第11話 テンプレってテンプレートだからテンプレだよね

 前話のあらすじ。王国騎士団がやってきた!


◆◆◆◆◆


 俺はあれ以来ずっと娼館に居続けている。預けた金であと数年は散財し続けたとしても居続け出来るとヒルダが教えてくれたので、遠慮なくふざけた暮らしを続けている。



 好きな時に起き、好きな時に飲み、好きな時に抱く。好きな時に好きなだけやりたいようにできるこの生活に不満などあるわけがない。退屈するかと思っていたが、女たちの仕入れてくる情報を聞いているだけで下手な貴族よりも多くの情報が手に入るため、色々と興味惹かれるこの異世界について考えるだけで飽きることもない。わからない点は女たちが手取り足取り教えてくれるからな、それはそれで別の楽しみでもある。



 そんな女たちの集めてくれる情報のひとつにこの街に駐在する騎士団が交代したというものがあった。大勢の騎士が整列して街中を進むのは見ごたえがあったとか、新しい騎士団の団長がうら若い女性らしいといったものがほとんどだったが、領兵との協力体制を取ろうと試みているらしいというのは興味があった。


 これまでは騎士団と領兵とは完全な縦割りな関係で、情報共有すら稀であったと聞いている。それが騎士団の交代に合わせていきなり連携を取るというのだ。新任の騎士団のトップの考えは分からないが、何かしようとしているのは間違いないだろうな。




 数日たち、さらに詳細な情報が入ってきた。どうも騎士団と領兵は最近になって急に金回りの良くなったものを探しているらしい。それを教えてくれた店の女も思わせぶりに俺を見ていた。俺が大金を前金として支払っているのは店の者なら周知のことだ。今更ごまかせば余計に不信を募ることになりかねないため、知らぬ顔をして話は聞いていた。


 まあ、考えるまでも無く俺を探しているのだろうな。アデーレの商会の件、カスパール商会の件を少し調べればある程度予想は付く話だ。新任の団長とやらもその線で俺を探しているというのは予想しやすい話だ。ただ問題は探している理由だ。単純に犯罪者を取り締まるというのなら、誰かが訴えたということになるだろうが、俺の知る限りあの件で訴えるような者は残っていない。貴族にしても必要なものが手に入った以上、平民の店がどうであろうと気にするようなものではないらしいからな。


 つまり、何か理由があるはずなのだが今ある情報からは判断できない。まあここに引きこもっている限り見つかるようなことは無いはずだがな。ヒルダの店に客の情報を漏らすような者は居ない。詳しくは聞いていないが皆ヒルダに恩を感じてここに務めている者ばかりらしく、店の上客である俺を売るような真似はしないだろう。




 出かける気はなかったが、外に出るとまずいと言われると出たくなるものである。別に出かける用事は無いのだが、こういうのは気持ちの問題でどうしようもない。しかし、それでは出かけるかと思ってもどこに行くのか当てがない。このモヤモヤする気持ちを抱え、いつも通り女を侍らせ酒を片手に煙草を吸っていた時のことだった。




「ガタガタ言うんじゃねえ! てめえみたいな売女は黙って股開いてりゃいいんだよ!」


 なんとも頭の悪そうな、小物臭のプンプンする怒声が聞こえてきたのだ。俺にしな垂れかかっていた女、今日はイルザが相手をしてくれていたのだが、の顔を見るとイルザも驚いた顔で俺を見つめ返す。俺には無関係だし放っておいてもいいかと考えた時だった。



「助けて! ジン様!」


 よりにもよって俺のところに怒鳴られていたらしい女が駆け寄ってきたのだ。駆け寄ってきた女には見覚えがある。というかほとんどの女には手を出しているのだから当たり前なのだが。確かエミリーとかいったはずだが、正直あまり印象に残っていない。




「てめえも俺の邪魔をするのか!」


 俺がエミリーの顔を眺めている間に、怒声を上げていた小物だろう男が俺を睨みつけながら近づいてくる。何で俺が巻き込まれているのかよくわからないが、面倒以外の何物でもない。


