第3話 胡散臭い美人
前話のあらすじ。仁、煙草の心配がなくなる。
◆◆◆◆◆
俺が助けたことになる商人は、アデーレというまだ若い、20代後半ぐらいのなかなか奇麗な女性だった。アデーレは3人の護衛、ジスラン、ガストン、セリアから事情を聴くと俺の同行を心から喜んでくれたようだ。そしてなぜか3人の護衛も嬉しそうだ。
アデーレは目的地のモルブランの街に商店を持っているらしく、その仕入れの帰り道であるとのことだ。
馬車はガストンが御者をし、ジスランがその横で前方の確認、セリアが荷台の後ろに立ち後方確認を行いつつ護衛に当たっている。アデーレは荷台に積まれた荷物のひとつに腰掛けている。俺もアデーレのそばの樽のひとつに座らせてもらうことにした。
護衛の3人はあまり話しかけてくることは無いが、仕事中なので当たり前と言えばそうなのだろう。
その分アデーレが良くしゃべる。商人という職業柄なのか、持って生まれたものなのか知らないが次々に話題を変えてやむことなくしゃべり続け、当然相手は俺がすることになる。護衛の3人はあからさまに目を合わせようとしないのは、アデーレの相手を俺に押し付けたからかもしれないな。
とはいえ、この世界の情報に疎い俺からすればアデーレは良い情報源となってくれる。何より美人と喋るのは楽しいからな。
目的地のモルブランの様子や状況、この国がブルイール王国と呼ばれる王制の国家であること、王国の東部に当たるこの大草原はアングレット地方と呼ばれ、フェドリゴ侯爵が治める王国の一地方にあたること。アデーレは俺の知りたいことを色々と話してくれる。
治安はさっき盗賊に襲われたように、良いものでは無いこと。ただ優秀な護衛がいれば逆に盗賊を倒して報奨金がもらえたり、賞金首になっていなくても盗賊の持つ装備や金品がそれなりの臨時収入になるなど、悪い面ばかりではないこと。等々俺が聞く前に色々と教えてくれる。
そして殺人に対する 忌避感はアデーレとの会話から感じられない。そこを尋ねると当然といった顔で剣を向けられて素直に殺されるなんてありえない、殺意を向けた時点で殺されるのも覚悟の上というのは常識であると教えてくれた。さらにそういった場合は相手を殺しても犯罪にもならないという、ちょっと俺の常識が裸足で逃げだすような内容だった。
初対面の怪しい俺をそこまで信用していろいろと教えてくれる理由がわからないので、そこも素直に聞いてみた。アデーレが言うには護衛として信用できる者が圧倒的に少ないらしい。下手に選んだ結果、護衛が盗賊になるなどは日常的に起こっているそうだ。そういう状況の為少なくとも盗賊まがいのことをしなかった俺は信頼まではいかないが信用はできるという事らしい。なので街までは出来れば護衛として一緒に行動してもらいたいというわけだった。
それならと遠慮せずに、さっきの盗賊が使った魔法について聞いてみると、また色々と教えてくれる。魔法自体は誰でも使えるが、戦闘に使えるほどの魔法使いはめったにいないそうだ。居ても国や軍などにそれなりの地位で雇い入れられるので、あのような形で出会うことはめったにないらしい。
何時間話していただろうか、いくら美人相手でも話を聞いているのにも疲れてきた。それに信用できると言われるがそれにしても喋り過ぎだろう。何時間もほとんどひとりで喋り続けているのだ、少し気味が悪いし胡散臭い気がする。
それでも特に知りたかった、魔法については色々教えてもらった。魔力を感じて、イメージを浮かべて発動するのが基本らしく、ライター代わりの火やコップ一杯程度の水ならほとんどの人が使えるらしい。
さっきの火の玉レベルになると、適性が効いてくるらしくほとんどの者がそこではじかれることになるそうだ。なので魔法使いと呼ばれるものは貴重な人材として扱われている。
さすがに馬車の中で練習するのは迷惑だろうと移動することにした。放っておくとアデーレはひっきりなしに喋り続けるのだ。セリアの居る馬車の後方で後ろ向きに荷台に腰掛けて練習をはじめてみる。まずは火だな、上手くいけばライターいらずだからな。
