第18話 情報収集
前話のあらすじ。ジンさらにやりまくる。
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店を移転すると聞いた日は結局何も決まらなかった。もちろん俺とヒルダが一日中愛し合っていたのが原因だ。一番の懸念点である食糧だが、即日供給が止まるというわけでもないらしくまだ余裕はあるようだ。だがヒルダはそうなる前にこの街を離れようと考えている。食料不足による騒動に巻き込まれるのを避けるという事もあるが、クスリの中毒者が未だに完全に消えないという状況を畏れていたのだ。
混乱が起きれば娼館の女達のような弱者が最初に狙われる。普段は善良な者でも狂乱に巻き込まれれば、平気で悪事に手を染めるということをわかっているのだろう。つまりはこの店の女達を守るためというのが目的としては一番なのだ。
俺からすればこの店が無くなるのは痛いが、良くしてくれているとはいえただの客に過ぎない。店のオーナーの決定に異を唱えるなど論外だ。とはいえ何かできることもあるはずと、情報を集め束ねている店の男と話をさせてもらえるよう頼んでみた。
「つまり騎士団やギルドの上層部は、今回の件の情報を秘匿しているという事か?」
男の話によると、未だにクスリの流通経路は明らかになっていないようだ。わずかではあるが捕縛に成功した中毒者がいるにもかかわらずだ。つまりクスリとして流通経路には乗っていない、知らず知らずのうちに摂取していたという事か。
これぐらいのことはさすがに誰でも気が付くはず、そして今回の件の対応の中心である騎士団、そしてそれに協力するギルドの上層部には、目の前の男以上の情報があり、何故か秘匿されているということなのだろう。
つまり、その情報が表ざたになるとまずいということ。身近な品に混入されている可能性が高いということか。具体的なものはわからないが、そう外してはいないはずだ。
「それで騎士団の動きはどうなっている?」
その秘匿した情報をもとにどのような指示が出されているかで、ある程度は推測できるはずだ。そして男の答えは俺の予想どおりであった。
中毒者の発生が治まってきたということもあり、捕縛や討伐は冒険者への依頼で対応しているらしい。その間騎士団は中毒者の治療と、騎士団と冒険者の負傷者の治療のためという名目で、街の中の薬品店をしらみつぶしに回っているということだった。
つまりはその薬品店で取り扱う品にクスリが混入されたということだろう。そしてどこで誰が混入したかを調査するために騎士団は動いているということだ。それにしてもとんでもないことをしてくれる。薬ならば老若男女問わず利用するものだし、そこに怪しいクスリが混入しているなどと疑う者もいるまい。そしてその結果が今のモルブランの状況、仕掛けたやつは笑いが止まらないんだろうな。
まあ街がどうこうは騎士団の仕事だし、俺にしてみればどうでもいい。気になるのはこの店での薬の入手経路だ。男に尋ねると昔から懇意にしている薬師から、様々な品を一括で購入しているとのことだった。おそらくそのおかげでここでの中毒者の発生は防げたのだろうな。
念のため後で店の薬については確認させてもらう。鑑定を使えば混入物の有無程度なら簡単に確認できるだろうからな。
男からのめぼしい情報はこれぐらいであった。元の世界と比べるのがそもそもおかしいのだから、進展としては妥当なのだろう。科学調査や捜査のマニュアルなどもないのだから仕方がない。
俺としては欲しい情報は手に入った。後は騎士団任せになるのだろうが、そうなると解決までどれだけかかるんだろうな。街がどうなろうと知ったことじゃないが、俺が気にしているのはヒルダのことだ。
店の移転を切り出した時のヒルダの様子は辛そうだった。隠していたのだろうが、あの後の情事から俺はヒルダの哀しみに気が付いてしまっていた。ヒルダのためならちょっとぐらい動いてやってもいいかという気になっているのだ。
とはいえ騎士団を押しのけて俺が指揮をとれるわけもないし、そこまで出しゃばるつもりもない。今回の件のポイントは2つ。1つはクスリの混入経路、もう1つは目的だ。
混入経路については騎士団がそろそろ掴んでいるだろう。あの女団長がよほどの無能でない限りはだがな。
問題は目的だ。混入経路が分かれば犯人の特定もできる可能性もある。だが以前ジスラン達から今回の件の裏に居ると、帝国の名が挙がっていたのが気になる。噂通り帝国が裏に居るなら、単純に戦争準備なのだろうか。
他の場所がどうなっているのかという情報は今のところない。メディアが存在しないといっていい世界だ、情報は人づての伝達のみ。そして人の流れの止まったこの街では他の地域の情報が入ってくることは無いのだ。
結局、騎士団で話を聞くのが一番早そうだな。食料の移送もやってるようだし、多少の情報は持っていると期待していいはずだ。あの女団長に会うのは億劫だが、ヒルダのためだと考えれば耐えられないこともないはずだ。
そして久しぶりに俺は外に出ることにしたのだった。
◆◆◆◆◆
「あぁ! 太陽がまぶしいな…」
ひと月以上ぶりの外出。引きこもりが板についてきた俺にとって、太陽の日差しは眩し過ぎる。運動は毎日欠かさず行っていたので、体力的には問題は無い。まああれを運動といってよいかは別の話だがな。
ヒルダ達には気分転換に散歩してくると伝えている。目的地は騎士団の宿舎だが、正直に伝えることは無いだろう。それに街の様子もこの目で見ておきたい。
