第26話 面倒ごとは友人を連れてやって来るらしい
前話のあらすじ。仁、ギルドでもめる。
◆◆◆◆◆
「「恐竜人間だと! まさか、竜種を狩ってきたのか!」」
俺の言葉に驚きの声をハモってあげるふたりのおっさん。正直ちょっと引いたが、何事も無かったかのように尋ねる。
「なんだ? そんなに驚くことなのか?」
「魔の森の奥も奥、最奥部と呼ばれる場所に竜種を含む凶悪な魔物がいるという話だけは聞いたことがある。それも一瞬でパーティが壊滅しかけて逃げだした生き残りの冒険者の証言だけなんだがな。明らかにそれまでの魔物と一線を画する戦闘力を持った、魔の森の最奥部には災厄と言ってもいい魔物が蔓延っているというのがギルド内での見解だ」
おっさん、ふたりともおっさんだしややこしいな。ライアンといったか? 副マスターが説明してくれる。
「つまり、その竜種ってのは狩っちゃいけないって事か?」
「いや、狩れないと言った方が正確だろう。伝聞でしかないが、災厄級と言われる魔物と遜色ない力を有している魔物が魔の森の最奥部に居るんだ。そこまで行ける冒険者がまず極々限られた者になる、そこでさらに災厄級と戦うことのできる冒険者は残念だが今のモルブランの街には存在しない」
ライアンは丁寧に俺に説明してくれる。さっきまでの詫びの意味もあるのかもしれないが、俺としては情報は多いほうが良いのでとても助かる。
「結局どういうことなんだ? 刺激しちゃまずいって事は狩っちゃまずいって事か?」
「まずいことはない。というか、竜種は狩れない前提でしか考えてこなかったんだ……。まあとりあえず見せてくれるか? 竜種かどうかもわからないまま、こんな話をしていても仕方ないからな」
ライアンは解体場所に俺を誘う。当然の様にギルマスもついて来たのは仕方が無いのだろう。
「ま、まさか本当に竜種とは……。よく無事に戻れたものだ……」
俺が【収納】から取り出した恐竜人間を見てふたりは絶句している。最初は俺も手こずったし、とんでもない魔物なのかもしれないな。
「しかし、この鱗を貫通するっていったいどうやって攻撃したんだ? この硬さと材質から見た感じじゃ物理攻撃はほぼ無効だぞ……。こいつで防具を作ればとんでもないものが出来るかもしれんな……」
冷静になったライアンは、恐竜人間の鱗を触りながらブツブツと呟きだす。ギルマスも釣られるようにその材質をチェックし始める。
「で、買い取るとしたらいくらになりそうだ? 時間がかかるならそいつは預けておくから、見積もりを出しておいてくれ」
魔物の死体を嬉しそうに触りまくるおっさん二人に俺は引きながら告げる。もともとギルドに売るつもりは無かったが、こいつの見積額をギルドがどれくらいで提示してくるかは他と比較する参考になるだろう。
「そうさせてもらえるか、さすがにこれほどの魔物の買取り額はすぐには出せん。次に来た時には伝えれるようにしておく。いずれにしても支払いは大分待ってもらうことになるのは、申し訳ないがな」
ライアンは俺に視線だけを向けると、軽く頭を下げてくる。こいつがギルマスだったなら、もっとまともな関係も構築できたかもしれないのにと思いながら俺はそのままギルドを後にした。
◆◆◆◆◆
面倒な依頼も無事に完了できた。買取の金が残るが、そのうち気が向いた時にでも顔を出せばいいだろう。
残るは【収納】に溜まった魔物の死体と、俺を追い回す貴族への対応となる。魔物の方はジスラン達から教えてもらった店に売ればいいだけだし、【収納】に入れておけば腐る心配もないので急ぐこともない。つまり貴族への対応が直近の課題ということになるな。
衛兵のカルロスの話では、何とか伯爵しか今は動いていないらしい。話を全て信用するつもりは無いが、少なくとも街を上げての大捜査網が引かれているということは無いようだ。
伯爵を直接脅すという選択肢もあるが、わざわざ会いに行くのも面倒だ。ちょっかいを掛けて来なければ俺からは何の用事もないのだからな。だが放置すればいずれ娼館に迷惑をかけることになりかねないのが厄介な点だな。
何とか伯爵がどういうつもりかは知らないが、他の貴族を抑えているということは、俺に何か横から邪魔されたくないような用事があるんだろう。それが何かは分からないが、どうせろくでもないことに違いない。
そう言えばカルロスはカーミラが何とか伯爵の命令には従わなかったって言ってたな。領主と騎士団の関係って、単純な上下関係じゃないのか? いずれにせよあんまり権力には近づきたくないな。ドロドロな世界なのは確実だろうし、下手に
