第9話 終わり良ければすべてよし

 前話のあらすじ。仁、泥棒する。


◆◆◆◆◆


「アデーレ、どこか人目に付かない空き倉庫みたいなとこは無いか?」


 いきなりそんなことを言い出した俺を、アデーレは睨んでくる。



「奥の倉庫ならいくつか空いてますが、今はそれどころではないのでは?」


「いや、話は繋がってるよ。騙されたと思って案内してくれ。出来ればアデーレひとりでな」



「どういうつもりかはわかりませんが、ジン様のことは信用してますからね」


 俺を睨みつつも、案内はしてくれるようだ。



「そうそう、貴族の持ってきたリストも一緒にな」


 そう言う俺にため息をつきながらも、アデーレは言う通りにしてくれるようだ。




 商会の建物の裏手には、いくつも倉庫が並んでいた。その端の倉庫にアデーレは向かい何やらごつい鍵で扉を開ける。そのまま中に入って行き、しばらくしたら顏を出して俺を手招きした。


 倉庫に入るとランプのような明かりがついていて中が見渡せた。この明かりをつけていたんだろう。そして倉庫は見事なぐらい空っぽだった。


「ここは今使っていない倉庫です。ここならいかがです?」


「ああ、十分だ。そのリストをもらえるか?」



 そう言って俺はアデーレから貴族の持ってきたリストを受け取ると、に入った一覧をイメージする。はこの一覧機能のおかげで中身が簡単に確認できる。何を入れたなど覚えてられないが、この機能のおかげで忘れても問題ないのだ。


 俺は貴族のリストの品と、の一覧を突き合わせていく。


 似たような名前のものを順に取り出して倉庫の空きスペースを埋めていく。そんな俺の様子をアデーレは口を開けてただ眺めていた。そして10分と掛からず貴族のリストに該当する品が揃う。



「ジン様…、これは一体…」


 まだアデーレは正気に戻っていないように見えるが、構わず説明する。


「カスパールの所にあったもんだよ、昨晩根こそぎ奪ってきた。そのせいか今朝がたカスパールとその家族は貴族に捕まってたよ。それとこの件は秘密にしておいてくれ、お互いの為にもな」



「カスパールが貴族に捕まった…? それは本当ですの?」


「ああ、この目で見たよ。高級な馬車が数台奴の店に止まってて、そこに縛られた奴らが放り込まれるのをな」



「なんてこと…。そうするともはやカスパールは処刑されていると考えるべきでしょうね。貴族との契約を一方的に破ったことになるのですから…」


「そういうこと、これで俺への依頼は完了ってことで良いか? それとここの品は安くしとくから」



「盗品を買い取れと言うのですか? 黙っておきますから、値段はわかりますよね」


 アデーレは俺を醒めた目で見つめながら口元をいやらしく歪めて言う。そこから、盗品ならもっと安く寄こせという思いと、犯罪がばれたくないのだろうという思いが透けて見えた。少なくとも俺は好意で提案したつもりだが、この態度はそれを見事に裏切るものだ。これまでも胡散臭い女とは思ってはいたが、これで完全に縁切り確定だな。




「そうか、なら無理は言わないよ。ただ秘密にしておく件は頼むな? そもそもアデーレからの依頼が発端なんだから」


 そう言うと俺はせっかく出した品を、次々にに納めていく。



「ま、待って! 買い取るわ、言い値で買い取るから持って行かないで!」


「いやいや、盗品呼ばわりして値切ろうとしたのはあんただ。俺は好意であんたに安く提供するとはいったが、無理やり買い取れと言ったつもりはないからな」



「そ、そんな…」


「その様子だとカスパールの件も反故にするつもりか? まあ正式に契約は結んでなかったからもういいや。これを他所で売ればそれ以上の金は間違いないだろうしな」



「は、払います! 金貨50枚ですよね! すぐに払いますから、その品は持って行かないで!」


「断る。これ以上あんたの商売ごっこに付き合うつもりはない。あんたは信用に値しない。そもそも最初からそんな調子だったよな」


 俺はアデーレを感情のこもらない目で見つめる。もはや目の前の女への興味は完全に失せた。



 最初からあわよくば、ただ働きさせる意図が見え隠れした今回の話だ。それでもそれなりの金額を提示したので一度だけ信用してみたが、結局自分の手は汚したくないという内心を隠しきれず、だが貴族に恩は売りたいという自分の思いだけで動く、自分だけが可愛いと考えるような女のためにこれ以上何かしてやる義理は無い。



 そもそも貴族の使いにも、無理と断ることはできたはずだ。少なくとも協力はするといった体でかわすことなら出来たろう。それを貴族に恩を売るために受けたのは自業自得、俺が関与することでは無い。



 そしてアデーレは、俺の言葉が一番触れられたくない箇所に突き刺さったのだろうか、赤黒く顔を染め怒りの形相で俺を睨みつけた。



「いいからっ、よこせっ!」


 もはや取り繕うこともやめたのだろう。アデーレは必死の形相で俺につかみかかってきた。当然アデーレの力で俺にどうこうできるわけはない。アデーレを軽くかわすと、俺はそのまま倉庫を出た。アデーレは躓き転びながら、俺を追いかけてくる。