とはいえ魔力というのが良くわからない。アデーレに聞きに行くとまたしばらく話に付き合わされると思い、横に立つセリアに聞いてみる。
「なあ、魔力ってどうやれば感じられるんだ?」
突然話しかけた俺に驚きつつもセリアは相手をしてくれるようだ。
「なんだ、その年で魔法を使ったことがないのか? 珍しい奴だな。まあ、そんなに難しいもんじゃないからそのうちできると思うぞ。そうだな私の手を握れ」
そう言って右手を俺に差し出すセリア。
俺も握手をするようにセリアの手を取ると、なにかがセリアの手から俺の中に入ってくるのがわかった。思わず手を離す俺にセリアは笑いながら、
「今のが魔力だ。それを自分の中から見つけてみるんだな」
と、教えてくれた。
感覚的には理解できたので、後はやってみるのが早いのだろう。俺はさっきの感覚を思い出しながら、自分の身体の中を探ってみるが今ひとつピンとこない。この手の話だと気が似たようなものかと考えて、丹田に集中したり、第三の眼とか思いながら額に集中したりと、何か楽しくなってくる。すると突然理解した気がした。そのまま指先に意識を向けライターをイメージすると、指先に火が点る。
「出来たっ!」
思わず大声で叫んでしまったが、セシルは俺の指先に点る火を見て驚いている様だ。
「思ったよりずいぶん早く出来たんだな…。私が最初に練習したときは半月ほどかかったんだがな」
セシルが褒めてくれる。
「いやあ、セシルの教え方が上手かったんじゃないか? 俺の魔法の師匠だなセシルは」
「いやいや、ジンの才能だろう。ひょっとすると魔法使いになれるかもな」
セシルも喜んでくれているようで、お互い褒めあうという妙な状況だ。
「そうだな、もうちょっと色々試してみるよ。ありがとな師匠!」
「ふふ、でも師匠は勘弁してくれよ」
そう言ってセシルは再び後方の警戒に戻った。
俺も中に戻るとアデーレに捕まるので、そのまま座って魔法の練習を続けることにした。と、その前に煙草だな。収納から指の間に取り出し、反対の手で魔法の火をつける。うん、これは便利だ。
俺が煙草を燻らせているのをセシルは驚いたように見つめる。
「ジン、何を咥えてるんだ?」
そういやこっちには煙草は無いって言ってたっけ、なんか説明するのが面倒だな。
「ああ、これは俺の故郷のモノで煙草っていうんだ。何となく癖でな、暇があると吸ってるんだよ」
「ふうん、初めて見るな。それは美味いのか?」
「いや、美味いかと言われると微妙かもしれんな。俺は好きだが、毛嫌いする奴もいたからな。臭いが気になるか?」
「嗅いだ事のない匂いだが、嫌な感じでは無いな」
「そりゃよかった、我慢せずに済んで助かるよ」
「ふふ、ほんとに好きなんだな」
そういうとセシルはまた警戒に戻る。嫌がられなかったので俺も気にせず煙草を燻らせながら魔法の練習を進めることにした。
確か全魔法ってのがスキルにあったから、魔法は使えるはずだ。運よく使い方も大体わかったし、今後必要そうな魔法を考えてみる。
さっきみたいな戦闘も今後十分あり得るだろうから、まずは攻撃か? 攻撃は最大の防御とか言うしな、やられる前にやるのがこの世界では向いてそうだ。ただドカンと派手なのは目立つしオーバーキルだろう、そもそも戦争でもあるまいし大量殺戮魔法なんか作っても使いどころがないだろうからな。
元の記憶や知識を思い出しながら、色々と考えていく。目的、要件、手段、運用、様々なシチュエーションを想定し、頭の中でPDCAをまわす。あくまでも想像なのでDの実行部分は弱いが、やらないよりましだろうし、暇になればアデーレに捕まるからな…。
そうこうしているうちに目的のモルブランの街が見えてきたようだ。御者席のジスランが声を上げて伝えてくれた。どうやら無事に街に到着できそうだな、さすがに街から見える場所で襲撃は無いだろう。
街への入場手続きも大したものは無く、アデーレが2,3言喋っただけで全員何事も無く街に入ることが出来た。馬車はそのままアデーレの店に向かうらしく、俺もぜひお礼がしたいと言われたので付いて行くことにした。