結局相手の出方を見るのが良いのか? こっちから動くのは面倒くさいし、何をすればいいのか判断するには情報が少なすぎる。無理に動く必要もなさそうだし、こういう時はのんびりするのが一番だよな。
ギルドでの面倒な話の後、さらに貴族などと言う輪をかけて面倒そうな話なのだ。俺がやる気にならないのも当然。そしていまだ人口の回復しない寂しい街並みを、俺は咥え煙草で娼館に向かって歩き出した。
だがそんな俺の思いを踏みにじるかのように、事態は急展開を告げているようだ。のんびりと歩く俺にさっき別れたはずのカルロスが駆け寄ってきたのだ。
「ジン! やっと見つけたぞ。思った以上に悪い方向に事態が動いている。ついさっきロッシェ伯爵の名でジンの捕縛命令が届いた。もちろん俺達はそんな命令に従うつもりは無いが、他の隊の連中はそうじゃないかもしれん。さすがに伯爵に逆らってはこの街では暮らしていけないだろうから、早く身を隠すなりしたほうがいいぞ」
今日は厄日なんだろうか、厄介ごとがこれほど続くとは日ごろの行いが悪かったのかもしれないな。まともに働かず連日女達とまぐわっていたのは、やはりいい行いではないのだろうか。
そんなどうでもいいことが頭に浮かぶが、今はそれどころではないようだ。
「俺の居場所は把握されているのか? それと、貴族とギルドの関係はあるのか?」
「おそらく娼館に居ることがバレるのは時間の問題だと思う。俺たち衛兵や騎士団の中ではジンは煙の出る男として有名だからな。それと一応ギルドは国には属さない独立組織という建前だ。これ以上は俺も立場上口に出せないが、まあそういう事だ」
カルロスの回答はろくでもないものだった。下手に逃げればヒルダ達に迷惑がかかるのは避けられない。ギルドも今でさえ信用など欠片もないが、貴族側の立ち位置だと暗に告げてくれている。つまりカルロスの言う通り身を隠せば、最悪ヒルダ達が捕まることになる。そして表立って俺に味方する者はいないという事だ。
「俺を捕えてどうするつもりなんだ、その伯爵とやらは」
「そこまでは俺達も聞いてはいないが、怪我もさせるなと指示にはあったからいきなり処刑では無いと思う」
「つまり、俺を無傷で捕えようという事か。貴族殺しを見逃してほしかったら言う事を聞けってとこだろうな。だが面倒だが逃げればあちこちに迷惑かけそうだしな……」
「俺達の事なら気にするな、命の恩人の危機なんだ出来ることならなんだって協力するさ。別に街の住民に被害が出てるような話じゃないし、ただの貴族の我儘なんだからな。探したけど見つからないって報告を上げれば時間は稼げるだろ」
カルロスは俺が逃げる前提で話しているようだが、俺はそんなつもりは無い。敵は殺すこの世界で生きる上で自分で決めたルールなのだ。たとえ相手が貴族だろうが国だろうが、敵になるというならとことん歯向かってやるつもりだ。
「その伯爵の居場所は分かるか?」
「待て! 何を考えている。子爵なら低級貴族だし見逃される可能性もゼロではないが、伯爵を相手取れば国が敵に回るぞ」
「そうなったら国を亡ぼすさ。まあそこまで大きな話にはならないだろうから心配するな」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべる俺を、カルロスは別の生き物でも見るかのような目で見ていた。
訝しがるカルロスの口を割らせ聞き出した結果、モルブランの街の北部に伯爵の館が存在するようだ。北部はそもそも富裕層向けの地域で、大半の貴族がそこに邸宅を構えているらしく伯爵もその例に漏れなかったようだ。貴族の邸宅の中でもひときわ巨大な敷地を誇るのが伯爵家で、行けばすぐにわかるという大雑把な説明だった。
伯爵を殺すだけなら、礫一発の簡単な作業だ。だがこの状況で伯爵を殺せば俺が容疑者リストのトップに躍り出るのは確実。まあ、この方法で俺の前に立ちふさがる奴らを順に殺していくことも出来なくはない。だが時間がかかり過ぎるし、ちょっとでも頭のまわる奴がいればからめ手を使ってくることも十分あり得る。そうなると今より厄介な状況になるのは間違いないだろう。
そうなると残る手は、暗殺か話し合いか。暗殺はうまくいっても結局俺の名が容疑者リストに金縁付きで記載されるのは避けようがない。そうなると残るは話し合い。まあ話し合いと言っても対等な関係でテーブルに着くつもりなど無いがな。
以前の件でこの街の貴族の傲慢さは理解している。特権階級であることを過剰に振り回す、権力頼みの連中という意味でな。だが相手が権力を振りかざすなら、俺は別の力を振りかざせばいい。
そう、暴力をな。
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