第8話 やってることはただの泥棒

 前話のあらすじ。仁、店に戻る。


◆◆◆◆◆


「結局のところ、根本解決するにはカスパール商会に消えてもらうのが一番という事なんだな」


 俺はアデーレに向かい、今回の揉め事の解決法を提示する。



「はい? ちょっと今って言いました?」


 俺の言葉にアデーレは驚き困惑したようだ。



「ああ、俺は基本的に面倒くさがりなんでな。ちまちま来るたびに相手するより、そっちの方が早いだろ?」


「あー、えー、そのね、そう出来ればもちろんそうなんだけどね。前も言った通りカスパール商会は護衛で守られてるのよ?」



「カスパールだけとかなら面倒だが、店員もろくな奴が居ないんだろ? それに護衛は仕事だからな、頑張ってもらうしかないだろ?」


「ちょっと何言ってるのかわからないんだけど?」



「つまりだ、カスパール商会にもらうってことだよ。言葉通りにね」


「…そんなことが出来るの?」



「ああ、多分な? さすがに試したことは無いからな」


「当たり前でしょ。そんな簡単にいろいろ消されたら怖いわよ」



「じゃあ、カスパール商会の場所を教えてくれるか? ちょっと行ってくるから」


「そんな散歩でも行くみたいに軽く言われても…。まあ、場所は教えるのは構わないけど…」


 そう言ってアデーレは地図を用意させて、俺にカスパール商会の場所や道順を教えてくれた。ただその顔は納得はできていないようで、俺に対する不信感が伺えたのは気にしないでおこう。




「それじゃ、ちょっと行ってくる」


 そう言って俺は煙草をくわえ、戸惑うアデーレを残して教えてもらった場所に向かう事にした。




 カスパール商会の場所はすぐにわかった。明らかにガラの悪い男たちが、店の前にたむろしている。一般客向けではないとはいえ、これでは誰も近寄ってくることは無いだろう。俺も他の通行人と同様に店の前を避け大回りに通過していく。途中チラリと中を覗いたが、派手な金ピカの成金趣味のような品が店の奥に山積みされていた。センスは最悪だが素材の価値としてみれば高価なものなのかもしれないな。


 そのまま店を通り過ぎ店のある一角をぐるりと見てまわる。カスパール商会の周りにも建物はあるが、ほぼ無人かガラの悪い男がいる系列店と思われるものしかなかった。まともな商人は立ち退いてしまったのだろう。




 大体周囲の様子も把握できたし、策を練るか。俺は適当な路地に入り壁にもたれながら煙草に火をつける。


 目的は、カスパールが二度とアデーレの商会にちょっかいを掛けられないようにすること。つまり諸悪の根源のカスパール本人を消すだけでなく、二度とちょっかいを出すことが出来ないようにする必要がある。アデーレ商会にちょっかいをかけるのは、カスパール商会が上に行くために目障りだからだろう。つまり今の立ち位置から引きずりおろせばいい。


 商会としての立ち位置とはなんだ? 資本か? 信用か? 人脈か? 



 聞いた話では貴族を味方につけ、貴族との取引でのし上がってきたようだ。つまり貴族との取引を失敗させて大損を食わせればそれで終わり。上手くいけば相手の貴族から狙われるぐらいは期待してもいいだろう。


 ということは店にある商品をすべて奪えば面白いことになりそうだな。




 俺は再びカスパール商会の正面に回ると、監視によさそうな場所を探してみる。そうすると少し離れた場所に背の高い建物があるのを見つけた。近づいてみると都合のいいことに宿のようだ。いわゆるホテルのようなもので高級な部類に入るらしい。受付に行き景色が気に入ったと適当な事を言ってカスパール商会が見下ろせる部屋を確保する。