アデーレの店は想像していたよりもはるかに大きかった。ちょっとした個人商店ぐらいにしか思っていなかったが、商会とでもいった方がよさそうな規模だ。思わず口を開けて眺めていた俺を、笑いながら中に連れて行こうとするアデーレ。ちなみに護衛の3人はここまでで仕事は完了のようで、何かの書類にサインのようなものをアデーレがすると、それで終わりだそうだ。
改めて礼を言ってくる3人に、俺も軽く礼を言う。馬車では俺は何も役に立たなかったからな。
また会った時には一杯やろうといった、お決まりの話をして3人は去っていった。
「今回はほんとにありがとうね。貴方がいなければ全滅してたかもしれないわ。少ないけどこれは謝礼、あと今日は泊まっていって、食事も用意させてるから」
応接室だろうか、小奇麗な部屋に通されると改めてアデーレが頭を下げてくる。しかも謝礼と今夜の宿まで提供してくれるらしいのは驚いた。美人に泊まっていけなど言われたら誤解してしまいそうだな。
「ありがたく頂くよ、正直手持ちも無くてどうしようかと思ってたんだ」
俺は内心は隠して、素直に謝礼をもらう。ある程度はアデーレの話で聞いたが、実際のこの世界で暮らすとなると生活様式や文化レベル、モラルなど分からないことばかりだ。しかも金もないとなれば野宿せざるを得ないからな。
「それで、ジン様はこれからどうなさるの?」
アデーレは俺をジン様と呼ぶ、何度かやめて欲しいといったのだが、命の恩人だからと譲ることは無かった。
「特に何も決めてないな、まあ何か仕事を探すとこから始めるつもりだが、何か良いのに心当たりはないか?」
何をするにしても先立つものは必要だ、逆に金さえ十分あれば働く必要もない。この世界の職業に何があってどのくらいの収入かすらわからない俺は、アデーレに相談することにした。
「あら、ジン様ならここにずっといてくれても構いませんわ」
なにやら思惑のありそうな目で俺を見ながら答えるアデーレ。用心棒的な何かを期待されているのだろうか? しかしせっかく異世界に来たんだ、誰かに使われる生活は避けたいな。
「そう言ってくれるのはありがたいが、そこまで迷惑はかけられない。早いうちに仕事は探そうと思う」
「迷惑だなんてとんでもない、ぜひこちらからお願いしたいぐらいですわ」
アデーレも食い下がるな…、ちょっと面倒な匂いがする。何かあるのだろうか?
「実際そこまでのことをした覚えはないんだが、何かあるのか?」
「やはりお気づきになられますよね。実は少し厄介なことになりそうなんですの…」
アデーレが語ったのは、今回の取引でこの街では希少で高価なものを仕入れたこと。それを面白く思わない商会がいるという事。そもそも俺が助けに入った盗賊騒動もその商会の差し金と思われること。理由は貴重な魔法使いが盗賊に居たからである。
「なるほどな、それで用心棒代わりに居て欲しいってことか。しかしちょっと気に入らないな」
俺はアデーレを軽く睨む。この話を聞かずに泊まり続けた場合、俺の危険度は跳ね上がるだろう。そんなことを俺が聞くまで隠していたこと、さらに護衛としたいなら報酬について事前に決めておくべきだろう。この2点が納得いかない。
「申し訳ございません、先にこの話を伝えすべきでした」
俺が睨んだ意図を正確に読み取ったのだろうアデーレはすぐさま頭を下げる。
「それで?」
先に相手に手の内を開示してもらう。ここで誠実さが感じられなければこのまま出ていくことになるだろう。
「はい、まずはご依頼したい内容、そしてその報酬について説明させていただきます」
どうやら、素直に依頼するつもりになったのだろう。やっと詳細を話し出した。
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読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。
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