第4話 レベルは上げといたほうがいい
前話のあらすじ。仁、街に着く。
◆◆◆◆◆
アデーレが話した内容はこうだ。
元々モルブランの街ではアデ-レの商会が代々商売を取り仕切っていた。だが数年前にアデーレの両親が亡くなりアデーレが後を継いだころから、他の商会からの妨害や嫌がらせが目立ち始める。商会同士は商売敵でもあるので多少のことなら珍しくはないが、それでも仕入れの馬車が襲われたり、ごろつきが店で暴れたりが何度も繰り返されるというのは異常事態である。
そして今回傾きつつある商会を立て直す一手として、この国では希少価値の高い品を入手するためアデーレが自ら仕入れに動いたのだ。襲撃はあったが無事戻って来ることはできた。しかし、これで終わりとはとても思えないため俺にその商品が無事に取引出来るまでここに居て欲しいという事だった。
俺はその商品が何かには興味は無いし、その価値も分からないが、それでこれだけの商会を立て直せるというのだからとんでもないものなのだろう。そして俺に求められる用心棒という役割も、商品の価値に比例して高くなるという事、これが肝心な点だ。
報酬は成功報酬で金貨50枚、盗賊の件の礼金が金貨2枚だったらしいことからそれなりの金額が提示されていると思うが、俺はこの世界の貨幣価値がわからない。わからないことは聞くしかないと庶民の一月の生活費や、外食したときの費用などや、貨幣の種類などについて確認していった。
結果、金貨一枚が100万円相当、その下に大銀貨、銀貨、銅貨、鉄貨があり、それぞれ10万円、1万円、1,000円、100円に相当すると考えれば目安となりそうだった。つまり、今回の報酬は5千万円相当、おそらく数年は働かずに暮らせるだけの金額である。
想像していたよりも桁がひとつ違うのだが、それはその商品の価値がそのまま一桁上の価値という事なのだろう。そしてそれだけの報酬が支払われるという事は、当然それに見合った危険があるという事だ。
「で、相手の目途は立ってるんだろ? 待ってるんじゃなく、そこを潰すほうが早くないか?」
危険度が把握できるという事は、相手の戦力に目途が立っているという事、つまり敵が誰かはわかっていると考えられる。それなのにやられるがままというのが気になって尋ねてみる。
「相手はカスパール商会というのは間違いないと思います。ただその背後には貴族が居るようなのです」
「貴族? なんか面倒そうな響きだな」
「ええ、貴族を相手にするのであればこちらも別の貴族を味方につける必要があります。そうでなければ、平民が貴族に逆らったと罪人として取り締まられる事になりますから。ただ貴族を味方にするという事は、その傘下に入るという事、上納金として莫大な支出が毎年発生してしまうのです」
「うわぁ、面倒くさそうな話だなぁ。それならどうすりゃいい? そのカスパールとかいう奴を絞めれば済むんじゃないのか?」
「確かにカスパールが諦めてくれれば、解決するのでしょう。しかしカスパールもその辺りは分かっているので自身の周りを常に護衛に守らせているのです」
「護衛って、あのセシルやジスランみたいなやつか?」
「ええ、カスパールは彼らのような護衛に加えて、魔法使いも護衛に雇っていると聞きます」
「なるほど、それでアデーレとしては手が出せないという事なんだな?」
大体の事情は理解できた。カスパールとやらの目的がアデーレの商会を没落させることというのであれば、今回を乗り切ったところで解決には遠いだろう。もちろんそこまで俺が付きあう義理もないが、とっとと解決できそうな手段があるならそれに越したことはない。
とはいえ、今の俺はLV1でスキルによる底上げしかない状態だ。先の盗賊退治ではそれなりに働けたのだろうが、正面切っての戦闘となると心もとない。
「それでその商品の取引はいつなんだ?」
「10日後ぐらいを予定していますわ」
どうやら取引相手は王都の商人らしく、それが到着する予定が10日後ということらしいが、この世界での旅なので数日前後するのは当たり前のようだ。つまり後10日弱は余裕があるということになる。
「戦闘経験を手っ取り早く積むにはどうすればいい?」
「それは、この依頼を受けて頂けると考えてよいという事でしょうか?」
「前向きには考えるつもりだ。だが俺の力がどの程度通用するのかわからない以上、簡単に応える訳にはいかない」
「わかりました。多少、いえそれなりの危険は伴いますが、戦闘経験を積むのであれば東の森が最適ですわ」
「東の森?」
「あら、ご存じないのですね。ここモルブランの街と隣国であるジョーヌ共和国はもともと東の森で区切られていたのです。東の森には凶悪な魔物が多く出没するため、昔は行き来が不可能でしたの。でも両国が力を合わせて東の森を切り開いて街道を施設することに成功したことがきっかけでこのモルブランも栄えるようになったのですわ。それでも、東の森には依然とした魔物が
「ふうん、面白そうだな。その森には誰でも入れるのか?」
「ええ、特に制限があるとは聞いたことがありません。ただ何があっても自己責任という事らしいですわ」
「まあ、当然だろうな。よし、すぐにでも向かいたい。準備を頼めるか?費用はさっきの礼金からで構わない」
「わかりました。ただ準備はこちらで用意いたします、私の頼みの為に向かわれるのですから、それぐらいは協力させてください」
