第12話 臭いのは無理だよね

 前話のあらすじ。仁、冒険者ギルドで絡まれる。


◆◆◆◆◆


つぶて


 激臭を相手にダラダラ時間をかけるつもりはない。激臭が動くたびに眩暈がするような臭いが振りまかれるのだ。さっさと動きを止めるのが正解だろう。その結果、額に穴を開けた激臭はギルドの床に崩れ落ちた。



「てめえ、バッスルに何てことを!」


 激臭の名はバッスルだったようだがどうでもいい。だが激臭の仲間はやはり激臭で、それが激高して俺に向かってくるのだが、俺の鼻が耐えきれるとは思えない。



つぶて


 会話するのも耐えられそうもないので早々にけりを付ける。激臭と同じように激臭の仲間も同じように崩れ落ちていく。あまりにもあっけない幕切れにギャラリーも声がないようだ。


 これ以上の面倒はごめんとばかりに俺は受付らしいカウンターに歩み寄る。受付にはそれなりの美人がいたが、ギャラリーのひとりと化して未だ呆然としていた。




「なあジンじゃないか?」


 受付の美人の回復を待っていると背後から声を掛けられる。ギルドに知り合いはいないはずだがと思いつつも振り返ると、見知った顔が3つ並んでいた。この世界に来て初めて出会った護衛のジスラン、ガストン、セリアの3人だったのだ。


 未だに呆然としている受付の美人は放置して、3人と酒場の空いたテーブルに座る。周りの冒険者の臭いは気にはなるが、激臭ほどでもなく耐えられないことはなかった。



「久しぶりだな、あれ以来になるのか」


 ジスランが会話を主導してお互いの近況を報告しあう。といっても俺は娼館に引きこもっていたという以外特に話す内容は無いのだが。それでもジスランたちはモルブランの街に落ち着くことになったようで、最近は東の森で魔物狩りに精を出しているらしい。


 出会った頃は3人とも剣を使っていたが、あれは護衛のための装備であったらしくジスランは大剣を、ガストンは槍を、セリアは魔法と弓が主装備という事らしい。確かにセリアは俺の魔法の師匠だしなと言うと、セリアは嫌そうな顔で俺を睨む。



「そこに転がってるのってジンがやったんでしょ? あれだけの腕がある人に師匠って言われると嫌味にしか思えないわよ」


 どうやらセリアの魔法では牽制程度にしか使えないようで、気を逸らしたところを弓で打ち抜くスタイルらしい。それでも魔法について教えてもらったのは間違いないので俺にとっては師匠なのだが、本人が嫌がるなら心のうちに納めておくことにする。




「で、その引きこもりのジンがギルドに何の用があったんだ?」


 ガストンが会話の合間を縫って俺に尋ねてくる。確かに娼館に引きこもっていた俺がいきなりここに来るのは違和感があるのだろう。



「ああ、アデーレのところに厄介になっていた時に、ちょっと東の森で狩りをしてな。その時の魔物を処分しようと思ってな」


 東の森という言葉に3人が反応する。どうやら俺が何を狩ったのか興味があるようだ。



「魔物の買取りなら、そっちにあるカウンターで声を掛ければいい。それよりジンは冒険者登録はしてるのか?」


 ジスランの説明によると、冒険者は魔物を討伐した結果でランクが上がる仕組みらしい。他にも色々あるようだが、魔物を買い取りに出すなら先に冒険者に登録しておいた方が良いという事だった。



「それにしても、アデーレ商会の護衛の後ぐらいの時期だろ? どうやって魔物を保存してるんだ? ひと月以上たつはずだから腐ってるんじゃないのか?」


 どうもは一般的ではないようだ。これについてどう説明しようか悩んでいた時にセリアが助け舟を出してくれた。



「ジンのことだから魔法じゃないの? 優秀な魔法使いなら独自の魔法があっても不思議じゃないし、それが魔物を保管するようなものじゃないの?」


 ほぼ正解だし、わざわざスキルだとばらす必要もない。俺はセリアの言葉に頷いてその場をごまかす。



「それにしてもアデーレ商会の件は驚いたよな。ジンは何か知らないのか?」


 ジスランは俺の微妙な空気を読んでくれたのか、話題を変えてくれる。この話なら一部始終を把握しているので、娼館で聞いたという体で3人に説明してやった。



「そういう事だったのか。先代の会長にはずいぶん世話になったから、あの護衛の件は引き受けたんだがアデーレさんとはどうも合わなくてな。あれを最後にしようと思ってたんだが、こんな形で本当に最後になるとさすがに考えさせられるものがあるな」


 ジスランは俺の話を聞くと難しい顔で考え込む。確かに先代に世話になったのにアデーレがこんなことになればいい気はしないだろうな。



「いまさらそんなこと考えても仕方ないじゃない。アデーレさんはあんな人だったし、遅かれ早かれこうなってたと思うよ」


 セリアはジスランとは違い、あまり気にした様子ではない。そのとなりで頷くガストンも同意見のようだ。



 その後もアデーレについて愚痴のような感じで盛り上がる。しばらく話し込んだ後にガストンが、魔物を売るならどんな魔物か見たいから付き合ってもいいかと聞いてきた。俺としてもこの3人なら隠すこともないかと了承した。