まずは街の様子をと思って適当に歩くが見事に人が見当たらない。普段であれば行き交う馬車や、それなりの人々が歩いているはずが、閑散としているのだ。店もほとんどが閉まっており、食料品などの必需品を扱う店が点々と店を開いているだけ。その店すらも客の姿は見当たらない。
適当に目についたパン屋に入ってみることにする。商品は普通に並んでおり、まだ食料の供給が制限されているようには見えない。だが店員が俺を見る目に恐怖が感じられるのは、仕方がないのだろう。
「なあ、もしよければ全部買わせてもらうが構わないか?」
なるべく怖がらせないように穏やかな声で店員に話かける。それなりの数の商品が売れ残れば店としてももったいないし、俺としても今後のことを考えると食料は多いに越したことはない。
「はい、大丈夫ですよ。というかそうしてもらえると助かります。」
俺の様子を見て中毒者ではないと判断したのだろうか、普通に対応してくれる。店員としては早々に売り切れてくれればその分早く店が閉めれる、つまり被害にあう可能性が減るということなのだろう。手慣れた様子でパンをどんどん袋に詰めていってくれる。
結局全てのパンは俺が買い占めた。ひたすら袋詰めする店員と話してみると、まだ食料供給の制限は無いらしいがいずれ制限される可能性は感じているようだ。そのため普段よりは少なめのパンしか焼いていないらしい。おそらく近辺の店も同様だと思うということだが、直接確認したわけではないようだ。まあこの状況で出歩こうとは思わないだろうから仕方がないな。
そういう事ならとめぼしい店に手当たり次第に入って、食料を買い占めて回る。金にはまだまだ余裕があるし、俺には収納があるからな。どの店も早々に売り切れたことで喜んでくれたようだし、Win-Winと言っていいだろう。結局目についた開いている店から根こそぎ購入することになった。
騎士団の宿舎は閑散としていた。騎士たちは街中の薬品店を確認して回っているのだろう。下っ端の騎士になどそもそも用は無いので、以前入った立派な建物に足を向ける。こちらも静まり返っていたが、気にすることなくカーミラのいた部屋に向かう。
一応ノックしてみると返事が返ってきたのでそのまま部屋に入った。
「きさ、いや貴方は。何の用だ、ですか?」
部屋にはカ-ミラひとり、いきなり現れた俺にどう対応すべきか慌てふためいているようなのが笑える。この間は貴族だからと偉そうな口を叩いていたが、殺されかけたのが応えたのだろうな。
「情報がいる。クスリの件について知っていることを教えろ」
顔見知りではあるが、友好的な関係でもない。挨拶も抜きにいきなり本題に入る。カーミラもある程度は予想がついていたのだろう、いまこの街で最もホットな話題なのは間違いなからな。
「現時点でまだ中毒者の発生は収まったという報告は無い。出所は不明、流通経路も不明。こちらで持っている情報はこれぐらいだ、失望しただろう?」
自嘲気味に笑うカーミラ。どうやら完全に行き詰っているようだ。薬屋を当たっていると聞いていたが、そこからはアタリは引けなかったようだな。
「中毒者の発生地点、常用していた薬以外にも頻繁に口にしていたもの、発生時期に遡って何か無かったか。その辺はどうなってる?」
俺の問いにカーミラはびっくりしたような顔をしている。これは何もやってなかったって事か? この世界に捜査マニュアルなど無いのは当然だろうが、ノウハウ的なものも無いとは想定外だったな。
「はぁ…、とりあえずこの街の地図に中毒者の発生地点をマークしろ。それからそいつらが普段よく口にしていたものも調べ上げるんだ。だが…、いくら無能でもこれだけ調査して何も出てこないのは違和感があるな…。あわせて水源も対象に入れるんだ、ひょっとすると井戸に何か放り込まれたのかもしれん」
驚いたままのカーミラに畳みかけるように指示を出す。当然俺にそんな権利は無いのだが、何故かカーミラは素直に従うようだ。ひょっとするともう打つ手が尽きていたのかもしれないな。
部下を呼び俺の指示をそのまま伝えるカーミラ。部屋に入ってきた騎士たちは胡乱な目で俺を見るが、カーミラがいるからか何も言ってはこなかった。そして指示を出し終えたカーミラは手持無沙汰に俺を見つめてくる。
「いったい何者なんだ? 平民の被害者から情報を得るなど考えもしなかった。それに井戸が怪しいとはどういうことだ?」
カーミラの質問に俺は頭を抱えそうになる。こんなのがトップに居たのなら事態が収拾するわけがない。無能なうえに偏見の塊、考えることが出来ないこんな上司を持つ騎士団の連中が憐れに思えてくる。
「ちょっとは考えることを覚えろ。物事にはたいてい理由があるもんだ。結果からたどるなら、理由から考えないと正解にたどり着けるわけがないだろ」
余りのカーミラの無能っぷりに、ちょっとらしくない説教じみたことを言ってしまい軽く自己嫌悪に陥る。
気分を変えようと、ソファに腰かけて煙草を咥えると、収納から酒とつまみを取り出した。何も無いところからいろいろと取り出した俺に目を見張るカーミラ。だが、今は相手にする気分じゃない。グラスに氷を浮かべると収納にあった元の世界のバーボンをゆっくりと注ぎ入れるのだった。
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読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。
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