第14話 クスリ絶対ダメ

 前話のあらすじ。騎士団におよばれ。


◆◆◆◆◆



「これが最後だ、俺の言うことを聞くなら頷け。いやなら首を振ればすぐに叩き落としてやるよ」


 女の首に添えた剣に力を込めてやる。そうすることで女はようやく自分が殺される可能性に気が付いたのだろう。必死になって頷くのだった。



「それじゃあ改めて確認だ。これ以降俺に対する調査はすべて中止、捜索も捕縛もすべてだ。そして今後俺に一切興味を持つな、関わるな。約束を違えたらお前の額に穴が開くことを忘れるな」


 自分の状況をやっと理解した女の髪を掴み、顔を覗き込んで念を押す。女は恐怖から涙やそれ以外の汁も垂れ流すが、俺の言葉に頷いた。



「そうだ、お前の名は?」


 そういえば自己紹介すらなかったのを思い出し女の名を尋ねる。



「私は、カーミラ。カーミラ・フォン・ヴァイツネッガー、王国第3騎士団団長よ」


 素直に俺に名を告げると、そのまま視線を逸らすカーミラと名乗った女。改めて見ると美人ではあったが、頭があれでは興味は無いな。


 カーミラから手を離すと俺は部屋を後にする。訝し気な視線を向けてくる者も居たが、俺がカーミラに呼ばれたことは把握されているようで、堂々と出ていく俺に誰も声を掛けてくることは無かった。そして特に何事もなく騎士団宿舎を抜け出ることが出来た。








(はあ、これでひと段落でいいのか? しばらくは俺の言うことを聞いてるだろうが、ほとぼりが冷めて恐怖が薄れたらまたちょっかい掛けてくるかもな…)


 俺は慣れない貴族街をのんびりと歩きながら考える。周りからは浮いているが、特に声を掛けてくる者も居ない。また貴族に絡まれるのも面倒だし、さっさと戻るとするか。




「ぎゃぁっ! た、助けてくれっ!」


 だが俺のそんな思いをよそに、ただ事では無さそうな悲鳴が聞こえてくる。こんな貴族街での面倒ごとになど巻き込まれたらたまったものじゃない。しかも声の主は明らかにおっさんなのだ。妙齢の美女ならまだしも、おっさん相手になど動く気も起きない。


 そんなことを考えていると、さすがに貴族街というべきか。数名の衛兵が現場に駆けていく姿が見えた。正面から走ってきた衛兵は声のした路地の方に向かって曲がっていく。途中ちらりと俺の方を見た気がするが、無関係と思われたのか素通りしてくれたのは助かった。



 だが今日の俺はとことんついていないようだ。衛兵が曲がっていった路地から出てきた、血まみれで片手に剣をぶら下げた女に出くわしてしまったのだ。しかもしっかり目が合っている以上、このまま素通りさせてくれそうにもない。


 衛兵は何をしているのかと路地を覗き込むと、血まみれで倒れ伏している姿が見えた。つまりこの目の前の女がやったと考えるのが妥当だろう。



「殺すっ! お前も死ねっ!」


 恨みを買った覚えはないが、俺に剣を向けた以上はこいつも敵だ。だがどうも女の様子は普通では無いようにも見える。殺してしまえば簡単だが、この状況では後々俺も疑われかねないと足止めに徹することにした。



つぶて


 さっきのカーミラと同じように四肢を撃ち抜いて行動を奪い去る。だがこいつは痛みを感じていないのか、穴の開いた手足をぎこちないながらも動かして俺に向かってくる。やはりまともな状態では無さそうだ。


 さらにつぶてを放ち、四肢をちぎり飛ばすとようやく女はその場に倒れ込む。それでも口から泡を吹きながらも呪詛のように殺すと呟き続ける姿はおぞましいものであった。




 とりあえず倒れている衛兵のもとに向かうが、ひとりは胸を剣で串刺しにされておりすでに息を引き取っていた。だがもうひとりは、かろうじて生きていた。右腕を切り落とされ、そのショックで意識を失っていたようだ。


「大丈夫か? 女は足止めしてある。応援を呼べるか?」


 重症ではあるが、このままではらちが明かないと意識を取り戻した衛兵に声をかける。衛兵は残った左手で何やらピンポン玉ぐらいの透明な球を取り出すと、地面に投げつけて砕く。



「これで応援が来てくれるはずだ。まずは礼を言わせてくれ、おかげで犯人を取り逃さずに済みそうだ。相棒の敵もこれで討てるだろう」


 この衛兵は思った以上にまともそうだ。さっきまで話していたカーミラと比べると、遥かに言葉が通じる。俺は自分のシャツを引きちぎって切り落とされた衛兵の腕を止血してやる。カーミラの後では、まともな相手はぜひ生き長らえてほしいと心から願う。



 衛兵を楽な姿勢にしてやると、俺は路地を出てさっきの女のもとに向かう。逃亡する事は出来ないだろうが、それでも念のため見張っておいたほうがいいだろうからな。女は相変わらず呪詛の様にぶつぶつと意味不明なことを呟いていたが、身動きは取れないようだ。





 夢に見そうな女の呪詛を聞き続けていると、ようやく応援らしい衛兵たちが到着した。女のそばに立つ俺に気が付くとすぐに駆け寄ってくる。ざっと状況を説明して路地に居る衛兵のことを伝えると何人かが路地に向かう。そして気持ちの悪い女を拘束すると、俺に話しかけてきた。