 わざわざ相手をするのも面倒くさいと思いながら、煙草の煙を男に吹きかける。エミリーがわざわざ俺のところに面倒ごとを運んできたのも気に入らないが、この小物はもっと気に入らない。折角娼館に来たんだからおとなしく遊んで帰ればいいものを、わざわざ騒ぎを起こすなど馬鹿のやることとしか思えない。そして俺は馬鹿が嫌いだ。



「てめえ! 何しやがる!」


 沸点の異常に低い小物は、煙草の煙にさらに切れたようだ。沸点降下って気圧の変化が必要だったと思うんだが、こいつの頭の中は別の溶液で満たされているのだろうか? などとどうでもいい異世界の不思議について俺が思いを馳せている間に、イルザはエミリーを抱えて俺の背後に回っていた。


 何で客の俺が盾にされてる? 居続けの常連とはいえ、単なる娼婦と客の関係だろ? これで俺が怪我でもしたらどうするつもりなんだろうな。




「お客様、店内での騒動は控えていただけますか、これ以上騒ぐようであれば強制退店とさせて頂きます。ジン様にはご迷惑をおかけしました、このお詫びは別途必ず」


 ようやく騒ぎを聞きつけた黒服が登場したようだ。しかも明らかに揉め事対応要員だろう、見るからに筋肉質の大男である。小物は名前すらも知られていないようで、常連客ですらないのだろう。まあそこはどうでもいいし、俺としてはさっさと終わりにしてくれさえすればいい。



「やかましい! その女をとっとと寄越せ! それと、この男もぶっ飛ばす!」


 しかし俺の希望とは真逆の結果になりそうだ。小物は思ったよりも実力があるのだろうか? マッチョな黒服を見ても諦めるつもりはないらしい。しかもいつの間にか俺も巻き込まれているというオマケつきだ。

 

 まあ俺の後ろに店の女達が隠れた時点で巻き込まれるのは確定だったんだろうが、納得いかないよな。煙草を最後に一口吸うと灰皿に押し付ける。俺を盾にするイルザ達も気に入らないが、馬鹿のように大声で喚くこの男はもっと気に入らない。



 小物の目の前に立ちふさがってやると、思惑通り俺に殴りかかってきた。やはり馬鹿の行動は読みやすいな。当然だがこんな小物のパンチなど余裕を持って躱せる。そしてカウンター気味に小物の顔面を殴り飛ばす。もちろん十分すぎるほどの手加減はしてやったがな。



「げぎゃぁっ!」


 なにやら妙な叫び声をあげて小物が床を滑り転がって行く。手加減したとはいえ俺のステータスで殴ったんだ、立ち上がる事は出来まいと再び席に戻って煙草に火をつける。イルザが慌てて酒を作ろうと駆け寄ってきたが、手を上げて断る。俺を盾にして安全を計ろうとしておいて、詫びのひとつもないのが気に入らない。



「ジン様、怒ってるの?」


 だがイルザは空気を読まずに俺に媚を売ってくる。わざわざ確認しないと分からないのかと、俺も意地になって無視することにした。



「ねえ、ジン様?」


 それでもめげることなく、声を掛けてくる女。はっきり言って不愉快だ。話しかけられることすら億劫になり、そのまま席を立つと店を出ようと出口に向かうことにした。




 女はさすがに俺の態度を見て追いかけることはしなかったようだ。だが店の入り口でさっきの黒服に声を掛けられる。


「ジン様、今回の件は誠に申し訳ございませんでした。あのへんな客もそうですが、イルザとエミリーの態度は店の者として決して許されるものではありません。あのふたりには後程しっかり再教育いたしますので、お怒りを収めていただけませんか」


 この黒服はよく見ている。何に俺が不満なのかを的確に見抜き、その対応までをも最適なものを選んでくる。



「ちょっと表をぶらついてくる。頭が冷えた頃に戻って来るよ」


 この黒服に当たるのは違うと思い素直に謝罪を受け入れるが、せっかくなので表をぶらついてこようと思う。



「わかりました。お気をつけて」


 そしてそのあたりの機微を読み、素直に送り出してくれた黒服に感謝するのだった。




◆◆◆◆◆





 せっかく表に出てはみたが、全く行く場所の当てがない。腹が減ってるわけでもないし、欲しいものがあるわけでもない。酒と女は今はちょっと遠慮したい気分だ。そうなると全く何も思いつかないのだ。



(そういや、東の森の魔物を収納したままだったか?)


