証するものでは無い。


 生まれながらに特権を持つ者が、腐敗と無縁であることは困難である。いわゆる選民思想、相手が貴族でなければ何をしても良いという歪な思想に取りつかれる者も多い。そして国の上層部が腐敗すれば、その国の寿命が尽きるのが加速するのもまた当然である……。



「ぶははは、素晴らしい! やはり私は神に愛されているのだろうな、魔の森の魔物を簡単に倒せるような者がこの街に現れた上に、無能とはいえ子爵を殺したのだ。奴隷にしたところで誰からも口出しできるものではないわ。たとえそれが国王だろうともな」


 ふんだんに金や宝石で飾られた大きな部屋。その中でもひときわ派手な椅子にふんぞり返るように座るこの男こそロッシェ伯爵である。無駄に金だけかかった趣味の悪いこの部屋にお似合いのヒキガエルのような容姿。怠惰と飽食の結果、贅肉が男が笑い声をあげるたびに波打ち、肌は染みで覆われ頭髪もその大半を失っている。


 そして伯爵のそばには美男美女が、ほぼ裸と言ってよい格好で侍る。この様子から伯爵は男女問わずという両刀なのだろう。侍る男女は全てを諦めきったかのようにその目からは光が失われ、ただ言われるがままに伯爵に尽くしている。


 報告のために呼び出された領兵隊の隊長は、己の住む街のトップである領主のそんな姿から目を逸らすかのように俯きながら報告を続ける。


「……という事で、現時点で容疑者の冒険者は未だ補足できておりませんが、普段寝泊まりしている娼館は見張りを立てておりますし、街の巡回も増員しております。近いうちにその者を捕縛可能と考えております」

「ぐゎははは。いいぞ、無事に捕縛できれば恩賞は望みのまま取らせよう。ちなみにその男の容姿はどうだ? 美しい男なら護衛として寝所でも警護させられるからな」


「容姿については詳細な情報はございませんが、醜いといった情報はございません。少なくとも並の容姿はしているかと……」

「ほうっ、それは顔を見る楽しみが出来たという事にしておこうか。わかっているだろうがくれぐれも傷はつけるなよ。力だけでも十分有用なのだが、見た目も良いとなれば傷ひとつで大きく価値が下がってしまうからな」


「はっ、そのように改めて全員に申し伝えておきます。それでは報告は以上となりますので退室の許可を」


 結局最後まで顔を上げることなく領兵の隊長は伯爵の元を辞していった。それが己が主というべき伯爵の醜悪さから目を逸らすためであったことなど気づくこともなく、伯爵はまるでヒキガエルが鳴いているかのような笑い声をあげるのであった。




「はあ、あれがこの街の領主とはな……。貴族とはこの国を食いつぶすための存在なのだろうか……」


 伯爵の屋敷を後にした隊長アランは、ひとりため息交じりに愚痴をこぼすのだった。この国が特権階級である貴族に支配されている以上は仕方が無いと諦めるしかないのだが、街の住民を守る立場の領兵の長としてはすんなり受け入れられる命令ではない。子爵の件にしたところで、普段の行いを見れば非があるのは子爵側なのは確実。アランとしては子爵に抵抗したジンという男の方に拍手を送りたいほどなのだ。しかも単に貴族の殺害という罪を裁くというのならばまだ納得も出来る。しかし伯爵はその男を奴隷とするだけでなく、見た目さえよければ慰みものにするとまで言っているのだ。


 しかし立場上は表には出せない思い。今夜も酒が増えそうだと、ひとり詰め所に向かって歩き出すのであった。




◆◆◆◆◆




「どういうこと? 第三部隊が居なくなったって、私は何の報告も受けてないわよ」


 執務室に駆け込んできた副官の報告に、私は思わず大きな声を上げてしまう。昨日のロッシェ伯爵からの呼び出しでイライラしていたのも原因のひとつだろう。子爵の私に対して伯爵という爵位で、無理やり言う事を聞かせようとしてきたあの醜いカエルのような男。爵位では下だが、駐留騎士団の団長という地位は領主と比べても遜色ないものなのだ。同格と言っていい私に対して最後まで上からの物言い、それに加えて舐めるような視線がとても汚らわしく生理的に無理だった。


 なにより、あのカエルの言い分が無茶過ぎた。よりにもよってあの男を捕縛しろなどとは……。何に手を出そうとしているのかあのカエルは理解しているのだろうか。騎士である以上一定の技量を持ち、日々鍛錬を怠らない者達。それを無造作に4人同時に瞬殺して見せた男。そしてあれがあの男の全力とはとても思えない。あの男の言った通り騎士団が全力で挑んでも、勝利するイメージが全くわかないのだ。そんな男を簡単に捕えろなどと言うあのカエル、あの場で殴り倒さなかった自分をほめてやりたいぐらいである。



「ダイラス隊長率いる第三部隊が上からの命だと言って出撃しているのですが、ご存じなかったのでしょうか」

「私はそんな指示は出してないわよ……、まさか……」


 思い当たるのはダイラスの家の属する派閥、たしかフェドリゴ侯爵家と繋がっていたはず。そのせいでダイラスを隊長に引き上げるのを躊躇った記憶がある。あの男に隊長格が全滅させられた結果、仕方なく昇格させたことも記憶に新しいのだ。


 となれば同じ派閥のロッシェ伯爵の指示を直接受けた可能性がある。領主と騎士団長、ともに騎士からすれば上位の存在。指示系統が曖昧な点がここで足を引っ張ってきたのだろう。領主は領兵や衛兵、騎士団長は騎士団に対する指揮権を保有している。ただ双方の配下に対する指揮権は明文化されておらず、過去にも抜け道として利用され問題になっていた。私も奏上はしたが上位貴族共に揉み消されたのか、一向に改善の兆しすらないのだ。



「第三部隊とは、すでに半日以上連絡が付かない状況です。いかがいたしましょう」


 副官の声を聴きながら、私はあの男に蹂躙される第三部隊の姿を想像していた。そしてその後にあるであろうあの男からの報復を思うと、部屋の温度が数度下がったかのような寒気を覚えるのだった。

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