 それなりの値段だったが必要経費だろう。早速部屋に入り窓からカスパール商会を見下ろす。人の流れがわかる程度には、はっきり見える。監視にはうってつけだろう。


 窓のそばにテーブルと椅子を移動させ、煙草をくわえる。あとはのんびりとここから見張るだけだ。確認したいのは倉庫の位置だ、複数あればそれも確認しておきたい。後は金庫のような場所がわかればうれしいが、カスパールの居る建物がわかればそれで十分だろう。



 3時間程眺めていると、大体動きを把握できてきた。馬車は複数あり、そのうちの一台が高級感のあるもの、これが貴族への納品用だろう。他は荷台程度のものや幌のかぶったもので、こっちは単なる運搬用と思われる。丸見えの荷台には大したものはなさそうだったが、幌に隠された荷物は運び入れる様子が慎重だったことから高価なものなのかもしれない。


 荷物は敷地内の倉庫に納められ、一部高級そうなものはさらに別の奥の倉庫に納められていた。セキュリティ的にも悪くは無い手だが、こうやって俺に見られている時点でダメなんだよな。



 そして恰幅の良いというよりは単なるデブという方が似合う偉そうなおっさんも見かけた、周りが頭を下げていたからあれがおそらくカスパールなのだろう。全く期待を裏切らない見た目なので、思わず吹き出して煙草を落としそうになった。



 そろそろ陽が落ちる頃になったので監視を切り上げ、宿の食堂で軽く晩飯を取る。受付に顔を出して今夜はこのまま寝るから起こさないでくれと告げ、部屋に戻る。もちろんアリバイつくりの為だ。


 部屋に戻ると先日買ったローブをまとい、顔が隠れるほどにフードを下げて紐で止めておく。万一にも顔がばれないようにするためだ。ローブは良くある品と聞いていたので足が付くことはないだろう。


 外が暗くなるまで待つと、部屋の明かりを消す。そして窓を開け外に出ると再び窓を閉めて、飛び降りる。


しょう


 今回は空を飛ぶイメージだ。ぶっつけ本番だが失敗するはずはないと感覚的に理解できる。そして飛び降りた落下速度が減速し、ゆっくりと着地する。



 俺は気づかれていないことを確認すると、宿の敷地を囲う壁を飛び越え、カスパール商会に向かう。日が暮れると人通りはばったり減るようだ。商店も陽が落ちかけると店を閉めるので、この時間の買い物客は誰もいない。カスパール商会も同様で店舗部分はすでに閉じられ、隙間から明かりが漏れているだけ、人の姿は外からは見えない。


 正面から乗り込むとさすがにすぐに騒ぎになるだろうから、昼間確認した無人の建物から敷地の裏に忍び込む。少し様子を伺うが建物の外には人の気配はない。



 高級品が納められた倉庫も見張りは無いようだ。倉庫の裏手に回り壁に穴をあける。


ざん


 人ひとり通れるほどの大きさに魔法で壁を切り穴をあける。ほとんど音は立てなかったので気付かれていないはずだ。倉庫の中に入ると当然中は真っ暗だ、「とう」と明かりのイメージで魔法の灯をともすと、大量にセンスは微妙ながらも高級そうな品が所狭しと置かれていた。


 面倒なので片っ端からしていく。気になるものがあれば後でゆっくり見ればいいのだ。5分もかからずに倉庫は空になる。明かりを消して倉庫から出ると、もうひとつの倉庫に向かう。


 こちらも同じ作業の繰り返しだ、こういう時のの便利さは半端ないな。さっきと比べると幾分落ちるがこちらもそれなりの品が多かった。貴族向けという事は最低でもそれなりのレベルのものを用意する必要があるのだろうな。



 これで今回の目的は達成だ。後はとっとと見つからないうちに撤退しよう。俺は来た道をたどり宿に戻る。運よく誰ともすれ違わなかったのは、日ごろの行いのおかげだろう。再び魔法で部屋のそばまで飛ぶと窓を開けて部屋に戻る。


