第21話 嫌なことははっきり伝えるべきだよな

 前話のあらすじ。色々面倒くさそう。


◆◆◆◆◆


 娼館の営業が再開されたのは、カーミラとの対話からひと月ほど経った頃だった。それまでは移転せずに済んだことに対する感謝ということで、店の女達勢ぞろいでのが連日繰り広げられ続けた。まあ俺自身が何かしたわけじゃないが、喜んでくれてるならその礼を拒否する理由もないからな。


 目に映るものは全て肌色、常時淫靡な香りに塗れた爛れ切った生活。合間に酒を飲み、煙草を燻らせ、そしてまた肌色の中に身を躍らせる。もはや時間の感覚など当に消え失せ、ただただ肉欲に溺れる怠惰な日々が続いていたのだった。



 ようやく街が落ち着いてきたという報告を受けて、営業再開の目途が立ったのは良いことなのだが女達が元の生活に戻れるようになるまで、幾日かかかったのは仕方ないんだろうな。




 まあそういうわけで、営業が再開されたが客足が今ひとつらしい。一応客という体の俺にとってはどうでもいいのだが、ヒルダの顔色が優れないのが多少気になる。とはいえ俺が客引きするわけにもいかないし、どうしようもないんだがな。



 聞いたところによると、もともと冒険者の中でも高ランクの者が対象の店。そして現在その高ランクがほとんどいないということらしい。だからと言って値段を下げれば客の質もがた落ちするのは明らか。店の女を大事にするヒルダがそんな選択を採るわけもない。


 結局は冒険者達にしっかり稼いでもらって、店に金を落としてもらうしかないのだ。実際冒険者の数も回復していると聞いている。冒険者の不足を解消するために。他の街などからモルブランの街に冒険者を勧誘しているようなのだ。しかし優秀な冒険者がそうゴロゴロいるわけもない。つまりは頭数だけ揃えたということ、低ランクではあの森の魔物は狩れないだろうから、無駄に無能が増えただけということになる。



 今のところ騎士団と連携することで、魔の森の間引きは何とか間に合っているようだが、いつまでも騎士団が連携しているわけもない。もともと魔物の相手は騎士団の仕事ではないのだから。つまり冒険者ギルドとしては、低ランクの連中の成長に期待しているといったところか? まあ俺の知ったことでは無いが、あまりにも希望的な見通しの計画には不安しかないな。




 まあそういうわけで、営業が再開したと言っても何一つ俺の暮らしには影響は無かったということだ。



◆◆◆◆◆




「ジン様にお客様よ。ジスランと言えばわかるって言ってたけど、お知り合い?」


 普段通りソファにだらしなく腰かけて煙草を咥える俺に声がかかる。声を掛けてきたのはエルマ、最初に店に来た時に付いたうちのひとりだったはずだ。ジスランが娼館に顔を出したことに驚いたが、まさか3人そろってきてないだろうな。


 エルマに知り合いと伝え、ここに呼んでもらう様に頼む。この街で唯一といっていいまともな知り合いのひとりだし、気を遣うような相手でもない。


 ほとんど待つこともなく、エルマの案内でジスランがやって来た。さすがにセリアは連れてこなかったのかジスランひとりだけである。



「久しぶりだな。この前は色々と世話になったな、ありがとう助かったよ」

「気にするな、世話と言ってもギルドに伝言したぐらいだしな。それよりギルドにあれから顔を出してないだろ? 買い取りの金を早く取りに来いって言ってたぞ」


 以前の衛兵との騒ぎの時のことの礼を言うと、ジスランも気にするなと軽く返してくれる。しかし買取のことはすっかり忘れてたな。はした金だが、魔物の相場は知っておきたい。



「それなら明日にでも顔を出してみるかな。折角会えたんだし、今日はゆっくり酒でも飲もう」


 ジスランを席に誘うが、残念そうな表情を浮かべてジスランは首を振る。


「せっかくの誘いだから是非とは思うんだがな…。ちょっと面倒な話が上がってきたんでジンの耳にも入れておいてやろうと思って来ただけなんだよ」


 なにやら嫌な話の流れになってきたな。ジスランのせいではないが、面倒ごとはもう勘弁してほしい。そんな思いが表情に出たのか、ジスランは俺の向かいに腰を下ろして話始めた。



 どうやら思っていた以上に冒険者不足が深刻なようだ。新たに勧誘した連中は腕が未熟過ぎて魔の森では全く役に立たないらしい。数で勝負するつもりだったギルドマスターも、その結果に頭を抱えているそうだ。まあそこまでは大変だとは思うが、完全に他人事だった。


 以前大量の魔物を買い取りに出した俺が、知らないうちに当てにされているというのがジスランの伝えたかったことだったのだ。単独の狩りにもかかわらず異常な数の魔物を狩ってきた俺が居れば、今の状況を何とかできるはず。というのがギルドマスターの思惑らしい。



「それで? いくら出すとか言ってたか? ただ働きはするつもりは無いし、俺を指名しての依頼となればそれなりの額は提示してくれてるんだろ?」


 正直金はどうでもいいが、俺を当てにしているが金は出したくないなどという目も当てられない状況は避けたい。だがジスランの表情からは悪いほうの予想が当たっているようだ。



「正確な話を聞いたわけじゃないのは先に言っておく。ただ今のギルドは冒険者の勧誘で金が足りないらしいんだ。だからジンに対しても魔物の買取り額以上の支払いは難しいんじゃないかと思うぞ」

「なんだそれ? 無能を集めるのに金を使ったから、タダで俺になんとかしてくれって言ってるってことか?」


 ジスランには悪いが、都合のいいように使われる気など無い。正義の味方や、物語の勇者なら困ってれば無償で手助けするんだろうが、あいにく俺は正義の味方でも勇者でもない。