さすがに傾きかけとはいえ街一番の商会というだけのことはある。武器や防具、食料や治療薬などがすぐさま揃えられた。最高級品というわけではないが一般的に見て上質なものをそろえてくれたようだ。これだけ揃えるのであれば礼金では足りなかったんだろうな。
装備がそろうまでの間にということでアデーレと軽く食事をした後、一晩ぐっすりと休ませてもらう。さすがに初日からいろいろあり過ぎだったし、横になると死んだように眠りに落ちた。
翌朝軽い朝食をごちそうになった後、揃えられた装備を身に付けた俺は用意された馬車で東の森に送ってもらう。
東の森はその名の通り、モルブランの街の東側に面する巨大なものであった。モルブランの東門は隣国との通商のためか、多くの馬車が行き交っている。そしてそこに混じるように剣や斧のような武器を抱えた冒険者と呼ばれる者達の姿も見える。
アデーレから聞いた話では、冒険者とはいわゆる何でも屋。名前の通り冒険と言えるほどの冒険が出来るものなど一握りで、他は採集や雑用、護衛といった仕事がほとんどのようだ。そして魔物狩りもまた冒険者の仕事のひとつらしい。討伐部位と呼ばれる魔物の一部を持ち帰ることで、その魔物に見合った報酬が得られる仕組みらしく危険な分当然見返りも大きい。そのため、ある程度以上の実力を持つ冒険者に人気らしい。
(こうして見ると結構な数の冒険者がいるな。絡まれると面倒だし、少し離れた場所のほうがよさそうだよな)
隣国への街道らしき場所を除いては一面の森。そして遥か先まで続く森はどれだけの大きさなのか想像もつかない。その森の入り口付近に散らばる様に複数の冒険者達の姿が見える。森の縁に沿って展開する冒険者達は数十人を下らなく、おそらく百名を超えるだろう。それはつまり、これだけの数の冒険者が狩り続けても魔物がいなくならないという事でもある。
狩りのルールも知らないままでは間違いなく揉め事になると、俺は人気のない辺りまで馬車で送ってもらうことにする。そもそもの目的が魔物を狩って成長することであり、いらぬ揉め事に時間がかかっては意味がないのだから。
馬車からでは詳細はわからなかったが、大体の冒険者が複数人で魔物を囲んで戦っていた。一対一では厳しいのだろう、怪我を負っている者の姿も確認できた。さすがに初心者向けではないというだけのことはありそうだ、これなら思ったよりも成長できるかもしれない。
ようやく人影の見えない辺りにつくと、俺は御者に礼を言って馬車を降りる。御者は魔物が恐ろしいのか、俺が降りると慌てて街に走り去っていった。
(ふうん、意外と普通なんだな。魔物がいるというからもっと怪しげな森かと思っていたんだがな…)
ひとり森に分け入ったが草木が生い茂ってはいるが陽の光も差し込む、いわゆる普通の森にしか見えない。しかし少し森を進んだとたんに、明らかな敵意が向けられる。
(なんかよくわからんが、これが殺気という奴なのかな? 何で感じられるのかわからんが、わからないよりはいいか)
殺気と思われる方向に視線を向けると、黒い獣が樹の上から俺を睨んでいるのに気付く。それは猿のような見た目だが、手が異常に長く足が極端に短い異形であった。黒い毛に覆われ眼光だけがギラギラと憎悪を向けているように見える。
(これが魔物か? 最初はスライムとかゴブリンかと思ったが、そう甘くは無さそうだな…)
体長は2メートルを超える巨大な黒猿。初めての魔物としてはちょっと難易度が高い気もするが、残念ながらリセットは効きそうにないな。
俺は腰に差していた剣を抜くと、ひとつ深呼吸する。前の盗賊の時はあまり考えることはなかったし、やったのは投石だけだ。あれを戦闘経験と呼ぶのはおこがましいだろう。つまりこれが初のちゃんとした戦闘、戦闘DT卒業となる記念すべき一戦というわけだ。
「グギィッ!」
見た目通り可愛げのない叫び声をあげて、黒猿が樹々を飛びわたりながら俺に向かってきた。異様に長い腕の先にある鉤爪のような鋭い爪で器用に樹々にぶら下がり、方向転換しと縦横無尽に駆け回る。短い脚はその分強力なようで跳躍力も半端ないものだ。
頭上を取られるのは不利というが、この状況になってよくわかる。黒猿の巨体が落下速度に乗せて長大な腕を振り下ろしてくるのだ、当たれば一撃で致命傷となるのは確定だろう。
それでも黒猿の動きは然程では無いように見え、躱すだけなら問題は無さそうだ。何度か黒猿の振り下ろしを楽々躱せたのだから間違いはない。黒猿も俺に躱され続けて気が立ってきたのか連続して腕を振り回してくる。
そして黒猿の動きに慣れた俺は、振り下ろしてきた腕に合わせて剣を振り抜く。俺の太腿以上に太く固そうな黒毛に覆われた腕、しかしそれは簡単に切り飛ばされたのだった。そしてそのまま返す刀で黒猿の首を刎ね飛ばす。
(凄まじい切れ味なのは武神のおかげか? 『あらゆる武器を最高の技能で扱う事が可能』ってのは伊達じゃないって事か…)
思った以上にあっさりと魔物を狩ったが、間違いなくスキルのおかげだろう。しかしそれでも俺の力であることには変わりはない。剣を一振りし血糊を振り落とすと、黒猿を収納して狩りを再開するのだった。
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読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。
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