第24話 敵と味方

 前話のあらすじ。仁、覚悟を決める。


◆◆◆◆◆


 魔の森での狩りは順調だった。昨日よりもさらに奥に進むと、牛人間だけでなく馬人間まで現れたが若干素早いという程度。剣を振るえば首が飛ぶし、礫でとらえるのも誤差の範囲でしかなかった。


 牛人間は肉も食えると聞いていたが、馬人間なら馬刺しになるのか? さすがに生では口にしたくはないな、などとどうでもいいことを考える余裕すらある。次から次へと湧いてくる魔物達に、この調子なら今日中に目標の1000体を達成しそうだとほくそ笑む。



 さらに奥に進むと次第に周りの様子が変わり始める。鬱蒼と茂っていた森が、妙に開けてきたとでも言えばいいのだろうか。木々の隙間からは木漏れ日が差し込み、足元には美しい花が咲き誇る。これで妖精でも飛んでいれば完全にお伽噺の世界だろう。


 だが現実はそこまで甘くは無かった。突然頭上から襲い掛かってくる魔物、気配を感じさせることもなく、完全な不意打ちである。馬鹿のようなステータスのおかげでかろうじて躱す事は出来たが、目の前に現れたのは恐竜人間。


 いわゆるリザードマンとは一線を画し、ティラノサウルスのような凶悪な頭部を持ち、丸太のような太さで固そうな鱗に覆われた手足と凶暴な爪を持つ魔物だった。極太の尻尾を軽々と振り回し、俊敏な動きとパワーを併せ持つこれまでの魔物とは比較にならないほどの強力な魔物であった。



 【武神】による攻撃も剣を砕かれては意味がない。こいつの鱗はアデーレに用意してもらったそれなりの剣でも傷ひとつ付くことは無く、逆に剣が砕け散ったのだ。しかし魔法は別のようだ、一瞬距離を取ったすきに発動した礫は、狙い違わず恐竜人間の額を貫通してくれた。そして崩れ落ちる恐竜人間。正直魔の森を舐めていたようだ、初撃を避けることが出来たのは運が良かっただけに過ぎない。攻撃されるまで接近にすら気が付かなかったのだから。


 それからは真剣に辺りに注意を払いつつ歩みを進めていくことにした。咥え煙草で散歩するかのように歩いていた時には気づけなかったが、注意を払っていれば恐竜人間の接近にも気づくことが出来た。そして存在を把握できさえすれば礫の餌食でしかない。結局最初の一体に焦らされたが、ただそれだけだった。


 しかし馬鹿のようなステータスに頼り切っていたことを気付かされたのは大きい。いかに強大な力を持っていても油断していたらそれまで。頭ではわかっていても実際に身の危険を感じたことで、戦闘に対する俺の考えは大きく矯正されたのだった。



 それからは油断することのなくなった俺に脅威を与えるような魔物は現れなかった。もちろん様々な魔物を倒したが、姿を見かければ即座に礫を食らわせて息の根を止めていく俺に、攻撃に移ることが出来た魔物が居なかったというだけだがな。



 集中して狩りを行ったことで予定よりも早く目標を達することが出来たようだ。まだ陽は高いが、金にならない仕事をするつもりは無い。かなり奥まで来ていたこともあり早々に街に引き返すことにした。


 途中も魔物に出くわすが最小限しか倒すことはせず、避けれる魔物は全てスルーしたことで思ったよりも早く魔の森を出ることが出来た。腹もいい具合に減ってきたこともあり、咥え煙草でゆっくりと街に向かって歩き出す。



 しかしのんびりできたのはわずかな時間でしかなかった。街に向かう俺を待っていたかのように、騎士団が展開されていたのだ。確か騎士団も魔の森の魔物の間引きに協力していると聞いてはいたが、目の前に展開された様子からは相手は魔物では無く確実に俺だろう。森に向かってでは無く俺を半包囲するように徐々に陣形が変わっているのだから間違いようもない。



「貴族に手をかけたのは貴様だな。王国の法により貴様を処分する、手間を掛けさせずに首を差し出せ!」


 予想通り今朝の件が原因のようだ。それにしてもまさか騎士団が動くとは思ってもいなかった。そういえばカーミラの姿が見えないが、掲げる紋章を見る限りカーミラのところの連中だろう。大声を上げている男は見たこともない奴なので、以前殺した連中の穴埋めに昇進でもしたのかもしれないな。



「お前らは俺の敵ということだな」


 まあ騎士団が出てきたのは想定外だが、やることが変わるわけではない。敵は殺す、ただそれだけなのだから。騎士団の陣形は半包囲から次第に完全包囲になりつつある。どうあっても俺を逃がすつもりは無いということだろう。


