第22話 ギルドからの依頼

 前話のあらすじ。仁、ギルドに行く。


◆◆◆◆◆


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 頼む! 話だけでも聞いてくれ!」


 ギルドの扉をくぐろうとしていた俺の背後から、大声で呼び留める声が聞こえてくる。だがすでにギルドは俺の敵と認定済み、今更話をする気もない。何よりここは臭すぎるからな。そうして完全に無視して表に出た俺に、背後から駆け寄る奴がいる。おそらくさっきの大声の男だろうが、もうかかわる気もない。俺は足を止めることなくそのまま歩き出す。



「頼む! 俺の話を聞け! 少しでいいから」


 どこの虎と竜だと思いつつも、どうでもいいと無視し続ける。だが男は諦めるつもりは無いようだ。俺の正面に回り込みその場に手をついて頭を下げてきたのだ。


 考えてみて欲しい。それなりの人通りのある道で、いい大人を土下座させる若い男。どう考えてもこっちが悪者にしか見えないだろう。つまり土下座にかこつけたこちらに対する嫌がらせということだ。



「邪魔だ、ギルドとは今後一切かかわるつもりは無い。文句があるなら俺に喧嘩を打ったあの受付に言ってくれ。次に顔を出したら敵とみなす、当然容赦はしないからな」


 甘いと思いつつも、ここでこの男を殺せば完全に悪者確定。頭を下げたままの男を避けるように横を通ろうとした時だった。



「ここまで頭を下げてんだ、少しは話ぐらい聞いてくれ!」


 男は蹲ったまま俺の足首を掴むと、俺を睨みつけてきたのだ。どうやら頭を下げたのはポーズだけ。俺を油断させるのが目的だったのだろう。そしてここまでコケにされて俺が我慢する理由ももうなくなったということだ。



つぶて


 俺の足首を掴んでいた男の左手首が千切れ飛ぶ。俺は足を軽く振って未だに張り付いていた男の左手の先を振り払う。



「いってぇ! てめえ、何しやがる!」


 男が大声を上げるが、手首から先が吹き飛んだんだからそれも当然だろう。だが敵対行動をとっておいて反撃されたから怒るのには納得いかないな。何で俺が無抵抗で言いなりになると思ってるんだ?



「いい加減してくれ。先に手を出しておいて反撃されたら言いがかりか? 最後に選ばせてやる、俺に二度とかかわらないか、ここで死ぬかだ。3秒で返事をしろ。3、2…」


 喚き散らす男をゴミを見るような目で見降ろす。そして俺の正当性を確保するためにも、手間はかかるが最後通告はしてやる。




「ジンじゃないか? どうしたこんなところで?」


 だが男は命拾いしたようだ。何とも言えないタイミングでジスラン達3人が現れたのだ。




「昨日聞かせてもらった話でギルドに顔を出したんだが、以前の買取りは期限切れらしくて踏み倒された。ギルマスに会いたいと言うと予約が無いなら無理だと追い払われたってとこだ。追い払ったくせにこの男が追いかけてきて、土下座したと思わせて俺に手を出したから反撃した。

 まあこんな状況だ」


 俺の説明に3人は驚いた顔をするが、視線は地面に転がる男に向いている。



「ギルマス、今の話は本当か? 俺は言っておいたよな、ジンの力を借りたいならそれ相応の対応をしろって」

「はあ、これじゃあジンがキレるのも当たり前。協力は諦めたほうがいい」

「バカじゃないの?」


 どうやら3人はこの男を知っているようだが、口から出た言葉は辛らつなものだった。まあまさかこの男がギルドマスターとは俺も思わなかったが、これがトップならあの受付の女の態度にも頷けるな。



「頼む、手を貸してくれ! このままじゃモルブランの街が滅びるんだ!」


 だが男はまだあきらめていないようだ。もはや面倒でしかないし、ジスラン達に何とかしてもらうか。そう思ってジスラン達に視線を向ける。




「ギルマス、もう少し具体的な話はないのか? ジンも冒険者だ、依頼内容と報酬を明確にしないと耳を貸してもらえるはずもないだろう」

「手を貸せと言って、貸してもらえるほどの信頼関係は無いはず」

「だから、バカなんじゃないの?」


 ジスランはギルマスと呼ばれた男に助言をしてくれたようだ。確かに、話を聞けと言われただけだからな。後のふたりは相変わらず辛口だったが。



「魔の森の魔物の討伐依頼だ、このままでは近いうちに魔物が溢れる。頼む、力を貸してくれ!」


 依頼内容は分かったが報酬は提示されないな、と思っているとジスランも同じことを思ったようだ。



「それで報酬は? 魔物の討伐とは具体的に何体だ? そんな曖昧な話だと冒険者は依頼を受けないぞ」


 俺の言いたかったことをジスランはギルマスに告げてくれる。いい加減この無駄に時間のかかるやり取りに飽きてきたな。




「ジスランの言う通りだな、具体的な魔物の種類と数、報酬を提示しろ。話はそれからだ」

「魔物の種類は問わない、数は少なくとも100体。それ以上なら別に報酬の用意はある」


 俺の問いにギルマスは答えるが、やはり具体的な金額が出てこない。



「報酬はいくらなんだ? 魔物の買取りを踏み倒されているんだ、納得できる額でなければ話にならんぞ」

「買取の件は何とかする、この後買い取った分は全額支払う。だから引き受けてくれないか」


 こいつは馬鹿なんだろうか? 報酬額を聞いてるのに踏み倒した金を払うとは、ひょっとしてそれを報酬というつもりなのか?



