第二章 すべて世は事も無し

第10話 王国騎士団がやってきた

 モルブランの街の入り口。今日も多くの人々が出入りしている。


 多くの商品を積んだ商人とその護衛達、旅人を乗せた乗合馬車や、馬車には乗らずに歩いていく旅人の集団もいる。街の外へ魔物を狩りに行く冒険者が数人のパーティーを組み勇んで出ていく。


 ここモルブランはブルイール王国の東部に位置する、アングレット地方のさらに東の端に位置する。隣接するジョーヌ共和国との国境に近いことから交易が盛んであり、国境線の代わりに両国を分かつ魔物の森も近い為、冒険者達も多く集まる。


 ジョーヌ共和国とは比較的友好な関係であり、人の行き来も盛んである。ただ魔物の森のそばを通過する必要があるため護衛は欠かせない。


 元々は魔物の森を大きく迂回する必要があったため、ほとんど共和国との交流は無かったが、両国の協力のもと魔物の森を切り開き街道の施設が行われてからは、両国をつなぐ主要街道として大きく人の流れを受け入れるようになった。


 魔物の森を切り開くのには100年近い時間がかかったと聞いている。それは単に森を切り開くだけで無く魔物との激しい攻防もあったためだ。






 そんなモルブランの街の入り口に私はようやく到着した。


 新たにこの街の防衛のために駐留する王国第3騎士団団長。それが私、カーミラ・フォン・ヴァイツネッガーである。



 王国では中央の王都を王家が、その周囲を囲むように7つの侯爵家が支配する。ここモルブランのあるアングレット地方はフェドリゴ侯爵が治めると言った形だ。もともとはアングレット侯爵家が存在していたが、歴史の中で没落し今はフェドリゴ侯爵の治める地となっている。


 そして各地方はそれぞれの侯爵家のもつ領兵と、王都から派遣される王国騎士団により守られる。王国騎士団が派遣されているのは、領主による苛政を防ぐ事、反乱を未然に防ぐ事の2つの意味を持つ。そのため2年ごとに騎士団は入れ替えを行い、領主との癒着を防ぐ事になっている。



 王国騎士団は非常に厳しい規律で縛られる、そしてその代わりに高給取りでもある。これは買収を未然に防ぐ意味もある。王国騎士団の団律では収賄は金額の多寡にかかわらず死罪、たとえ鉄貨一枚であろうともだ。そのおかげもあり王国騎士団は非常に高い士気と練度を保っている。


 逆に多くの領兵は基本的に質が悪い。そのほとんどが領内から徴集された者達で構成されており、上官の貴族のもと安価な報酬でこき使われているためだ。それでも地の利は彼らにあるので領内の警邏は領兵が基本的に担当している。そして我が王国騎士団は主に防衛を担っている。


 問題は王国騎士団と領兵に共通する指揮系統が存在しないことだ。立場上王国騎士団が上位に立つはずなのだが明文化されておらず、領主自身も自領で王国騎士団が大きな顔をするのをよく思っていない。そのため連携が取れずうまく機能しないことが多いのだ。


 この辺りの制度については一度陛下に奏上したが、貴族たちに強く言えない即位時のあれこれがあるため有耶無耶にされている。




 とはいえ新たな赴任地であるモルブランの街にようやく到着したのだ。率いる王国騎士団5千は一糸の乱れも無く整列し私の命を待っている。まずは前任の王国第5騎士団から引継ぎを受け、部下たちを宿舎で休ませてやる必要があるな。




 共和国への防衛という側面も持つ王国騎士団は、この領地ではこのモルブランの街を拠点とするのが通例であり、モルブランの街の北部にその宿舎を構えている。ちなみに領兵は西部にその拠点がある。街の構造が南から北に向けて富裕層が多くなり、東部には商店や工房、西部は住宅街というように大まかに分かれている。一部例外もあるが基本的にこの配置に従っており、王国騎士団は富裕層のそば、領兵は通いの為に住宅街のそばに位置するという効率的な配置ともいえる。



 私カーミラは到着後すぐに、前任の騎士団団長であるグスタフ・フォン・グーツァイトに会いに行く。グスタフはいかにも騎士団団長と言った筋肉質の巨漢だ。だがその外見に似合わず穏やかで人当たりのいい男で私の剣の師でもある。王都では何度も手ほどきを受け、騎士団団長についてからも親しくさせてもらっている仲である。


 団長室へ案内にたってくれた小姓に連れられて向かうと、グスタフはすでに茶を用意して待っていてくれた。


「久しぶりだなグスタフ殿。元気そうで何よりだ」


「そう言うカーミラも相変わらずお転婆は治っていないようだな」


 団長同士顔見知りであり、親しい関係でもあることからお互い気安い挨拶をかわす。その後はまずは事務的な引継ぎについて、これまでのフェドリゴ侯爵領の様子や発生した事件等の引継ぎを行う。とはいえ戦争が起こっているわけでもなく文字通り事務的な引継ぎで完了する。



 目立った問題は無いが、相変わらずこの地では貴族による支配が強すぎるようだ。はっきり言えば民衆を人間扱いしているとは思えない非道の限りを尽くすような者までいる。領兵は貴族に雇われている以上、その貴族がらみの問題には関与できないため民衆は泣き寝入り以外の道が用意されていないのだ。本来なら平民は貴族のもとに守られるべきものであるはずだ、だからこそ平民が貴族に従い税を納め労働を提供するのは当然なのである。それをただ使いつぶすような真似をする貴族を私は許すことが出来ない。