 だがさっきまで狩っていた恐竜人間と比べるべくもなく、ただの人間でしかない連中がいくら数を揃えたとしても俺の敵ではない。もちろんさっきの教訓を生かし、一切油断することもない俺に敵対したことを後悔しながら死んでくれ。



つぶてせん!」


 俺の周囲に無数の礫が出現する。大きさは親指の先程度だが、ライフル弾のように高速回転を始めた礫は鎧程度なら温めたバターのように簡単に切り裂くのだ。そして礫は俺の周囲をゆっくりと旋回し出す。


 徐々に半径を広げて回転する無数の礫。そして先頭に居た騎士団員が不幸にも最初の餌食となる。速度を落とす事すらなく簡単に騎士を穿つ礫、まるでそこに何も存在していなかったかのように礫は変わらず回転を続ける。



 そして騎士団全員が地面に転がるまで、大した時間は必要なかった。ざっと見た感じ100名以上はいたようだが、俺の心が痛むことは無い。剣を向けた以上殺される覚悟をして当然、俺一人にこれだけの数を集めていたために安心していたのだろうが、俺の知ったことでは無い。


 さすがにこの人数が転がっていては邪魔なので、すべて【収納】しておく。騎士なら死体を買い上げてくれるかもしれないしな。




 そうして多少の問題はあったが、無事に街に戻ることが出来た。そう思っていたのも束の間でしかなかった。


 今度は衛兵が俺を取り囲んだのだ。装備は違うがさっきの焼き直しのような情景に俺はため息をつく。こいつらも地面に転がるのは時間の問題かと思っていた時だった。



「ジンというのは貴方だな。以前の騒動の時に助けてもらった者だ、あの時は治療までしていただいて感謝している。私が今こうしていられるのは貴方のおかげだ」


 どうやら以前騎士団の詰め所からの帰りに、貴族街で助けた形になった衛兵のようだ。悪いが顔はほとんど覚えていないが、本人が言うのなら間違いないのだろう。だが礼を言うためにしては仰々しい人数だ。



「あの時の女の中毒者に襲われていた奴か? まあ気にするな、礼を言われるほどのことをしたつもりもないしな」

「いや、命の恩人にきちんと礼がしたかったのだ。まさかこんな形で再開することになるとは思ってもいなかったがな」


 どうやら貴族をやった手口から俺にたどり着いたのだろう。あの時の女を足止めしたのも同じ礫だったからな。だがそういうって事はこいつも俺を捕えるつもりって事か?



「で、どうする? 敵対するなら悪いが手加減するつもりは無いぞ」

「ちょっと待て! 俺達はジンを捕まえたりするつもりは無い。それどころかここの腐った貴族たちに一矢報いてくれたことを喜んでるぐらいだ」


 ん? どうも話がかみ合わない。じゃあ何のためにこんな人数を集めたんだ?



「それじゃあ、この人数はいったい何なんだ?」

「ここに集まったのは俺のように貴族にいい感情を持たない連中だ。衛兵の全てがジンの敵では無いということを伝えたかったのと、ジンの考えを聞いておきたいと思ってな」


 敵対するつもりが無いと聞いて一安心だ、殺すのは簡単だが街中敵だらけというのは落ち着かないからな。この男、カルロスと名乗った衛兵は衛兵隊の部隊長ということだった。カルロスの話を聞く限りでは、衛兵たちも貴族には頭にきているが貴族相手に手出しは出来ない。そんな中貴族の中でも評判の悪かったあのネタ貴族を俺が殺したことで溜飲が下がったということらしい。


 立場上明確に俺の味方は出来ないが、敵対するつもりは無いということ。それと貴族の動きについてもある程度は教えてくれることになった。早速の情報としては、この街の領主であるロッシェ伯爵が俺を探しているらしいとのことだ。そのために騎士団を無理やり動かそうとして、騎士団ともめているらしい。一部の騎士は伯爵の指示に従ったが、騎士団長であるカーミラが越権行為であると正面から抗議したらしい。


 一部の騎士は伯爵の指示で俺を殺すか捕らえるかするために動いていると教えてくれたが、そいつらは【収納】の中で、もはや俺を捕えるどころか指一本動かすことも永遠にできない状態だ。結局今動いているのは伯爵だけのようだ、配下の貴族には手出しを禁じてまでいるらしい。


 これは非常に助かる情報だ、つまり伯爵を抑えることが出来ればこの街での俺の平和が保証されるかもしれないということなのだから。



 俺はカルロスに礼を言うとその場を後にし、冒険者ギルドに向かった。前回のように踏み倒される前に報酬を受け取るために。

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