「協力感謝する。仲間の手当てまでしてくれたようで、そちらにも感謝だ。一人は残念だったが、これも職務だし犯人は拘束できたのだから無駄死にではなかったはずだ。それと遠くに貴族らしい方が重傷を負われていたが、そちらは何か知らないか?」


 どうやら衛兵たちの質は高いようで、俺の扱いも悪いものではない。さっきの騎士団と比較するのも馬鹿らしくなるほどだ。だが衛兵の質問には悲鳴らしいものが聞こえた気がするとしか答えようがない、先にふたりの衛兵が路地に飛び込んだことを伝えるとすんなり納得してくれた。



 俺は完全に通りがかりであることを理解してくれたのか、何度も礼を言われて俺は解放された。手当てをしてやった一人生き残った衛兵が、俺が無関係だと伝えてくれたのだろう。


 念のため何か思い出したことがあれば詰め所を尋ねてほしいと言われたのに了承を返すと、それで終わりだった。シャツは破いてしまったが、巻き込まれることを考えたら些細なことだ。俺は衛兵たちに手を振るとそのまま貴族街を後にするのだった。








「ジン! 無事だったのか!」


 結構な時間をかけてギルドまで戻ってくると、ジスラン達に出くわした。俺を待ってくれていたわけではないようだが、いいタイミングだったようだ。


 別に隠すような話ではないので騎士団の一件を伝える。3人は引きつった顔をしていたが気のせいだろう。そして妙な女のことを伝えると顔色が変わる。



「貴族街にもすでに広まっているのかもしれないな」


 ジスランに詳細を聞くと、どうやら怪しげなクスリが出回っているらしい。いわゆる麻薬の類のようだ。初期症状は少しテンションが高い程度なので、酔っているのかと思われるぐらいで済むらしい。だが依存が進みクスリが切れるとやばいようだ。見境なく周囲に対して攻撃をするらしい。


 さっきの妙な女はまさにその症状にピッタリだ。痛覚も麻痺するというのも一致する、四肢を撃ち抜かれても動き続けたのはそのクスリのせいだろう。



「それで、誰がそんな馬鹿なクスリを持ち込んだんだ?」


 何もないところからそんなクスリが湧いてくるはずもなく、誰かが何らかの目的で持ち込んだのは間違いない。そしてそれが誰か、その目的が何かが問題なのだ。



「現在調査中らしいが、国外からの可能性が高いらしい」


 嫌そうな顔でジスランが答えてくれる。どうやら俺が連れていかれた後で、ギルドでこの件の情報公開が実施されたらしい。馬鹿な冒険者への抑止と、クスリの拡散防止が目的だろうが、そうなると当然衛兵たちはこの情報を知っていたのだろう。


 おかげで俺がすんなり解放されたという事だが、嫌な話を聞いてしまったな。この手のクスリの中毒者が暴れ始めているということは、すでにそれなりの範囲に広がった後ということになる。つまり、まだまだこれから被害は続くという事なのだから。



「国外というとジョーヌ共和国か?」


 俺の知る唯一の外国の名を告げるが、ジスランの反応は微妙だ。どうやら正解ではないという事だろう。



「その可能性もなくはないが、今のところ最有力なのは北の帝国らしい」


 帝国について俺がよく知らないと言うと、ジスランはいろいろと教えてくれた。帝国、正確にはグリーズ帝国という名で拡大政策をとるはた迷惑な国らしい。過去に何度もブルイール王国に攻め込んできたことがあるらしく、現在でも完全な敵対関係にある。


 そして今回の件も帝国によるものではないかというのが、王国の上やギルドの考えらしい。帝国の王国との国境付近に動きがあるというのがその根拠という事だった。つまりクスリで混乱したところに攻め込もうとしていると考えたというわけだ。



 ただ話を聞いただけだと、かなり根拠が弱い気がする。敵対する国であれば常に国境近くには兵が配備されているだろうし、クスリで弱らせるというのも国家間の戦争という規模からすれば、この程度では効果があるのか疑問が残る。帝国との国境付近では、ここ以上の酷い被害が出ているというのなら別だが。




「ふうん。まあこの街が無事ならどうでもいいか、戦争なんかは国に任せときゃいいだろうしな」


 まあ戦争になろうと俺の知ったことでは無いし、そういうのこそ騎士団なりの仕事だろうからな。



 とはいえ情報が多いのは大助かりだと、ジスラン達に礼を言う。ジスラン達も話は聞いたが特に何かするつもりもなく、この街でしばらく金を稼ぐつもりのようだ。交易の拠点であるため飯も酒も豊富なうえに、近くで魔物も狩れるというのは冒険者にとっては居心地がいいものらしい。


 俺は冒険者のつもりもないし、酒と煙草と女があれば満足だ。そう告げるとジスラン達は微妙な表情を浮かべた後笑い出す。



「ふふふ、やっぱりジンは変わってるわね。それだけの腕があれば冒険者として名を上げることもできるでしょうに」


 セリアが笑いながら俺に言うが、褒めてるのかどうか微妙だよな。でも何を言われようとコツコツ真面目に頑張るのはもういい、のんびりと好きなことをするのが一番だ。そう答えながら煙草を咥える。



「まあジンの生き方に俺達が口を挟んでも仕方がない。俺たちは俺達、ジンはジンなんだからな」


 最後にガストンが奇麗にまとめてくれる。まさにその通りなのだ、この世界では自由にすることに決めたのだ、誰かの命令に従うような人生はまっぴらだからな。




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 読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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