 他には最近、代々この街で続いていた老舗の商会が廃業に追い込まれたぐらいが、動きらしい動きだった。これもどうやら貴族がらみらしいが、騎士団の範疇ではなく領兵からの報告もないことから詳細は不明のままとなっている。


「まあ、そんなわけでこの街は領主や貴族以外は平和そのものだな」


 暗に貴族がらみの揉め事しかないとグスタフは教えてくれる。



 貴族の腐敗には陛下ですら手を打てない以上、私にもどうすることも出来ないとは思う。本来の王国騎士団の役割は領地の防衛であり、貴族の取り締まりではない。本来なら領兵がそれを担当するべきなのだから。



 そんな私の顔を見てグスタフは続ける。


「納得いかないようだが、下手に手を出すと王国を巻き込んだ騒ぎになる。何もするなとは言わんが、慎重にな」


 父親ぐらいの年齢のグスタフの言葉からは、私への心配が感じられる。私としても別に馬鹿な貴族を皆殺しにするつもりも無く、少しぐらいは民衆が暮らしやすくなればいい程度の思いなので、ここは素直にうなずいておいた。





 引継ぎは順調に進み1週間後、グスタフは王国第5騎士団を連れ王都に去って行った。引継ぎは終わったが、今後の防衛プランの確認や領内の状況を整理する必要がある。私は部下に指示を出し情報収集や状況把握に努める。結果、引継ぎ内容との齟齬も無く改めて確認できたのは赴任後一月ほど経過したころだった。グスタフを信用しないわけではないが、やはり自分で確認することは必要であるし、おかげでこの領については大体把握できた。



 やはり最大の問題は貴族であることが改めて確認できた。領主であるフェドリゴ侯爵はモルブランではなくアングレット地方の中央に位置する領都ドブーレにその居城を構える。ドブーレも共和国と王都を結ぶ交易の拠点であり、非常に巨大な街並みを誇っている。現在のフェドリゴ侯爵家当主であるフェドリゴ侯イヴァンは、ドブーレを支配下に置き好き放題やっているらしい。


 そしてモルブランの街を含む東部はロッシェ伯爵家が実質的に支配している。現当主ロッシェ伯アブデルはイヴァンの腰巾着で、上には従順だが下には暴虐という、控えめに言って最悪の性格をしているらしい。さらにその下に子爵やら男爵といった有象無象が甘い汁に集る蟻のように群がって、民衆に好き勝手しているらしい。




 正直なところ私の好きにして良いというのなら、今すぐにこの腐った貴族どもを皆殺しにしたいと報告を受けた直後は考えもした。しかし悪政とはいえ統治は統治、王国への税も納められ共和国との交易も順調、大きな反乱もないことから、そんなことをすればこの地が混乱に見舞われ、よりひどい結果になる可能性が大きいことも否定できない。


 私にできることは現状を維持し、少しでも民衆が安心した暮らしを送ることが出来るように、問題とならない範囲で改善していくことぐらいだろう。




 グスタフから聞いた老舗の商会の件についても、もう少し詳細がわかった。


 発端はエラヌーニ子爵家お抱えのカスパール商会が何者かによって襲撃を受け、取り扱う商品を残らず奪われたことだった。タイミングの悪い事に子爵家へ納める商品もそこに含まれており、契約の期日に商品を納めることのできなかったカスパール商会は子爵によって取り潰し、一家は処刑されたようだ。ここだけ見ればカスパールは完全な被害者で十分同情の余地があるのだが、民衆からはカスパール商会はその振舞いから蛇蝎の様に嫌われていたようで、自業自得なのかもしれない。


 子爵家は別の商会から商品を手に入れたらしく、多少余分な費用は掛かったが子爵家としては大した問題ではなかったようだ。そして子爵家が声をかけた中にその老舗の商会が含まれていた。どういうつもりかわからないが、カスパール商会が治めるはずだった品をすべて用意できると言ってしまったことで、結局用意できずこれも取りつぶしにあったようだ。


 どうやらその時の商会長が後を継いだばかりの小娘だったらしく、貴族とのつながり欲しさに無茶をして潰されたという、これもまた自業自得と言えるものだった。



 結果ふたつの商会が潰れたが、子爵家も望んだものが手に入ったため問題なく解決したことになっている。ただカスパール商会から商品を強奪した者が誰なのか? そこには何も触れられていなかった。


 考えようによっては、貴族お抱えの商会への襲撃、つまり貴族への敵対行為とされても仕方がないような行為である。これを実行し見事に成功させ、未だその足取りどころか犯人像すら浮かんでこないことが妙に気にかかる。考えすぎかもしれないが、子爵家が後で手に入れた商品は犯人が横流しした盗品という可能性もある。その場合犯人は多額の現金も手に入れたことであろうことは想像に難くない。


 そして最も重要な点は、その犯人は貴族に対して恐れることなく手を出したという点だ。この国の平民ならば貴族に手を出すという考え自体持つことは無い。にもかかわらず犯人は手を出した、つまり貴族を恐れていないと言えるのだ。私は是非この犯人に会ってみたい、叶うなら自身の手駒として確保したいと思っている。




 私は部下たちに最近金回りの良くなったものについて、領兵と協力して調査するよう指示した。


 少なくともこんな強盗まがいのことは貴族は行わない。たかが平民の一商会相手なら正面から乗り込んで奪い取るなど容易にやりかねないのがここの貴族というものだからな。つまり対象が貴族でなければ領兵との協力は十分可能と考えたのだ。さらに騎士団入れ替わりのタイミング、前回の騎士団と違い協力できるとアピールするにも良い時期のはずだ。




 そんな私の思惑により引き起こされた結果に、後悔するのはまだ少し先の話になる。




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 読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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