「まあこれ以上ジスランに言っても仕方ないな。こういうのは直接本人と会話するべきだしな。悪いな、せっかく来てもらったのに」

「いや、ジンの言い分がもっともなんだ。俺たち冒険者を駒のように使おうって話を漏れ聞いたから、当事者のジンには早い目に伝えておきたかったのさ」


 ジスランは気にした様子もなく笑顔で俺に伝える。ほんと良い奴だよな、ジスランが困ってるなら無償で手伝ってやってもいいと思えてくる。



 その後はお互いの近況報告程度、ジスランも軽く飲む程度で娼館を後にしていった。





「面倒だよな…、俺としてはずっとここでのんびりしてたいんだがな…」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわねジン様」


 ジスランが立ち去った席を見つめながらつぶやいた独り言に、背後から返事が返ってくる。振り返るまでもなくヒルダなのはすぐにわかった。そしてするりと俺の横に座り密着してきたのは予想通りのヒルダだった。


 ヒルダの分も酒を頼むと、もういつも通り。もう無意識と言っていい程にお互いの体に触れ合いながら、まったりとした時間が流れ出す。だが、今日はさっきのジスランの話が俺の動きを躊躇わせていたようだ。



「どうしたの? 愚痴ぐらいなら聞くわよ」


 当然のように俺の様子の変化に気付いたヒルダは、優しく俺の腕を取ってくる。まあこういうのは誰かに吐き出したら楽になるって言うからな。折角のヒルダの厚意を無にするのも悪いと、さっきのジスランとの話をヒルダに聞いてもらうことにした。




「酷い話ね。そのギルドマスターの失敗をジン様に押し付けようとしてるって事でしょ? それなのに対価は無いなんてありえないわ、ジン様が危険な目に遭う必要もないんだし断っちゃえばいいのよ!」


 ヒルダは流石だよな、俺の気持ちを正確に読み取って俺の代わりに怒ってくれる。


「そうだな。面倒ごとはさっさと終わらすに限る、明日にでもギルドに顔を出してみるよ」


 俺は愛しさに任せてヒルダを抱き寄せると、そのままヒルダを押し倒したのだった。





 意図せず結果的には俺が動けるようになったのは翌日の昼過ぎだった。まああの後、部屋でしっぽりしてたんだがな。


 甲斐甲斐しく食事の世話をしてくれたヒルダに手を振ると、俺は娼館を後にしてギルドに向かうことにした。




◆◆◆◆◆




 ギルドは以前にもまして喧騒に包まれている。外から覗いた限りでは酒場のあたりに人がたむろして大騒ぎしているようだ。


 俺はため息をひとつついて、ギルドに足を踏み入れる。既に入る前から異臭が立ち込めているのだ、いきなりやる気が削がれたのも仕方ないだろう。



 そして前回と同じ状況…。ここは馬鹿の養成所かなんかなのか? 見るからに不潔な口の臭い男が俺に向かってがなり立てる。そしてそれを取り囲みながら歓声を上げる馬鹿達。


 もういいよな。これ以上はこの臭いに耐えられそうにない。


つぶて


 久しぶりに放った魔法は、目にも止まらぬ速さで不潔な口の臭い男の額に穴を開ける。


 突然額から血を流し崩れ落ちる口の臭い男。その様子を見た馬鹿達は声もなく黙り込む。俺はそんな馬鹿達をぐるりと見渡すが、誰も俺と目を合わせようとする者はいなかった。




「ギルマスを呼んでくれ、それと以前頼んだ買取金も頼む」


 俺は冒険者の登録証を出しながら、受付の女に声をかける。だが女は俺にいきなり怒鳴りかかってきた。



「いったいなんなの!? ギルドマスターがどれだけ大変な思いをして冒険者を集めたと思ってるのよ! それを簡単に殺すなんて!」


 なんなんだここは。冒険者同士のもめ事は自己責任じゃないのか? いきなり不潔な男に絡まれた俺が何で怒鳴られるのか意味が分からん。



「殺される覚悟も無しに絡んでくる奴が悪いんじゃないのか? それに冒険者同士のもめ事にはギルドは不干渉じゃないのか? いいからお前も仕事をしろよ」


 仕事も出来ない女に催促する。だが女は俺の登録証と買取の控えをさっと確認しただけで不機嫌そうな声で俺に答えた。



「買取金に関しては既に期限を過ぎていますので、お支払いできません。ギルドマスターへは面会予約されてますか? されていない場合はお会いする事は出来ません、お引き取りを」


 そう言って女は俺の目の前で買取の控えを、ニヤリと微笑みながら引き裂きやがった。たしかあの控えには期限なんか書かれていなかったはずだし、そもそもそんなルールがあること自体説明されていない。悪質な詐欺と言っていいうえに、その証拠を目の前で破り捨てる。もう俺に喧嘩を売っていると思って間違いないよな。


 受付に居るということはギルドの顔も同然。それが俺に喧嘩を打ったということは、ギルド自体が俺の敵ということ。俺としても面倒ごとになりそうだから顔を出しただけ、ギルドの方から距離を取ってくれると言うならもうここには用は無い。



「そうか、ではもう二度と顔を出すことは無い。その代わりギルドも今後一切俺にかまうな、絡んできたら容赦なく殺す」


 想像以上に俺の対応が激しかったのだろう、顔色を変えて怯える女を無視して俺は踵を返す。魔物の買取価格が分からなかったのは残念だが、ここ以外にも買取してくれる店ぐらいあるだろう。これでこんな臭い場所にわざわざ好んでくる理由もなくなったな。




「ちょ、ちょっと待ってくれ! 頼む! 話だけでも聞いてくれ!」


 しかし、ギルドの扉をくぐろうとしていた俺の背後から大声が聞こえてきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る