第7話 カスパールの悪評

 前話のあらすじ。仁、飲みに行く。


◆◆◆◆◆


 結局朝までヒルダの店で過ごしてしまった。美味い酒と美人、酒の肴が揃ってしまえば抗う術は無いというもんだ。寝不足だが、二日酔いにもならずいたって元気なのはのおかげかもしれないな。



 朝というよりも昼前といった方が良いだろう時間帯、俺はアデーレの店を目指して歩いていく。途中見かけた屋台で、適当に美味そうなものを見繕って歩き食いしつつ、適当に店を覘く。武器や鎧が売られているのを見ると、やはり異世界なんだなと改めて思う。少し裏手には鍛冶屋だろうか、賑やかな音を出している。


 鍛冶屋など見たことがないので興味本位で覗きに行ってみると、高い煙突から濛々と煙を上げている建物が鍛冶屋の作業場なのだろう。中では半裸の男たちが汗まみれで仕事をしているのが見える。ちょっと汗臭い男は嫌だなと思い、店舗らしき方に向かってみる。


 どうやらここは製造も販売も行っているようで、店舗には金属製品が所狭しと並んでいた。店に入ると少し年配の恰幅の言い女性が店番なのだろうか、声をかけてくる。


「いらっしゃい、初めての客だね。こんなところまで来るとは物好きだねぇ」


 掛けられた言葉は皮肉交じりだが、人柄だろうか明るく彼女が言うと嫌味っぽくは無い。


「散歩がてら彷徨いこんできたってとこさ。ちょっと見せてもらっていいか?」


「ああ好きなだけ見るといいさ。ここはうちのが道楽で作ったもんがほとんどだがね。はっはっは」



 許可をもらったので店内を見るが、正直何に使うもんかすらわからないものがほとんどだ。そこまで興味を覚える品もなく、わざわざ用途を聞くこともない。


 そういえばこの世界には灰皿がなかったよな。と思いつき代用できそうなものを探してみる。

しかしなかなか良いものはなさそうだ、鉄の大皿やツボといった使えなくはないが微妙な品しかなかった。



「なんか探してるのかい? そこになければ作ることもも出来るよ、ちょっと値は張るけどね」


 店番の女性が俺の様子を見て声をかけてくる。よく見ているなと感心しつつ、灰皿のイメージを伝える。



 金属製の少し底の深い箱、形状は丸でも四角でもどちらでもよい。蓋と中蓋が必要で、蓋は完全に密封出来るように、中蓋は灰だけが落ちる程度に網目のような形状。店や部屋でのんびり使いたいので大きさは手のひらサイズぐらいか。


 口頭では伝わらないかと思ったが、女性は手元の紙に簡単な絵を描いて見せてくる。それは俺の想像に近いものだったので、密封の所は煙が漏れない程度などと言った詳細を告げる。女性はしばらく紙を眺めて見積もりを出す。完全オリジナルのハンドメイドと考えると大銀貨一枚は妥当だろう。そう思った俺は前金で全額支払う。


 一週間程度かかるだろうという彼女の説明と、引き換えの伝票を受け取り店を出た。出来上がりが非常に楽しみだ、こんな一点物など元の世界では持ったことがないからな。俺は足取りも軽く再びアデーレの商会を目指す。



 馬車から見た景色を思い出しつつ、多少の遠回りはあったが何とか見知った通りに戻ってこれた。基本的に馬車が通る道は太く他の道とは区別されているため、辿るのが容易であったので助かった。


 そして馬車が行き交う通りを歩き出す。馬車も荷車を引いたものから、高級なつくりのものまでさまざまな種類がある。そしてゆっくりと走るものや、乱暴な運転で急ぐものなど様々だ。



 やはりというべきか当然というべきか、馬車が通る道には馬の落し物が湯気を立て独特な臭いを巻き散らかしている。それを片付ける仕事なのだろう薄汚れた格好の男たちが馬車の間を縫って上手いこと片付けていく。


 初めて見る光景を楽しみながら咥え煙草で眺め歩く。そろそろ商店街らしき建物が増えてきた辺りのことだ。




「邪魔だっ! さっさと道を空けろっ!」


 大声で怒鳴りながら爆走する馬車が、人通りの多い場所に無理やり突っ込んでいくのが見えた。少しずれれば人通りは無いのにもかかわらず、わざわざ人ごみに突っ込んでいるようにしか見えない。


 突然の暴走馬車に人々は悲鳴を上げ逃げ惑う。そんな中小柄な少女が逃げ遅れたのか、馬車に弾き飛ばされるのが目に入った。しかし馬車は気にすることなく駆け去っていく。そして残されたのは地面に倒れ込んだ少女と、その両親だろう男女、心配そうに眺めるやじ馬たちだった。


 罪のない子供が傷つくのはさすがに見過ごせないと、アデーレから貰った治療薬をから取り出すと、俺は少女のもとに向かって駆け出す。



 少女はぶつかった右腕があらぬ方向にねじ曲がり、吹き飛ばされた後に付いたのであろう傷で全身から血を流していた。気を失っているようだが、まだ息はあるようだ。


 治療薬は振りかけても飲んでも良いと聞いていたので、少女のもとに付くとすぐに傷ついた全身に何本かまとめて振りかけてやる。すると逆再生でも見るかのように徐々に傷口がふさがっていった。