 面倒とは思うが殺すまでも無いと、気にせず店舗の建物を抜けていこうとする俺に、何を血迷ったかアデーレはそばにあった棒切れを掴み俺に襲い掛かってきた。



 当然商会の店員達の眼がある中のこと、襲われそうになった俺の姿を多くの店員が見ている。頭に血が上り周りが見えなくなっているのだろうかアデーレはそんな中を奇声を上げて棒切れを振り回しながら俺に向かってくる。棒切れが振るわれるたびに置かれていた商品や書類が舞う。店員たちも止めようと思うのだろうが、おかしくなったアデーレの形相を見て躊躇ってしまう。


「これ以上暴れるなら、殺すしかないぞ」


 仕方なく俺は店員にも聞こえるように、アデーレに声をかける。「殺す」という言葉に驚く店員もいたが、アデーレの様子を見ると仕方が無いという顔をする。



 とはいえ本気で殺すつもりはない。殺すと言ったのは、万一に備えた予防線に過ぎない。俺はアデーレに向かって一歩踏み出すと鳩尾に拳を突き入れる。かなり手加減はしたので命に別状はないはずだが、責任は持たない。


 俺は近くに居た店員に事情を告げる。もちろんカスパールの所から盗んだ件は話すつもりはない。カスパールに対しての護衛の件で揉めたという事、契約をごまかされそうに感じたので帰ろうとしたら棒切れを持って襲われたこと。かなり端折ったが嘘はついていない、話していない部分が大半なだけだ。



 店員は俺の話を聞くと、何となく納得したようだ。その後店員から話を聞いたところによると、先代まではこの街一番の商会だったがアデーレが継いでからはずいぶん落ち目になってきたらしい。両親に甘やかされて育ったアデーレは、外面はいいが思い通りにならないと癇癪を起すため、顧客の信用を失い店員からも信頼を失いつつある。おそらく今回の件で大半の者が店を辞めることになるかもしれず、遠からずこの商会は畳むことになるはずだと。


 どうやら出会った頃からから感じていたちぐはぐな感じは、間違いではなかったようだ。構ってくれるものが居ないから、誰かれ構わず長話をして構ってもらおうとしたり、それなのに肝心な事は隠して自分の都合の良いように物事を進めようとしたりと、要は単なるわがまま娘の暴走という事なのだろう。商人として最も大事な信用をここまで失ったんだ、今となっては全て手遅れだ。



 そうして俺は店員に別れを告げると、そのまま商会を出た。




◆◆◆◆◆




後日談


 当然の結果と言うべきか、アデーレは貴族の要求を満たすことはできなかった。最初から無理と言っておけばよかったのに、中途半端に出来ると答えたことが致命傷になり、アデーレはされ商会は畳むことになったそうだ。


 俺は貴族が声をかけた店をそれとなく探し出し、にあるモノを高値で売り飛ばすことに成功。当然ローブで顔を隠し身元は隠し通せた。まだ売りさばいていないものも大量にあるが、今回の収入はざっとアデーレの提示した金額の100倍程度とだけ言っておこう。



◆◆◆◆◆





 色々あったが、今俺は娼館を宿代わりに暮らしている。


 何を言っているかわからないって? 大丈夫だ俺も良くわかっていない。



 切っ掛けはこうだ。アデーレの所を出た後、モヤモヤというかイライラというか、何とも言えない気分になった俺は唯一知っている飲み屋であるヒルダの店に向かった。まだ昼前だったが娼館はこの時間でも開いているらしい。いわゆる24/365のコンビニ状態で営業しているそうだ。当然店の者は交代で休みを取っている。


 そういうわけで昼間から酒を飲み楽しんでいた俺は、何の気なしにヒルダにこの辺に良い宿は無いかと聞いてみた。そうしたらヒルダに手を取られて客室に案内されて、気が付けば俺の横にヒルダが裸で眠っていた。その後も俺が店を出ようとすると女の子が俺の手を取り客室に連れて行く。気が付けば娼館から一歩も出ることなく、半月ほどが経過していた。


 まあ、おそらくだが最初にヒルダにカスパールのところから拝借した金貨を、100枚ほど預けたのがまずかったのかもしれないな。毎回いちいち清算するのは面倒と思って預けたんだが、思わぬ大金が入って金銭感覚が狂っていたんだとは思う。


 だが後悔はしていない。当たり前だろ? 毎日美人に囲まれて好きなように酒を飲んで、寝るときには美人を抱く。こんな生活が嫌な男がいるわけがないからな。


 まあ、異世界転移の役得と思い存分に楽しむことにしたのだった。





 転移したての直後は色々あったが、あれ以来特に大したイベントは無い。せいぜい頼んでいた灰皿が思った以上の出来でテンションが上がったぐらいだ。


 毎日のように店の女たちと酒を飲みつつ話している間に、ずいぶんとこの世界のこともわかってきた。それに女たちの情報収集能力は凄まじく、居ながらにして世間の様子がわかる。


 ここはかなり高級な娼館らしく、客層のレベルも高い。つまりそれなりの地位の方々が客としてやってくるという事だ。そして男は美人に弱い、酒を飲み気分が良くなったところに美人が褒めそやすのだ、大抵のことは話してしまうだろう。そしてそうした情報が俺のもとに集まるのだ。もはや外出する理由を探す方が大変というわけである。



 そして今日も変わらず女の子を侍らせながら、昼間から酒を飲む。




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 読んでいただきありがとうございます。第一部完了まで漕ぎつけました。

 続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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