「魔物100体の討伐の報酬額を聞いているんだ。わかっているか? お前らギルドの連中は既に信頼を失ってることを」

「わかった…、金貨2枚。100体を超えた分は一体につき銀貨1枚でどうだ」


 ざっくり2百万、追加は一体1万ってとこか。確か前に見た感じでは複数人で何とか魔物一体倒すのが何とかだったはず。それを100体も倒させておいて、たった200万は安すぎないか?



「ギルマス、ふざけているのか? 魔の森の魔物を100体も討伐した報酬がたった金貨2枚なんてありえないだろ。しかも今は緊急時というならその100倍は提示すべきだろう」


 俺と男とのやり取りにジスランがフォローを入れてくれる。確かに街に被害が発生する事を考えれば、その程度の額で防げるのなら安いものだろう。



「無理だ、ギルドにはもう金が無いんだ。冒険者を勧誘するのに大量の資金を突っ込んでしまったからな」


 こいつは真正の馬鹿だな。大金を積んで呼び寄せた冒険者は酒場で飲んだくれていたんだから。戦力として呼んだのなら魔の森に向かわせるべきだし、戦力不足なら訓練させるべきだろうにこいつは何もしていない。それで金が無いから俺に支払う金が無いと言われて俺が納得すると思っているのだろうか?



「なら話は終わりだ、俺がそんなはした金で働く理由は無いからな」

「そんなこと言わずに頼む。魔物が溢れたらあんたも困るんだろ?」


 こいつはどうしても俺を安く使いたいらしいな。確かに街が魔物に蹂躙されるのは困るが、それはヒルダの店が被害に遭うのが嫌というだけ。それ以外がどうなろうと俺の知ったことでは無いし、そもそもそのためのギルドだし騎士団なのだから。



「そもそも魔物の討伐はあんたのギルドの仕事だろ? それを丸投げした上に金をケチろうとするのが間違ってるんじゃないか?」

「わ、わかった。報酬は魔物1体大銀貨5枚、ただし上限は1000体とさせてくれ」


 となると100体で、大体5千万か? さっきよりはましだが俺には相場が分からない。ジスランに確認の意味を込めて視線を送る。



「まあ、それならギリギリ妥当な範囲だな。当然魔物の買取りは別だよな?」


 なるほど、討伐報酬と魔物の死体の買取りは別なんだな。つまり倒した魔物を持って帰ればそれは別途ボーナスということになるのだろう。だが、大量だとかなんとかで買いたたかれる可能性もあるか。



「あ、ああ。もちろん魔物は別に買い取らせてもらう」

「それじゃあさっさと戻って正式な依頼書にするんだな。もたもたしてたらジンの気が変わるぞ」


 慌てて返事をした男に、ジスランは追い打ちをかけるように急かせる。ジスランも俺と同じことを考えているようだな。


 男は千切れ飛んだ手首から先を拾うと、慌ててギルド駆け戻っていく。その姿を俺たち4人は何とも言えない表情で眺めていた。




「ジンが聞きたいのは、魔物の買取りが他でできないかだろ?」


 男の姿が見えなくなるとジスランが口を開く。やはり俺と同じことを考えていたようだな。



「ああ、さっきの様子じゃまた買取でごまかすのは目に見えている。ギルド以外で買い取ってくれる場所が知りたい」


 そういった俺にジスラン達は微笑みながら、色々と魔物の買取りについて教えてくれた。


 そもそもギルドでは冒険者の狩ったどんな魔物でも買い取りをしてくれるそうだ。これは冒険者の救済の意味もあり、低ランクでも報酬以外に魔物の買取り額が貰えるおかげで暮らしていける。そのかわり魔物の買取り額は他の店よりも低めに抑えられているらしい。


 そうなるとランクが上がれば他の店に売りそうなものだが、低ランクの時に世話になっていた以上はなかなか心情的に難しい。それにわざわざ魔物の死体を運びまわるのも面倒という理由もある。


 つまりギルドに何の恩もなく、それどころか嫌な思いしかさせられていない俺が他の店に売りに行くことは何の問題もないということだ。



「だがギルマスのあの様子だと、ジンの狩ってきた魔物を売り払う利益も込みで報酬を提示していると思うぞ」


 ニヤリと笑いながらジスランは俺に言う。まああの男がどう考えようとあの男の自由、そして俺がどこに売り払うかは俺の自由ということだ。



「やっぱり、バカだったね」


 最後のセリアの言葉が、俺達の思いを見事にまとめていた。

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