 残る右腕はそのままだとまずそうなので、骨を正しい位置に合わせなおしてやる。少女は気絶しているため痛みに気付かないのが不幸中の幸いだろう。そして残った治療薬を右腕に降り注ぐ。さすがに骨折は治ったかどうかは見た目で分からないし、治療薬が体内に浸透するものなのかもわからないため、少女の口を開きさらに治療薬を流し飲ませる。最初はむせていたが、何度か試すと少量ずつだが呑み込めたようだ。


 ひとまず最悪の状況は脱したかと俺は一息つく。するとすぐ横に居たおそらく少女の両親であろう男女から、両手を握られ頭を下げられる。


「ありがとうございます、ありがとうございます! おかげでハンナは死なずに済みました。本当にありがとうございました」


 あまりの勢いに少し驚いたが、やはり両親だったのだろう男女は涙を流して俺に礼を言い続ける。しかしそこに周りのやじ馬からいらぬ声が聞こえてくる。



「あれって上級治療薬じゃねぇのか? それを何本使った? 請求されたらとんでもない額になるぞ」


 その声に少女の両親の顔色が一気に変わる。上級治療薬とやらの値段は知らないが、この様子を見るとひどく高価なものなんだろう。



 せっかく少女が助かったのに、そんな姿は見たくないので俺は両親に告げる。


「無事に助かってよかったな。それと別にこれは俺が勝手にやった事だから、薬代がどうのとかは言わないよ。安心するといい」


 俺の言葉に両親の顔色は戻るが、とんでもない額の薬が使われた事実は消えることは無い。


「しかし、何かお礼をさせて頂かないと娘にも顔向けできません」


「ええ、薬代はすぐには無理ですが、何か他の形ででもお礼をさせてください」


 きっとこの少女の両親は良い人たちなんだろう、礼は不要と言ったにもかかわらず、それではだめだと言い張る。なんとも気持ちのいい人たちだ。




「そうだな、どうしてもというならさっきの馬車について聞かせてくれるか?」


 俺がそういうと、両親より先に周りのやじ馬から声が上がる。


「奴らカスパール商会のもんだぜ。何が面白いのか知らないが、奴らはいつもこんなことしてやがるんだ」


「ああ、昨日も無茶な運転してやがったぜ。どこかにぶつかってくたばりゃいいのにな」


「石でも置いてひっくり返してやろうかとも思ったけどよ、奴らの後ろには貴族が付いているらしいからな」


「貴族さえいなければ、あんな奴らさっさと締めちまうんだがなぁ」


 聞いたことのある名だと思えば、アデーレの所にちょっかいを掛けている商会か。どうやらろくでもない商会なのは間違いなさそうだな。




「貴族が付いてるからって、ここまで酷いことをするのか? そのカスパール商会ってのは」


 俺は口々にカスパール商会を非難するやじ馬に問いかける。もう少し情報は収集しておきたいからな。



 結局聞き出せたことは、この街では貴族の力は絶対で、対抗するには別の貴族の力を借りるしかないこと。貴族を敵に回すとその私兵が総出で襲いに来て刃向かった者だけでなくその家族や知り合いまで手に掛けるそうだ。下手な盗賊よりもたちが悪いな。


 カスパール商会は貴族相手の取引で成り立っているので、民衆に対して酷い扱いを日常的にしているらしかった。平民だがカスパール商会は民衆よりも上と思い込みたいのだろうとのことらしい。まあ、碌でもない奴なのは間違いなさそうだ。


 それにしても貴族の存在は気にしておいたほうがいいだろうな。この世界で暮らすことになる以上無関係のままで居られるとも思えない。対応をどうするかは今からでも考えておく必要がありそうだ。


 

 聞きたいことは聞けたので立ち去ろうとすると、改めて少女の両親が頭を下げてくる。


「せめてお名前だけでも、お伺いさせて頂けませんか」


 思わず、「」、と答えそうになるが、だれもこのネタは分からないだろうと素直に応えておく。


「俺はだ、この間この街に来たところなんでまだ住むところも決めてない。そうだな次に会う事があれば飯でもおごってくれ」


 そう言う俺に少女を抱きかかえた両親は、何度も頭を下げて俺を見送ってくれた。周りにいたやじ馬たちも、そんな俺達を温かい目で見守っていた。




 どうやら思った以上に身分制度による差別が厳しいようだな。それに人の命が軽い。盗賊の時もそうだったが、敵対したら簡単に命を奪う。そうしなければ逆に殺されるというのが当たり前なのだろう。元の世界の常識にとらわれていれば足元をすくわれるかもしれないな。


 俺は煙草を咥えながら、この世界についてぼんやりと考えつつアデーレの商会に向かう。もうすぐそばまで来ており、商会の店先は賑わっている様だ。



 すでに俺のことは店の者に知らされているようで、商会に付くとすぐに奥に案内される。それほど待つことなくアデーレが現れた。


「おかえりなさい、思ったよりも早かったわね。でも怪我がないようで安心したわ」


「ああ、借りた装備のおかげで助かった」


 東の森ではそれなりに戦えたことを伝えた。装備などはそのまま俺にくれるらしい、カスパール商会への対応に必要という事だろう。



 報告も終わり、俺は帰りに出会った少女のことをアデーレに話してみる。


「ええ、カスパール商会のそういった話は聞いているわ。カスパールだけでなく、その店の者達もまるで貴族のようにふるまって、民衆を傷つけているらしいわね」


 アデーレは辛そうな顔で、状況は理解しているが手の打ちようが無いと話してくれる。


「結局のところ、根本解決するにはカスパール商会に消えてもらうのが一番という事なんだな」


 俺は眉を顰めるアデーレに向かい、解りやすい解決法を提示した。




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 読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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