第16話 クスリの恐怖

 前話のあらすじ。カーミラ頭を抱える。



◆◆◆◆◆



 翌日から娼館ヒルデガルドは店を閉めた。クスリで頭をやられたような奴らに暴れられたら大損害だし、店の女が怪我でもすれば被害は計り知れないだろうから、妥当な判断だろう。



 唯一居続けを許された俺は、そういうわけで売り上げに貢献しようと朝から酒を飲んでいる。暇を持て余す女達も呼び、朝からちょっとした宴会状態だ。俺以外の客がいないということもあり女達も気を張ることもなくのんびり過ごし、俺もそれを許していた。


 店も閉めているのだ、たまには素で話をするのも一興かと女達とも気兼ねなく会話を楽しむ。どうやら俺のことは謎に思われていたようで、かなり突っ込んだことまで聞かれた。



 まあこの世界の常識に疎いというだけでも十分に怪しいうえに、大金を惜しみなく使い、その上見たこともない煙を出しているのだからな。言われてみれば十分不審人物というのも頷けるよな。



 どこかの国のスパイやら、貴族の妾の子、中には王族の隠し子などというのもあり、女達の想像力には舌を巻く。そしてその中に一つ気になる言葉が紛れ込んでいた。『』である。



 どうやら物語の中だけではなく、過去にと呼ばれる存在がいたのは事実とされているらしい。そしてそのは前半生が謎に包まれ、ある日突然現れそして消えていったというのだ。確かに俺も似たような状況だ、突然この世界に来たのは同じだしな。


 それでもは、その力を振るい立身出世したというのがこの話の定番らしい。もはや何が真実かわからないほどの物語が紡がれ、王となっただとか、お姫様と結婚して幸せに暮らしましたなどという定番から、ある日を境に姿を消したというようなものまで様々だそうだ。の最後を専門に調べているようなモノ好きもいるぐらいには種類が豊富らしい。



 そんな多くの物語だが、共通するのはの力だ。武勇に優れているだけではなく、恐るべき魔法を操ったとされているのだ。この点はちょっと注意が必要だよな、下手に戦うところを見られたらなどと誤解されかねないからな。それにしても自称神とやらはやらかしてくれてるよな、ここまで類似点が多いと誤魔化すのも一苦労だぞ。




 にあまり興味を持った思われるのもまずいので、話の流れを変えようと他の適当な話題を探す。



「何か面白い客の話とかは無いのか? いい男の惚気話でもいいぞ」


 かなり適当な振りだが、女達も酒が入っているので気にすることもなく各々の持ちネタのような話を語り出す。もてない男が娼館に入れ込む話には大爆笑させてもらった。一度抱いただけで自分の女づらする滑稽な仕草を身振り手振りで話す女は持ちネタなのだろう、特にいつ結婚するのかというくだりには腹を抱えさせてもらった。


 逆に男にはまってしまった話は、盛り上がりに欠ける。相手は妻子持ちでハッピーエンドとは程遠い結末なのだから仕方がないな。


 それでも女達は大いに盛り上がり、同情して一緒に泣きながらも酒が進む。ヒルダも呆れた顔をしつつも止めることもなく一緒になって盛り上がっていた。



 どれぐらい時間がったのだろうか、酒の弱い女達はソファに座ったまま舟をこぎ出している。酒癖の悪い女は下ネタに走り、他の女を裸に剥いて高笑いしている。それを指差して笑う女、突然泣き出す女などまさにカオスとはこういうことを言うのだろうか。


 そんな女達を俺は咥え煙草で眺めつつグラスを傾ける。そうしているとすでに出来上がった女が俺にしなだれかかり、下腹部を嬉しそうに撫で擦る。押し倒してもいいのだが、何となく女達の様子を眺めていたい。


 普段なら決して見ることのない女達の素の姿。それを俺の前で披露してくれていることが、なんとも言えない気分だ。俺もこの娼館の一員になったような錯覚が、なんとも言えず気分がいいのだ。



