第19話 とりあえずは一件落着?

前話のあらすじ。カーミラに呆れる。


◆◆◆◆◆


 煙草が5本程度吸い殻になった頃、ようやくカーミラの部下の騎士が戻ってきた。そしてこの部屋にいるだけでも違和感しかない俺が、ソファで酒を片手にくつろいでいる姿に驚いている。だが俺の存在は無視することに決めたようである。俺などいないかのように次々と報告を上げる騎士達。その姿だけ見れば無能には見えないが、上司が無能だとダメダメないい例なのかもしれないな。


 さらに煙草を吸って、グラスが空いたころには騎士たちは部屋から消えていた。絡んできそうな馬鹿もいないので、カーミラを手招きして集まった情報をテーブルに並べさせる。




「やはりな…。中毒者が発生している場所は複数個所だが、特定の場所に絞り込めるな」


 地図に打たれた中毒者の発生場所のマークは、いくつかのまとまりとなって地図上に示されている。そしてその全ての中心に水くみ場、すなわち井戸が存在していたのだ。カーミラたちが目を付けた薬品店もそのあたりに固まっていたが、もう一歩情報が足りなかったようだ。



「ここまで情報が整理されたらわかるだろう? このいくつかの井戸が怪しいって事が。薬品店を封鎖しても中毒者の発生が収まらないって事は、この井戸にクスリがまだ放り込まれ続けてる可能性が高い。つまりここを監視して井戸に何か放り込む奴がいたら犯人、もしくは犯人につながる人間だな。わかってると思うが、井戸に注目していることを悟らせるなよ。監視は見つからないように、相手の油断を誘うんだな」


 俺の言葉に目を見開いて驚くカーミラ。こういった情報の整理自体やった事が無いのだろうから、驚くのも仕方がないか。この世界の人間でデータの重要性に気が付いている奴がどれだけいるかすら疑問なのだから。



「ちょっと待って、何がどうなったらこんなことが出来るの? 騎士団と衛兵たちが聞き出した情報だと、薬品が怪しいとしかわからなかったのよ。それがこんな短時間で原因を特定させるなんて、この目で見ていたのに信じられない…」


 カーミラはまだ呆然と地図を眺めている。だがさすがにここまで情報が整理されれば、今後はまともに動けるだろう。それに俺もこれ以上口を出すつもりもない、何より面倒くさいからな。



「それと街の食料はどうなってる? 人口は減ったが、商人も減ったはずだ。そう遠くないうちに食料が尽きるだろうが、手は打ってるのか?」


 もうひとつ気になっていた点。ヒルダが移転を決めるきっかけとなった食料問題の状況確認だ。今までの様子を見るかぎりこちらも無策という可能性もある。



「糧食の確保はすでに動いている。騎士団だけでなく街の住民の分もだ。補給は騎士団として欠かすことのできない重要任務だからな」


 ようやく自分でも理解できる話題になったためか、何となくドヤ顔で応えるカーミラがうっとおしい。まあさすがに軍を率いる地位にいるのだから、補給の重要性ぐらいは認識していたようだが、そこまで偉そうな顔をするほどの話ではないだろうに。




「知りたい情報は手に入ったし、打てる手は打った。じゃあ俺はこれで帰らせてもらう」


「ちょっと待って。何故私に手を貸してくれた? 貴方は完全に敵になったと思っていたのだが?」


 やることも終えたし長居をする理由もないと、帰ろうとした俺にカーミラが問いかける。確かに前回はカーミラの四肢をちぎり飛ばした上に、首筋に剣を当てて殺す直前までいった関係だから不審に思うのも当然か。




「別にお前に手を貸したわけじゃない、いつまでも街が騒がしいと落ち着かないからな。とっととケリを付けたかっただけだ」


「私は貴方をどう扱えばいい? 配下にしたいと一度は望んだが、それは無理だと諦めている。だが、それだけの力と才を放置するのは、あまりにももったいなさすぎる。今後は友好関係を結ぶことは出来ないか?」


 どうも今回の件でカーミラは調子に乗っているようだ。初対面での俺への扱いを無かったことにして協力関係など、笑い話にしてもたちが悪い。



「断る、前にも言ったが俺に関わるな。近づいてくれば敵として容赦なく殺す。それだけのことをお前は最初にやらかしてることを忘れるな」


 馬鹿らしくて怒る気にもなれず、淡々とカーミラに答えてやる。人を駒扱いしようとして、言うことを聞かなければ力づく。平民相手なら何をしても良いと考えている奴などと、どうやっても仲良くなれる気がしないし、そもそも仲良くなる気など欠片もないのだから。



「ではせめて、この街の危機の際には協力してくれないか」


 だがカーミラも簡単にあきらめる気は無いようだ。まあこの街が滅ぶようなことがあれば俺も面倒だ。仲良くやるつもりは無いが、こいつらだけに任せるのも不安は残るよな。



「まあ、気が向いたらな」


 カーミラに背を向けながら片手を上げつつ返事をしてやる。そしてまだ何か言おうとするカーミラを放置して俺は、カーミラの部屋を後にした。




◆◆◆◆◆




「じゃあ、街を出なくてもいいのね! ありがとう、ジン様!」


 娼館に戻りカーミラとのやり取りを伝えると、ヒルダは俺に抱き付いてきた。その目にはうっすらと涙が浮かぶ。やはりここを手放して別の土地に行くというのは、ヒルダにしても辛い選択だったのだろう。