 ローブを脱ぐとそのままさっさと寝ることにした。昨夜は朝まで飲んでいたので、すぐに寝入ってしまう。





 翌早朝、何やら大声が外から聞こえて目が覚めた。誰か客かと思ったが、そうではなく窓の外から大声が届いている様だ。ベッドから這い出ると窓に近寄って様子を見る。



 カスパール商会の前に高級な馬車が数台横付けされているのが見える。大声を上げているのはその高級な馬車の横に立つ鎧を着た大男のようだ。体に見合った大声は窓を開けたことで、ここまではっきり聞こえる。



「カスパール! 今日、この時間が納品の期限である! さっさと品を持ってこんかぁっ!」


 よく見ると大男の前に身をかがませ土下座のような姿勢を取っている太った男が見える。おそらくあれはカスパールだろう。


 どうやら昨日の仕事はいいタイミングだったようだ。貴族への納品に間に合わないなど、貴族の顔に泥を塗るようなもんだ。これでカスパールも終わりだな。



 そのまま様子を見ていると、カスパールだけでなく他にも醜く太った男女が数人連れ出され、縄で縛られたうえで高級馬車に放り込まれた。何人か護衛や店のガラの悪いものが抵抗したようだが、大男やその部下らしい鎧の男たちに切り伏せられていた。おそらくカスパールの家族もまとめて連行され、それを止めようとして殺されたといったところか。



 なんにせよこれで目的は達成できたようだ。物理的に潰すことも考えたが、それは後が面倒になる可能性が高かったからな。俺の仕業とばれるのも面倒だが、誰かわからない状況で犯人捜しが続いても息苦しいだろうからな。




 俺は顔を洗い着替えると、宿をチェックアウトする。受付で外が騒がしかったことを告げると頭を下げられたが、俺が夜抜け出したことは気が付いていないようだ。まあ、カスパールが復活する目はもうないだろうからアリバイなどどうでもよくなったんだがな。


 そうして俺は、咥え煙草でアデーレのもとに戻っていった。





 アデーレの商会に付くと、何やらひどく慌ただしい。店員があちこち駆けまわったり、大声で指示を出したりと、どうにも様子がおかしい。


 邪魔にならないようにそっと中に入りアデーレを探す。アデーレは何やら書類を引っ張り出して店員たちに色々と指示を出しているようで、とても声をかける雰囲気ではない。邪魔になりそうだといったん店を出ようとしたときにアデーレと目があってしまう。


「ジン様! ちょっとお話があります!」


 問答無用、断ることを許さない口調で俺のそばまで来ると腕を掴んで奥に引っ張て行く。




 以前連れられた応接室に入るなり俺を座らせてその正面に座るアデーレ。


「ジン様? 一体何をされたんですの?」


 有無を言わさぬ口調でいきなり問い詰められる。



「ちょっと待て、一体何の騒ぎだ? まず状況を教えてくれ」


 訳もわからず問い詰められるのは勘弁してほしいと、まずはアデ-レに落ち着いてもらうためにも話を聞くことにする。



 アデーレの話はこうだ。朝早くに貴族の使いがやって来て、これだけの品を至急そろえるようにとリストを持ってきたらしい。言い値で支払うという事らしいが、簡単に手に入らないものが多く困惑する。しかも期限はなるべく早くときたものだから、朝から総出で品の確認に追われていたのだ。


 そしてアデーレもそれが本来はカスパールの所に依頼していたものだと気が付いた。そして昨日カスパールを潰すと言って出掛けた俺、何か関係があるとは誰でも気が付くだろう。そして俺はこうやってアデーレに睨まれているというわけか…。



 おそらくカスパールが納めるべき品が無くなったので、街一番の商会であるアデーレの所にやってきたと考えるとつじつまが合う。


 ほぼ俺のせいだな、これは…。


 まあそうとわかれば話は簡単だ。おそらく必要な品は全部俺のにある。これをアデーレに渡せば万事解決だろう。足が付かないかが気にはなるが、その辺はアデーレに丸投げだ。俺のおかげで貴族に恩が売れるのだから、それぐらいはやってもらわないとな。


 我ながら酷いマッチポンプだとは思う…。




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 読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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