 思いついたのはにあった魔物、ちょっと前に東の森でレベルアップのために狩った魔物の死体だ。金には困ってはいないが、換金できるならとっととやってしまったほうがいいだろう。



(そうなると、冒険者のギルドに顔を出す必要があるのか…)


 決めつけ感がないわけではないが、あまり冒険者ギルドには行きたくない。さっきの小物のような馬鹿もいるだろうし、何より不潔な場所はいただけないのだ。


 娼館で教えてもらったこの世界の常識では、基本的に自己責任という考えが前提のようだ。つまり日本の様に法が手厚く守ってくれるようなことは無い。やられたらやられ損。衛兵も呼び出さなければ基本的に揉め事には口は出さないし、貴族がらみなら放置だ。さすがに無意味に殺人をするような馬鹿は犯罪者として取り締まられるが、喧嘩なら自己責任ということで死んでも運が悪かったの一言で終わりだ。


 ある意味今の俺にはちょうどいい環境だと言ってもいいだろう。この意味の分からないほど高いステータスならば被害者になることは無いし、馬鹿が絡んできても殺しても罪にならないのだから。


 それでも、冒険者ギルドのような脳味噌の代わりに筋肉が詰まっているような連中が多そうな場所に行くのは、自ら揉め事に首を突っ込むことに等しいという事。俺がやる気にならないのも仕方がない。



 とはいえ他に当てもないし、まだ娼館に戻る気にはならない。ため息をひとつつくと、煙草を咥えて冒険者ギルドに向かうことにした。ふと空を見るとまだ早朝と言っていい時間だ、朝の新鮮な空気の中吸う煙草は美味い。


 街の大まかな地理は娼館で聞いている。それに目的地が近づくにつれて、如何にもといった奴らも増えてくる。さすがに全員が頭のおかしい奴というわけでは無さそうで、普通に喋りながら歩いて行く奴らばかり。その様子を見て少しだけ安心する。




 そこは一区画丸まるの敷地面積を持つ大きな建物だった。入口はまるで西部劇の酒場かと思うようなスイングドア。建物の裏手にはグラウンドらしき場所も見える。絵にかいたような冒険者ギルドとでも言えばいいだろうか。あまりにも想像通りの建物に逆に驚いてしまう。



「なんだ、見ない顔だな? まあいい、有り金全部よこせや」


 スイングドアを押し開けるなり、俺の顔を見て声を掛けてくるむさい格好の冒険者達。朝っぱらから酒を飲んでいたのか真っ赤な顔で酒臭い息を吐いている。入口の左側が酒場として営業しているようで、それなりの数が酒盛りをしている。その一番手前の入り口そばにたむろしていた4人の冒険者がいきなり絡んできたようだ。



「息が臭い。話しかけるな」


 昼酒の件は俺も人のことは言えないし、良しとしよう。だが体臭が酷く、吐く息も激臭といってもいい程の酷い臭い、会話するなど絶対に無理だ。少なくとも10メートルは離れてほしい。



「てめえ命が惜しくないようだな。人が優しくしてやりゃ付け上がりやがって」


 激臭冒険者にしたら優しくしたという事だろうか? いきなり恐喝することのどこが優しいのかじっくり聞いてみたい気もするが、相手がこいつでは会話する時点で罰ゲームでしかない。だが激臭はやる気満々のようで、立ち上がると俺に向かって殴りかかってくる。



「おお、いいぞやっちまえ!」

「ぶっ殺しちまえ!」

「そっちの兄ちゃんも負けるな!」


 無責任なヤジが他の冒険者達から飛んでくる。おそらくこんな揉め事は日常茶飯事なのだろう、誰も止めようとはせずに盛り上がっている。


 だがこんな奴らの期待に応える気もないし、激臭に触れられたくもない。盛り上がる観客は無視してさっさとけりを付けることにしようか。




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 読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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