第15話 カーミラの懊悩

 前話のあらすじ。クスリがでまわってた。


◆◆◆◆◆


 一体あの男は何なの。カスパール商会の件で呼び出した、ただの平民だったはず。それが何で私の部下が4人も殺され、私も重傷を負わされるなんて誰が想像できたっていうの。


 王国第三騎士団団長であり、子爵位も持つこの私、カーミラ・フォン・ヴァイツネッガーがこのような辱めを受けるなどとは…。



 最初は頭のおかしい平民ぐらいにしか思っていなかった。貴族の子女で構成された騎士団に連れてこられたというのに、全く物怖じもせず私の顔を正面から見ているのだから。たかが平民如きが貴族の前に連れ出されたなら、その場に跪くのは当然だ。だから私はその男は頭がおかしいのだと判断したのだ。



「お前が例の男か? カスパール商会から盗みを働いたということで間違いないな」


「お前こそ誰だ? 人を荷物扱いして呼びつけてわびのひとつもないし、挨拶もできないのか?」


 こんな男に時間を取るのも馬鹿らしいと、用件だけを告げる。だがこの頭のおかしい男は、貴族である私に対して反論してきたのだ。平民如きでは礼儀作法は知らないのは仕方がない、だがこの態度は非礼にもほどがある。


 私の優秀な部下も同じように思ったのだろう。男の無礼を咎めようと殴り飛ばそうとしたところまでは私も見ていた。だが気が付けば部下は床に倒れ男は何事もなかったようにこちらを見ている。


 そしてさらに残った部下が剣を抜き放つ。だが次の瞬間にはすべての部下が床に崩れ落ちていた。ゆっくりと広がる血が、すでに部下の命がこと切れていることを告げる。だがこの男がいったい何をしたのか、何やら呟いたようには思えるが、それだけなのだ。


 余りにも現実離れした状況にパニックになりそうだ。その後も男と何か話した気はするがよく思えていない。気が付けば両腕両脚が千切れ飛び、芋虫の様に床に這いずっていた。そして私の首には部下から奪ったであろう剣が添えられていたのだ。



 髪を掴まれて無理やり男の正面に顔を持っていかれる。そしてそこで見た男の目は冷静でかつ冷酷、一切の感情を動かすこともないまま私の首を切り落とすことが出来ると直感した。さらに男がおかしいと思っていたのは勘違いだと思い知らされる。男の目の奥には深い知性が感じられたのだ。


 続く男の言葉に私は身を震わせる。平民でしかないはずのこの男は貴族どころか、騎士団すら恐れていなかった。この男にとっては敵か味方、それだけしかないのだろう。そして敵となれば一切の容赦なく葬り去るのは今のこの状況を見れば明らか。



 結局私は男の要求を呑むしかなかった。私がここで命を落とせば、騎士団がただ一人の平民に負けたということになってしまい、それは王国騎士団の名誉を大きく傷つけることになるからだ。この際部下がやられたのには目をつぶるしかない、部下がやられたという程度ならば騎士団の外に漏らさないようにすることも可能だろう。


 二度と男には関わらないことを約束させられた後は、男はこちらには興味が無くなったとばかりに振り替えることもなく部屋を出ていった。




 それから後は、私の治療と緘口令の徹底、そしてあの男に関する調査も含めたすべてを中止させるなど、ひどく忙しかった。私の傷は治療薬と回復魔法により完治できたし後遺症もない。4人の部下は残念だが、あの男の力を読めなかった自己責任でもある。まあ私も含めてなのだがな…。




 多大な時間と人手をかけたが、カスパール商会の件は放置するしかないな。あの男を駒にするなどできそうもないし、下手に関わってもこちらの被害しか想像できないのだから。たかが平民に良いようにされたのは頭にくるが、報復するのはメリットよりもデメリットが大きすぎるのだ。団長としては耐えるしかないだろう。




 そして何より、私はあの男が恐ろしい……。



◆◆◆◆◆




「おかえりなさい、ジン様」


 いろいろと忙しかった気がするが、結局夜には娼館に戻った。朝から慌ただしい一日だった気がするが、騎士団から追われることもなくなったし結果オーライだろう。


 娼館に入ると出迎えてくれたヒルダの腰に手を回して、いつもの席に座り酒を注いでもらう。やはりここは落ち着くよな、出かける前のあれこれはあったがもうどうでも良くなってきたし。




「そういえば、イルザ達がジン様にご迷惑をおかけしたようで申し訳ありませんでした。あの子たちは再教育を受けさせますのでしばらくはお目に留まることもないかと思いますわ。ほんとにごめんなさいね」


 いつも通りヒルダを相手に飲もうとすると、突然ヒルダが頭を下げてきた。だがあっさりとした言葉に深い謝意が込められ、俺も軽く頷くだけでこの話は終わる。このあたりの機微はさすがヒルダだな、こんな話をダラダラされてもうっとおしいだけなのを良くわかってくれている。



「それとは別にジン様にもお伝えしていたほうがいいかと思って。実はあの暴れた男って妙なクスリをやっていたらしいの。衛兵さんに突き出したんだけど、そのクスリが最近この街に出回っているらしいのよ」