「このままここでしちゃう?」


 ぼんやりと女達を眺める俺に、ほろ酔いのヒルダが声をかける。ドレスをはだけて豊満な胸を俺に見せつけるようにする仕草に俺の男も高ぶる。ヒルダの腕を取りそのまま床に押し倒す、ゆっくりと目を閉じるヒルダにもはや歯止めは効かない。


 嬌声を上げるヒルダ、そして次は自分の番だと服を脱ぎ捨てる女達。出遅れた女達は勝手に下腹部をこすりつけ女同士でまぐわい始める。女達の嬌声に舟をこいでいた女達も目覚め出し、俺の身体を舐めまわす者、女達に参加する者、自ら慰める者など収拾がつかなくなり始めた。





 もう誰と何回したのかも覚えていない。あれから後は乱交という言葉では表わせ切れないような状況だった。床中に広がる裸体。何所までが自分で、何所までが女の身体なのか判らなくなるほどのまぐわい。次々に女が入れ替わり、嬌声を上げていたところまでしか記憶にない。


 の恩恵だろうか、終わることのない女達の欲望に応え続ける。そして気が付いた時には、女達は皆寝息を立てていた。おそらく全員が満たされたのだろうが、俺も立ち上がることもできないぐらいに疲弊していた。とりあえず、今はゆっくりと休ませてもらおうと考えると俺は意識を手放した。






◆◆◆◆◆




 ジンたちが乱れた時間を過ごしていた頃、モルブランの街は恐怖に支配されていた。夕食の席で突然暴れ出す父親、飲み屋で叫び声をあげる冒険者、いきなり買い物客に襲い掛かる商店の主人、全てに共通するのは何の前触れもないこと。いきなりスイッチが入ったように叫び暴れ始めるのだ。剣や包丁を手にした者達は、それが愛する妻や子供であろうとも見境なく切り刻む。そしてさらなる犠牲者を求めて街を徘徊し出すのだ。


 街のあちこちで悲鳴と怒号が響く。駆り出された衛兵や騎士団は結局夜明けまで駆けずり回ることになった。だがそれでも人手は足らず冒険者にも特別依頼という形で招集する必要があったほどだ。


 中毒者たちには言葉がもはや通じず、強硬手段を取るしかなく見つけ次第切り伏せる。それでも痛みを感じない上に、恐怖心すら失った者達は多少の怪我などものともせずに襲い掛かってくる。衛兵や騎士団、冒険者達も少なくない犠牲者や被害者を出すが、陽の昇る頃にようやく騒ぎはひと段落することが出来た。




「ったく、こんなことなら森で魔物を狩ってる方がよっぽどましだぜ」


 モルブランの街に宿泊していたジスラン達にもギルドから声がかかっていたようだ。ジスラン達はこの街では上位に属する冒険者、つまり腕は保証付きという事だ。そんなジスラン達をギルドが放っておくはずもない。ギルドはジンにも声を掛けたかったようだが結局居場所がわからずに諦めるしかなかった。


 だがジスラン達にすれば相手は狂乱しているとはいえただの人でしかない。こうなる前はただの街の住人だと思うと剣を握る手にも力が入らない。もちろん見逃すことは無かったが、それでも精神的につらい依頼だったようだ。



「全くだ。こんなことがしたくて冒険者になったわけじゃないもんな」


「ええそうね。こんなに人を殺すことになるなんて、やってられないわ」


 ガストンもセリアも同様のようだ。盗賊のような相手ならば完全に悪人と割り切ることもできるが、今回はクスリによって錯乱したただの一般人。もちろんクスリに手を出したのは自業自得だろうが、それですべてが納得できるわけもない。