 ガストンに教えてもらったカウンターは、ちょうど暇なようでおっさんがすぐに相手をしてくれた。


「で、魔物は何処にある? 量が多いなら裏手に回ってもらった方が助かるな」


 おっさんが言うにはここは討伐部位と言われる魔物の耳や尻尾といったものの確認をする場所のようで、魔物の死体から素材も一緒に買い取って欲しいなら裏手の解体場に回って欲しいという事だった。ついでに冒険者登録もしておきたいと告げると、受付の美人を呼びつけて手続きもしてくれた。どうやらこのおっさんはそれなりの偉いさんなのだろう。



 特に問題もなく冒険者に登録した後俺はおっさんの後に続いて裏手の解体場に回る。もちろん3人もついてくるようだ。



「ここなら魔物を受け入れるのに十分だろう? ちょうど他の解体もひと段落したからすっからかんだしな」


 解体場は結構な広さだ、体育館ふたつ分ぐらいは十分にありそうだ。俺はおっさんの言葉に頷く。



「で、魔物は何処にある? 表に荷車でもあるのか?」


 どうやらおっさんは魔物を荷車で曳いて来たと思っているようだ。確かにさっきの3人の反応を見ればそれがここでは当たり前なのだろう。まあ、俺の場合はしているんだがな。


 早く魔物を持ってこいと促すおっさんを無視して俺は収納から魔物を取り出していく。まずは黒猿だが、最初のころに魔法の練習がてら狩った奴は酷い見た目である。力加減を誤って原形をとどめないものまであった。


 おっさんは俺が何もないところから魔物の死体を取り出したことに驚くが、俺が次々に取り出す魔物の数に思わず大声を出す。



「ちょ、ちょっと待て! いったいどれだけあるんだ? ってか、いったいどこから出したんだ?」 


 適当にぼやかして魔法だと告げると納得はしていないようだが、そう云うものだと諦めてはくれた。だが、これ以上は引き取れないとおっさんは告げる。確かに広々としていた解体場は魔物の死体で埋め尽くされかけているのだ。



「じゃあ、別の魔物も一体ずつ見てくれ。大体の買取価格は知っておきたいからな」


 そう言って俺は黒猿以外の、巨大な黒猿や牛人間をから取り出す。




「ちょ、こいつは黒猿ダークエイプの変異体、巨黒猿グランダークエイプじゃねえか! それにこっちは黒魔毛牛ダークミノタウロスだと! こいつを倒したってのか?」


 何やらおっさんが驚いている。横を見るとジスランたち3人も唖然とした顔で黒魔毛牛ダークミノタウロスの死体を見ていた。どうもそれなりに強い魔物だったようだな。



「ちょっとジン! これ貴方が倒したのよね…。確かに額の穴は黒猿ダークエイプのと同じだし…」


 セリアは俺に確認するが自己完結したようだ。確かにこいつらは全てつぶてで倒したから死体はどれも似た状態だしな。




 結局買取価格はすぐには算出できないらしく、数も数ということで一週間ほど時間をくれとおっさんに言われた。まあ金に困っているわけではないし、素直に了承しておく。それよりも俺の冒険者ランクの方が問題らしい。今日登録したばかり、つまり初心者扱いだったのが、ジスラン達でも手こずる黒魔毛牛ダークミノタウロスを俺が倒しているということが問題らしい。いや問題というか俺を初心者として扱うのは、ギルドとしての損失という事らしい。


 腕の立つ冒険者はランクを上げてより難易度の高い依頼をこなしてもらいたいが、俺は当然初心者。そうなると採集や雑魚の討伐程度しか依頼は受けられないということになってしまうのが、ギルドとしては何とかしたいのだろう。


 とはいえそのあたりは俺にはどうしようもないし、依頼を受けるつもりも特にない。今後も魔物を買い取ってもらいやすいように、という程度のノリで冒険者に登録しただけなのだから。





 ギルドを出て一服付けると、ジスランが思い出したように声を上げる。


「そうだ! その煙だ。ちょっと前に衛兵から煙を出す男のことを聞かれたぞ。どうやらジンのことを探しているようだったが、面倒ごとの臭いがしたから何も言わなかったがな。出来たらあまり表ではその煙は出さないほうがいいぞ」


 どうやら娼館で聞いた新しい騎士団長による俺の探索は、煙草の煙にまで行きついたようだ。全く気にしていなかったが、この世界で煙草を吸うのは俺だけのようで、この姿を見られたら確実に特定されてしまうだろう。少なくとも俺と煙草の結びつきは隠したほうがいいのかもしれない。


 娼館以外では禁煙もやむを得ないかと、かなり凹みながら考えていた時だった。



「そこの男! そこを動くな!」


 どうやらすでに手遅れだったようだ。俺の方に駆け寄ってくる衛兵らしき男たちの声が聞こえてきたのだった。




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 読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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