 さっきジスラン達に聞いた話だが、ヒルダもとなるとそれなりの範囲にすでに広がってるのかもな。まあクスリなどやってる奴らは殺してやった方がお互いのためだと俺は思ってるし、特に気にするようなことでは無いか。


 それでもヒルダはひどく心配そうにしている。突然暴れ出すような可能性があるということは、オーナーとして対応に苦慮しているのだろう。



「妙に高いテンションの奴がいたら注意したほうがいいらしい。そのクスリの初期症状らしいからな」


 ジスランから聞いた情報をヒルダにも教えてやる。ヒルダは俺の言葉に嬉しそうに微笑むが、これだけではだめと分かってもいるだろう。店の女を守るだけなら店を閉めてしまえばいいが、それでは生活できない。最悪なのはクスリをやってても暴れない奴らへの対応が決まっていないことだろう。追い返せば悪い噂が立つだろうし、かといって中に入れたらリスクが高いのだから。


 血液検査などこの世界にあるわけもなく、少しでも判断基準はあったほうがいいだろう。ただこれだけでは酒を飲んでれば判断出来ないだろう。帝国かどこか知らないが面倒なことをしてくれる。



「衛兵さんからは、クスリで暴れてたら殺しても問題ないって聞いたんだけど、お客様に手を上げるのも聞こえが悪いし、しばらく店を閉めようかと思ってるの」


 結局ヒルダの結論は店を閉めるという事らしい。確かに売り上げにさえ目をつぶれば最もリスクの低い方法だろう。だがそうなると俺は居場所を失って住所不定無職になってしまうよな…。



「もちろんジン様はこのまま居続けてくれて構わないわよ。ジン様がクスリをやるなんて思ってないし、あの煙の出る煙草でしたっけ? あれがあれば十分とも仰ってましたからね」


 俺の表情を読んだのか、すぐにヒルダは言葉を続ける。それにすでに煙草中毒と言われた気もするが間違ってはいないな。まあここに居てもいいというなら遠慮なく居させてもらうとするか。




◆◆◆◆◆



「ほんと、今日は厄日なの?!」


 カーミラは報告に来た部下に当たり散らす。ジンを呼び出したことによる後始末にようやくめどがついたと思ったら、例のクスリの件の中毒者が急増したという報告が来たのだから仕方がない。部下にとってはいい迷惑だろうが。



 以前受けた王都からの連絡では、怪しいクスリが出回っていることに対する注意喚起でしかなかったはずだ。帝国が出元かもしれないという、どうでもいい情報が付いて来たのは記憶に新しい。とはいえ見回りの衛兵に情報を共有するぐらいしかやることは無かった。後は見つけ次第捕縛、流通経路を見つけだすように指示もしたが、クスリの使用を確認する手段がない以上は期待できないだろうと思っていたのだ。


 だが今日になってすでに10人以上の中毒者が突然暴れ出したという報告があがっている。そのほとんどはその場で切り捨てられ、すでに死亡している。だが貴族街で一名生きたまま確保できたという報告があったのは僥倖だった。少なくとも入手経路の手がかり程度はつかめるだろう。



 しかし、その報告書に目を通していた時に嫌なものに目が留まる。少し前に私がやられた状態と同じ、四肢を撃ち抜かれた状態でその中毒者は確保されたというのだ。まず間違いなくあの男が関係しているはずだ、こんな面倒なことをするくらいなら切り捨てる方がよほど簡単なのだ。騎士団で確保しようと思ったが、あの男との約束がある以上騎士団は動かせない、そうなると衛兵に頼むしかないだろう。



 カーミラから見れば衛兵の質は悪い。命令は平気で破るし、対応が甘いということもある。犯罪者などに手心を加える意味が分からないし、歯向かえば切り捨てればいいのだ。だが同じ平民同士なのだろうか、軽い𠮟責程度で解放したなどというのがざらにあるのだ。


 平民のことを考えるなら、犯罪を犯す者がいなくなる方がよほど良いというのにもかかわらず、甘い処分しかしない衛兵をカーミラは信用していない。しかし今回に限っては衛兵に頼らざるを得ないのだ。もしあの男につながる情報が出た場合のことを考えれば、騎士団を動かすのはリスクが高すぎる。約束を破ったとあの男が思えば、それで終わりなのだから。



 衛兵に対して指示を出すと、報告に来た騎士は不満そうな顔をする。それも当然だろう唯一の手掛かりを衛兵などに委ねるなど、騎士団としての行動としてはあり得ないのだから。しかし理由を告げるわけにもいかない。そんなことをすれば騎士団を上げてあの男に剣を向けることは間違いないだろう。そしてカーミラにはあの男ではなく騎士団が壊滅する未来しか想像できない。


 間近で剣を構えた騎士3人を相手にして、傷ひとつ負うこともなく瞬殺してのけるような相手にどのように挑めばいいというのだ。あの男の前では剣の腕など意味をなさない、戦うとすれば魔法使いをそろえるしかないだろう。だが騎士団には魔法使いはいない、つまりはそういう事だ。




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 読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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