第23話 覚悟

 前話のあらすじ。仁、依頼を受ける。


◆◆◆◆◆


つぶて!」


 魔の森の奥。以前狩った牛人間が高く売れるとジスラン達から聞いた俺は、今咥え煙草で大量確保に勤しんでいる。



 あのあと正式に依頼を受けたが、そもそも何体魔物を狩ったのかどうやって判断するのだろうと疑問に思った。だがそれは冒険者証の機能で賄えるらしい。どういう仕組みかは誰もよくわかっていないみたいだったが、倒した魔物が記録される機能が搭載されているようだ。


 具体的には今回のような討伐数の確認が必要な依頼の場合に、ごまかしが無いようにするための機能らしい。完全にオーパーツの気がするが、誰も疑問に思っていない様なのでそう云うものなのだろう。



 相変わらず牛人間は団体で現れるので非常に効率がいい。それに何となくだが以前よりも遭遇の頻度も上がっている気がする。これが溢れる前兆って奴なのかもしれないな。だが牛人間ばかり狩っているが、これで溢れを抑えることが出来るのだろうか? まあ具体的に狩る魔物は指定されなかったし、俺の知ったことでは無いな。


 1000体までなら報酬が受け取れる、1体50万で1000体で5億円程度になる、ボロい仕事だ。どうせならと狩りまくっているが、魔の森に入ってもうかなりの時間が経つ。朝から真面目に働いていたが、すでに陽も傾いている。さすがにこんなところで夜を過ごしたくは無い。



 娼館に戻ればいいのだが、魔物の返り血に濡れたままでは女達が怖がるかもしれない。とりあえず、この依頼が終わるまでは適当な宿にでも泊まるとするか。すでに半分近く目標は達成している、長くともあと二日もあれば十分だからな。


 とはいえ安宿に泊まるつもりは無い。臭い冒険者が立ち寄らない程度には高級な宿に泊まるつもりだ。だが、これが面倒ごとの引き金になるとは予想すらしていなかった。こんなことなら娼館に戻るのだったと、後になってから思うことになる……。




 その宿は貴族街の近く、どちらかと言えば貴族寄りの客相手の宿の様だった。貴族が利用することもあるし、貴族の親類や、貴族相手の商売人などが主な客層だった。もちろん俺はそんなことなど知るはずもなく、ただ清潔そうという理由だけで選んだんだがな。


「いらっしゃいませ…」


 俺を出迎えたのは、きっちりとした身なりをした男だった。だが魔物の血に塗れた俺の姿を見るなり眉を顰める。確かに場違いな気がするのは否めないし、断られれば別の宿を探すだけと俺は気にせず泊まれるか聞いてみる。


 

 意外なことにすんなりと泊めてもらえることになったが、すぐに部屋で血を洗い落としてほしいと言われたのは仕方が無いだろう。一泊食事付きで大銀貨一枚。貴族が使うのなら妥当か安いぐらいなのだろう。


 べつにこの宿に居続けるつもりもない。汚れと疲れを落とせれば十分、ついでに食事にありつければいいのだ。そう考えると高くついているのだが、臭い冒険者と出会わさないというためだから仕方がない。



 部屋で風呂を使いベッドに横になる。なんだかひとりでベッドに居るのは久しぶりな気がするな。毎晩どころか昼夜を問わずに同衾していたから、違和感が半端ない。何とはなしに煙草に火をつけるとぼんやりと考える。


 明日も継続して牛人間を狩る予定。少し飽きてきたのでもう少し奥に足を延ばしてもいい。高く売れる魔物がどれかわからないのは痛いが、なるべく多くの種類を狩れば良いものを引き当てるかもしれないしな。


 馬鹿みたいなステータスのおかげで、死ぬ心配はしなくてもいいだろう。もちろん油断する気はないが、今のところかすり傷一つ負っていないのだからしばらくは余裕だろう。何となく明日の予定を考えていると、腹が鳴る。


 たしか下の食堂で夕食が食べれたはず。念のため娼館で用意してくれていた、身ぎれいな服に着替えると食堂に向かうことにした。




「なんだこの食事は! 我を誰と心得ておるのだ!」


 食堂に入るなりうんざりさせられる、おそらく貴族だろう。従者達が背後にいる以外は貴族らしい点は無いが、妙な髪形の男が怒鳴り声をあげていたのだ。ボブカットなのだが、何故か両サイドを内巻きに巻いている。何となくトイレットペーパーの芯が耳の横にあるように見え思わず笑ってしまう。



「貴様! 今我を笑ったな! 不敬である! その首叩き切ってくれる!」


 何なのだろうか。確かに容姿で笑った俺が悪いのだが、その格好を笑うなというのは無理がある。内巻きの髪形にカイゼル髭が貧乏くさい顔に張り付いているのだ。内巻きの髪と無駄に立派なカイゼル髭の対比、それがヒョロヒョロの貧相な男に似合うわけがないのだ。これで笑うなというのは、ちょっと酷いんじゃないだろうか。


 だが見た目がネタの貴族の従者達は、俺を許すつもりは無いらしい。剣を抜き放ち俺を取り囲むように動く。ただ飯が食いたかっただけなのだが、何の因果でこうなるのだろうな。



「今なら面白いものを見せてもらった礼も兼ねて、無かったことにしてやるぞ」


 これから食事をする場所をこいつらの血で汚したくない。そう思った俺は譲歩案を提示してやるが、逆にそれが従者たちの怒りを買ったようだ。明らかに怒りの表情を浮かべて剣先を俺に向けてくる。