 まあここまで喜んでくれたなら、わざわざカーミラのところに顔を出した甲斐もあるってもんだな。あそこまで無能とは思ってもみなかったから大分疲れたが、ヒルダの顔を見ればそれももうどうでも良くなる。



 その後は、まあ想像通り。店の女総出で、乱交パーティーが数日間ぶっ通しで繰り広げられたとだけ言っておこう。スキルはいい仕事をしたと付け加えておく。



◆◆◆◆◆




「それで? 捕縛した奴は帝国の者だったのは間違いないのね?」


 私はあの煙の出る男に言われるまま騎士団を動かし、無事に今回のクスリ騒動の犯人を確保した。結果は帝国からの工作だったのは、ある程度は想定通り。だが今回の騒動に乗じた帝国の動きが無いのが気になる。


 王都からの連絡によれば、モルブランの街だけでなくブルイール王国内の各地で似たような騒動が発生していた。他の街もここと同様に甚大な被害を出しており、王国の戦力は激減していると言ってもよい状態なのだ。にもかかわらず帝国からの侵攻の報は無い。



「結局帝国は何がしたかったのだ? ここまで王国の力を削いでおきながら、何故侵攻してこない?」


 部下の騎士に疑念をぶつけても仕方が無いと判りつつも、それを止めることが出来ない。それほどに異常な状況、今侵攻されれば確実に国土の何割かは失うのは確実だというのに帝国は動かない。


 それは今回の件がまだ終わっていないことを示唆するのではないか。そんな恐ろしい予想を思い浮かばせるのに十分な状況。騎士団団長の立場としては決して口には出せないが、不安は頭から離れることは無い。



 あの男に相談できればいいが、こちらからの接触は完全に拒否されているしな。無理に近づけば部下を無駄に失うだけ、何か良い方法は無いか考える必要があるな。騎士団では対応しきれない事態も容易に想定できる今、私には正直荷が重すぎる。


 今回の件で自分の能力の無さは身に染みて理解した。軍としての行動ならばそれなり以上にできる自信はあるが、事件の捜査や外交が絡む問題など私の手に負えない。しかし王都にそのような報告を上げれば降格で済めば良し、下手をすれば処分の対象になりかねない。


 いずれにせよ権力抗争にしか興味のない貴族連中の格好の餌になるだけで、改善策が提示されることも有能な者が派遣されることもあり得ないだろうからな。




 気が重いがあの恐ろしい男の力にすがるしかない。結局思い悩んだ結論は、さらに私の心を重くするだけであった。




◆◆◆◆◆




 人口の半減したモルブランの街。ただの交易の地であれば、長い目で見た回復を待つのも許されるのだろう。だが、ここは魔物の溢れる魔の森がそばにあるのだ。そして魔物の討伐を主に受け持つ冒険者ギルドのマスターであるアルマンドは、この状況に頭を抱えていたのだった。



「ヴィアーナ、最近の魔の森の討伐状況を教えてくれるか?」


 秘書的な役割を受け持つヴィアーナが持ってきた資料からは、明らかに魔物の討伐数が大きく減少していることが読み取れる。つまりクスリ騒動により魔物が討伐されていない、それは魔物が溢れる危険性が高いことを示しているのだ。


 魔物が溢れる。それは魔の森に生息する魔物達が森から出ることを意味する。森から出る魔物の数は、少なくとも数百。下手をすれば数千を超える可能性もある。その大量の魔物が腹を空かせて森から溢れ出てくるのだ。隣接するこの街が無事であるなどあり得ない、場合によっては街の壊滅すら視野に入れておく必要があるのだ。


 魔物の討伐が冒険者ギルドに期待される役割である以上は、魔物が溢れればその責任の所在のほとんどが冒険者ギルドに向けられる。それはギルドの信頼を失いかねない事態、大陸に展開される冒険者ギルドにとっては決してあってはならない事態であるのだ。



「このままの状況だと、いつごろまで持つと思う? 大幅に減った冒険者の補充が間に合えばいいんだがな……」


 アルマンドも何もしていないわけではない。ギルドを通して冒険者をこの街に集めるよう手は打ってはいる。しかし王国内の各地もモルブランと似たような状況、ここに派遣するほど冒険者は余ってはいないのだ。補充が間に合うのが先か、魔物が溢れるのが先か。そのことを考えるだけでアルマンドの胃はシクシクと痛み出す。




「そういや、以前大量に魔物を狩ったルーキーが居たよな……。この状況だ、生き残ってても街は出てるんだろうな……」


 アルマンドの悩みは尽きそうにない。そのルーキーがすぐそばの娼館で良い運動をしていることを知ることもなく……。




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 読んでいただきありがとうございます。第二部完了まで漕ぎつけました。

 続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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