「まあ、何人かの捕縛には成功したし、後はクスリの流通経路を潰して貰えるように祈るしかねえな」


 そうなのだ、結局冒険者であるジスラン達は対症療法しかできない。クスリの入手先を突き止めて根絶するのは衛兵や騎士団の役割なのだ。もちろん協力依頼が発生する事もあり得るだろうが、あくまでも補助的なものでしかない。ジスラン達からすれば祈るしかないというのが実際のところであるのは間違いないだろう。




「で、どうする? 宿に戻るか、一杯ひっかけるか」


「俺は少し飲みたい気分だな、このままじゃもやもやして眠れそうもない」


「わたしもね。気分の悪い依頼の後はお酒を飲んで寝るのが一番よ」


 ジスラン達はギルドへの報告を済ませ、すでに同様の冒険者であふれる酒場に足を踏み入れる。ジンならば酷い臭いに顔を顰めるだろうが、セリアですら気にした様子はない。そして早朝から冒険者ギルドは酔っぱらいの大声で騒がしいまま、一日が始まるのだった。







「ったく、奴らは暢気でいいよな。俺だって酒が飲みてえよ」


 冒険者ギルドの奥、ギルドマスターの執務室で禿頭の大男がボヤいている。男の名はアルマンド、もともとは子爵の3男坊だったが後を継げないうえに大年増へ婿入りさせられそうになったのを機に家を飛び出し、冒険者となった男である。数十年の冒険者暮らしを経て現在ここモルブランの冒険者ギルドのマスターに収まった。


 現在はクスリの中毒者による騒動の報告を、取りまとめている最中である。騎士団からの直接の依頼であり、緊急性を要することも十分に把握しているが、外から楽しそうに騒ぐ声が聞こえてくるとどうしても注意力が散漫になってしまう。



「でしたらさっさと終わらせましょう。そうやってぼやいている時間がもったいないですわ」


 そしてそんなアルマンドのケツを叩く並んだ机に腰かける女。ギルドマスターの秘書的な身分であるヴィアーナ、30前の独身女である。ギルドマスターに対してもきつい口調であり、周りからは完全にアルマンドを尻に敷いていると噂されている女傑でもある。



「ヴィア、そういわずに一杯だけ。一杯だけ飲ませてくれねえか?」


「ダメです。そう言って一杯で終ったことは過去に一度もありません。私も付き合っているんですから、さっさと終わらせてください」


 どうやら噂は真実のようである。ヴィアーナに頭の上がらないアルマンドのこの姿を見れば誰しもそう言うだろう。



「仕方ねえか。しゃあねえ、さっさと終わらせるぞ!」


 アルマンドは心底羨ましそうな視線を酒場の方に向けた後、頭を振って切り替える。一晩かけて依頼をこなしてくれた冒険者達の報告なのだ、ここでさぼると彼らの頑張りをふいにすることになる。そう考えて再び仕事に戻るのであった。




「ギルマス、ちょっとおかしくありません? 冒険者ならわかるというのもなんですが、こんなクスリからは縁遠いはずの一般の住民、それも年端もいかない少女までが今回の中毒者として報告されています。ひょっとしてクスリとは気づかないうちに中毒になっているという可能性があるのでは?」


 やっと机に向かったアルマンドとともに報告書を確認していたヴィアーナが声をかける。だがその内容が示唆している事態は見逃すことのできないものだった。



「ああ、俺もそれが気になっていた。麻薬のようなものだと思っていたが、それだと今回の中毒者たちの構成がおかし過ぎる。普通に暮らしているこれだけの人数が、麻薬に手を出しているとは考えづらいからな」


「ここから導き出される結論は、今回の原因となったクスリは少なくとも麻薬の見た目ではないという事。そしてこちらの方が重大ですが、恐らく何かに混入させて出回っている可能性が高いという事ですね」


 ヴィアーナの出した結論は、到底認めることのできないものだ。罪のない人々が気付くことなく中毒患者に成り果てるなど、悪夢としか言いようがない。そしてそこには年端もいかぬ幼子まで含まれているのだから。




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 読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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