「つまりお前らは俺の敵だな」


 俺を取り囲む4人の従者。それに向けてつぶてを発動、当然の結果として額を穿たれた死体が四つ転がる。威力を抑えたので貫通はしていないようだ、そのおかげで床にはさほど血は広がっていない。



「貴様! いったい何をした! いや、それだけの力があるのなら我の配下に取り立ててやる、感謝するがいい。その無能たちの代わりに我の護衛をしろ」


 ネタ貴族は何をトチ狂ったのか、意味不明の言葉を俺に告げてくる。何で俺がお前の配下になるんだ? しかも感謝までするとか、全く理解できない。



「バカなのか? お前も俺の敵だろ? とっと死ぬか、どこかに行くか選べ」


 こんなのでも一応貴族のようだし、殺せば面倒ごとになるだろう。まあそれでも絡んでくるなら躊躇う理由は無いんだがな。


 そして、ネタ貴族は俺の視線にビビったのか、慌ててて食堂から逃げ去る。無駄な殺生をしなくてよかったと喜ぶべきなのか、禍根を残したと考えるべきなのか。とりあえずそんなことより腹が減ったので食事を頼む。


 宿の方も貴族関連のもめ事には慣れているのか、転がる死体を片付けると俺に食事を提供してくれた。その様子を見ると、何となく貴族がらみのもめ事というのは日常茶飯事なのかもと思うのだった。




 翌朝、寝起きから酷い後悔に襲われた。俺の泊まっていた部屋に胡散臭い男達が入り込みその奥には昨日のネタ貴族がドヤ顔で立っていたのだ。こうなると知っていたら、昨日の時点で息の根を止めていたのだが貴族との揉め事を避けようとした昨日の俺を怒鳴りつけてやりたい。


「子爵様に逆らったようだな。ここで死ぬか、大人しく付いてくるか。まあついて来ても無事に済むかは保証できんがな、はっはっはぁ」


 男たちのリーダーだろうか、そいつが寝起きの俺に向かってそんな戯言を馬鹿笑いしながらほざく。貴族に逆らうなというのがこの世界のルールなのだろうから、この男の態度も頷けないこともない。


 だとしても俺にはこの世界にきて、ずっと考えた末に決めた俺のルールがある。敵対する者は殺す、たとえそれが貴族であってもだ。この馬鹿げたステータスの理由は知らないし興味もないが力があるのなら、卑屈に身を潜めて暮らすこともない。虐殺や蹂躙するつもりもないが、俺に害意を向けるなら殺す。シンプルなルールだがこの世界のルールとは正面からぶつかり合うものだ。


 正直なところ、こんな世界に俺は来るつもりはなかった。唯一娼館暮らしは気に入っているが、それ以外は粗雑で不潔な冒険者達、文化レベルの低さなど挙げればきりのないほど不満があるのだ。そもそもあのなれなれしい声の自称神様とやらに嵌められた様なものなのだ、少なくとも俺の認識ではそうだ。馬鹿のような力があるのに何故こんな訳の分からない世界のルールに従う必要があるのか、それが俺の中でずっと引っかかっていたのだ。貴族が偉いから逆らうなと言われても、全くピンと来ない。孔を穿てば死ぬ、何一つ一般人と変わらない肩書だけの存在をそこまで恐れる理由など何一つないのだから。



 権力は確かに面倒だが、俺の頭のおかしいステータスと比べれば大したことではない。つまりこの世界のルールに従う理由など、俺には存在しないのだ。あえて言えばその後の対応が面倒くさいというだけ、それすら俺の自由と比べれば大したことでは無い。リスクとリターン、これが大きく傾かない限りは好きにさせてもらうと決めたのだ。



「つまりお前らは俺の敵ということでいいんだな。今ならそのネタ貴族の命と引き換えに見逃してやるぞ」


 貴族ともめれば後々面倒くさいことになるのかもしれないが、ここでこのネタ貴族の息の根を止めれば問題ない可能性もゼロではないと願いたい。貴族同士が仲良しこよしとは考えづらい、こいつを殺しても仇を取ろうとする貴族が居ない可能性もあるということだ。


 もちろん衛兵を向けられるかもしれないが、そうならばそうなったときと割り切るしかないだろうと腹をくくる。


 返事を待ちつつ考え込む俺を、貴族に恐れをなして固まっているとでも思っているのか、男たちはニヤニヤと不愉快な視線を俺に向けている。仕方ないと俺はため息をひとつつくと攻撃に転じた。



つぶて



 魔の森で魔物を狩り続けたおかげか、威力の調整も精度もかなり向上したようだ。皆きれいに額の中央に小指の先ほどの穴を開けて崩れ落ちていく。片付ける宿の者には手間を掛けさせるな、後でちょっと余分にチップでも渡してやるか。


 煙草に火をつけると、床に転がる邪魔な奴らを部屋の隅に蹴り転がす。最悪な目覚ましだったが、今日も魔物を狩りに行くとしようか。ネタ貴族のトイレットペーパーの芯のような髪に吸殻を放り込むと俺は部屋を後にした。朝飯を食い、チップを余分に払い魔の森に向かう。



 貴族を手にかけた。それがどれほどのことなのかなど、この時の俺が知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る